大相撲の元大関・若嶋津で、15日に肺炎のため69歳で死去した日高六男さんの告別式が24日、千葉・市川市内で営まれた。日本相撲協会の八角理事長(元横綱・北勝海)ら約300人が参列。

「南海の黒ひょう」と呼ばれた人気力士との最後の別れを惜しんだ。喪主は妻で元人気歌手のみづえさん(旧姓高田、65)が務め、現役時代からの盟友の元大関・琴風の中山浩一氏(68)が弔辞を読んだ。

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 妻のみづえさんは喪主のあいさつで声を震わせ、相撲と家族を愛した日高さんの人柄を語った。「俺は相撲しか知らない相撲人生だったと、ずっと言っておりました」。亡くなる前日もテレビで大相撲春場所の中継を見て「相撲に行かなくていいの?」と気にかけていたという。みづえさんが「お父さんの幸せは何?」と聞くと、決まって答えは同じだった。2人の子供と夫人の名前を挙げ、「それ以外に何があるの?」と返ってきたと明かした。

 現役時代は精悍(せいかん)な顔立ちと素早い攻めで人気を集め、優勝2度を記録した。87年名古屋場所で現役引退後は松ケ根部屋を興し、元小結・松鳳山、十両・島津海ら4人の幕内力士を育てた。協会理事に就任した14年に年寄「二所ノ関」を襲名し、伝統の部屋を復活させた。17年10月に路上で倒れて頭部手術を受けた。みづえさんによると、自宅で療養生活を続けていたが、昨年8月から施設に移っていたという。

 弔辞を読んだのは現役時代のライバルだった。元大関・琴風の中山さんは「深い悲しみの気持ちでいっぱい。組んで良し、離れて良し。スピード感あふれる相撲で私にとっては嫌な対戦相手でした」と回想。引退後は家族ぐるみで親交を深め「大切な親友でした。この温かく太い絆はこれからも切れることなく、ずっと続いていきます」と涙ながらに語った。取材に応じた八角理事長は「八ちゃん」と呼ばれていたと明かし、「優しい人だった。寂しいね」と故人をしのんだ。

 出棺の時間、会場前の沿道には100人以上のファンが集まっていた。弟子の幕内・一山本、十両・島津海(放駒)らの手でひつぎが霊きゅう車に運び込まれると、「若嶋津!」とかけ声が飛んだ。多くの人に愛された「南海の黒ひょう」は、拍手とともに見送られた。(林 直史)

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