日本相撲協会は25日、エディオンアリーナ大阪で大相撲夏場所(5月10日初日、両国国技館)の番付編成会議を開き、東幕下4枚目で5勝を挙げた炎鵬(伊勢ケ浜)の再十両昇進が決まった。炎鵬が最後に関取として在位したのは十両だった23年夏場所で、3年ぶりの関取復帰となる。

炎鵬は脊髄損傷による7場所連続休場を経て、2024年の名古屋場所で序ノ口で復帰。これまでに幕内経験者が序ノ口まで落ちて関取に復帰した例はなく、史上初の快挙となった。

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 スマホに保存してあった動画を見せてくれながら、炎鵬は笑っていた。「ヤバくないですか」。23年12月11日、首を痛めて4場所連続休場中だった炎鵬が気になり、当時の宮城野部屋の朝稽古に向かった。頭から当たる姿は見ているとこちらが心配になるほど。稽古を終えると、脊髄損傷だったことを初めて明かしてくれた。と、同時に「倒れた時の動画見ます?」と軽い口調でスマホの画面を向けてくれた。

 そこに映っていたのは部屋の入口に大の字に倒れ、両足が、不自然に左右にけいれんしている炎鵬の姿だった。「何日か前から首から下の感覚がなくなってきて、もう立てなくなって。寝転がったら足だけ勝手に揺れていた」。最初は「部屋の皆も(冗談だと)笑っていた」が、深刻な状況だと理解。

炎鵬は病院に連れて行かれた。

 脊髄損傷―。さらに悪化すれば寝たきり生活も考えられた。医師からは「日常生活をするには相撲をあきらめて」、当時の師匠・宮城野親方(元横綱・白鵬)からは「今までよくやった」と引退を宣告された。だが、心が折れなかった。「その時点から復帰することしか頭になかった。僕の性格なのか、無理だって言われたり、できないって言われると、やってやろうと。ひねくれ者というか。(167センチ、95キロと小柄で)プロ入りを決めたときも、周りは全員止めてました。でも、関取になれた。それに相撲が好きで、土俵で倒れてもいいぐらいの覚悟です」。手術を回避するため複数の病院を受診、復帰の道筋を明確に示してくれたトレーナーにも出会い、人気小兵力士は土俵に戻ってきた。

 どんな苦境に立っても明るい笑顔、常に前向きな言動で、逆にこちらが元気をもらえる本当に気持ちのいい力士だ。くだんの朝稽古後、こうも言った。「ただの復帰ではなく、前より強くなって戻ることが目標ですから」。炎鵬にとって、十両復帰は通過点かもしれないが、今日は心から大きな拍手を送りたい。(元大相撲担当・齋藤 成俊)

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