アーティストやクリエイターが多く入居する「MAD City」(千葉県松戸市)などで知られるまちづくり会社、まちづクリエイティブ。「クリエイティブな自治区をつくる」ことを目指し、首都圏を中心にさまざまな地域活性化のためのプロジェクトを仕掛けてきましたが、近年では生活困難者への住居提供や、居住者への生活支援、起業支援にも注力しているそう。

クリエイティブ×居住支援、どういうことでしょうか? 代表取締役の寺井元一(てらい・もとかず)さんに話を聞きました。

千葉県・松戸はクリエイターのまち!? 積み重ねてきた思いと取り組み

クリエイティブなまちづくりを目指して、さまざまなプロジェクトを仕掛けているまちづクリエイティブが、
クリエイターの住まいや生活の支援にも乗り出していることは、あまり知られていないかもしれません。

今回、その支援の話をする前に、まずはまちづクリエイティブの活動について少しご説明しましょう。

千葉県松戸市の中心駅であるJR常磐線・京成電鉄「松戸」駅周辺は、古くは宿場町として栄えたものの、2010年ころはバブル崩壊後の再開発が進まず、空き家や空きビルが数多く存在する風景が広がっていました。

しかし、今では若きクリエイターたちが集まり、地元の商店街などと共に活発に活動している場所に。駅周辺の半径500mほどのエリアは「MAD City」と呼ばれ、注目を集めています。

このMAD Cityを仕掛けたのが、自立的な地域活性をデザインするまちづくり会社、まちづクリエイティブです。代表取締役の寺井さんはもともと東京でKOMPOSITIONというNPO法人を立ち上げ、クリエイターやアーティストに活動の場を提供し、支援してきました。

リーガルウォール(アーティストが合法的に作品を描くことができる壁)の調整やストリートバスケの大会を開催するなど、その活動は次第にイベントの運営がメインに。自身は「もっと地域と繋がった本来の『まちづくり』に主眼を置いた活動をしたい」との気持ちが強くなっていったそう。そこでKOMPOSITIONが組織として軌道に乗ってきたタイミングで運営を仲間に任せ、新たな活動の場を探し始めました。

【千葉県松戸市】クリエイターの街で生活困窮者の支援をはじめた理由。まちづくりプロジェクト「MAD City」の居住支援

まちづクリエイティブ代表の寺井さん。東京でクリエイターの応援を目的としたNPOを立ち上げ、より地域と繋がったまちづくりに携わりたいと松戸へ(画像提供/まちづクリエイティブ)

松戸の空き家に呼び込んだのはクリエイターの卵たち。
「MAD City」プロジェクト

そもそも寺井さんには、活用できずに眠っているものを組み合わせて社会的な課題の解決を図りたいという思いがありました。そうして着目した大きな課題が今、全国各地で取り上げられている「空き家問題」です。

松戸駅周辺には空き家が多くあるだけでなく、かつて宿場町として栄えていたころからの、訪れる人を受け入れる文化がありました。さらに、松戸駅は東京駅まで30分ほどの近さでベッドタウンとして暮らすのに最適です。

「都心ほど人は多くないが、全くいないわけではない。私のような“よそ者”を受け入れる寛容さと地元愛があるが、しっかりとしたマーケティングが展開されているわけではない。私はこれまでの経験から『都会とも地方ともつかない立地や特性があるからこそ、まちの潜在能力があり、また私たちでも活性化の力になれる可能性がある 』と感じました」(寺井さん、以下同)

そうして松戸に「クリエイターのまち」をつくろうと毎週通うようになったのがMAD Cityの始まりです。

【千葉県松戸市】クリエイターの街で生活困窮者の支援をはじめた理由。まちづくりプロジェクト「MAD City」の居住支援

JR常磐線・京成電鉄「松戸」駅を中心に半径500mのエリアをMAD Cityとして設定。利便性がありながら、大都市よりも家賃がリーズナブル。自由な発想のクリエイターたちが地域の人と関わりながら新たなコミュニティが生まれている(画像提供/まちづクリエイティブ)

まずは不動産会社でもあるまちづクリエイティブが、まちの空き家物件をオーナーから一括で借り上げます。他社への仲介などは行わず、まちづクリエイティブが独自で入居審査を行い、入居者に貸すのです。入居の対象となるのは、都会の家賃高騰に苦しんでいる若きクリエイターたちです。

「私たちの入居審査は独特で、一般の家賃債務保証会社の基準とは全く違います。まずは作品を持ってきてもらい、そのアートを気にいるかどうか。将来を応援したくなるかどうかで判断します」

【千葉県松戸市】クリエイターの街で生活困窮者の支援をはじめた理由。まちづくりプロジェクト「MAD City」の居住支援

まちづクリエイティブが全20部屋中15部屋を提供している「MADマンション」。15部屋全てが改装可能なので、それぞれが思い思いに手を加えている。写真は共用部である玄関ドアを管理会社として統一してペイントしているところ(画像提供/まちづクリエイティブ)

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まちづくりには、住戸の提供だけでなく福祉にも及ぶ支援が必要

空き家とのマッチングにとどまらず、居住支援に本格的に乗り出すようになったのは「コロナ禍で家賃が払えないという相談が増えた」ことが大きな要因です。

寺井さんたちが支援してきた名もなきクリエイターたちは、社会で成功する前の人が多く、結果として「住宅確保要配慮者」と言われる住まいの確保が難しい人が一定数含まれていました。その後、成功する人もいる一方で、コロナ禍によってクリエイターとしての活動だけでは食べていけない人が増えたのです。

「ダンサーのように、人と接触する仕事は公演も教室もできませんでした。飲食店も客足減少や一時休業のために売上が激減。水商売をしながら生計を立てている人たちも失業に追い込まれることになりました」

【千葉県松戸市】クリエイターの街で生活困窮者の支援をはじめた理由。まちづくりプロジェクト「MAD City」の居住支援

コロナ禍以降、生活が困窮し「家賃が払えない」という相談が増えたことで、本格的な生活支援にも乗り出すように(画像提供/KOMPOSITION)

「そのような状況を目の前にしたことで、『まちづくり』を志すからには、ただ部屋を貸すだけではなく、セーフティネットを含めた福祉にも及ぶ支援を、誰かに頼るのではなく、自分たちでやるべきだと考えました」

しかし、いざ居住支援法人※として申請しようとすると、「書類審査すら通りませんでした」と寺井さんは振り返ります。

※居住支援法人/住宅の確保に特に配慮が必要な方々(住宅確保要配慮者)が、民間賃貸住宅へスムーズに入居し、安定した生活を送れるよう支援を行う法人で、住宅セーフティネット法に基づいて、都道府県が指定する。

それまで、まちづクリエイティブは新事業の際に資金が必要であれば、借り入れを積極的に行って事業を広げていくスタイルを取ってきました。そのため、居住支援法人の指定や財団設立の審査などでは、行政機関から「財務状況だけを見ると負債が多すぎる」と判断されることもしばしば。

そこで今では、まちづクリエイティブは積極的に借り入れをして新しい仕掛けをしたり、物件を確保するなど、事業を前に推し進める“オフェンス”、一方入居者の暮らしを守る居住支援活動は、KOMPOSITIONが担うことで“ディフェンス”の役割を分担することに。KOMPOSITIONは2022年に居住支援法人に指定されました。

支援を必要としている人には、居住支援法人であるKOMPOSITIONのスタッフが窓口となり、定期的に連絡を取って支援します。

【千葉県松戸市】クリエイターの街で生活困窮者の支援をはじめた理由。まちづくりプロジェクト「MAD City」の居住支援

まちづクリエイティブとKOMPOSITIONによる居住支援の仕組み。ただ部屋を貸すだけでなく、入居後の生活に何かしらの困難がある場合、行政や他団体と連携して支援を行う(画像提供/KOMPOSITION)

松戸の支援団体とともに、妊産婦さんへのシェルターの支援も

寺井さんたちが居住支援を進めることにしたもう一つの背景は、松戸には「まつどNPO協議会」という団体があり、すでにさまざまな福祉支援を行うNPOが育っていたことです。地域のネットワークと連携して、必要としている人たちへ支援を繋ぐことができました。

地域の人たちや他のNPO団体と協力して取り組んでいるいくつかの支援の一つがNPO法人かものはしプロジェクトとの連携です。かものはしプロジェクトは、子どもの虐待や貧困への支援認定に取り組んでいる団体。その活動の一環として、経済的困難や精神的不安を抱えたり、DVを受けたりして逃げてきた妊産婦などに緊急用のシェルターを提供しています。まちづクリエイティブが民泊運営事業者に貸している物件を、民泊として使用できない空室の間だけ再度借り上げてシェルターとして活用する仕組みです。

「民泊は特区でなければ1年のうち180日までしか営業できない制限があり、残りの日数は民泊として提供することができません。そこで、営業日以外の期間は私たちが借り上げ、かものはしプロジェクトに助けを求めて来た人にKOMPOSITIONを通してシェルターとして提供するのです。本来は民泊として使用する物件のため、清掃サービスのほか家具やキッチン用品なども備わっており、すぐにでも生活できます。

利用者は最長で6カ月間暮らせるのも利点です」

また、支援を必要としている人が自立して生きていくためのサポートも行っています。例えば、焙煎技術を学んでもらい、コーヒーを売るための焙煎所を開設したり、一つのことをコツコツと続けることを得意とする自閉症の子どもたちのために壁の補修を学ぶ補修塾を開催して仕事を請け負えるようにしたり。さまざまな事情により困難を抱えている人たちが自分の力で継続して生き抜くためのアイデアを形にしています。

【千葉県松戸市】クリエイターの街で生活困窮者の支援をはじめた理由。まちづくりプロジェクト「MAD City」の居住支援

自立支援の一環として、仕事をつくり出すことも一つ。講師を招いてコーヒー焙煎技術を教えながら、コーヒー焙煎所の運営も行っている(画像提供/まちづクリエイティブ)

ビールが売れれば相談も増える!新しい福祉相談と交流のあり方「アドカラー」

そして、まちづクリエイティブが新たに取り組んでいるのは、なんと「お酒を飲む場所」。もともと松戸駅近くで営業していた別の居酒屋が閉店した あと、日替わりで店舗が変わるコンセプトスタンド「アドカラー」として甦らせました。取り壊しが始まるまでの6カ月間、期間限定でオープンしています。

【千葉県松戸市】クリエイターの街で生活困窮者の支援をはじめた理由。まちづくりプロジェクト「MAD City」の居住支援

建て替えのため、取り壊しが決まっている建物。元居酒屋だった店舗をそのまま活用し、日替わりで店舗が変わる「アドカラー」に。水曜日と土曜日は福祉医療等の専門職や支援者らが店内スタッフとして、相談に乗る(画像提供/まちづクリエイティブ)

【千葉県松戸市】クリエイターの街で生活困窮者の支援をはじめた理由。まちづくりプロジェクト「MAD City」の居住支援

アドカラー店内の様子。お酒と食事で会話が生まれ、孤立を防ぎ、早い段階で支援や行政サービスに繋ぐことができる(画像提供/まちづクリエイティブ)

この取り組みは、「福祉相談をもっとカジュアルにできないか」という発想から生まれました。店で働くスタッフは全員ソーシャルワーカーで、相談ごとを抱えている人はふらりと店に来てビールを飲みながら、気軽に専門家に相談ができます。

「ソーシャルワーカーは、基本的に相談窓口などで相談が来るのを待つ立場ですが、困難を抱えている人にとって窓口を訪れて相談するのは、とても勇気のいる行為。誰にも相談できずにずっと我慢して、いよいよどうにもならなくなって初めて相談に来る人も少なくないんです」

いち押しのメニューは「相談ビール」400円で、生活困窮者の集まるまちとして知られる大阪・西成区にあるブリュワリーからの協賛で実現しました。メニューにある他のビールは600円~の価格なので、かなりリーズナブル。ただしこの相談ビールを頼んだ人は必ず何か相談をしなければなりません。ビールが売れれば相談も増える仕組みで、1日で80件の相談を受けたこともあるそうです。

【千葉県松戸市】クリエイターの街で生活困窮者の支援をはじめた理由。まちづくりプロジェクト「MAD City」の居住支援

1杯400円の相談ビール。こちらのオリジナルビール「アドカラーエール」は大阪・西成区にあるブリュワリー、シクロとつくったもの。「福祉と乾杯」のコンセプトを入れたオシャレな缶のデザインもアドカラーの運営メンバーが行った(画像提供/まちづクリエイティブ)

まちづくりには、経済を動かすマーケットの創出だけでなく、交通をはじめとするインフラや、住まい・お店を提供する不動産会社、生活を支援する福祉との協業など、包括的な取り組みが不可欠です。

そのことを踏まえて寺井さんは「居住支援という側面では、今後はもっと自立支援に力を入れていきたい」と話します。さらに「支援を継続的なものにするために、安定した収益を上げられるモデルづくりはまだまだ足りておらず、大手の福祉事業者、社会福祉法人などと協力していく必要がある」とも。

「これまで、このような福祉的取り組みは、行政がやるべきこととされてきましたが、私たちのような民間が新しい視点から取り組みを実行していくことで、行政や他団体にも刺激を与えて、支援の輪がさらに広がっていくことを期待しています」

まちづクリエイティブが仕掛ける取り組みのアイデアは、斬新でとてもユニーク。空き家活用だけでなく、まちに住む人たちの孤立を防ぎ、生活の不安にも伴走する、新しい「まちづくり」の広がりにワクワクが止まりません。

●取材協力
・株式会社まちづクリエイティブ
・MAD City
・NPO法人KOMPOSITION

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