テレビプロデューサー・ラジオパーソナリティーの佐久間宣行氏がこのほど、ラジオの番組本第4弾「50歳ラジオパーソナリティ佐久間の深夜3時のエンタメ過剰摂取~佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)2023-2025」(扶桑社)を刊行し、スポーツ報知の取材に応じた。テレビ東京系「ゴッドタン」など人気バラエティー番組を手がけ、YouTube「佐久間宣行のNOBROCK TV」など幅広いジャンルで活躍中だが、変化する時代の中での仕事との向き合い方について語った。

 「ANN0」はこの春から8年目に突入。今や放送界に欠かせない存在で、スケジュールは多忙をきわめる。「週のうちに2つぐらいレギュラーの収録があって、ラジオが毎週あって。特番を3か月に1回ぐらい撮っていて、今はちょうど年末に出すぐらいの予定の配信特番を撮っていて、その次に撮るものの準備をしていて、その間にイベントの準備とかをしている感じです。あとは、企画はしているけど実現するものも、しないものもあり…」と、日々の動きはめまぐるしい。

 「最近、娘が『一人なのに、なんで社畜みたいな働き方してるの?』って聞いてくる」と笑うが、不思議と悲壮感はない。「僕はADからやってきたので、スケジューリングすることは仕事の中に一貫としてあった。番組のスケジュールをずっとやっていたチーフADが、佐久間宣行でやっているプロジェクトと、タレントの両方をマネジメントしているって感覚なんで、そんなに大きなミスはしていないんじゃないかな」と語る。

 メンタルも比較的に一定している。「もちろん自分の忙しさによって体力とかちょっと精神力は関わるけど、基本的には機嫌が悪いことも、弱音吐くこともないですね」。ラジオでのフリートークも変に気負うことはない。「何にもないな、というときはあるけど、何にもなければ何もない話をするっていうのがラジオだなと思う。

ラジオで僕がずっと好きだったパーソナリティーも、何にもない時は何にもない話をする人の方が好きだったんで、できる限り忙しい時は忙しいって言うし、『やばいんだよね』とかっていう風に言うようにしてます。だから始まっちゃったら開き直れるって感じですね」

 著書では番組について、「50歳になり、いつ番組が終わってもおかしくないと考えるようになりました」という一節もある。「なおのこと、オールナイトニッポンなんて『X(クロス)』を含めなければ10枠ぐらいしかないわけで。やることになったその時は続くわけがないから、でも半年とか1年続くんだったら、こんな面白いことはないから人生で楽しんでやろう、っていうのと、あとは自分でやっている番組の宣伝になればいいなって。その2つの気持ちでやったんです。実際やってみたら自分にしかできないラジオをやりたいというようになってきて、自分にしか話せない話をしていくようになったら、変わったラジオになったって感じです」と回想する。

 生放送での双方向のコミュニケーションは何者にも代えがたい。「今、リアルタイムで聴いてくれている人がいるか分からないですけど、日本全国で1日を終える前とか1日が始まった人が聴いているっていうのは奇跡みたいなことだなと思っていますね。なるべく僕はリスナーとコミュニケーションをとって、影響を受けたいと思うほうだから、リスナーに自分がミスったら突っ込んでほしいし、あとは知らないことあったら聞きたいし。メールをたくさん読んでくるラジオになっているのは多分僕の性格だと思います」

 リスナーや視聴者とともにコンテンツを共創していくこと。その熱は自身のYouTubeチャンネルにも引き継がれる。「YouTubeの視聴者は、僕がたまたま出会って、魅力を引き出したタレントさんを育ての親みたいな気持ちで見てくれている人が多いんだなっていうのは感じています。

(出演者に)人生変えるほどの結果を出してほしいと思っていないし、最低限出てくれる人たちの知名度が上がって、可愛いなとか面白いなと思う人が増えればいいな、ぐらい。30代ぐらいまで自分で自分のことなんて分からない。コンプレックスや隠さなきゃと思っていることの方が面白かったりする。僕に限らず、誰かとの偶然の出会いがどこかであるべきだと思います」

 この春で独立して5年になる。「正解かどうかは分からないけど、人生における決断で忘れられないことってありますか」と聞くと、入社1年目の夏のできごとを挙げた。「入って半年ぐらいで、『芸能界もテレビ局も好きじゃないから、ここに染まるのは無理だな』と思って、とにかく“あの頃のテレビ”っぽいノリを全部断ったんです。上司との飲み会も、収録が終わって付き合いで行くキャバクラとかも全部やめた。その時間で映画を見たり、企画書を書いたり…」。自分の時間と徹底的に向き合うことが、今の自分自身を形作ってきた。

 放送局は4月改編の時期。3月末にさしかかり、各局で番組の転換点を迎える。自身も「特番からレギュラーにならなかったものを含めると、20~30とかあると思う」と話す佐久間氏に「終わる番組と終わらない番組の違いはどこにありますか」と尋ねると「難しいなぁ。

運ですけどね…」と反芻(はんすう)しながら言葉を続けた。

 「基本は運だけど、プロデューサーが『番組の状況』と『社会の状況』を両方見る目があって、適切な舵取りをしていかないと、向かっている先が時代と違うみたいなことが結構あるんですよ。『面白いことをやっている』だけでは番組が続かない。会社の状況と社会の状況、コンテンツの主な視聴者層、会社への利益をどこで与えているのか、というのを考えないと続かないんですよね。子育てと一緒で、愛情があれば続くってものでもない。全部『お前、最高だよ』って言ったら、ロクな子に育たないじゃないですか。ストイックに作らなきゃいけなかったり、逆にダサいこともやらなきゃいけなかったりとかっていうのはあると思います」

 番組が終わることに「寂しさは全くない」と言い切る。「力不足だったなとか、そういうことは思いますけど、終わるには何かしらの理由がある。何を達成できなかったのか、もしくは、会社に見る目がなくてバカだったか」。実際、地上波で手応えがあった企画が成就せず、新たにブラッシュアップして配信で成功した例もある。終わったあと、自分は何をするべきかという問いは、決して悲観的なものではない。

 移ろいゆく時代のなかで、エンターテインメントの立ち位置も変わってきた。

手軽で安易に発信できるものがシェアを増やしていくことで、どういう向き合い方をしていけばいいのだろうか。

 「その悩みはたぶん、全メディア持っているだろうなと思います。まあでもアテンション・エコノミー(注目経済)とも向き合って、両方やりながら、たまに重いものを出すとか。炎上系の形で再生数は取るけど、実はやっていることは違う、という戦い方をするのが、今自分が向いていることというか、やるべきことなのかな、と。手軽なことはAIでやれるから、AIに淘汰されない『人間』みたいなものはどう出すのかっていうのは考え続けたいですね」

 50歳を迎え、佐久間氏は「持っているカードの割には頑張ったなって気持ちもある。25年前のテレビ東京なんて弱小だったので、そのスタートの割には頑張ったなとも思うし、もっとやれることもあったかな、と思うのと半々ぐらい」と自己評価する。この先のしっくりくる未来について尋ねると「めちゃくちゃ決めてないですね」と断言した。

 「いま種をまいて仕込んでいるものの、何が俺の人生を変えてくれるだろう、って感じです。だってラジオが(特番時代から含め)8年目まで続くって思ってなかったですもん。ちゃんと頑張ろうと思えるものを2つか3つ持って、一生懸命やる。種をまいて、咲かないかもしれないけど、咲いたら面白いなって仕事をやったほうがいいと思います」

 5年後、10年後に咲くものはどんな形をしているのか。視聴者としてともに歩む楽しみがまた新たに生まれそうだ。

 〇…佐久間氏はこのほど、ラジオの番組本第4弾「50歳ラジオパーソナリティ佐久間の深夜3時のエンタメ過剰摂取~佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)2023-2025」(扶桑社刊)を刊行。番組のフリートークや感銘を受けたエンタメリストなどが収録された。「自分にしか話せない話をしていくようになったら、変わったラジオになった。リアルタイムで視聴者と一緒に番組を作っていくのが時代に合っていて、その感覚でYouTubeもやっています」と話した。

 ◆佐久間 宣行(さくま・のぶゆき)1975年11月23日、福島・いわき市生まれ。50歳。99年にテレビ東京に入社し、「ゴッドタン」「あちこちオードリー」などを手がける。2019年4月からニッポン放送のラジオ「佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)」のパーソナリティー。21年3月にテレビ東京を退社し独立。テレビ、ラジオ、執筆、配信などジャンルを問わず活躍中。

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