まちの個人経営の本屋さんがぽつりぽつりと消えていく一方で、宮城県仙台市には、「大きな思いをもった小さな私設図書館」が増えている。多世代の居場所や交流の拠点に、地域の未来をつくる若い人材を育てるために、地域の大切な財産を伝える場所として。
地域の誰もが気軽に立ち寄れる居場所として。本棚オーナー制度を採用した「荒井まちのわ図書館」
図書館というとおしゃべりはNGの静謐な空間を想像するが、仙台市若林区荒井にある「荒井まちのわ図書館」は親しい友達の家を訪ねるようなアットホームな雰囲気のある図書館だ。

「赤ちゃんの休憩スペースあります」という文字が目を引く外観。ガラス張りで中をのぞいてみたくなる(画像提供/荒井まちのわ図書館)
入口で靴を脱いでスリッパに履き替える。ワンルームの空間は温かみのあるウッディなフロアで壁面いっぱいに80の箱を備えた本棚が設置されている。

日差しが入る館内。台形の机を組み合わせた大きなテーブルは自在に配置を変えられる(画像提供/荒井まちのわ図書館)
「荒井まちのわ図書館」は2022年6月に開設。福祉・介護を主軸事業とする未来企画の代表取締役の福井大輔(ふくい・だいすけ)さんが「福祉をもっと地域に開かれた身近な場所にするためにも、さまざまな人と自然につながる場所がほしい」と考えて設置し、代表理事を務めるNPO法人「まちあす」と子育てサークル「Hug(はぐ)くみ」が協力して運営。「まちのわがひろがるように」と名づけた。
「兵庫県の医師が社会的処方を目的として運営している小さな私設図書館を知り、同じようにどの世代にも身近な本を介して地域の方が気軽に訪れて、お互いに顔が見える関係をつくれたら、と思ったのがきっかけです。また、調べていくうちに、静岡県焼津市に一箱本棚オーナー制度を採り入れた私設図書館があると知り、代表の方にオンラインで話を聞いてつくりました」と福井さん。
一箱本棚オーナー制度とは、本棚を区切った箱を自分の本棚として、好きな本を並べることができる制度。本の貸し出しをするかどうかはオーナーが決められる。オーナーは棚1箱を月額2,200円で借りて、それが図書館の運営費に使われる。オーナーは現在約35名だ。

「荒井まちのわ図書館」を運営するNPO法人まちあすの代表理事、福井大輔さん(写真撮影/佐藤由紀子)
「公立図書館に比べて蔵書は少ないし、テーマごとに分類もしていませんが、オーナーの個性や趣味が反映された本棚が並び、オーナーの人となりが見える面白さがあるのではないでしょうか。オーナーは、本を介したコミュニケーションを楽しみたい方、ここの運営方針に賛同いただいている方が多いかと思います。スタッフが常駐せず、店番をする人がいる日の不定期開館ですが、オーナー自身が店番をしてくれるなど、運営にも携わっていただいています。また、周年のイベントは運営側が主体で行いますが、オーナーから提案してもらった企画を実施することもありますね」

開館3周年イベントでは、本の読み聞かせや楽器演奏などが行われた(画像提供/荒井まちのわ図書館)
畳を敷いたキッズスペースにはおもちゃやベビーベッド、シェアオムツなども。衣類のおさがりをもらった人が次の来館時に別のおさがりを持ってきたりするそう。人の善意や良識があって成り立っている印象だ。

キッズスペース以外は飲食もOK。
「荒井まちのわ図書館」は開館4年目。
「本棚オーナーをどんどん増やすというよりも、地域のいろいろな人との関係性を大事にしながらのんびりやっていくつもりです。午前中は小さなお子さん連れの保護者の方が多く来ていただいていますが、高齢者の方や、中高生の自習スペースにも使ってほしいですね。地域の誰もがふらっと立ち寄れる、安心できる居場所になるようゆっくり育てていきたい」と話す福井さん。

本棚オーナーは子育てサークルの集まりやワークショップの場としても使える(画像提供/荒井まちのわ図書館)
「本棚オーナーをはじめ、これまで関わることがなかった人たちに応援していただいたり、話をするようになりました。また、オーナー同士でつながりができるなど、あらためて、本はどの世代にも身近なツールだと感じています。
例えば、50人位のオーナーが集まれば、テナント代がカバーできて、こういった『居場所づくり』が成立するんです。オーナーの皆さんと一緒にコミュニティをつくって、市民活動の拠点にするなど、いろいろな運用の仕方、可能性があり得るのではないかと思っています」
地域の未来を創る若い世代を育てる情報発信機能を持つ図書施設「8BOOKs SENDAI」
次に紹介するのは、地方銀行の建物をリノベーションして2022年8月に開館した「8BOOKs SENDAI(エイトブックス仙台)」だ。

仙台市太白区八本松にある「8BOOKs SENDAI」外観。元が七十七銀行で、7から8へ、という意味も込めて「エイトブックス」と命名(写真撮影/佐藤由紀子)
蔵書は約1万冊あり、豊富な本に囲まれたカフェのようなしゃれた雰囲気。本は自由に読めるが貸し出しはしない、民営の会員制図書施設。設立・運営しているのは、不動産やリノベーションを事業の柱とする企業、アイ・クルールだ。

1階は中2階のキャットウォークにも本棚が設置された本に囲まれた空間。
「弊社は、衣食住全般を通してみなさんの暮らしに寄り添うライフスタイルカンパニーという目標を掲げ、不動産事業、飲食事業に続く3番目の事業として開設したのが、図書施設と情報発信機能を持つ『8BOOKs SENDAI』です。
弊社の代表の石垣智浩(いしがき・ともひろ)は、仙台市で生まれ育ったなかで、『仙台市は東北の中心都市にも関わらず、高いポテンシャルを活かしきれていないのはなぜか』という問いを抱いていました。そこで、『仙台らしさ』をあらためて発掘し、宮城県に住む人の土地への愛や熱意を高めたい、という思いをきっかけに始めたのが『8BOOKs SENDAI』です」
そう教えてくれたのは、コミュニティプランナーの荒川美風(あらかわ・みふう)さん。

コミュニティプランナーの荒川さん。施設内外のイベントを担当するなど、施設の運営の根幹を担う(写真提供/8BOOKs SENDAI)
蔵書は、「8BOOKs SENDAI」の8つのコンセプト「はじまる、ふれる、かんがえる、むすぶ、つむぐ、はたらく、つづく、暮らす」に基づいて、取次店の日本出版販売に依頼して選んだ。

コンセプトごとに分類された本はバリエーション豊かで、本好きにはたまらない(写真撮影/佐藤由紀子)
「8つのコンセプトで選書された蔵書は、小説の隣に漫画や絵本、写真集、実用書などがジャンルレスに並べられています。お客様は、自分の心惹かれるコンセプトから読みたい本との出合いを楽しんでもらうこともできます」
利用者は幅広く、それぞれ自分スタイルで楽しむ。「平日は毎日のように来てくださる年間会員の方もいます。午前中から午後までゆっくり滞在して本を読む方、夕方以降は学生さん、2階はお子さんと保護者が利用したり、近所の学生さんが友達同士で勉強しに来てくれたりします」

2階は、絵本がメインで、靴を脱いで上がるカーペットスペース、隠れ家のような半個室空間もある。授乳室も完備され親子連れの利用が多い(写真撮影/佐藤由紀子)
施設を利用するには入場料が必要で、1日単発での利用であれば、会員登録は不要。
「若い世代の熱量が地域を良くする」という代表の考えから、学生アルバイトを積極的に雇用しているのも、同施設の大きな特徴。大学生の利用促進や、施設を使ったコミュニティ形成の場としての活用も進めていくという。

高所の本はキャットウォークに上って選ぶ。ミーティングやイベントに使える円卓や、一人で集中して仕事や勉強ができるブースも(写真撮影/佐藤由紀子)
「8BOOKs SENDAI」がもつもうひとつの役割として情報発信機能も担っており、1階フロアの奥には編集室を設け、大学生が発信する学生メディア「カニマガ」と、仙台をちょっぴりおしゃれに紹介する仙台ライフメディア「Lala」の発信をしている。
また、東北大学のサークルの協力で装飾や展示を企画したり、現役大学生の読書感想文を展示・配布して小・中学生の宿題をサポートするなど、コミュニティづくりの仕掛けになるような展示企画を今後も続けていきたいという。
「この図書施設は、本があるから読みたかったら読んでいいよ、というスタンスなので、『読書に対するハードルが下がった』などの声をいただくことがあり、地域の役に立てて良かったと感じます。勉強や仕事をしても、友達とお喋りをするだけでもいい、自由に過ごして、自分がやりたいことを実現できる施設になったらいいと思っています」と荒川さん。「8BOOKs SENDAI」は、地域に根を下ろし、地域の役に立ちたいという人材や力を育てる、育ち合う場所を提供している。
震災後の地域の歴史と文化を次代につなぐメディアとしての「海辺の図書館」
仙台市若林区荒浜の「海辺の図書館」は、東日本大震災の津波によって失われた地域の歴史や文化を残したいという思いをきっかけに、司書の資格をもち、大手書店で働く庄子隆弘(しょうじ・たかひろ)さんが、被災した自宅を使って開設した。

「海辺の図書館」は事務局の庄子さんの自宅跡地に、何もない状況から、地域の資料を収集したり、建物を設置したり手づくりで整備していった(画像提供/海辺の図書館)
「津波で自宅が被災して避難所や仮設住宅で生活していたとき、『本は何もできないのか』と思いましたが、雨風をしのぐ寝場所と食事が手に入ると、誰が何を言うわけでもなく本が置かれていく光景を見て、やはり生活に本は必要なもので、何かできることがあるのでは、と思いました」と庄子さん。

「海辺の図書館」の事務局をしながら荒浜の再生に取り組む庄子隆弘さん(写真撮影/佐藤由紀子)
「落ち着いたころ、自宅の片づけをしていると、通りがかった人に声をかけられたり、『以前荒浜地区はこういう所だったんだよ』という話を聞く機会が増えました。直接話を聞くことで、その人が持つ経験や知識を吸収するのは、著者の話を聞く本と同じ。100年前の人の声を聞けなくても、本がそれを可能にするように、荒浜の歴史を知りたいと思ったときに、文字で残ってなくても、歴史を知る地域の人が話すことで、一冊の本と変わらない体験ができるんです。そして、図書館は、誰にでも開かれている、オープンな公共の場です。
そして庄子さんは、2014年に『本も建物もない図書館』をコンセプトに『海辺の図書館』を立ち上げ、戦後まもなくから荒浜地区で生活してきたアマチュアカメラマンの佐藤豊(さとう・ゆたか)さんと2人で事務局を務めている。

海岸から徒歩1分。誰でも気軽に立ち寄れる「海辺の図書館」。荒浜の資料などが閲覧可能(写真撮影/佐藤由紀子)
「『海辺の図書館』を運営していることで、いろいろな方に声をかけていただいたりアイディアが集まったり。大きな活動は荒浜地区の歴史を伝えていくことですが、例えば、地元の砂浜に自生する海浜植物(ハマボウフウ)を天ぷらにして食べたり、海水から塩をつくったり、郷土芸能『荒浜磯獅子踊』の再生など、地域の魅力に触れたり伝えることを、いろいろな方の協力で行っています」

仙台市唯一の海水浴場の清掃活動「深沼ビーチクリーン」。申込不要で自由に参加できるので家族で参加する人も多い(画像提供/フカヌマビーチクリーン事務局)
荒浜の再生を願う活動のひとつ「深沼ビーチクリーン」も2019年から月1回続けているが、1回で200人近い参加があり、若い人も多く足を運んでいる。こういう活動が、海洋プラスチック問題やSDGsなど、社会問題に関心を持つ子どもたちを巻き込み、地域の課題にもつながっていく。
「震災後に、地域のために何かやりたいという相談を多く受けましたが、ちょっとした挫折や人間関係の問題で離れていく人をたくさん見てきて、続けることの難しさをすごく意識するようになりました。荒浜地区は、もう人が住めない、住宅を建てられない地域になりましたが、海で遊んだり、自分たちで守っていきたい地域のひとつとして大切にしていけるような場所をつくり、若い世代が何か新しいことをしたいと思ったときに背中を押してあげられることが次のステップかなと思っています」
人々の記憶や経験、知恵、地域そのものを対話や体験を通して伝えることを「本」ととらえ、それを共有する場として図書館がある。なくしたモノの代わりに「人とのつながり、過去と現在、未来へのつながり」を創造している、ユニークな視点の図書館だ。
紹介した3つの図書館・図書施設には、「地域のために」「地域の未来を良くしたい」という思いが共通してあった。そして、仙台市には本に親しみ愛する文化が息づき、本に接する場や本について語る機会や場をつくるために汗を流している人たちがいることも、このような施設が生まれた背景にあると感じた。
●取材協力
・荒井まちのわ図書館
・8BOOKs SENDAI
開館時間10:00~19:00閉館日第2・第4火曜、毎週水曜利用条件誰でも利用可利用料大人/日額1,300円、月額3,000円、年額20,000円、大学生・専門学校生/日額1,000円、月額2,000円、年額15,000円、中高生/日額500円、月額1,500円、年額12,000円、小学生/日額500円、月額1,000円、年額10,000円、未就学児/無料 ※モーニングタイム(10:00~12:00)は500円、ワンドリンク料込み ※学生が登録する際、初月は日額料金で登録可能・海辺の図書館
開館時間土・日のみ開館、時間は不定期(スタッフが駐在の際に開館)閉館日不定休利用条件誰でも利用可利用料入館無料