東京都は、令和7年度の「命を守るためのピロティ階等緊急対策事業」として、旧耐震基準マンションのピロティ階の補強について補助金を出す。しかも、補助限度額をこれまでより増額した。
なぜ東京都は、旧耐震基準マンションのピロティ階に補助金を出すの?
この事業の担当部署である、東京都 住宅政策本部 民間住宅部 マンション課の山口 大助(やまぐち だいすけ)さんと木元寿弥(きもと かずや)さんに話を聞いた。
首都圏を襲う巨大地震のリスクが高まるなか、旧耐震基準※の住宅の耐震補強が急がれている。旧耐震基準のマンションの耐震改修については、東京都でいえば23区の各区や調布市や八王子市などの市で、アドバイザーを派遣したり、耐震診断や耐震改修の設計・工事を実施したりする際に補助金を出して、マンションの管理組合の負担を軽減する対応をとっている。
※1981年6月1日に建築基準法が改正され、耐震設計法が抜本的に見直された。それより前を旧耐震基準、それより後を新耐震基準という。
そうはいっても、耐震改修を行うにはかなりの工事費用を要するため、管理組合で合意形成ができず、旧耐震基準マンションの耐震改修が思うようには進んでいない、という実態もある。合意形成が難しいのは、耐震改修工事費用の負担が大きいことに加え、耐震補強のための部材がバルコニー側の視界をさえぎる住戸とさえぎらない住戸が出る(さえぎる住戸の賛成が得られない)などの理由による。
旧耐震基準マンションの中でも特にピロティという構造になっているマンションでは、ピロティ階が崩れることで、マンションが倒壊するという大きな被害が、過去の大震災でも数多く発生している。そこで、最も地震被害のリスクが高い、旧耐震基準マンションのピロティ階を対象として、そこだけでも先行して改修を進められるようにということから、東京都が補助金を出すようになった。
分譲マンションの場合、ピロティ階は駐車場として使われたり、広めのエントランスホールにしたりということが多いが、共用部分のほうが人の居住する専有部分よりも、管理組合での合意形成がしやすいという背景もあり、ピロティ階を対象としている要因の一つにもなっている。

出典:東京都住宅政策本部「令和7年度命を守るためのピロティ階等緊急対策事業 募集要項」より転載
ピロティとは何?なぜ地震に弱い?
では、ピロティとはどんなものなのか? ピロティといえば、ル・コルビュジエの作品として世界遺産にもなっている「国立西洋美術館本館」のピロティが有名だ。2階以上を持ち上げて、1階の構造柱で全体を支えることで、1階を吹き抜けの空間にしている。
ピロティは、コルビュジエの提唱する「近代建築の五原則」の一つで、コルビュジエの初期の代表作「サヴォア邸」では、その五原則が採用されている。

コルビュジエの代表作「サヴォア邸」にピロティが具現化されている(筆者撮影)
実は、ピロティ形状のマンションは構造上のバランスが悪い場合が多い。ピロティは他の階と比べて壁が少ないことから、壁の少ないピロティ部分に地震力が集中することで、崩れやすくなる(下図参照)。もちろん、ピロティ=地震に弱いわけではない。ピロティの構造柱の強度が強ければ問題ないのだが、旧耐震基準(震度5程度の中規模の地震で大きな損傷を受けない前提)では、懸念される大規模な地震を想定したものではないので、新耐震基準よりもリスクが高いというわけだ。

出典:東京都住宅政策本部のリーフレットより転載
なお、実際には、傾斜地に建てられるマンションなどもあり、地上2階や地下1階がピロティになる場合もある。
「命を守るためのピロティ階等緊急対策事業」とはどんな補助制度か?
では、「命を守るためのピロティ階等緊急対策事業」はどんな事業なのか。まず、この事業の対象になるには、いくつかの条件がある。
・旧耐震基準の3階以上の分譲マンションで、管理組合が申請すること
・耐震診断を実施済みで、地上1・2階のIs値が0.4未満であること
・補強により、建物全体のIs値が0.4以上になること
・令和7年度の交付申請受付期間は、2026年1月15日まで
※傾斜地に建てられるマンションなどの場合、地上2階や地下1階がピロティになることもあるが、その場合も補助事業の対象になる。
たとえば、耐震診断の結果、地上1階がIs値0.4未満のピロティで、2階以上のIs値がすべて0.4以上ではない(0.4未満の階がある)場合は、ピロティ階だけ補強しても全体で0.4以上にならないので、補助対象にはならない。この場合の選択肢は、マンション全体でIs値が0.4以上となるように耐震改修を行うことになる。
また、Is値とは「建物の耐震性能を表すための指標」のこと。通常は、Is値0.6以上で「倒壊・崩壊の危険性が低い=地震動に対して必要な耐震性を確保している」とされる。

出典:東京都住宅政策本部「令和7年度命を守るためのピロティ階等緊急対策事業 募集要項」より転載
もちろん安全性を考えると、建物全体のIs値を0.6以上に引き上げることが望ましい。できれば、まずはこの補助金を利用してピロティ階だけでも補強し、その後に建物全体の耐震改修も検討するのがベストだ。
ピロティの耐震補強は可能?どんな耐震改修の方法がある?
耐震補強には、技術的にいろいろな方法がある。東京都のマンションポータルサイトでは、下図のような補強工事を紹介している。いずれも、よく使われる補強方法だという。

出典:東京都マンションポータルサイト「命を守るためのピロティ階等緊急対策事業」より転載
左側の「鉄骨ブレース」は、木造住宅で耐震性を高める「筋交い(すじかい)」(=縦横の四角の枠に斜めに木材を入れて強度を上げる)と同じようなことを鉄骨で行う方法だ。「壁増設」も同じような考え方で、鉄筋入りの壁をつくって補強する。
また、“ぎっくり腰”のときに腰にコルセットを巻いたりするが、弱い柱の周りに鉄のコルセットを巻いたり、強い繊維をぐるぐると巻いたりして強くするのが、右側の「柱の補強」だ。
これらのどの方法を採用するかは、建物の個別の状況や改修工事のしやすさなど、様々な要因によって変わり、その費用もそれぞれで異なる。
「耐震診断を受けて耐震性に問題があると判定されたら、マンションの資産価値が下がる」という理由で、耐震診断を受けたくないという人もいると聞く。だが、リスクがあることを承知の上でそのまま住み続けることは、巨大地震が起きた場合に、居住する家族の命を危険にさらすリスクを放置したことになる、と筆者は思う。
補強する方法はいろいろとあるので、まずは自治体のアドバイザー派遣を利用して、耐震診断を行うことをお勧めする。完全に耐震改修を実施するだけでなく、ピロティ階のように、まずは倒壊するリスクを少しでも低くする方法を探っていくという選択肢もあるのだから。
●取材協力
東京都 住宅政策本部 民間住宅部 マンション課
●関連サイト
東京都都庁総合ホームページ「令和7年度 旧耐震基準マンションのピロティ階等の補強に対する補助を開始します!」
東京都マンションポータルサイト「命を守るためのピロティ階等緊急対策事業」