東京・世田谷と千葉県南房総市で二拠点生活を送る馬場未織(ばば・みおり)さん。「もし二拠点居住をせず東京だけで生きていたら、考え方、仕事のやり方、性格だって違っていたはず。
■前編:【二拠点生活19年目】馬場未織さん、子3人連れて通い続けた南房総との関わり、親子で自然楽しんだ幼少期→子の思春期を経て見えたもの
キャリアブレイク中の「南房総リパブリック」で起きた新展開
「NPO法人 南房総リパブリック」は馬場未織さんが二拠点生活先である南房総市で2011年に立ち上げた地域活性プロジェクト。活動の一つ、「里山学校」では、生きものと触れ合い、土地の恵みを味わい、自然のしくみを体得するプログラムが組まれ、子どもたちに大人気でした。さらに、南房総エリアの空き家や遊休耕地の有効活用、古民家のDIYエコリノベーションなどアイデアあふれる活動も話題を呼んできました。
ところがその活動はコロナ禍で休止に。

馬場未織(ばば・みおり)さん。1973年に東京で生まれ、建築設計事務所勤務を経て建築ライターに。2007年より二地域居住を始め、2011年に「南房総リパブリック」を設立(翌年法人化)し、代表理事を務める。2023年よりケアのプラットホーム「neighbor(ネイバー)」を共同運営。著書『週末は田舎暮らし~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、共著『パブリックライフ: 人とまちが育つ共同住宅・飲食店・公園・ストリート』(学芸出版社)などを上梓(写真撮影/相馬ミナ)

里山学校は2011年から2019年まで38回にわたって開催。季節に応じたテーマを決め、山や川、畑などで活動。毎回、多くの親子でにぎわった(写真提供/馬場さん)
「ずっと走り続けてきたので、活動を退縮させたら心細くなるかなと思ったのですが、意外なことに実際は逆でした。
街づくりなど事業を動かしていると、どこにいようともずっと地域のことを考えて、人との結びつきも事業きっかけが多かったんですね。でも世の中がストップし、自分も立ち止まってみた時、立場とか属性を抜きに個人対個人で”じかに触れ合う感覚“がすごく沁みて、暮らしを楽しむ原点に戻ったように感じました。
事業を拡げ、多くの人を巻き込み、影響力が生まれてこそ到達しうる高みがあると思います。一方で、事業を媒介せず個々がダイレクトにつながり合ってこそ到達する深い本質がある。まったく無名のおばあちゃんの魂に触れること、いつもは快活なおじいちゃんの闇をも分かち合うこと。そうした深度を大事にしたい、時間を使いたい、と思うようになりました」
現在、南房総リパブリックの活動はキャリアブレイク中ですが、メンバーは個々の専門分野を活かして南房総との関わりを続けています。例えば副代表理事で芝浦工業大学建築学部の教授、山代悟(やましろ・さとる)さんは2019年の大型台風により被害を受けた老舗旅館「富崎館」を大学研究室でキャンプ場として再生。現在も南房総地域をフィールドにして、学生たちと新たな場づくりに取り組んでいます。
理事の一人で建築家の内山章(うちやま・あきら)さんは空き家対策の一環として断熱性を高める改修について地元の新聞に寄稿したり、行政と連携してセミナーやワークショップを開いています。ほかにも、地域産業に寄り添いWebサイトをつくるホンダ美津子(ほんだ・みつこ)さん、土地を生かしたランドスケープを設計する大西瞳(おおにし・ひとみ)さんなど、メンバーによる自走が続いています。
「南リパ(南房総リパブリックの活動)は最近どうなの?としょっちゅう聞かれますし、理事長である私が積極的にNPOを動かしていないことに責任を感じることも、もちろんあります(笑)。
父親の介護と看取りで生まれたケアを学び合うプラットホーム
こうした南房総での経験を踏まえて馬場さんが新たに始めたのが「neighbor(ネイバー)」です。テーマは「カジュアルケア」を広めること。親の介護という課題を抱えている人もそうでない人もフラットにつながり、親兄弟や親しい人だけでなく、たまたま隣り合った人とケアし合える環境をつくりたいという思いから生まれたプラットホームです。

「neighbor」のHP
きっかけになったのは馬場さん自身の体験でした。
「父は建築の評論家として79歳まで働いていたのですが、あるときから様子がおかしくなってきたんです。例えば、シンポジウムのファシリテートをしたときに2時間ある会を30分で終わらせてしまうとか。病院に連れて行ったら認知症と診断され、すでに要介護1。しかも、父の介護の頼みの綱だった母も同時に認知症、要介護1になっていました。ものすごくショックでしたね。
そのころから両親はお金の管理もできなくなり、家のなかもすさんでいきました。当時は介護制度についてよく分かっていなくて、ただただ不安でした。変わっていく両親のことを嘆いたり、日に何度も電話してくるのでイライラして怒っちゃったり。
そんななか、追い討ちをかけるように父が圧迫骨折と大動脈解離で緊急入院。患部は回復したものの2カ月の入院で食事が摂れなくなり衰弱し、退院後は回復を目指して実家で引き取ったものの、結果的にそれが在宅看取りになっていったのです。亡くなるまで寄り添った経験が、馬場さんに気付きをもたらします。

父の自宅介護をしていた時の写真(写真提供/馬場さん)
「訪問医から胃瘻(いろう)という選択も示され、家族の意見は分かれました。でも、よく考えれば父自身の命。父は意思を示せる状態だったので、枕元で尋ねると、即座に首を横に振ったのです。結局、父は退院から17日後に亡くなりました。1人の人間、まして自分を育ててくれた人の息が止まるまでを目の当たりにして、自分が命の終わり方に対してあまりに無知だったことに気付かされました。
世の中には、生きることとか成長することとか、上向きの情報はいっぱいあり、私自身も伝え続けてきましたが、“生き終わる”ところまでしっかり向き合う経験こそ必要なのではないか。むしろそれを知ることで今の『生』がもっと豊かになるのではないかと思うようになったのです」
この父の看取りで馬場さんをサポートしたのが、訪問看護師の村英敏(よしむら・ひでとし)さんでした。二人はカジュアルにケアを学び合う場をつくりたいという点で意見が一致。こうしてneighborが誕生したのです。

馬場さんと村さん(写真提供/馬場さん)
無料のコーヒー提供と血圧測定が生むフラットな相互ケア
neighborの活動は大きく4つ。
1つめは月1回開催している「コーヒーと血圧計」です。舞台は東京・世田谷区の尾山台商店街。歩行者天国の時間に「無料のコーヒー、いかがですか?」「血圧測定もしていますよ」と呼びかけて、通行する人たちに立ち寄ってもらうというもの。

「コーヒーと血圧計」は尾山台商店街のまちづくりをしている「おやまちプロジェクト」とのコラボ企画。商店街の歩行者天国の時間(16時~18時)に「タタタハウス」の店先で実施される(写真提供/馬場さん)
「ケアの場を街にひらいています。健康相談はもちろん、子育てや愛犬の話など気軽におしゃべりするなかで互いに助けたり助けられたりする“カジュアルケア”を浸透させるのが目的です。最初は怪しすぎて、声をかけられないようにと避けて通られることも多かったですが(笑)、2年半続けるうちに毎回来てくれる人や遠方から足を運んでくれる人も増えました。
また、立ち寄ってくれるのは高齢者が多いだろうという当初の予想は大きく外れ、赤ちゃんを抱っこするお母さん、地元の大学生や小学生、尾山台商店街のお店の方までいろいろな人が常連さんになっています。犬の散歩途中に立ち寄る人や、一度来た方が次回ご家族を連れて来ることも。街の人同士が勝手につながる場にもなっていて、名前は知らないけれど顔見知りという人がとっても増えました」

(写真提供/馬場さん)
スタッフは完全自由参加で、全員がボランティア。neighborの会員のほかに、看護師やリハビリの専門職など医療・福祉関係者の参加も多いと言います。
「ボランティアの場合、報酬となるのは自分の学び。

(写真提供/馬場さん)
活動資金はneighborの会員費やイベント参加費から出しているものの、1回につき200~300円程度。
当初は“無料”の怪しさを払拭した方がいいのではと考え、資金集めの意味も込めて南房総のピーナツなどを売ってみたりしましたが、「資本主義から外れたところでやった方がベネフィットが大きいことが分かり、今は持ち出しです」と馬場さん。最近は他の地域でも「やりたい」という声が挙がっているそうです。
こうして困っている人や悩んでいる人が相談に来るのを待つのではなく、自分たちが街に飛び出して「どうですか?」とこちらからつながっていくスタイル、ケアがケアの顔をせずコーヒー屋などに擬態して街に溶け込む手法などは医療・福祉関係者から注目され、視察も増えています。
飲み会や遠足でケアをカジュアルに学び合う
2つめの活動は「資本主義の中心でケアを語ろう」、略して「しほちゅう」と題した飲み会です。シーズン1は2023年の秋から2024年の春まで6回シリーズで開催。参加者はだいたい20名ほどで、neighbor会員以外でも参加ができます。『誰が親の面倒見るんだとジントニック』『見ない知らないじゃすまされないとソルティ・ドッグ』『あなたの孤独とわたしの孤独とミックスナッツ』などテーマもユニークです。

「資本主義の中心でケアを語ろう」の様子。仕事の後に集まれる19時から3時間で行われるが、「時間が足りない」との声が挙がるのは毎度のこととか(写真提供/馬場さん)

(写真提供/馬場さん)
「ケアの話はみんなが自分の窮状を述べて暗い雰囲気になりがちなので、毎回、お酒の名前をくっつけて飲み会だって言い張ろうと思って(笑)。
シーズン1の対象としたのはバリバリ働いていたら親の介護などに直面し、暗い気持ちになっているワーキングケアラーたち。ビジネスの最前線に立つ人は、得てして自分の弱みを隠しがちなんですね。
でも、むしろ抱えている問題を素直に言える人って魅力的なんですよ。乾杯をした後は自由に語り合うのですが、『そんなこと考えてたんだ』『そんな大変なことあったの』と共感が渦を巻きます。なかには絶妙なアドバイスを繰り出す人もいて、毎回、かなり盛り上がります」

(写真提供/馬場さん)
馬場さんによれば、この飲み会の発端となったのは、不動産コンサルタントで南房総リパブリックの仲間でもある田中歩(たなか・あゆみ)さんが書いたSNSへの投稿。そこには母が要介護認定を受けたこと、年老いた父が面倒を見ることはできるのか、万が一、父が亡くなったときにどうなるのか、施設に入るとしたらその資金はどうするのかといった不安が綴られていました。
「不動産とお金のプロとして最前線で活躍する田中さんがそんな問題を抱えていたことが驚きで、neighborのパートナーである村さんに『なにかできることはないか』と相談しました。すると、とりあえず話を聞きましょうと提案され、3人で会うことになったのです。そうやって第三者が話を聞くと気持ちが晴れるし、気付きも生まれるんですね。実際、田中さんが抱えていた問題もよい方向に進んでいき、その顛末は彼が連載する日経新聞のコラムにも記されました」
「しほちゅう」のシーズン1では田中さんもホストとして参加。自らの葛藤を吐露したことで、参加者の本音が炸裂したそう。
現在はシーズン2に突入。ワーキングケアラーだけでなく、日々誰かのケアに追われながらもカミングアウトできていない、もしくはケアラーの自覚さえない“隠れケアラー”にスポットが当てられています。第5回目は9月18日(木)に開催予定とのことで、「話したい」「話を聞きたい」という人はホームページやSNSをチェックしてみてください。
これら2つの活動がneighbor会員以外も広く参加できるのに対し、3つめの活動は会員の特典となるのが月1回、オンラインで行われる「井戸端会議」です。
「オンラインにしたのは地域を超えたつながりを生むため。実際に日本各地から参加しています。開催時間中の入退室は自由。テーマは決めずに、高齢の親のこと、自分の将来のこと、子育てのことなど『誰に相談すればいいのやら』という話題をお互い口に出し、話題が自由に広がる場です」
そして4つめの活動には年1度の「遠足」があります。その名の通り、参加者が地方に遠征し、カジュアルケアにつながる学びを得る機会になっています。
企画を固めて参加者を募るのでなく、参加する人が主体的に行きたいところを決めるのもneighborの遠足ならでは。
2023年は宮城県仙台市へ。福祉施設を地域に開き学び合いの拠点とした「ライフの学校」と、サービス付き高齢者向け住宅や障害者就労支援事業所、レストラン、保育園などがそろった多世代複合施設「アンダンチ」を訪問して運営者から話を伺い、その土地ならではの大らかな関係づくりを学んだそうです。

「neighbor」遠足時の写真(写真提供/馬場さん)
昨年は馬場さんの拠点となる南房総・館山に参加者が遠征。南房総リパブリックで復興支援をしてきた布良漁港にある富崎館に集まり、前編で紹介した小出一彦さん、「ボタリズムコーヒーロースター」の元沢信昭(もとざわ・のぶあき)さん、「安房医療福祉専門学校」の西村禎子(にしむら・さちこ)さんも参加。36歳で視力を失った石井健介(いしい・けんすけ)さんも加わり、焚火を囲んで互いの話に耳を傾け、語り合いました。翌日は馬場さんの集落でご近所さんらと親交を深めたそう。
「若いメンバーからは農作業をしたいという声が挙がっています。竹刈りや草刈りなど無心で体を動かして里山がきれいになると、心と体が一致するというんですね。
neighborの活動主旨はあくまでもケアですが、地域関係なく共有する悩みや思いを分かち合うことで、さあ交流しましょうと懇親会をするよりも本質的で強いつながりになっていく気がします」
想像力の飛距離を伸ばせるのが二拠点居住の本質
neighborの活動で馬場さんが大事にしているのは、固定化されたコミュニティをつくらずに、たまたま接続した人たちとも等しく付き合うこと。象徴的なのが「コーヒーと血圧計」です。地域内外、通りすがりの誰でも参加できるから、門戸を大きく広げることができます。
「コミュニティをつくると、それによってコミュニティに入れない人は孤独になるんですよね。このジレンマは私の一生の課題というか、小学生のころからずっと考えていることなんです。
例えば、クラスで爆笑しているグループがあると、その輪に入れない子たちの孤独は影を増す。同じ構造は、大人社会でもどこに行ってもあります。私自身、コミュニティをつくってきたけれど、その功罪両面についてちゃんと見たいなと思うようになって。村さんやneighborのみんなから「わかる、そう思う」と共感してもらえたことで力をもらい、堂々とその方針が伝えられるようになりました。私たちが目指すカジュアルケアは幸せな人をより幸せにするというよりも、少しでも孤独じゃない人が増えていく方向に力を注ぎたいよねって」
「孤独じゃない人が増えていく」ために今日からできることがあるとすれば、それは想像力の飛距離を伸ばすことだと馬場さんは言います。
「仏教に由来する言葉で自己啓発の場でもよく使われるのが『今・ここ・私』。過去や未来に囚われず、今、ここで自分ができることに集中して生きなさいという教えですが、その先にあるのは『今じゃない、ここじゃない、私じゃない』ではないかと私たちは考えています。過去の人たちや未来のことに思いを馳せるのが『今じゃない』。自分がいる場所以外のことを考えてみるのが『ここじゃない』。すると、それぞれの地域に『ここ』とは違うリアルがあって、さまざまな課題を抱えていることが見えてくるんですね。『私じゃない』というのは他者を思うこと。自分のことを差し置いてでも考えちゃうことってあるじゃないですか。そうやって想像力の飛距離を伸ばすことで人に優しくなれる。そして一人一人がこのセンスを磨くと、優しさが広まって文化になると思うんです」
馬場さんがこの考えに至ったのは、南房総に暮らしたからにほかなりません。この地には古くから受け継がれてきた生活が残り、東京とはまったく違う価値観での暮らしが紡がれています。もちろん、南房総に限らず、どんな地域にもその土地ならではの生活と価値観があり、それに気付けることーー想像力の飛距離を伸ばし他者に優しくなれるのが二拠点で暮らすことの本質だと馬場さんは言います。

集落の人々の手によって守り継がれる美しい里山の景色。都会にはない慣習や価値観がさまざまな気付きをもたらしてくれる(写真撮影/相馬ミナ)
「いづらい人」を出さないカフェを計画
接続した人と等しく付き合うこと。優しさという文化をつくること。
これらに向けて馬場さんが新たに取り組もうとしているのは、カフェづくりです。場所は東京。自宅1階に開くそうです。
「あまねく人たちをただ受け入れる普通のカフェにしようと思っています。『コーヒーと血圧計』と同じように、地域内外の子ども、お年寄り、障害のある人、犬を連れた人、猫と一緒に来てもいい。コミュニティみたいなものが苦手な人も、会話ではなくコーヒーを楽しみ、あっさり平易な気持ち居てもらえるのが理想です。というのも、うちの家族はコミュニケーション能力が高いわけじゃなく、いきなり他人と会話をするのはしんどい派なんです。彼らの辛辣な意見は参考になります(笑)。無自覚に乱暴にならないよう考えるきっかけになりますからね。
また、食材の仕入れは信頼関係のある南房総の生産者とのつながりを生かします。南房総の家との往復を流通と重ねるつもりです。“移動すること”と“定点に根をおろすこと”を両立する人生はまだまだ続きそうです」
さらにこのカフェはビザールプランツ、いわゆる珍奇植物専門のブティックを併設する計画も。パブリックに近い場所でありつつ、マニアックな植物ファンも集うという二重構造になるそうです。
18年間続けた馬場さんの二拠点居住は、暮らしを変えただけでなく思考や行動も変えてしまうほどのインパクトをもたらしました。とはいえ、その始まりは子どもたちを自然に触れさせたいという親心。動機はどんなことでもまず始めてみると、予想もしなかった未来が待っているかもしれません。
●取材協力
南房総リパブリック
neighbor