◇ノルディックスキー複合 W杯(15日、ノルウェー・オスロ)

 男子の個人最終戦が行われ、五輪6大会連続出場の第一人者、渡部暁斗(北野建設)が、38位で現役生活にピリオドを打った。

 日本チームがこの日のために用意してくれたスペシャルなスーツを身にまとい、日本から駆けつけた家族が見守るなか、前半飛躍(ヒルサイズ=HS134メートル)で21位につけた。

トップと1分50秒差でスタートした後半距離(10キロ)だったが、中盤以降から徐々に順位を落とし、フィニッシュした。

 スキーの聖地と言われるオスロでの最終戦。W杯で荻原健司に並ぶ日本勢最多タイの19勝を挙げる中でも最も多い4勝を重ね、昨年はスキー界で最も権威のあるホルメンコーレン・メダルをノルウェー国王から授与されるなど「特別な場所」で約20年にも及ぶ現役生活に別れを告げた。

 25年10月の会見で現役引退を正式に表明した。昨季24~25年シーズンの途中、古典の「徒然草」の現代語訳を手にし「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」という一説に自分の競技人生を投影させ、退路を断ってラストシーズンに挑んできた。

 最後の夢舞台だった2月のミラノ・コルティナ五輪は、個人ノーマルヒル11位、ラージヒル19位、山本涼太(長野日野自動車)と臨んだ団体スプリントでは途中まで表彰台争いに絡む雄姿を見せ6位。五輪を終えると「花びらが数枚残っていたのが、最後全部散った。満開にはならなかったけど、最後の一枚が散るところまで皆さんに見ていただいて、苦しかったけど、戦い抜いた価値はあったかなと思います」と万感の思いを吐露した。

 複合界を一身に背負ってきた。過去、世界を席巻した複合ニッポンは、ジャンプで大幅なリードを保って押し切るレース展開だったが、度重なるルールの変更により、距離に比重が置かれ世界から取り残された。そこで、全日本スキー連盟は、若手を早くから海外遠征に出すなど強化。渡部暁は17歳で06年トリノ五輪に出場。

世界での経験を力に変え成長し、14年ソチ大会から22年北京大会まで五輪3大会連続でメダルを獲得し、17~18年シーズンには、W杯総合王者に輝いた。

 自身が話してきた「コンバイン道」と真っ向から向き合い、本質を追究し続けてきた。夏場の練習では、マウンテンバイクやボルダリング、古武術などさまざまなトレーニングを取り入れ、競技へのヒントを探った。今夏も骨格標本を眺めながら骨レベルで自身の体を探求するなど飽くなき挑戦を続けた。

 戦い方にもこだわった。外国勢は後半距離を駆け引きをしながら走るが、渡部暁は風の抵抗を受けても先頭に出て前を引っ張った。自身も五輪に出場した経験を持つ妻・由梨恵さんも「あんなに競技に向き合っている人はみたことがない」と話すほど、最後まで求道者だった。

 第一人者として示してきた足跡はあまりにも大きい。その輝きは色あせることはない。

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