前回の記事ではワークヴィジョンズ・西村浩(にしむら・ひろし)さん自身も投資して、佐賀県佐賀市呉服元町界隈の民間の遊休不動産を活用し賑わいを取り戻す試みを見てきた。ただし、まちづくりにおいては、道路・公園や公共施設など、当然ながら行政が担う部分も大きい。

また、人口減が進む成熟社会においては、限られた予算のなかで、効果的な公共投資や、前例のない創造性豊かな発想も求められる。佐賀県が取り組む、新しいかたちの行政組織やしくみからひもといてみよう。

■関連記事:
「SAGAサンライズパーク」が”佐賀の誇り”になるまで|Perfumeライブで全国の観客が称賛。開業2年で地価1割上昇 建築家・西村浩インタビュー【1】
★前回の記事:佐賀市呉服町が賑わいを取り戻すまで|行政と連携しながら自ら投資で「10年続ければ街は変わる」を証明 建築家・西村浩インタビュー【2】

公共事業にクリエーターらの柔軟な発想を取り入れる「さがデザイン」

行政が柔軟な発想のクリエーターらと緩やかに繋がり、独創的な公共事業を行う。そんな組織・しくみが佐賀県にはあるのだという。
2015年から佐賀県知事をつとめる山口祥義(やまぐち・よしのり)さんの肝いりのプロジェクト「さがデザイン」がそれだ。
デザインというと、センスがよい表現と捉えられがちであるが、ここではもっと広い意味で考えられている。
行政が行う事業において、地元にゆかりのあるクリエーターと連携することで、前例にとらわれず、独創的な仕事を進めようと発案された。課題解決に向けて取り組む体制や、県民の豊かな生活を実現するまでのトータルをデザインとして捉えようという試みだ。
佐賀県政策部さがデザイン総括監(インタビュー当時)の江島宏(えじま・ひろし)さんは「現在私を含め5名のスタッフがおり、うち4名はプロパーの県庁職員です。われわれもデザイン的な思考については学んでいるものの、西村さんをはじめとしたクリエーターの方々の助けを借りています」と説明してくれた。
佐賀出身者に限らず、佐賀とゆかりのあるクリエーター約100人が関わっているという。このクリエーターたちは登録制ではなく、ふわっとした緩やかな集まりだ。


さがデザインが庁内とのハブとなり、さまざまなクリエーターと連携して事業を進めるのだという。

「さがデザイン」が公共事業を変えた|クリエイターら”勝手にプレゼン”で知事が動いた!”道路空間を憩いのテラス”に 建築家・西村浩インタビュー【3】

さがデザインは、県庁2階「ODORIBA」と呼ばれるガラス張りの拠点をベースに庁舎内のさまざまな部署と連携を図る。左はワークヴィジョンズの西村浩さん、右は県政策部さがデザイン総括監(インタビュー当時)の江島宏さん(写真:藤本幸一郎)

「さがデザイン」が公共事業を変えた|クリエイターら”勝手にプレゼン”で知事が動いた!”道路空間を憩いのテラス”に 建築家・西村浩インタビュー【3】

「さがデザイン」のしくみのイメージ。「さがデザイン」がハブとなり佐賀ゆかりのクリエーターと県庁内の組織が調整して事業を推進する(資料:佐賀県)

クリエーターから知事に「勝手にプレゼン」

当初は、県側から課題を提示して、クリエーターから意見をもらうというやり方を取っていた。それが、クリエーターの創造性をより効果的に取り入れられるような体制に発展していった。
江島さんによると「転機になったのは『勝手にプレゼンFES』というイベントでした。西村さんや同じく佐賀出身の建築家、Open Aの馬場正尊(ばば・まさたか)さんらの呼びかけによって、2016年にはじめられました」。
これは、山口知事を前にして、クリエーターたちが県政に対する提言をプレゼンテーションする場である。行政としては、県政への要望はいろいろな関係者に対して、平等に聞かなければならない。ただこの「FES」は、行政からの予算付けもなく、クリエーターたちが「こうすると佐賀が良くなる・楽しくなる」というアイデアを交通費も自腹で勝手に資料をつくって持ち寄ってプレゼンテーションするイベントだ。知事が「おもしろい、やってみよう」と思ったら、担当する部署の担当者が呼ばれて、実現へ向けて検討される。

「さがデザイン」が公共事業を変えた|クリエイターら”勝手にプレゼン”で知事が動いた!”道路空間を憩いのテラス”に 建築家・西村浩インタビュー【3】

2016年からはじめられた「勝手にプレゼンFES」。知事に直接クリエーターたちがアイデアをプレゼンする場だ。

山口祥義知事、馬場正尊さん、西村浩さんたちの姿が見える(写真:佐賀県)

Open Aの馬場さんは、佐賀城公園の一角にある県立図書館の前の公園を飲食や談話ができるような空間へ整備することを提案した。これに県として応じて、「こころざしのもり」の整備へと繋がった。県はOpen Aに対して全体のデザイン監修と公園部分の基本設計を依頼して2018年に完成した。
このプロジェクトでは、公園と図書館という担当の異なる2つの課が関わることになった。公園は県土整備部まちづくり課が、図書館は県民環境部まなび課が所管している。そして整備に当たって事業プロセスにおいては、さがデザインが重要な役割を果たした。
行政は、縦割りで事業を行うのが慣例となっており、この垣根を取り払うのは簡単ではない。さがデザインは、この部門間で横串を刺し「こういう場所にしたい」という馬場さんの設計に込められた思いや考えを、双方の部局に「翻訳」して伝えることで成功に結びつけた。
江島さんは「同じように、県庁のなかの事情や課題を整理してクリエーター側にフィードバックする役割も担っています。最近では『さがデザイン』を介したことで物事がうまくいくし、結果的に評価される事業となったと言われる機会が多くなってきてうれしく思っています」と手応えを語ってくれた。

コロナ禍での社会実験「SAGAナイトテラスチャレンジ」

2020年5月、全国的に新型コロナウィルス感染症による緊急事態宣言が発令されていた頃、山口知事から江島さんに「歩道を活用したテラス席」を検討するように指示が下ったという。
前年、2019年の「勝手にプレゼンFES」で、西村さんが「歩道空間の活用」の提案をしていた。そこで、江島さんは早速、西村さんに相談を持ちかけたという。


店舗前にテラス席を設けるには、道路管理者から占用許可を、交通管理者から使用許可を得る必要がある。江島さんは、この許可申請に頭を悩ませたのだ。
すると西村さんから「1軒ずつ申請するのではなく、一定区間の歩道全てについて建物寄りの1m幅で一括申請すれば済みますよ」というアドバイスを得た。「われわれには無かった発想で、相談したことで一気に打開策を示してもらいました。さがデザインの取り組みが、解決策を見つけることに役立ったのです」と振り返る。
これによって、知事の発案から1カ月を待たず「休業要請解除」された5月下旬、「SAGAナイトテラスチャレンジ」の社会実験が行われた。場所はJR佐賀駅から南に延びる県道の指定区間だ。ソーシャルディスタンスを確保するため、店内で間引いた椅子・テーブルを歩道に出して営業するものだ。13の事業者が参加した。
この社会実験については、県の産業政策課が中心となって行い、以降、同年3回実施したという。
コロナ禍での道路空間の活用ではあったが、県民には、店舗内だけでなく屋外空間での飲食は楽しいものとして受け入れられた。

「さがデザイン」が公共事業を変えた|クリエイターら”勝手にプレゼン”で知事が動いた!”道路空間を憩いのテラス”に 建築家・西村浩インタビュー【3】

コロナ禍に行われた「SAGAナイトテラスチャレンジ」。

歩道空間の建物側幅1mを使い16日間の社会実験として実施した。終了後のアンケートでは、利用者の9割以上が好意的評価だった(写真:佐賀県)

ウォーカブルな街「さが維新テラス」の実現へ

翌2021年10月には、4車線ある車道空間のうち2車線を減らし、車道にキッチンカーやテラス席を設ける発展的な社会実験「佐賀駅南テラスチャレンジ」を行った。
これは、山口知事がもともと、公共交通への利用シフトや健康増進を目的に県民に「歩くこと」を推奨していたこともあり、佐賀駅周辺の道路のあり方に一石を投じる社会実験として企画された。
課題として「車線減少による交通上の問題が発生しないか」「歩道整備によって人々が滞留したり店舗出店のニーズがあるか」の2点があり、この検証の試みでもあった。
社会実験を通じて、これら課題についても問題は認められず、効果があることが確認された。
こうして、JR佐賀駅南側の県道、約200mの区間について、従来の4車線を2車線に減らし、歩道幅を4.5mから11.5mに広げた。
この「維新テラス」の設計を任されたのは、ワークヴィジョンズの西村さんだ。
広い歩道に設置された、ベンチのようにも見える奥行きの深い木製のデッキは、イベント時には舞台のようにも使うことができ、また、キッチンカーや屋台用のコンセントを設けるなど工夫している。
このほか、飲食しやすいように、歩道にある電気設備を納めた「地上機器」を活用したハイテーブルの設置、沿道飲食店がテラスや仮設店舗を設置可能な軒先スペースの確保、まちの風景が美しく映えるような照明計画など、歩道空間を魅力的にして、多様な人々が活用して交流できるような配慮を行ったという。
「既に佐賀市が先行して整備を進めていた佐賀駅前交流広場と一体的な空間として見せるために、県道部分のはじまりには、市で整備した広場で使われているタイルと同じものを使って維新テラスとの境界があいまいになるように設計しました」と説明してくれた。

この維新テラス整備に当たっては、県土整備部まちづくり課、道路課、産業労働部産業政策課、警察などが関わった。このほかに、運営においては、庁外の佐賀商工会議所青年部やまちづくり団体、県から管理・運営などの委託業務を行う共同企業体など、多くの関係機関が関わることになった。これら多数の部署や機関との連携において、さがデザインが事業推進や連絡調整などの役割を担っている。

こうして、それまでは閑散としていた佐賀駅前の通りは、日常的に広場のように県民が楽しめるウォーカブルな空間に変貌を遂げた。県民からの評判も上々だという。

「さがデザイン」が公共事業を変えた|クリエイターら”勝手にプレゼン”で知事が動いた!”道路空間を憩いのテラス”に 建築家・西村浩インタビュー【3】

佐賀市により整備中のzone Aと佐賀県によって県道佐賀駅下古賀線を「さが維新テラス」として整備したzone B。zone Cは「さが維新広場」として今後整備予定(資料:佐賀県)

「さがデザイン」が公共事業を変えた|クリエイターら”勝手にプレゼン”で知事が動いた!”道路空間を憩いのテラス”に 建築家・西村浩インタビュー【3】

佐賀市が整備した「佐賀駅前交流広場」と境界部分は同じタイルを使い「さが維新テラス」との区分をあいまいにした(写真:ワークヴィジョンズ)

「さがデザイン」が公共事業を変えた|クリエイターら”勝手にプレゼン”で知事が動いた!”道路空間を憩いのテラス”に 建築家・西村浩インタビュー【3】

無電柱化区間で、歩道に設置される「地上機器」(トランスを格納)と呼ばれる設備。無機的で通行のじゃまと言われがちだ。西村さんは、これを逆手に取ってハイテーブルにリデザインした(写真:ワークヴィジョンズ)

「さがデザイン」が公共事業を変えた|クリエイターら”勝手にプレゼン”で知事が動いた!”道路空間を憩いのテラス”に 建築家・西村浩インタビュー【3】

「さが維新テラス」が夜間にライトアップされた様子。道路空間に屋台やテントが設置され、賑わいを生む。ウォーカブルで楽しい街の風景が生み出された(写真:ワークヴィジョンズ)

■関連記事:
佐賀駅前の歩道に50mのテーブル出現、140人でワイワイ乾杯!? 新しい道路の活用法「ほこみち」がおもしろい 最新事例「さが維新テラス」

15年のこれまでの取り組み、そして…

小さな建物のリノベーションから、道路・広場、佐賀空港などの公共空間の設計、県民の運動やエンターテインメントの場となるスタジアム・運動公園の設計・調整まで、西村さんの佐賀での取り組みは、小さなものから大きなプロジェクトまで多岐にわたる。
「人口減少社会というのは翻ってみれば成熟社会で、悲観したって何の意味もないんです。むしろポジティブ思考で、まちの資源をどう使い倒すか、どう楽しむか。建築や都市、土木分野のボクが、こんなふうに佐賀のまちの新しい価値の創造に関わることができて、みんなの笑顔を見ることができる機会をいただけることは、とてもありがたいことだと思っています」と晴れやかに語ってくれた。
続けて「これから取り組みたいのは、呉服元町に仕事や生業の場に加えて、徒歩圏内に子育て世代が住むことのできるような居住環境を整えること。

また地域で起業する若者を支援するしくみも必要でしょう」と話す。
また、前編で紹介したSAGAサンライズパークの成功を受けて、次なる展開も期待されている。「SAGAアリーナでの大規模イベントの宿泊需要に対して、現状の脆弱な佐賀のホテル規模では対応できず、ベッド数を増やす必要があります。しかし、ただのホテルではつまらない。宿泊体験そのものが佐賀の魅力となるようなあり方について考えを巡らせています」と打ち明ける。
ふるさと・佐賀に関わって15年あまり。西村さんのチャレンジはまだまだ続きそうだ。

「さがデザイン」が公共事業を変えた|クリエイターら”勝手にプレゼン”で知事が動いた!”道路空間を憩いのテラス”に 建築家・西村浩インタビュー【3】

国スポ2024のために整備されたSAGAサンライズパークだが、さらにスポーツ医科学センターや、バスケットボールやハンドボールの施設などを整備する構想があるという。次なるチャレンジについて語るワークヴィジョンズの西村浩さん(写真:藤本幸一郎)

●取材協力
ワークヴィジョンズ
さがデザイン
さが維新テラス

■関連記事:
「SAGAサンライズパーク」が”佐賀の誇り”になるまで|Perfumeライブで全国の観客が称賛。開業2年で地価1割上昇 建築家・西村浩インタビュー【1】
佐賀市呉服町が賑わいを取り戻すまで|行政と連携しながら自ら投資で「10年続ければ街は変わる」を証明 建築家・西村浩インタビュー【2】

編集部おすすめ