Jリーグ初年度の1993年に清水に加入したシジマール・アントニオ・マルチンス氏(63)がこのほど取材に応じた。2025年にジュニアユースGKコーチに就任し、2026年はアカデミーGKコーチを務める。

21年に塗り替えられるまでJ1連続無失点731分の記録を持ち、183センチの身長以上の長い手足を武器に”クモ男”の愛称で親しまれ、時代を築いた名GK。「夢を追う楽しさを伝えたい」と、将来的なトップチーム復帰とリーグ優勝への貢献にも意欲を見せた。(取材・構成=伊藤 明日香)

 胸元には清水のエンブレムをつけたシジマール氏。「エスパルスオレンジで優勝したい。いろんな色のシャツを着てきたけれど、心はずっとオレンジ」と目を輝かせる。09~12年に柏、23~24年には神戸でGKコーチを務めた。トップチームで監督を務める吉田孝行監督とともに、神戸時代はリーグ優勝を経験。それでも古巣・清水での夢実現へ、他クラブからの誘いを断り、復帰を決断した。

 現在はアカデミーで次世代の育成に奮闘中だ。「全員がプロを目指しているわけではないが、夢を持つ子や素質のある子に夢を与える指導を大切にしている」と力を込める。父の家業であった宝石店を継ぐ道もあったが、自らの夢を貫いてきたからこそ言葉には重みがある。「自分の子ども時代を思い出して、夢の大切さを感じています」と笑う。

 J初年度の1993年、ポルトゲーザ時代の恩師で清水監督のエメルソン・レオン氏から直接オファーを受けて来日。もともと日本でのプレーを望んでおり、即決だった。Jリーグデビューとなった同年の広島戦で前半9分に失点して以降、第9節G大阪戦の53分まで無失点を継続し、8試合で731分の記録を樹立。「無失点は一人で成し遂げたものではなく、仲間と作ったもの」と感謝を口にした。2021年に名古屋の元オーストラリア代表GKランゲラックに818分で更新されるまで、長くリーグ記録として残っていた。

 夢を追う子どもたちを支える一方で、自身はトップチームのコーチとして清水を優勝させたいという思いを強く持つ。現役時代に果たせなかった悲願でもある。「心はオレンジ」。何度も口にしてきた言葉だ。思い出は数多いとほほえむ中、最も脳裏に刻まれているのが別れの瞬間。退団時、静岡駅で新幹線に乗り込む際、多くのサポーターが駆けつけ、発車が約2分遅れたという。「新幹線は遅れないものなのに…。

その愛に本当に感動した。どう恩返しするかをずっと考えてきた」と振り返った。

 59歳となったJ3福島のFW三浦知良にも話題が及んだ。30年前に何度も激闘を繰り広げたライバルを「両足で蹴ることができる選手で、ゴール前では全てのアンテナを張り巡らせていた」と回想。自身も17年、J3藤枝でGKコーチを務めた際、故障者続出の事情から22年ぶりの現役復帰の可能性が浮上。54歳での最年長出場更新も見えたが、ラスト5分の出場打診を「ピッチに立つGKに失礼」と固辞した。「最年長GKになるのは夢ではない。カズは長く現役を続ける夢を持っている。その価値を下げたくなかった」と、レジェンドへの敬意をにじませた。夢を知る男は、夢をつなぐ側に立っている。

 ◆シジマール・アントニオ・マルチンス 1962年6月13日、ブラジル・サンパウロ州出身。63歳。

現役引退後の1997年から指導者の道へ。国際開洋第一高(現・菊川南陵高)、VOLARE FC監督、FC浜松テクニカルアドバイザーなどを経て、柏、神戸でGKコーチを歴任。浜松開誠館中学・高等学校サッカー部コーチ、藤枝コーチなども務め、23年から2年間は再び神戸でGKコーチを務めた。

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