京都府京都市が市営住宅の空室を利活用することに力を入れています。市の抱えるさまざまな課題を解決するため、公募によって採用された企業や団体が借り上げた市営住宅を、障がい者グループホームや子ども食堂、若年層や子育て世帯向けの住宅として活用・提供。

そのスキームや事業化していくまでの困難、期待する成果などについて京都市の都市計画局住宅室住宅管理課活用促進第一担当係長の竹中康之(たけなか・やすゆき)さん、担当の西井敬太郎(にしい・けいたろう)さんに聞きました。

京都市の市営住宅利用、建物の老朽化や高齢者率の増加が問題に

近年、全国各地で公営住宅の老朽化、入居者の高齢化や新たな入居者の減少による空室の増加が目立ち、課題となっています。

京都市が運営する市営住宅は2023年時点で523棟約2万3000戸。うち27%にあたる約6300戸が空室でした。それが2024年11月1日時点では、管理戸数が2万2562戸、空室は6719戸。1年足らずの間に、空室の増加がさらに進んで空室率が30%近くにまで増加しています。

京都市の市営住宅も全国の公営住宅同様、1970年代から1980年代にかけて建てられたものが多く、建物の老朽化が進行することで維持管理にかかる費用が増え、財政への負荷は増すばかり。また、入居世帯数が減っている市営住宅では、毎日の生活運営に必要な共益費や自治会費を少ない世帯数で負担することになるため、1世帯あたりの負担が増えることに。

京都市、市営住宅の空室を福祉拠点などへ。入居者減の課題解決、子ども食堂・障がい者グループホーム等にも活用

1970年代~1980年代に建てられた建物は老朽化が進み改修が必要な住戸が増え、維持修理費などの入居者の負担が問題となっている(画像提供/京都市)

さらに、市営住宅の入居者の高齢者率(65歳以上)は47.7%なのに対し、若年者率(15歳未満)はわずか8.04%。コミュニティの高齢化や地域活動の担い手不足が深刻な問題となっています。
入居者を公募しても、団地によっては1件も応募がないこともあり、トータルでの入居戸数は募集の半数程度。「空室が増え、夜間に灯りがついていない部屋が点在していることに不安を感じる」などの声も寄せられているとのことです。

京都市、市営住宅の空室を福祉拠点などへ。入居者減の課題解決、子ども食堂・障がい者グループホーム等にも活用

市営住宅の公募申込者数、新規入居世帯数ともに年々減少している。

また人気のある物件に申し込みが集中するため、公募戸数に対して実際に入居できる世帯が少ないことも課題(画像提供/京都市)

企業や団体が空き住戸を借り上げて利活用。公営住宅の「目的外使用」とは

このような事態を踏まえて、京都市が注力しているのは、コミュニティや地域の活性化につながる空き住戸の利活用促進です。本来、公営住宅は住居確保が困難な人向けに自治体が提供するもの。自治体によっても異なりますが、その地域に在住または通勤していて、収入が一定額以下などの条件が設けられているのが一般的です。それを活性化のために企業や団体に貸せるようにするには、各地方公共団体が「行政財産の目的外使用許可」を申請し、国士交通大臣による承認を受ける必要があります。

京都市では、これまでも住まいに困っている人を支援する民間企業や団体などからの相談を受けて、個別に目的外使用を活用してきました。障がい者のグループホーム、低所得世帯の大学生や外国人留学生の世帯での入居、こども食堂、児童養護施設を退所した若者が新しい生活をスタートさせる新居として、などです。

京都市、市営住宅の空室を福祉拠点などへ。入居者減の課題解決、子ども食堂・障がい者グループホーム等にも活用

活用を希望する事業者に対し、京都市は現状のままで貸し出し、借り受ける企業の費用負担でリフォームを施す(画像提供/長栄)

そして2021年に京都市が「京都市住宅マスタープラン」を策定した際、団地ごとに活用方針を定めていく中で、老朽化が激しく市の財政だけでは整備が困難な住戸が相当数あることが明らかになったのです。民間の資金を活用し、空室の有効活用と地域活性化の両方を解決する手段として、さらに目的外使用を促進することになりました。

2023年に民間事業者が現状のまま整備に多額の費用を要する住戸を借り上げし、若者や子育て世帯向けにリフォームを施した上でサブリースする「京都市若者・子育て応援住宅(愛称:こと×こと)」をスタート。2024年3月には若者・子育て支援だけでなく、福祉的活用や地域活性化、文化・まちづくりの推進にまで目的を広げた「利活用提案募集制度」を開始し、いずれも現在、制度を継続して活用事業者を募集中です。

京都市、市営住宅の空室を福祉拠点などへ。入居者減の課題解決、子ども食堂・障がい者グループホーム等にも活用

「若者・子育て応援住宅(愛称:こと×こと)」の対象となった市営住宅の例(画像提供/京都市)

入居者が減り続ける市営住宅をグループホームとして利活用。
きっかけは地域住民の声だった

そもそも京都市が、市営住宅の空き住戸を民間企業や団体へ貸すきっかけとなったのは、地域住民たちの声でした。市営住宅の入居者が減少することによって地域コミュニティの担い手が不足し衰退していくことは、地域全体の安全をおびやかし、社会資本としての住まいの資産価値を低下させる、切実な問題です。

「いろいろな市営住宅団地をめぐって入居者や地域住民にヒアリングした中で『市営住宅を空いたままにしておくのではなく、地域の課題や必要としている人たちのために提供してほしい』という声をたくさんいただきました。

障がい者向けのグループホームを運営している団体から寄せられたのは、新たにグループホームを開設しようとしても、民間の土地に事業所を新設したり民間住宅を借りたりすることが難しいという問題です。その背景には、不動産価格の高騰や周辺住民の理解を得られにくいことなどがありました」(京都市・西井さん)

そこで京都市は空いている市営住宅の一部の住戸を社会福祉法人などに貸し出し、借り受けた法人や団体が市営住宅の中に高齢者や障がい者を対象にしたグループホームを開設したのです。グループホームの運営者や利用者らが積極的に自治会活動にも参加することで、活動が継続できた団地もあり、相乗効果が生まれています。

その一つ、社会福祉法人径(こみち)福祉会がグループホームとして借り上げているのは、市営住宅3戸。現在、下は38歳、上は60歳の女性5名が入居していて、満室となっています(2025年3月の取材時点)。管理者を務める径福祉会の河原敬子(かわはら・けいこ)さんによると、3戸のうち2戸には入居者の食事の用意などをする世話人が夜間支援体制で入り、各個室には鍵を付けてプライバシーを確保しつつ、手伝いが必要なときはサポートできる体制が整っているそうです。

京都市、市営住宅の空室を福祉拠点などへ。入居者減の課題解決、子ども食堂・障がい者グループホーム等にも活用

空室となっている市営住宅を利用した、障がいのある人たちのグループホーム。現在、5人の女性が世話人のサポートを受けながら自立して生活している(画像提供/径福祉会)

「市の援助を受けながら径福祉会でも費用を負担して全面改修を行い、すっきりときれいで、エアコンやWi-Fiを設置した快適なホームになりました。入居者同士で食事をしたり、時にはみんなで季節のお祝いをしたりと家庭に近い雰囲気で暮らしています」(径福祉会・河原さん)

市営住宅を子育て世帯向けにも活用。
新旧の入居者の垣根をなくすことを意識

続いて2023年から継続実施している「京都市若者・子育て応援住宅(こと×こと)事業」には、これまで不動産会社10社が参画。空き住戸75戸(2023年度時点)を借り上げ、各社がリノベーションを施した上で若者や子育て世帯に賃貸提供しています。

特に積極的に市営住宅の活用に取り組む京都市内の不動産会社、長栄の奥野雅裕(おくの・まさひろ)さんによると、2024年度には10戸の改修と子育て世帯への貸し出しを行い、さらに2025年度は20戸の住戸とキッズルームの提供を企画し準備をしているそう。

京都市、市営住宅の空室を福祉拠点などへ。入居者減の課題解決、子ども食堂・障がい者グループホーム等にも活用

老朽化した部屋もリノベーションすることで、使い勝手の良い、現代風な部屋に生まれ変わる。若者や子育て世帯に貸し出す「京都市若者・子育て応援住宅事業(こと×こと)事業」(画像提供/長栄)

京都市、市営住宅の空室を福祉拠点などへ。入居者減の課題解決、子ども食堂・障がい者グループホーム等にも活用

不動産会社が費用を負担して独自にリノベーションし、若者や子育て世帯向けの部屋に。家賃は周辺の民間賃貸住宅の相場よりも1万~2万円ほど安く設定されている(画像提供/長栄)

「マーケティングをしっかりと行って空き住戸を改修し、子育て世帯の20代~30代の人たちが求める部屋を提供するのは私たちの得意とすることです。そして、ただ部屋を提供するだけではなく、入居者同士の垣根をなくすためにさまざまな活動を行っています」(長栄・奥野さん)

長栄は、以前から市営住宅に住む人たちに、この新たな取り組みの説明を尽くした上で、新しく入居する人との間に接点を促すような、イベントやワークショップを実施してきました。

「市営住宅に、収入制限を設けずに若い方を受け入れるということは、原則的にはこれまで市では行っていなかった取り組みです。新たに入居される方も、迎える既存の入居者の方にも、何らかのストレスがかかってはいけないと考えました。交流の機会をつくり、互いの垣根をなくすことが私たちが一番心掛けたことです」(長栄・奥野さん)

京都市、市営住宅の空室を福祉拠点などへ。入居者減の課題解決、子ども食堂・障がい者グループホーム等にも活用

京都市主催、長栄が協力して実施した団地内の公園での遊具ペイントイベント。新たに入居した人も子どもたちとともに参加することで、前から住んでいる人との距離が縮まっていく(画像提供/長栄)

行政と民間ともにWIN-WINの目的外使用、概要を明確化して事業として開始

一方で、市営住宅の活用は書類作成や申請など、ハードルが高いと考える民間企業・団体も多くあるようです。また、市の窓口に相談に来た企業や団体から「公営住宅を民間企業が借りられるとは知らなかった」という声も多かったとか。

そこで、より多くの人たちに市営住宅の利活用について正しく知ってもらうため、2024年3月より、活用可能な団地や活用用途を募集要項に明記した「市営住宅の空き住戸の更なる利活用に関する提案募集」事業を開始しました。

企業や団体が事業に応募するには、まず市に相談し、申請書類を提出。相談を受けた京都市は要望に合う住戸を選定し、自治会との協議や入居者への説明会を実施します。使用開始までは早ければ1カ月半~2カ月程度で、福祉的目的で活用する場合はプレゼンテーションを実施し、協議会の審査を受ける必要があります。

京都市、市営住宅の空室を福祉拠点などへ。入居者減の課題解決、子ども食堂・障がい者グループホーム等にも活用

2024年3月に新たに開始した「市営住宅の空き住戸の更なる利活用に関する提案」の手続きフロー(画像提供/京都市)

借り上げ期間については1年単位での更新となるそう。企業や団体から入居者に貸し出す家賃の設定は基本的に自由に設定できますが、あまりにも相場からかけ離れている場合は市からの調整が入る可能性もあるとのこと。また、この事業は地域コミュニティの活性化も目的としているため、活用事業者や活用に伴う入居者は、団地の自治会等、地域活動への参加が必須です。

市営住宅の利活用事業では、利用額が一般的な民間住宅よりも安く抑えられる点が借りる側の企業や団体にとっての大きなメリット。京都市としても、自治会活動への参加を条件とすることで地域活性化が期待でき、空室の有効活用で家賃を得ながら事業者負担で改修できるため、両者にとって利があります。

事前に丁寧な説明や話し合いを実施。住民の理解が重要

ただし、これまでも述べてきたように本来の市営住宅の目的である「低廉な家賃での住宅提供」として入居している入居者の生活が阻害されない範囲であることが大前提です。

「目的外使用許可に基づく住戸活用においては、とくに入居者のみなさんのご理解とご協力をいただくことが非常に重要です。活用したい企業や団体から申請があった時点で自治会に相談・協議を行い、必要であれば入居者説明会なども実施しています」(京都市・竹中さん)

このような事前の慎重な対応により、入居者からは「新しい入居者が、これまで高齢化が目立っていた自治会やコミュニティに参加することで、少しずつ活性化を取り戻しつつある」との声もあり、概ね好意的に受け入れられているようです。

「市営住宅の空き住戸の更なる利活用に関する提案募集」への相談件数はこれまでに16件(2024年11月の取材時点)。うち、実際に応募に至ったのは4件です。1団地ごとにおける活用住戸は数戸程度とまだまだ小規模なのが現状。これは「住戸の老朽化が進み、改修にかかる費用が大きいため活用したい気持ちはあるが、資金的な問題から応募には至らない企業・団体が多かった」というのが京都市の分析です。市は今後拡大していくことでさらに大きな流れとなることを期待しています。

京都市、市営住宅の空室を福祉拠点などへ。入居者減の課題解決、子ども食堂・障がい者グループホーム等にも活用

お話を聞いた京都市職員の竹中康之さん(左)と西井敬太郎さん(右)(画像/オンライン取材時の録画をキャプチャ)

公営住宅の老朽化や入居者の高齢化は、全国の自治体が抱える問題ですが、京都市が推し進める市営住宅の活用事業は空き住戸と地域活性化、双方の課題に効果をもたらしています。
「市営住宅を必要としている人たちに、適切な形で提供していきたい」と話す竹中さん。新しい動きとして、医療介護分野の人材不足が言われる中で、エッセンシャルワーカーの社宅としての活用に取り組み始めたところです。事業者同士が横のつながりを持てるような仕組みを検討しているとも。

公営住宅の空き住戸の利活用に関するさまざまなアイデアや挑戦が、地域活性化だけでなく、社宅利用による雇用促進や異業種間の連携など、多くの課題解決の可能性を秘めているのではないかと感じました。

●取材協力
・京都市
・京都市市営住宅空き住戸の更なる利活用に関する提案募集について
・社会福祉法人径(こみち)福祉会
・株式会社長栄

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