◆スポーツ報知・記者コラム「両国発」

 3月14日、プロボクシング金沢ジムの会長・金沢英雄さんが亡くなった。78歳、直腸がんだった。

現役時は東洋ジュニアミドル級王者で、引退後に大阪で金沢ジムを創設。WBC世界スーパーフライ級王者・徳山昌守(51)、WBA世界スーパーウエルター級暫定王者・石田順裕(50)らを輩出した。記者人生の中で、忘れられない人物だ。

 若手時代の01年。親ほど年の離れた金沢会長に自己紹介すると、いきなり「ボクシング、好きか?」と返ってきた。テレビ観戦歴は長かったので「はい」と即答すると、「記者はネタが要るやろ? ほしかったら、ジムに来い」と言われた。ボクシング界の右も左も分からない当時、ありがたかった。徳山らボクサーたちも気さくで、通う中で面白くなってきた。会長は行きつけの居酒屋へ移動すると、世界戦の構想などを熱弁。記者会見だけが取材の場ではないと学んだ。

 小さなジムだけに資金面は常に苦戦していた。会長が、自営業だった徳山の父・四郎さんに支援を頼んだことも数知れず。

そんな中、徳山は世界王座を計9度防衛。全盛期の金沢ジムは活気にあふれ、会長は存在感のあるボスだった。

 スポーツ報知愛読者でもあった。聖地・後楽園ホールの試合結果が掲載されているのがお気に入り。ボクシング記事が目立たない日は「小さいわ」とよく突っ込まれた。関係者によると、密葬の際、ひつぎの中に本紙も添えられたという。

 やはり一番の思い出は何度も言われたあの金言。「ネタがほしかったら、ジム(現場)に来い」。AIがネット上の情報をまとめる時代になったが、私は取材記者を続ける限り、忘れないだろう。(スポーツ担当・田村 龍一)

 ◆田村 龍一(たむら・りょういち) 98年入社。ボクシング、ラグビー、サッカー担当など歴任。

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