西武池袋線・東久留米駅から徒歩1分。2024年8月に竣工したばかりの複合施設「kinone(キノネ) 東久留米」(東京都東久留米市)は、1・2階にカフェなどの商業施設、3階以上に賃貸住宅という構成だ。
ドッグラン付き。動物の種類も頭数も制限なしの「ペット可」物件
「kinone 東久留米」のコンセプトは、「動植物と共生する」「ゆったりと豊かに暮らす」「エシカルに心地よく過ごす」。
なかでも、「動植物と共生する」コンセプトは、物件の特徴に直結している。例えば、最上階の8階には入居者専用のドッグランがあり、1階に併設されたカフェのテラス席はペット連れOK。ピロティにはリードフックがあり、ワンちゃん連れが集う場所になっている。
そして何より特徴的なのが、動物も大切な家族の一員という考えから、動物の種類や頭数に特に制限を設けていないこと。
「大型犬は不可、1匹まで、という、よくある禁止事項も、人間側の勝手な都合なんですよね。通常の賃貸住宅では珍しいので、『こんなペット可物件を探していた』という問い合わせが多いです」と、この物件を手掛けたまちづくりチーム・タネニハの代表のひとり、荒川博典(あらかわ・ひろのり)さん。

緑あふれる建物デザインが特徴的な「kinone 東久留米」。1・2階は商業施設。

最上階にある入居者専用のドッグランは、壁や窓で覆わず屋外のような空間に。クッション性が高く、太陽熱によって熱くなりにくいウッドチップを敷いている(写真撮影/相馬ミナ)

(画像提供/タネニハ)

「1階のカフェは、開業前はキッチンカーで営業していました。テラス席は、ワンちゃん連れの住民やご近所の方々がコーヒー片手に集う場所になっていました」と荒川さん(写真撮影/相馬ミナ)
環境に負担をかけない、オーナーの農園直送のカフェやショップ
1階にある商業施設は「農のあるまちづくり」という共通コンセプトを持ち、環境保全や社会貢献など「エシカル」な視点を持つ店舗ばかりだ。
例えばコーヒーショップ「kinone coffee & flower」のスコーンやスイーツに使われている小麦や柑橘類も、フラワーショップ「日々の華」の花々も、地元、東久留米産のもの。というのも、これらを生産する農園を運営しているのが、このビルのオーナーでもある秋田茂良(あきた・しげよし)さんなのだ。
秋田さんは、地元・東久留米で、花苗栽培の「秋田緑花農園」の家業に加え、「環境に負荷をかけず、環境を再生していくリジェネラティブ農業」を目指す「タネニハファーム」の代表をしている。
「このプロジェクト自体が、『この土地を使って、地元に価値を還元できる場所をつくろう』という思いから生まれたもの。当初は、思いを同じくする企業にテナントとして入ってもらう予定でしたが、問い合わせは多かったものの、現実は難しくて。じゃあ、僕が一度始めてみようと考えたんです」(秋田さん)

「kinone coffee & flower」。「『おかえりなさい』『いってらっしゃい』と、ホームのような空間をつくりたかった」と秋田さん。タネニハファームのさつまいもを使ったケーキ、柑橘類をふんだんに使ったドリンクなどもメニューのひとつ(写真撮影/相馬ミナ)

スコーンは、東久留米で栽培した小麦粉「農林61号」でつくったもの。麦の香りが強く、豊かな風味を感じられる(写真撮影/相馬ミナ)

東久留米で30年以上、無添加や有機野菜、農薬不使用野菜の食材を使った総菜をつくっている「クックたかくら」の「ベジ弁当」は平日限定の人気商品(画像提供/タネニハ)

食料雑貨店「rootstock(ルートストック)」は、オーガニックな食材や、空き瓶を再利用して小分けで食材を購入できるデポジット瓶を使用するなど、環境に配慮している(写真撮影/相馬ミナ)

「rootstock」では、「必要な分だけを買うことでフードロスをなくせる」と、ドライフルーツ、ナッツ類も量り売りで販売している(写真撮影/相馬ミナ)

利用者が紙袋を持ち寄り、リユースする仕組み(写真撮影/相馬ミナ)

オーナーの花農園から直接運ばれた花や鉢植えが並ぶ、フラワーショップ「日々の華」。できるだけ地元の花を地元で売ることは、花の輸送エネルギーを削減することにつながる(写真撮影/相馬ミナ)

飾るだけでインテリアの主役になる、洗練された花器も並ぶ(写真撮影/相馬ミナ)

二十四節気(1年を24の季節に分けたもの)ごとに、「秋田緑花農園」を営むオーナーから各住戸の玄関にお花のお裾分けがあり、「心が華やぐ」「季節が感じられる」と住民に好評だ(写真撮影/相馬ミナ)
入居者インタビュー:二人暮らし20代夫妻「ルーフバルコニーで愛犬と遊び、緑を愛でる生活ができます」
では、実際に住み心地はどうだろう。
足立区から引越してきた20代のYさん夫妻(ともに20代)は、東久留米には全く地縁がなかったが、「ペットと共生できる」というコンセプトが気に入り、愛犬・あべべとともに、入居を決めた。
暮らすのは、55平米の最上階。「ここは建物唯一の間取りで、広いルーフバルコニーが付いているんです。ここでご飯を食べたり、あべべを遊ばせてあげたいですね。寝室以外は、ほぼワンルームのような間取りで、どこにいても、あべべの姿が見えるのがうれしいんです」(妻)

自由にDIYできる団地に4年間暮らすなど、「住まい」にこだわりがあるYさん。こちらも一部DIYできることや内装のデザイン性にも引かれた(写真撮影/相馬ミナ)
また、この物件では、植物との暮らしも大切にしている。
室外機や給湯器といった設備機器は集合住宅の中心部に集め、バルコニーを広くとり、バルコニーの柵には、その住戸の向きや階数の位置によって、ベストな植栽をあらかじめ植えている。そこには共同で自動的に灌水(かんすい)される仕組みで、入居者は気軽に緑を楽しめる。

約28平米ある、Yさん宅のルーフバルコニー(写真撮影/相馬ミナ)
こちらの植栽は、年に2回は業者がメンテナンス等を行うが、剪定など日常的な手入れは入居者にお任せ。
「せっかくなら緑に親しんでもらおうと入居者の方向けにbを開催したら、とても好評でした。画一的に管理するのではなく、それぞれのお部屋でいろんな個性があっていい、というスタンスです。
もともと手入れがとても難しい植物は置いていませんし、雑草もかわいいな、と思ったら、そのままでいい。それが自然なカタチだからです」(荒川さん)
Yさん夫妻もワークショップに参加した。
「植物のある暮らしに興味はあったけれど、手入れが大変かなと、始められなくて。あらかじめ、植栽が用意されているので、よい機会になりました。この前、お花見しようと八重桜を買ったんです。季節を感じながら暮らしたいと思うようになったのも、この部屋に住んだからこそかもしれません」

ワークショップの様子(画像提供/タネニハ)

バルコニーには間接照明を設置し、枝葉の影が建物に写りこみ、道を歩く人の目も楽しませる(画像提供/タネニハ)

結婚を機に住み替え。「この住まいの居心地が良すぎて、家で過ごす時間が増えました」(写真撮影/相馬ミナ)

玄関の突き当たりはウォークインクロゼットに。リビングから居室は2つドアがあり、寝室と仕事部屋と分けることも可能(HPより)
入居者インタビュー:一人暮らし30代女性「愛犬を通して自然と交流が生まれるようになりました」
品川区から住み替えた一人暮らしのSさんは、この物件との出会いを機に、犬を飼い始めた。
「ほぼリモートワークになり、特に都心で暮らす必要がなくなったんです。それなら、自然の多い郊外の街に住みたいし、犬と一緒に暮らしたいなぁ、と。通勤の軸がなくなったことで、『東京駅まで1時間くらい』かつ、『ペット可』で検索すると、本当にたくさんヒットしちゃうんですよね。私は、内装のデザイン性、物件自体のコンセプトも大切にしたくて……。その中でやっと見つけたのがこの物件だったんです」

40平米弱のワンルームは、天井も高く広々。Sさんは、以前、サブスクでホテル暮らしをしたこともあり、家具はほとんど持たない、ミニマムな生活を送っている(写真撮影/相馬ミナ)

エントランスが広く採られ、すぐバスルームにつながっているのは、散歩帰りの愛犬の足を洗ったりできるよう配慮されているから(写真撮影/相馬ミナ)
「東久留米という街は全く知らなかったけれど、夏の内見の帰り、周辺を散歩したら、子どもたちが川辺で水遊びしていて、すごく、ほっこりしたんですよね。物件ありきで住み替えたけれど、この街がすごく好きになりました。
また愛犬、春日ちゃんを通して、自然と住民の交流を持つようになった。「住民の方の名前は知らないけど、お互いワンちゃんたちの名前だけは知っているんです(笑)」。人懐っこい、春日ちゃんは1階のコーヒーショップのスタッフの人気者。さらに、以前カフェで働いていたSさんがスタッフにラテアートを教えるという出来事もあった。「『住まいを、街を、変えたら、生活が大きく変わる』を実感しました」(Sさん)

「いろんな街に住みたい性格。これまでは仕事に合わせて通勤が楽な都心を選んでいましたが、その条件がなくなったことで、暮らし優先の街選びができるようになりました」(写真撮影/相馬ミナ)

窓に面したキッチンと備え付けのデスクが明るい間取り(HPより)
正直、簡単ではなかった。人との出会いが課題を打破する
今回、取材を受けてくださった方たちは両名とも、東久留米に全く地縁のない方たち。しかし物件が気に入って暮らしてみると、自然豊かな東久留米にすっかり魅了されたそう。
「ああ、それが一番うれしい言葉ですね」とオーナーの秋田さん。
「私は、父から『畑は預かりものだから』と、常々言われてきました。所有するというより、どこか公共的な財産だと思ってもらえるような場所であってほしい。だから、この土地を使って、街に価値を還元しなければいけないと思ったんです」(秋田さん)

左から、bonvoyage株式会社の和泉直人(いずみ・なおと)さん、オーナーの秋田茂良(あきた・しげよし)さん、まちづくりチーム・タネニハの代表のひとり荒川博典(あらかわ・ひろのり)さん。
ただ、理想を実現しようとすれば自ずとコストが上がる。収益性だけを考えれば、チェーン店のテナントを入れ、できるだけ多くの賃貸住宅を設けるほうが手っ取り早かっただろう。「このプロジェクト以前から秋田さんとこの土地を知っている私としては、それだけは“なし”という人だと当初から考えていました」と、当時はオーナーと不動産管理会社の担当者という間柄だった荒川さん。
「この土地は、父が、当時の農協の組合長から紹介を受け、『これからの東久留米にとって、とても大切な土地だから』と言われて購入したもの。自分のもの、というより、街のために『託されたもの』と思っていたから、単純に建物を建てればいいというものではなかったんです」(秋田さん)
実は、このプロジェクト、途中で頓挫したことがある。
「赤字どころか、持ち出しでやらなければ難しい試算になったんです。『素人考えで理想を追い求めるのは無謀なのか』と諦めかけました」(秋田さん)
そんな中、設計を依頼した建築家の藤原徹平(ふじわら・てっぺい)さんのひと言が背中を押した。
「藤原さんが、『ちゃんと建てればうまくいくから』って、言ってくれたんです。藤原さんは、『街を良くする』という視点から建物を考える建築家で、どうしてもお願いしたかった。数カ月後に、現在の形に近い、パースが上がってきて、自分が考えてきたことは間違いじゃなかったと、本当にうれしかったです」(秋田さん)
さらに、不動産・設計・まちづくりの総合プロデューサーとして、型にはまらないプロジェクトを手掛けてきた、bonvoyage株式会社の和泉直人(いずみ・なおと)さんと出会ったことも大きい。
「和泉さんは、私のようなザ・不動産業界で働いていた人間からすれば、思いもよらないような発想を持ちつつ、現場への理解度も高い人。多くの分野の担当者をまとめあげることに長けていて、本当に頼りになりました」(荒川さん)
そして、荒川さんは担当者としてこのプロジェクトにかかわっていく中で、さらにその関係性を深め、秋田さん、フラワー&ライフスタイルショップを運営する「アトリエ華もみじ」の代表でもある小森妙華(こもり・たえか)さんと3名で、まちづくり会社「株式会社タネニハ」を設立した。
「秋田さんは、いわゆる一般的な地主さんとイメージが違い、独特な発想力を持った人。気づけば20年以上の付き合いになりました」(荒川さん)
今後、秋には1階にフードコートが新しくオープンする予定。アンティークのテーブルや椅子、植物のある空間を作った中に4つのテナントが入る予定。テナントには、ひばりが丘の野菜ソムリエの作る中華弁当屋の「月曜弁当」さんにて行う麺類やお惣菜中心のお店や、他にうどん屋さんなどが入る予定。その他もいくつか検討中のお店があるのとのこと。
「当初のテナント募集では苦戦しましたが、自分たちが想いを具体的にしたお店を運営したことで、「したいこと」が目に見える形になり、それに共感した、似た価値観を持つ人が集まるようになって良かったと思います」(荒川さん)
オーナーの秋田さん自身の熱意が荒川さんや和泉さん、建築家の藤原さんと伝搬し、カタチになったのが「kinone 東久留米」。その結果、全く地縁のなかった人々が「東久留米」という街に愛着を持つ。その好循環の成功例と言えるだろう。
●取材協力
kinone 東久留米
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