スピードスケート男子の新濱立也が11日、所属先の群馬・高崎健康福祉大で会見に応じた。2月に行われたミラノ・コルティナ五輪では日本記録を持つ500メートルに出場し、6位入賞を果たした。

目標としていたメダルには届かなかったが、昨年4月の交通事故による顔面骨折などを乗り越え出場した大舞台を「(五輪まで)1年を切ったタイミングでの交通事故を経験して、その中での6位入賞は色んな人のサポートでここまでこれたと実感した。一人で成し遂げることはできなかった結果」と振り返った。

 顔面骨折だけではなく、22年北京五輪以降、様々な試練に襲われた。24年3月にドイツで練習中に転倒。腰椎を骨折し、全治不明と診断された。昨年10月には内転筋を負傷。同12月の全日本選手権直前にはブレード(刃)も破損した。代表落ちも経験するなど苦しい時期を何度も乗り越えてきた。「多くの試練、困難が立て続けにあり、簡単な4年間ではなかった。これは自分一人で乗り越えたものではなく、ナショナルチームのコーチ、大学の関係者、スポンサー。色んな人の力を借りられたからこそ、乗り越えられた。感謝してもしきれない」と思いを語った。

 苦しい時期を乗り越え、五輪で入賞を果たした姿は多くの人へ勇気を届けた。現在スケートに取り組むジュニアには、「命がある限り、何でも挑戦できる」と諦めないことの重要性を力説した。「2度競技人生を脅かすけがをした。脅かすで済んだので常に前を向くことができた。競技ができる体がある以上は、どんな困難もいつかは乗り越えられる。スポーツをやっている方は、諦めないで自分が目指す最後の目標までやり遂げてほしいと思っている」と金言を送った。

 試練を乗り越えることができた要因の一つには「スケートを楽しむこと」も大きかったと語った。世界と戦うことで、結果ばかりを求めることも多かった。だがスケートを楽しむ気持ちを思い出し、「スケートが楽しいというのが絶対にあったから、4年間諦めず、常に前を向き続けられた。次の4年間もスケートを楽しみたい」と柔らかい表情で話した。30年フランス・アルプス五輪を目指す原動力も「スケートが楽しいし好きだから」と即答。スケートへの熱い思いが、不屈の闘志を生み出している。

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