14日放送の日本テレビ系「アナザースカイ」(土曜・午後11時)に元HKT48でタレントの村重杏奈が出演。13歳から10年間住んだ福岡市を訪れ、HKT48時代に迎えた“転機”を語った。

 母がロシア人で、日本で生まれたが生後3か月から6歳まではロシアで暮らした。その後は山口県で育った村重はアクターズスクールに通い、13歳でHKT48の1期生オーディションに合格。1人で福岡で暮らし始めた。

 当時は「目とかも青くて黒いカラコンとかして、なるべく日本寄りにしてました。みんな黒縁なので」という。最初こそ1列目になったが、後輩が増えるにつれ「どんどんその勢いに負けていった気がする。私も私でファンの方にお願いするのができない性格で。ファンの方に言われてましたね、もっと伝えてよって」だんだん後列や端っこで踊るようになり、4枚目のシングルで選抜落ち。「父に電話してめっちゃ泣いたのを覚えてます」。荷物をまとめて実家に帰ったが、認められず「始発で福岡に帰れ」と言われ、戻ったこともあった。

 そんな村重の転機となったのは公演のMCだった。「村重のエピソードを話したって誰も興味をもたないってわかってたから、人気メンバーの裏話とかちょっと意外な行動とか話してみた時にすごいウケがよくて、その日のブログのコメントとかでも感謝されたんですよ。

これだ!って思いましたね」と話した。

 「アイドルとして人気出したかったんですよ。後輩の話をするのも、1期生なのでプライドが傷つく瞬間もあったんですけど、プライドとか言ってられないと思って。後輩と絡むの苦手だったんですけど、あえて後輩と絡むようにして、ちょとしたうっかりエピソードを見つけるみたいな。たとえばアイドルがあたりめ食べてるとかって意外じゃないですか。今日何食べてるの?とかをこっそり見たりして、MCでいう情報をゲットしてましたね。楽屋時間が大事でした」と明かした。

 その結果、他のメンバーのファンが村重に感謝を伝えるために握手券を買ってくれるようになり、「曲を歌う時の立ち位置は3列目の端っこ、後ろなんですけど、MCはここ(1列目のセンター)に来られるんですよ」と話した。

 そして「必要とされる存在になった自信もあった。同期の(現在は「LE SSERAFIM」のSAKURAとして活躍する)宮脇咲良に『シゲがいないHKTに戻ってこれない』とか、同期のキャプテンに『シゲがいる公演といない公演は全然違う』とかって言ってくれたりとかしたので」23歳での卒業を決めたという。

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