「今、ベトナムの“多摩田園都市”がスゴいことになってるよ」。SUUMO編集長・池本が興奮気味に言った。

何のことかと思った。聞けば、東急が都市開発ノウハウを活かしてベトナムのビンズン省(ビンズオン省とも呼ぶ)・ビンズン新都市で展開する大規模都市開発プロジェクト「TOKYU Garden City」のこと。始動は約10年前だが、特にここ2年での成長が目覚ましいとのこと。一体何が起きているのか、全貌を現地からお伝えする。

ベトナム、進化する最先端のまち「ビンズン新都市」の現在地

2025年7月1日、ホーチミン市が人口1400万人のアジア有数の巨大都市になった。というのも、ホーチミン市にビンズン省、バリア・ブンタウ省が合併されたからだ。

ニュースに沸くホーチミン市だが、今回注目するのは、なかでも発展目覚ましいビンズン省のビンズン新都市(7月からはホーチミン市ビンズン区。記事内では取材時のビンズン省と称する)。ホーチミンの中心部から北へ車を約1時間走らせるとたどり着く。

東急がベトナムで”多摩田園都市”の再現に挑戦! 「何もない」と言われた土地で夢と苦悩、10年の軌跡

合併を記念し、ビンズン新都市が公共交通機関のみでサイゴン区とつながったことも大きなニュース。バス90分(1万5000VND・約80円)と鉄道30分(2万VND・約110円)の合計3万5000VND(約190円)で都市間移動が可能に(写真提供/ベカメックス東急)

ホーチミン市街地は建物がひしめき合い、おびただしく行き交うバイクの走る音やクラクションなど喧噪(けんそう)に満ちていた。一方、ビンズン新都市は、見渡す限りの緑に囲まれ、広々とした道路が走る、ホーチミン市街地とは正反対の環境である。

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バイクが中心のホーチミン市街地とは違い、車やバスが主な移動手段(写真提供/ベカメックス東急)

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2014年に竣工した行政センター。

センター内には省政府各部局が入居する。周辺エリアには、ビジネス・金融・国際会議施設、ホテル・商業施設などが集積(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ビンズン新都市が属するビンズン省は、面積約2694km2、人口約287万人(2024年12月時点)、ホーチミン市、ハノイ市に次ぐ、ベトナムで3番目に大きい自治体だ。近年は年3~6%程度で人口が増加(2023年時点)。平均月収はベトナムで最も高く(2023年時点)、中・高所得者層からの住宅需要が今後も続くことが予想されている。

ビンズン新都市は、ビンズン省の中でも集中的に大規模開発プロジェクトが推進されており、ベトナムで最も注目度の高いエリアの一つと言っても過言ではない。プロジェクト名は「TOKYU Garden City」。工業団地などを得意とするベトナム最大のデベロッパー(土地の開発会社)のベカメックスIDC(Becamex IDC)と東急の合弁会社・ベカメックス東急が主導している。

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ベトナムは東南アジアでも特に経済成長が著しい国だが、ビンズン省は特に行政が経済発展と外国投資誘致に積極的。経済の中心は工業・建設業(約65%)で、「Yakult」「SHARP」「日清食品」などの日系企業をはじめ、多くの海外企業も進出している(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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ビンズン新都市1000haのうち、ベカメックス東急が開発を担う「TOKYU Garden City」は約110ha(東京ドーム約22個分に相当)(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ベカメックス東急は、2012年から、住宅、商業施設、オフィスなどを計画的に整備。交通、医療、教育、ICT(インターネット等の情報通信技術)、文化・エンターテイメント、働く環境、自然という「7つの環境」の充実を図り、東急が日本で培ってきた「多摩田園都市」のまちづくりノウハウを生かし、「ジャパン・クオリティ」のまちづくりを進めてきた。

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日本式システムを導入した東急バスが運行する。日本人社員2名が現地社員を指導している(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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街の中心部には、ビンズン省ラジオ・テレビ局(BTV)、社会保険庁舎など行政機関が集中。

報道と行政の連携が密で、社会主義らしさを感じる(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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「越華国際学校(VIET HOA INTERNATIONAL SCHOOL)」は2018年設立・2019年開校の幼稚園・小学校。800社超の台湾企業進出を背景に、園児・児童400人に英語・中国語の国際教育を提供。ベトナム、日本、韓国の子どもも在籍(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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東部国際大学(The Eastern International University)はビンズン新都市内にある2つの大学の1つ。アメリカのオレゴン州立大学と提携する私立大学で、約4000人の学生が在籍。英語でビジネス、経営学(DBA)、看護学、工学などの学科を提供している(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

しかし、東急がベトナムに参入した約10年前は「文字通り、『何もない』状態だった」。そう振り返るのは、同社の社長・平田周二(ひらた・しゅうじ)さんだ。

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ベカメックス東急 社長・平田周二さん(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ビンズン新都市の可能性に衝撃。「ブルーオーシャンだった」

「ビンズン新都市には、2011年にプライベートで初めて訪れました。広大な土地を前にしてブルーオーシャンを感じました」

平田さんは現地を訪れ、そのポテンシャルの高さを実感した。ふと、頭をよぎったのは、「多摩田園都市」のこと。先輩方から話に聞いていた昔の「田園都市」の状況と似ているように思ったのだ。

「当時、ビンズン新都市へ向かう道路には信号がほとんどありませんでした。

まだ車の数が少なく、移動手段のほとんどがバイクだったため、信号が必要なかったんです。距離は東京から横浜や田園都市線の青葉台と同程度(約30km)でありながら、交通量が少なくアクセスが非常に良い状態だったわけです。

そして広大な未開拓地。住宅、商業施設・学校・病院などの施設を整備するだけでなく、バス網など公共交通整備もできる総合的まちづくりが可能だと直感しました」

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初めてのビンズン視察時の写真(写真提供/ベカメックス東急)

当時、ベトナムの不動産市場はバブル崩壊直後。多くの企業が投資を敬遠している状況だった。しかし、東急が日本の田園都市開発を通じて培ってきた強みは、鉄道やバスを軸にした「長期的な視点でのまちづくり」のノウハウ。渋谷や多摩田園都市などのように、長期的なまちづくりを得意としてきた東急だからこそ、短期投資目線ではなく、未来の可能性を感じることができた。

「30~40年、あるいはそれ以上の長期的な視点で見れば、ベトナムの不動産市場で大きなアドバンテージを得られるはず。目指したのは、単にマンションという『箱』を売るのではく、『街を育てる』ということ。住みやすい街をつくることで、エリアの価値を上げ、長期的、継続的な需要を生み出していくことです」

平田さんたちは帰国後、社内に報告。その後、ベカメックスIDCから東急に対し事業パートナーとして、まちづくりへの参画オファーもあり、事業が始まった。

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ビンズン新都市の模型(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

最初の数年は「とにかくうまくいかなかった」

1年後の2012年には、ビンズン省を拠点に置くベトナム最大の工業団地デベロッパーであり、ビンズン省公営デベロッパーでもあるベカメックスIDC社と提携、合弁会社「ベカメックス東急」を設立。住宅や商業施設の開発に課題を持っていたベカメックスIDC社が東急のまちづくりの思想に共感し、手を組んだ形だ。

日本からの社員4名(平田さん、2019年~2025年の社長・呉 東建(おう・どんごん)さん含む)、ベトナム人社員含めて計10名での始動。

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左が進出当初の新都市中心、その後2014年に行政センターが竣工した(写真提供/ベカメックス東急)

しかし、はじめから順風満帆とはいかなかった。

「理由はいくつかあります。

まず、街の『住みやすさ』という概念がまったく受け入れられなかった。当時のベトナムの人々にとっては“まったく新しい概念”で、想像してもらえないし、伝わらない。当時のビンズン新都市は何もない平地だったわけですから、なおさらですよね。

次に、マンションに居住する、という概念がほとんどなかった。当時、ベトナムはタウンハウスが主流でマンションがほとんどなかった。マンションという新しい居住形態の魅力を伝えるのに苦労しました」

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現在でも文化の違いには苦戦しているという。マンションに駐車場を整備したが、エントランス近くに路駐する車が後を絶たない(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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「SORA gardens II」の駐車場(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「3つ目は、過度なジャパン・クオリティを押し付けてしまっていたことです。今でこそジャパン・クオリティを価値として認識してもらえるようになりましたが、当時はまだ“障壁”だった。東急の認知度は低く、ブランドの信頼性がない状態だったにもかかわらず、マンション物件価格は他デベロッパーよりも高額だったわけです。

それがマンション販売に影響しました。
この点では、合弁パートナーのベカメックスIDC社とも文化や開発思想の違いから、たびたび議論になりました。私たちはメンテナンスのしやすさや品質といった長期的な視点を重視しましたが、現地では単に“コスト増”と認識されることが多かったのです。緑道整備や共用部の充実も『非効率』『儲からない』、と。しかし、長期的には必要だと信じ、品質を守り『いいものをつくる』信念を貫きました。

そして4つ目は、街の機能・利便性が不足していたということです。詳しくは後ほどお話ししますが、これがマンションの販売にも影響し、2本目のマンションプロジェクトの進行がだいぶ遅れてしまいました」

ゼロからのまちづくり。ベトナムの人々にとって想像しづらい新概念、文化の違いによる住宅ニーズのミスマッチ、街の機能・利便性の不足……。それでも順風満帆ではなかった大規模開発を続けたのは、「住みやすい・暮らしやすい街」の付加価値は時間をかければ伝わるはずだと考えていたからだ。

■「TOKYU Garden City」プロジェクト年表

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2023年、イオン出店がプロジェクトの運命を変えた

転機となったのは、2023年の「SORA gardens SC」へのイオン出店だ。平田さんは、「悲願だった」と苦労をにじませる。

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「SORA gardens SC」(写真提供/ベカメックス東急)

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「SORA gardens SC」は現在、イオンをメインテナントに、ニトリ、ABCマート、ユニクロ、無印良品といった日系テナントを中心に構成(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

イオン誘致の立役者である当時の社長、呉 東建(おう・どんごん)さんも、こう振り返る。

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呉さんは、現在は平田さんにバトンを渡し、日本に帰国している。

今後は東急のプロジェクト開発事業部の事業部長として日本国内の不動産開発事業に携わる。ちょうど呉さんがベトナム出張中で、偶然お会いできた。写真は東急がホーチミン中心部に共同事業で建築したオフィスビル「The Nexus(ザ・ネクサス)」にて(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「プロジェクト当初にも、イオンさんに出店を依頼したんです。でも、当時は先方もベトナム出店の経験がなかった。実際に街を見てもらいましたが、『さすがに呉さん、ここは周りに何もないから無理じゃないか』と、けんもほろろに交渉は終わってしまいました」

ベカメックス東急としては街の価値向上のため、住民が増える前に出店してほしい、イオンとしては商品を購買する住民がいなければ出店する価値がない――。鶏が先か、卵が先か。デベロッパーと商業施設のジレンマだった。

平田さんも言葉を続ける。「2015年から8年間、『SORA gardens I』にテナント入居しているファミリーマートさんにお願いをして野菜やお肉などの生鮮食品を置いてもらったりして、なんとか単身の方は住めるようにしてきたんです。苦渋の対策でした。

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苦難の時代、街を支えたファミリーマート(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2021年に供給した住宅の総戸数が2000戸くらいになった。積み重ねのかいあって人口も増えてきて、ようやくイオンさんとの交渉の土壌ができあがったわけです」

満を持して、呉さんはイオンに再交渉を試みる。

「イオンもそれまでにベトナムに数店舗出店を果たしていて、現地でのブランド認知もかなり高まっていた。社長は前向きになってくれましたが、現場では反対意見も多かったと聞いています。そこで私は、現場の方々にも納得いただけるように、かなりの条件を譲歩しました。イオンさんが出店を約束すれば他のテナントも追随すると見込んだからです。

もし、これが失敗したら、われわれも事業推進のあり方を考え直さなければならない。背水の陣でした」(呉さん)

結果的に、これがプロジェクトの運命を変えるほどの成功を収めた。出店後に予想以上のお客様が訪れ、開業1年で約350万人を記録している。今年中にもビンズン新都市で2店舗目のイオン(食品スーパー)が誕生する。

現在進行形の「TOKYU Garden City」。進化する各エリアの最新動向

「マンションや施設ができていくにつれ、ようやく“点”が“面”になり、利益が出せるようになった。お客さんも、ここで初めて、街の全体像と価値を理解してくれたのです」(平田さん)

■「TOKYU Garden City」プロジェクト年表(再掲)

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ここで、「TOKYU Garden City」プロジェクトの現在地を、各エリアの最新の動きとともに見ていこう。

まず、ビンズン新都市の中心商業・住宅ゾーンで、街の「顔」となるエリア「SORA gardens Area」から。既存の「SORA gardens I」「SORA gardens II」に加え、2028年には“シリーズ最高峰”となる「SORA gardens III」の竣工を予定している。

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「SORA gardens Area」の模型(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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「SORA gardens II」は地上24階建て、総戸数557戸。居住者は、中間層から富裕層寄りのベトナム人のほか、日本人、台湾、韓国などの外国人もいる。「子育て世帯向けの共用施設の充実」と「全戸へのスマートホームシステムの導入」が大きな特徴。25mインフィニティプールやBBQテラスなどを備え、スマートフォンから家電を遠隔操作できる(写真提供/ベカメックス東急)

次は商業施設について。商業施設では、前述のイオンをメインとする大型ショッピングセンター「SORA gardens SC」のほか、屋根付きサッカー場、スケートパークなどを備えた複合施設「SORA gardens Links」がある。ほかにも飲食店の路面店も充実していて、マンション周辺を散歩していると、朝8時ごろにはカフェのテラス席などで朝食やドリンクを楽しむ人々の姿が見られた。

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「SORA gardens II」のすぐ近くには旧市街の人気店「Truc’café」を誘致(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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フォーは、フレッシュな香草やモヤシが別添えで提供される。複数の調味料とあわせて好みの量を入れながら食べる(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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川崎フロンターレと提携したサッカースクールを運営。2名の日本人コーチが常駐し、200名の生徒を指導(2025年4月時点)。U-13国際大会も開催された(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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ファミリーマート、クリニック、カフェ、レストランなどもテナントとして入居し、住民の生活を支えている(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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隣接する「SORA gardens I」との間には緑豊かな空間を整備。住戸や共用部などマンション内だけでなく、マンション周辺のランドスケープデザインにもこだわった(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

次に、「MIDORI PARK」へ。「MIDORI PARK」は、ビンズン新都市北側に広がる、東急が開発する総面積63 haの広大な住宅ゾーン。

「Living in the green(緑の中で暮らす)」をコンセプトに、緑化率56%を実現。既存の低層住宅「HARUKA Residence/Terrace」やマンション「The VIEW」「The GLORY」のほか、今後はマンション「The TEN」(2025年竣工予定)や「The NEST」(2026年竣工予定)といった新たなプロジェクトも進行中。特に「The TEN」は、ベトナム初となる共用部への温浴施設導入を計画しており、住民のライフスタイルを豊かにする新たな試みがされる。

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「MIDORI PARK」の模型(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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低層住宅「HARUKA Residence/Terrace」(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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ベトナム初のタウンセキュリティを導入し、「最も子育てしやすい街」を目指す(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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「The GLORY」は地上24階建て、総戸数992戸(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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アッパーミドル層をターゲットにしており、50mインフィニティプールやジム、サウナ、コミュニティルームなど充実した共用施設が特徴。ベトナムでは、トレーナーのいるジムに通うのではなく、トレーナーに来てもらうスタイルも広く普及しているとのこと(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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ベトナムのマンション初の共用部コワーキングスペースを設置(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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「The VIEW」は、地上24階建て、総戸数604戸。ヤングファミリー層がメインターゲット。設計・施工・管理における「ジャパン・クオリティ」と効率的な間取り設計による価格抑制を両立。25mプールやスカイラウンジ、ゲストルームなど共用施設が豊富(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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現在建設中、今年冬に竣工予定の「The TEN」(写真は模型)は、地上10階建て、総戸数300戸。共用部には50mプールやジム、ベトナム初の温浴施設を備える(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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高級感ある仕様が特徴の「The TEN」モデルルーム。壁一面の窓を開放すれば半アウトドア空間に(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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「The TEN」子ども部屋のモデルルーム。ベトナムには職人の数が多いため、新築マンションでも凝った造作を格安でできるのだとか。デザイン性の高い二段ベッド、ボルダリングのできる壁など、ぜいたくなつくり!(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

最後に商業ゾーン「Hikari」エリア。ここは2022年9月の拡張リニューアル以降、環境配慮型施設としての評価を高めている。

アクアポニックス(水産養殖(Aquaculture)と水耕栽培(Hydroponics)を組み合わせた、魚と植物を同時に育てる循環型の農業システム)や食べられる植栽(エディブルガーデン)など、最先端のサステナブルな取り組みがそこかしこでされている。

また、2023年に「麻布台ヒルズ」に出店し、日本に進出したことでも話題になったベトナム発の人気ピザレストラン「Pizza 4P’s」の旗艦店や、国内で4店舗しかない高級チョコレート店「Maison Marou」など、そうそうたる人気店約13店舗が集積。「ホーチミン市中心部に劣らない高いレベルのレストランが充実しました」と平田さんも胸を張る。

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環境配慮に優れたデザインで、国際的な賞「Green GOOD DESIGN Sustainability Awards 2023」にて各賞を受賞(写真提供/ベカメックス東急)

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「Pizza 4P’s」店内。平日にも関わらず満席で、店のあちこちから「ハッピーバースデー」の歌声が聴こえてきた(約2時間で5組!)。お祝いがある日のおなじみのお店で、遠方からも多くの人が訪れる人気店だ(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

施設や設備だけでなく、街の活気を生み出すイベントも欠かせない。毎年恒例の「日本祭り」は2025年3月に約8.5万人を動員し、大盛況を記録。他にもハーフマラソン大会や台湾フェスティバル、野外オーケストラコンサートなど、多種多様なイベントが定期的に開催され、多国籍な住民の交流の場になっている。

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2025年に開催した日本祭りの様子(写真提供/ベカメックス東急)

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(写真提供/ベカメックス東急)

ビンズン新都市に暮らすベトナム人社員・ソンさんの声

実際、この街で暮らしている人はどう感じているのか。ベカメックス東急の社員であり、同社が手掛けたマンションの1つに住むベトナム人女性、SONさん(以下、ソンさん)に話を聞いてみた。

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ソンさん(右)と、今回の取材で街案内をしてくれたExecutive Director 今清水 雄一(いましみず・ゆういち)さん(左)(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ソンさんは、2014年にベカメックス東急に入社した初期メンバー。現在は、住宅部マーケティング・販売部長を務める。まだ何もなかったころに「TOKYU Garden City」でマンションを購入して住み、街の変化を生活者として体感してきた。

「以前はホーチミン市街地に住んでいましたが、ホーチミンと違って、排気ガス量が少なく空気がきれい。そして電線が地中埋め込みでとても美しい街並みが気に入っています。

やはり当初は買い物やクリニックがなくて不便でした。それでも当時小さな子どもがいた私にとっては、補って余りある、最適な子育て環境だったのです。

ホーチミン市では、バイクの交通量が多くて子どもを安全に遊ばせることができませんでしたが、ここは身近にプールや公園がありますから、自由にのびのび過ごせます。息子も水泳が上達し、学校の先生にも褒められました」

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ソンさんが、マンション販売でアピールしているのも共用部の充実。「プールやジムなどの設備は、新しいものや華やかなものが好きなベトナム人の好みに合致し、一戸建てにはない魅力を感じてもらえます」(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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「ベトナムでの情報発信は、Facebookが最も効果的」(ソンさん)(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

イオンなど商業施設ができてからは、「買い物環境が劇的に改善しました」と笑う。

「質が高くて新鮮な野菜などを、すぐに買えるイオンはとても便利です。地元の市場やスーパーは品質や鮮度がまちまちなので、家に帰ってから洗ったり、きれいな部分を選別するのがとても大変。ベトナムでは夫婦共働きがほとんどで、みんな本当に忙しい。家事と育児の時間が節約できるのは本当に助かります」

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イオンの生鮮食品売り場(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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子ども連れの姿も(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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その場でヌードルにスープを注いでくれるのはベトナムらしいサービス。寿司なども売り場で握っている(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一方で、不便に感じていることはありますか、と尋ねると、「強いて言えば、ですが」と前置きをしたうえで、保育・教育施設と、夜間のエンタテインメント施設の充実との答え。

「外国人駐在員の方から深夜まで営業する飲食店などのニーズが高いのですが、住民は早朝出勤する工場勤務の人が多いので、勤務時間に合わせて閉店が早い傾向にあります。ベトナム人向けの学校や保育園がもう少し充実していたら、と思います。子どもを預ける場所がないと、引っ越しをためらってしまうでしょう」

実は取材後、夕ご飯を食べに外に出たら、たまたまワンちゃんの散歩をしている普段着のソンさんに遭遇。時刻は18時。会釈しながらの笑顔に、豊かな暮らしを垣間見た気がした。

若者人口が多いベトナムの“憧れ”の街へ。3つの展望

数名でスタートしたまちづくりも、13年たち、社員数は約500名(うち日本からの社員は10名、ほかは現地社員)になった。

「今後取り組んでいくのは、住民が『住みたい』『働きたい』『遊びに行きたい』と思えるような、包括的なライフスタイルを提供するまちづくり。そのための展望は、主に3つあります」と平田さんは説明する。

東急がベトナムで”多摩田園都市”の再現に挑戦! 「何もない」と言われた土地で夢と苦悩、10年の軌跡

(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「1つ目は、新都市内部の開発推進です。

現在までに供給した約3000戸から、2040年までに合計1万8000戸の住宅供給を目指すほか、商業施設など生活の質を高めるための施設も拡充します。保育年齢に特化した施設などの子育て支援につながる教育施設の誘致を強化し、医療機関も充実させる予定。交通面では、ホーチミン市中心部とビンズン新都市を結ぶバス路線の展開も計画中です。

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工事中のエリアの様子。ちなみにマンションは、日本人も購入できる。例えば、2024年に竣工したMIDORI PARK The GLORY(全992戸)の2ベッドルーム(約70平米)は1500万円程度(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

■「TOKYU Garden City」プロジェクト年表(再掲)

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さらに『MIDORI PARK The TEN 2』『The TEN 3』といった新たなプロジェクトの構想もあるとか(画像作成/SUUMOジャーナル編集部)

2つ目は、産業構造の変革。

ビンズン省は現在、第二次産業が中心ですが、今後は人件費の上昇に伴い、第三次産業への転換が求められるでしょう。IT企業や研究開発施設などを積極的に誘致したいと考えています。二子玉川ライズや、渋谷スクランブルスクエア、渋谷ヒカリエなどでIT企業が集積しているように、われわれのブランドと実績を活かして『働きたい街』にしていきたい。

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ベカメックス東急の本社オフィスは、女性社員が6割。子育て社員も多いため、オフィスに子どもを連れてきてもいいのだとか! そして17時には、ほとんどの社員が帰宅(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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休憩室にはビリヤード台などがあり、楽しそう。社員感謝祭などのイベントも。かつてはベトナム人社員の離職率の高さが悩みだったが、福利厚生や給与制度、会社の設備などを見直し・充実させたことで、大幅に下がったとのこと(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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お昼寝の習慣があるベトナムでは、オフィスの椅子はリクライニングを超えてフルフラットになるビックリ仕様!持参したシートを床に敷いて寝る人も(写真提供/ベカメックス東急)

3つ目は、地域的なプレゼンスの向上。

つい先日、7月1日にビンズン省がホーチミン市とバリア・ブンタウ省との統合され、人口1400万人、ベトナム全体のGDPの4分の1を生み出すベトナム最大の都市圏が誕生しました。その中で、ビンズン新都市だけでなく、ホーチミン市中心部での都市開発にも参入するチャンスがあると考えています」

世界中で「日本のまちづくり」が広がっていく可能性

今後、ソンさんが指摘した保育施設や、高齢者向けサービスなどへの対策も進んでいくだろう。10年後、どのような街に進化しているだろうか。

そして「多摩田園都市」のように、美しくて暮らしやすいまちづくりが、他国にも展開されていくことの可能性を感じた取材だった。

■「TOKYU Garden City」プロジェクト年表(全容)

東急がベトナムで”多摩田園都市”の再現に挑戦! 「何もない」と言われた土地で夢と苦悩、10年の軌跡

●取材協力
ベカメックス東急

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