大相撲の元大関・若嶋津の日高六男さんが15日、肺炎のため死去した。69歳だった。

現役時代は精かんな顔立ちから「南海の黒ヒョウ」と呼ばれ、188センチ、125キロからの強烈な投げで人気を博した。優勝2度を記録し、引退後は日本相撲協会理事を務めた。1985年9月には当時、同じ鹿児島出身の歌手、高田みづえさんと結婚し、話題を集めた。葬儀・告別式は未定。日高さんと現役時代に名勝負を繰り広げた元大関・琴風さんが悼んだ。

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 早朝だった。おかみさんから泣きながら電話がかかってきた。「主人が先ほど、亡くなりました」。私にとっては同じ志を持った相撲界の盟友。「早すぎる。もう少し長生きして相談相手になってほしかった」と心の底から悔しかった。

 春場所のため大阪入りする前、入院先の病院に見舞いに行った。

ベッドに横たわる若嶋津さんは穏やかな表情で私を迎え入れてくれた。いろいろ昔話をした後に「これから大阪に行ってくるよ。帰ってきたらまた来るから」と言ったら、「そうか、頑張ってな。最後に握手しよう」と声をかけてきてくれた。若嶋津さんが「大きい手だな」と言って力強く握ってきたから、「そっちの手の方が大きいじゃないか」と返したら笑っていた。あの笑顔は忘れることができない。あれが最後の別れになるとは。

 現役時代は同じ二所ノ関一門の力士として火花を散らした。対戦成績は私の16勝7敗だった。それでも相撲は速いし、組んで良し離れて良し。懐も深く、やりにくい力士でもあった。2人とも1番か2番、足りないものがあったから横綱になれなかった。

その悔しさがお互いの距離を縮めたのかもしれない。

 若嶋津さんを含め、私と北天佑さん、朝潮さんの4人は家族ぐるみの付き合いだった。一緒に温泉に行ったり、食事会も開いたりした。それが最初に北天佑さんが天国に旅立ち、朝潮さんも亡くなった。そして若嶋津さんまでも私を置いて逝ってしまった。残念だ。

(元大関・琴風、スポーツ報知評論家)

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