松竹創業者の一人、大谷竹次郎さんの孫で、昨年12月10日に多臓器不全のため80歳で死去した同社名誉会長・大谷信義(おおたに・のぶよし)さんのお別れ会が31日、東京・帝国ホテルで執り行われた。政財界、歌舞伎・芸能界、取引先など約500人が参列した。

 同社代表取締役会長の迫本淳一氏が追悼の辞を述べ、続いて大谷さんと長年、親交のあった山田洋次監督が弔辞を述べた。最後に、代表取締役社長の高橋敏弘氏が参列者にあいさつした。祭壇は故人が長く貢献した映画・映像業界を象徴する松竹映画のオープニングロゴである「富士山」をモチーフに、1万2000本の花で表現。両脇に社名にちなんだ「松」と「竹」をあしらった。午後からは引き続き、一般向けの献花を受け付けている。

 東京生まれの大谷さんは、慶大法学部卒業後の1968年4月に入社。映画「男はつらいよ」シリーズの宣伝などに携わり、映画営業本部長や常務、専務を歴任し、98年に社長に就任。2024年から名誉会長。日本映画製作者連盟(映連)の会長や顧問も務めた。

 ◆山田洋次監督の弔辞全文 大谷信義さんが私たちの前から去っていかれたことを、心から寂しく思っています。若き日のあなたが初めて関わった「男はつらいよ 葛飾立志篇」のロケ現場で、慣れない手つきながらも一生懸命に人混みの整理をされていた姿が目に浮かびます。

 穏やかで控えめでありながら、大事なことはきちんと言われる方でした。

映画への愛情は深く、その語り口にはどこか役者のような味わいがあり、お話をうかがうたびに私はいつも引き込まれていました。

 本社でお会いすると、なぜかほっとする、そんな温かさを持った方でもありました。社員の誰からも親しまれ、愛されたそのお人柄は、多くの人の心に今も残っていると思います。

 静かに、長いフェードアウトのように去っていかれたことが、なおさら寂しく惜しまれてなりません。感謝を込めて、お別れを申し上げます。

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