2023年、総事業費500億円を超える「SAGAサンライズパーク」が完成した。このビッグプロジェクトを統括したのは、佐賀市出身の建築家・西村浩さんだ。

東京で設計事務所を開いて設計活動をしていたが、ふるさと・佐賀で活動をはじめたのは、2010年頃からだったという。それから15年。西村さんの奮闘は、どんなものだったのだろうか?現在から振り返ってみよう。

PerfumeライブでSAGAアリーナが大絶賛!

2025年1月、SAGAアリーナでPerfumeのライブが開催された。SNS上には「駐車場の無いアリーナ!心配無用だった。街の駐車場無料開放で問題なし」「終演直後にほとんど待たずに乗れるバス。佐賀市営バスの本気を感じた」「街も綺麗でおしゃれな店もあるし、道もフラットだし」「こんなに熱烈歓迎してくれる街なかなかないぜ」…とアリーナを称賛する投稿が相次いだ。(Xの投稿から筆者が一部編集)

「SAGAサンライズパーク」が”佐賀の誇り”になるまで|Perfumeライブで全国の観客が称賛。開業2年で地価1割上昇 建築家・西村浩インタビュー【1】

(出典:X)

SAGAサンライズパーク(佐賀県佐賀市日の出)は、SAGAアリーナ、SAGAスタ(総合運動場)、SAGAアクア(水泳場)、SAGAプラザ(総合体育館)などからなる総合運動施設で2023年に開業した。
1976年の国体で使用され一部老朽化もみられた佐賀県総合運動場を、2024年の国民スポーツ大会「SAGA2024」のメイン会場として、建て替えや改修によって再整備した総工費500億円超えのビッグプロジェクトだ。

土木出身の建築家・西村さんがサンライズパーク整備の全体を統括

プロジェクトを統括したのは、設計事務所・ワークヴィジョンズ(東京都品川区)を主宰する建築家の西村浩さんだ。「土木出身である自分が全体調整に関われたのはよかったと思っています」と語る。
「僕は、大学では土木学科出身で建築家に転身しました。このプロジェクトの主体は佐賀県であるものの、東側にある文化会館を持つ佐賀市、国道を管理する県の他部署とも調整が必要になります。また、敷地内のいくつもの施設整備に複数の設計事務所や施工者が関わっていて、道路や歩道橋も整備対象となっていました。

関わる関係者は施設毎の設計者や施工業者、照明計画やサイン計画、施設を彩るアーティストなど数えるのが困難なほどでした」と打ち明ける。
一般的に、アリーナなどの建物については建築士が、道路や橋梁・ランドスケープ設計は土木分野の設計者が分業して行う。
西村さんは、建築と土木の両方の設計経験があるとともに、これまで関わってきたさまざまなプロジェクトの経験も踏まえてそれらを統合する手腕にも長けていた。

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SAGAサンライズパークを北側から捉えた鳥瞰(ちょうかん)写真。SAGAアリーナ、SAGAスタ、SAGAアクア、SAGAプラザ、栄光橋などからなる総合運動施設だ(写真提供:佐賀県)

イベント時だけではない「住民の日常のくらし」をつくる

SAGAアリーナを西村さんご本人に案内してもらったのは、Perfumeライブの前の週。
最寄りの佐賀駅に降り立ち北口を出ると「アリーナまでバスならバスセンター2番のりばへ/サンライズストリートを歩いて15分」と書かれている。
15分と少し遠いがアリーナへ向けて歩いてみる。市道は「サンライズストリート」と名付けられ、歩道は茶系のカラー舗装で視覚障害者用点字ブロックが敷設されている。街路樹は木製のプランターに植えられ、無電柱化されており景観への配慮がうかがえる。
国道34号の直行する高架をくぐると、そこには巨大でメタリックなスチールの多面体が現れる。SAGAアリーナだ。メインアリーナは、固定6,300席、可動2,100席で8,400席。フロアのアリーナ席を含めると10,000人規模のスポーツイベントやコンサート会場のほかビジネスイベントにも対応する。

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SAGAアリーナ。佐賀駅から北側に歩くと、巨大なスチールの多面体が現れる(写真:ワークヴィジョンズ)

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SAGAアリーナの前に立つワークヴィジョンズ・西村浩さん(写真:藤本幸一郎)

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サンライズパークのシンボル「サンライズタワー」。約5万輪の花や佐賀の八賢人、たくさんのカモメ、そして西村さんの指さす先には、キャラクター化した西村さんもこっそり描かれているという(写真:藤本幸一郎)

見上げると国道を跨ぐのは栄光橋だ。夜間には美しくライトアップされるのだという。スタジアムの2階レベルのペデストリアンデッキの下には低層の商業施設が並び、アリーナの周囲には街路樹の下に木造のデッキを敷き詰めたパークテラスがある。

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向かいの佐賀市民会館側から国道を跨ぐ栄光橋(ライトアップ時)を下から見上げる(写真:ワークヴィジョンズ)

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パークテラスには、スタジアム側ペデストリアンデッキ下に飲食店舗が入居し、国道側に木製デッキを敷いた。サンライズパークを訪れた人々の憩いの空間となっている(写真:Kouji Okamoto)

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栄光橋から国道越しにSAGAサンライズパークを見たところ。国道沿いには、バス停を設けて、路線バスやシャトルバスの運行に対応する(写真提供:ワークヴィジョンズ)

西村さんによると、徒歩や公共交通利用を促進するため、通常ならば駐車場になりがちな場所に、サンライズパークを訪れた人たちが飲食店で地ビールを飲んだり、デッキでは持参したお弁当を食べたり「住民が日常から楽しめる空間」をつくったのだという。

「駐車場のないアリーナ」は、中心市街地の「街なか指定駐車場」を活用

県は、大規模イベントで一般の利用者が使える駐車場を設けていない。「歩くライフスタイル」を推進して佐賀駅からの徒歩や、バスでの来場を呼びかけている。
開業から間もなくの新聞報道では「SAGAアリーナ上々だけど駐車場なしに賛否」という見出し記事もあった。

西村さんは「こうした施設では、とかくイベントのある最大利用に合わせた駐車場を備えてしまいます。でもそれだと平時はほぼ使われない広大な駐車場が殺伐とした風景をつくることになる。

行政の維持管理コストを押し上げるし、エリアの価値を上げる公共投資という意味でも得策ではない」と語ってくれた。西村さんが描いたまちへの想いにブレはない。

1月のPerfumeのライブ時には中心市街地の「街なか指定駐車場」が無料開放され、利用者には周辺店舗で利用できるクーポンが配布された。
佐賀市中心市街地振興室は、中央大通りで行っていた「サガ・ライトファンタジー」というライトアップイベントの期間をPerfumeライブまで延長した。「通りにはライブのバナーフラッグを掲げてウエルカム感を出し、ファンのみなさんに佐賀の街なかを歩いてもらいたかった」と意図を語ってくれた。このほか佐賀空港、佐賀駅にも全国各地から訪れるPerfumeファンへ向けた特設サインが設けられた。

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SAGAアリーナのデジタルサイネージには、翌週に控えたPrefumeライブの広告が映し出されていた(写真:村島正彦)

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佐賀市は道路の照明柱に、Perfumeのバナーフラッグを制作・掲示した(写真提供:佐賀市中心市街地振興室)

駐車場のある中心市街地から、SAGAアリーナまでのアクセスについては、徒歩やバス、シェアサイクルの利用を推奨し、丁寧な案内をまちづくり団体のウェブサイトなどで行っている。アリーナの開業から2年ほどを経過して「パークアンドウォーク」「パークアンドライド」の施設利用が定着してきているようだ。

サンライズパーク効果で、周辺地価が1割上昇

もうひとつ、SAGAサンライズパークのもたらした効果がある。それは、佐賀駅からサンライズパークに至る周辺地価が、この再開発に伴って7~10%とまれに見る上昇を示したのだ。
佐賀市の人口は、1995年に24万7千人とピークを打った。以降減少をたどり、2025年には22万8千人と約2万人の減、さらに2040年頃には20万人を切ると予測されている。この人口減少局面において、記録的な地価の上昇が見られたことは注目に値しよう。


西村さんは「税金を投入するこうした公共施設の整備では、地価上昇による固定資産税で回収することも目標とすべきなのです」と、地方創生の文脈のなかで「稼ぐまちづくり」の意義について語ってくれた。

サンライズパークが佐賀県民の誇りに

冒頭で紹介した、PerfumeのライブにまつわるSNSの投稿には「なんかSAGAアリーナがPerfumeファンにめっちゃ褒められてて地元民は嬉しいです」「SAGAアリーナできてから流れが変わったな…将来移住するから佐賀駅周辺の土地欲しい」「アリーナができる前にこんな素敵な未来を想像できた?SAGAアリーナがこれからもたくさんの笑顔で溢れる場所でありますように」といった発言がみられた。
西村さんは「サンライズパークが、福岡や熊本・長崎などの隣県の人たちから評価されて、訪れてみたい施設となっているようです。県外の人からの評判が高まることで、佐賀の人たちも喜んで誇りに感じてくれているのは正直嬉しい」と笑顔をみせる。

SAGAアリーナは、女子バレーボールのSAGA久光スプリングス、プロバスケットチームの佐賀バルーナーズの本拠地だ。2024年1月に羽生結弦の単独アイスショーの公演も行われた。
スタジアムのライブ利用は2023年1月オープン後、最初がB’z。次いで松任谷由実のツアーだった。大物が、音響の良さを聞きつけて、続々とSAGAアリーナをツアーに組み込んでいるようだ。
地元チームのホーム戦では、県民のスポーツ観戦の熱も高まる。コンサートについてもこれまでは、福岡まで行かなければ見られないアーティストたちが身近な、音響効果抜群のスタジアムで楽しめるようになった。地域への愛着も高まり、移住者を呼び込む魅力創出にも寄与していると評価してよさそうだ。

ジョギングコースは、地元名産品にちなんで…

計画の過程で調整したものがもうひとつある。
パーク内には「ランニングループ」と呼ばれる3つのジョギングコースが設定されている。

このうち長距離のコースはもともと1500mの予定だった。「山口祥義知事から『西村君、これさ1530m(いちごさん)にしてくれないかな』と要望があったんです」という。
佐賀県では、いちごのオリジナルブランド「いちごさん」を官民で共同開発、2017年に商標登録し、全国にもアピールしているところだ。
「どうしてもとのことだったので、ほらこの部分、デッキに穴をほじくってクルッと回る部分を追加して30m増やしました」とニヤリ。

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サンライズパークに設けられた施設案内板。赤が「いちごさんコース1530m」、左下の赤丸がこだわりの「さん(30m)」の部分(写真:村島正彦)

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SAGAアリーナで佐賀バルーナーズの試合を観戦する、右から西村浩さん、佐賀県SAGA2024・SSP推進局長(当時)の宮原耕史さん、山口祥義佐賀県知事(写真:ワークヴィジョンズ)

サンライズパークは、2024年度土木学会デザイン賞「最優秀賞」に

2024年度、土木学会デザイン賞の最優秀賞を「SAGAサンライズパーク+栄光橋+佐賀市文化会館西側広場」が受賞した。
受賞の講評において、そのデザイン性の評価に留まらず、開業後の県民の利用のありようについて高く評価している。

オープン以降、佐賀ではこれまでになかったエンターテイメントやスポーツイベントが毎週末開催され、県民の楽しみの機会が増え、夢や感動を生み出す拠点として親しまれている。日常的には、ジョギングや散歩に訪れる人の姿など、ゆったりと過ごす豊かな暮らしの風景が見られるようになり、「県民の自慢の場所」となったと聞く。結果、公共投資が地価上昇とともに税収増に繋がり、民間投資を呼び込む好循環を生みつつある。(資料:土木学会デザイン賞ウェブサイトより引用)

「SAGAサンライズパーク」が”佐賀の誇り”になるまで|Perfumeライブで全国の観客が称賛。開業2年で地価1割上昇 建築家・西村浩インタビュー【1】

2025年1月、土木学会デザイン賞「最優秀賞」の授賞式。「我らが佐賀チームは、授賞式に設計チーム、佐賀県、佐賀市の総勢20数名が出席し、…審査委員長からありがたい講評をいただきました」と伝えている(資料:西村浩さんのFaceBook投稿)

こうして、いまや佐賀にはなくてはならない建築家・西村さんだが、なぜそもそもふるさと・佐賀の仕事を手がけるようになったのか?
次回は、そこに踏み込んで聞いてみよう。

(続く)

●関連サイト
ワークヴィジョンズ
SAGAサンライズパーク
土木学会デザイン賞

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