五輪で2度の金メダルに輝いたソフトボールのレジェンド、43歳の上野由岐子投手(ビックカメラ高崎)が2日、都内でスポーツ報知の単独インタビューに応じ、26季目を迎えた心境を「(ゴールの)旗が見えてきた」と明かした。45歳で目指す28年ロサンゼルス五輪への道程で、選手、指導者、技術の伝道師として後進に尽力。

10日に群馬などで5季目が開幕する国内最高峰「ニトリJDリーグ」では4季ぶりリーグ制覇へ「臨機応変」をテーマに掲げた。(取材・構成=宮下京香)

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 ロス五輪まで2年。26季目を前に、上野の中で心境の変化が生まれていた。

 「年を重ねる中で余裕が持てるようになって。30代の時は、どういうタイミングで引退するんだろう? と分からなかった。でも今は(ゴールの)旗が見えてきた。こうやって引退が見えてくるんだと。その“限られている感”があって、今は投げること自体を楽しめているのかな。選手は『あしたのジョー』じゃないけど、灰になって燃え尽きれば御の字かなと思います」

 昨季は通算250勝、2500奪三振達成と記録的なシーズンを過ごした。

 「毎年グローブに入れている目標があって、今年は『臨機応変』。選手としても、指導者としても仕事ができるように頑張りたい」

 選手としては「腹八分目」という“裏”テーマもある。

 「この年で1年を投げていくには、いかに手を抜くじゃないけど、少ない負担で抑えられるか。

これまでは速さや変化球で打者のタイミングをずらしてきたけど、球種がバレた時もリリースを変えたり(昨季に上野が実践した)“5人スタイル”が使える。全力で三振を取るより、1球でアウトを取れるスタイルをつくりたい」

 一方で「選手している場合じゃない」と冗談めかすほどやりたい事は山積み。

 「もちろん1年でも長く選手をやりたいけど、言ってあと2、3年しかもたない。その中でこの1、2年をかけて、選手を終えた時にすぐにそっちにいける下積みをしておきたくて」

 それが「恩返し」だ。

 「頑張っている子たちに手を差し伸べたいんです。今はスキルを教える環境が少ないと思うんです。初心者でもある程度のレベルまで投げられるメソッドを作って、それを全国に置いていきたい。せっかくソフトボールに出会っても、中学まででおなかいっぱいな子が、高校、実業団でやりたいと思ってくれることが大事。スキルをしっかり残していければ」

 「熱く語ってすみません」と言いつつ、熱く語った。

 「(ロス五輪の)『次は上野が監督』とよく言われるけど、何回考えてもそこじゃない気がして。全日本に関わりたくないわけではないけど、ベースのレベルをもっと上げておけば、誰が代表に入っても強いし、ずっと強い日本を守っていける。投手は特別なポジション。

だからこそ、自分がトップに立つより、自分にしかできないことをできれば、ソフトボールに恩返しができるんじゃないかな」

 ロス五輪金メダル、その先の未来を見つめるレジェンドがけん引する。

◆上野 由岐子(うえの・ゆきこ)1982年7月22日、福岡市生まれ。43歳。競技は小学3年から。2001年に実業団の日立高崎(現ビックカメラ高崎)入り。日本代表初選出の02年世界選手権・中国戦で完全試合。12、14年世界選手権金、アジア大会は02年から6連覇中。右投右打。最高球速は10年広州アジア大会でマークした121キロ。趣味はコーヒーを飲むことで「深いりが好き」。身長174センチ。

【取材後記】

「旗が見えてきた」。

どのアスリートにもいつかは来る「引退」について、思いを聞くのは初めてだった。21年東京五輪後も左膝の手術後にリーグで1球も投げられなかった22年、復活途上の昨季までは「辞め時がわからなかった」という。担当としては「生きる伝説」を見続けたい気持ちもあるが、上野からは「強い日本を守る」という使命を強く感じて「スキルを残すことができたら、私がいなくても大丈夫」とソフトボール界の未来を見据えた。

 ビックカメラ高崎に新たに加入した米国出身のC・フーバーとの意思疎通に英語も勉強中。忙しくてしおりを挟んだままの本がたまっているらしい。限りのある現役生活を満喫し、45歳で迎えるロス五輪へ向かって欲しい。

 ◆読者プレゼント 上野由岐子投手(ビックカメラ高崎)が、今季テーマに「臨機応変」と書いたサイン入り色紙をスポーツ報知の新聞読者1人にプレゼント。希望者は、はがきに〒住所、氏名、年齢、電話番号、本紙への感想を明記し、〒130―8633 報知新聞社運動第二部「上野由岐子色紙」係まで。4月24日の消印有効。当選者の発表は発送をもって代えます。

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