Jリーグのベガルタ仙台やタイリーグで活躍した大久保剛志さんは現役選手としてプレーしていた2023年、出身地の岩沼市を中心にクラブチーム「YUKI FOOTBALL ACADEMY」を育った岩沼西サッカースポーツ少年団を引き継ぐ形で発足させた。宮城県南部の少子化と震災の影響による人口流出で縮小しつつあった地域のサッカー環境を整えるために行動を開始したが、継続的に経営するための複数の課題に直面していた。

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 「(宮城県南部の)仙南(地域)全体を支えよう」という思いでスタートしたクラブチーム。最大の壁は、少年団時代には無料だった学校の校庭が、クラブ化により使用不可になり、有料施設を利用せざるを得なくなったことだった。「地域貢献と普及をしたい一方で施設使用料などの維持費が発生する。このジレンマが一番辛かった」と大久保さんは振り返る。

 特定の拠点を持たず、火曜日は亘理町、水曜日は柴田町、木曜日は角田市など練習する場所を変えて指導を続けてきた。交通手段の限られた仙南地域において「成長期の子どもたちの睡眠時間を削らせたくない」との思いから、各所を結ぶ送迎バスを運行。子どもたちの生活リズムも第一に考え、近場で質の高い練習ができる環境を大切にした。

 その運営を支えるのはバンコクで営業している母体の「YUKI FOOTBALL ACADEMY」の運営知見だ。現在350人が集まり国内最大級とも言われるまで成長をした。「タイでは自立した運営モデルが確立されていますが、日本では地域事情が異なります。本来、これだけの環境を維持するには相応の費用がかかりますが、設定金額によってはサッカーを心から楽しみたい子どもたちが通えなくなってしまう。家庭への負担を可能な限り抑えながら、質の高い環境を両立させる。

そのギリギリのバランスを保つことが、僕の役目だと思っています」。

 普及を第一目的に掲げる以上、特定の誰かに負担を強いるのではなく、地域全体で子どもたちを支える形を作りたい。そう決意した大久保さんは、地元の企業に協力を仰ぐため、自ら営業に回ることを決めた。

 寄付を募るために大久保さんは選手だった当時、3日間のオフがあればタイから帰国して一日中、地元の企業を回った。3年かけて賛同企業は80社にまで拡大。この支援により、天然芝・人工芝での練習や、練習後に地元の飲食店様が握ってくれるおにぎり「ユキボール」の補食提供といった、Jリーグの下部組織に匹敵する環境を維持している。

 また素晴らしい指導者を迎えることも可能となった。Jリーグ所属時代の同僚、元ベガルタ仙台の田村直也氏、JFLソニー仙台所属時の同僚、村田純平氏という、共に「指導者ライセンスA級ジェネラル」を持つ素晴らしい指導者を招聘。町クラブでこのレベルのコーチを複数抱えるのは極めて異例だ。「指導技術は勿論、経験豊富な指導者と小中学生年代から触れ合えることは、選手の最大の成長に繋がる。2人が子供の頃にどのようにサッカーに取り組んできたかなど、積極的に学んでほしいです」と大久保さんは言う。

 そしてクラブを最大に支えてくれているのは情熱を注いでくれるボランティアコーチたちの存在だ。

「プロの理論と、地域で子どもたちを見守ってきたお父さんコーチたちの深い愛情。この両輪があるからこそ、このクラブは成り立っています。彼らへのリスペクトなしに、今のクラブは成り立ちません」と大久保さんは力を込める。

 大久保さんには、もう一つの強い原動力がある。「ジュニアユース時代から13年間所属し、トップチーム昇格まで果たしながら、十分な貢献ができずに離れることになったベガルタ仙台への想いです。当時は何も恩返しができず、自分の中でずっと悔しさが残っていました」。 その悔しさを、「次世代の育成」という形で昇華させている。 「積極的に良い選手を育て、いつかベガルタで活躍する選手を送り込みたい」。自チームの中心選手がジュニア世代で引き抜かれることを恐れず、むしろ“ベガルタ予備軍”を育てるという覚悟で指導にあたっている。

 その真摯な思いをベガルタ仙台側も汲(く)み取り、両者は「パートナーシップ」を締結。現在、ベガルタのレジェンドである梁勇基氏が毎月、クラブのジャージーを身にまとい仙南の地で直接指導にあたっている。「梁さんが来てくださると、現場のオーラが一気に変わります。

子どもたちはもちろん、保護者の皆さんもその存在感に感激してくれている。ベガルタとこうした素晴らしい関係を築けていることは、僕にとっても本当にありがたく、大きな支えになっています」。

 このように多くの方々の支援により環境を整えたことで力をつけた「YUKI FOOTBALL ACADEMY」の選手たちは大会でも結果を出した。かつては仙台勢に勝つことが年々難しくなっていったところ、近年では、地元企業アイリスオーヤマが主催する「プレミアカップ」では東北大会を制覇し全国大会に出場するまでになった。11人制の小学生の大会では全国でベスト8にまで進んだ。創立したばかりのYUKI山元は2年で35名ほどが集まり、中学生のチームもカテゴリー昇格など着実に結果を残している。

 現在もタイと宮城を往復しながら、先を見据える大久保さんには夢があるという。「いつか仙南に、子どもたちの聖地となる自前のホームグラウンド、YUKI FOOTBALL フィールドを作りたい。そこが地域の活性化の拠点となり、人が集まる流れを作れたら」。いわぬま大使としても活動する大久保さん。子どもたちにサッカーをする環境を用意することで始まった挑戦は、いずれは人が減っていく地方の課題を解決するような壮大なプランへと繋がっている。

 最後に、大久保さんは共に歩むパートナーへの感謝を口にした。

 「今あるこれら全ての環境は、私たちの想いに賛同し、背中を押してくださるスポンサー企業の皆様のご支援があってこそ実現できているものです。これからも地域の宝である子どもたちを育てるパートナーとして、この街が誇れるクラブを共に作っていきたい。それが、ふるさとへの一番の恩返しだと思っています」

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