鹿児島県鹿児島市にある知的障がい者支援施設「しょうぶ学園」は、少し変わった福祉施設だ。まず「アート」の工房でもあること。
地域に開かれた場所で、支援施設の利用者が暮らし、働く
しょうぶ学園は、鹿児島市街から車で20~30分の場所に位置し、「森に囲まれた」と表現するのにぴったりな、緑豊かな高台にある。訪れたのは夏の猛暑日、にもかかわらず、やや涼しく感じるのは、この緑と、丘の上というロケーションだからだろう。
このしょうぶ学園には、知的障がい者の方々が暮らす支援施設があり、近隣にはグループホームも。さらにデイサービスセンター「Doしょうぶ」や就労継続支援B型の仕事先として通う利用者さんもいる。
敷地内には、レストラン、ギャラリー、ショップ、ベーカリーがあり、近隣から多くの客(※)が訪れる。これらの施設では、職員と一緒に、知的障がいのある方々も働いているのだ。
※本記事では、施設を利用している障がい者の方を「利用者」、近隣などから訪れる方を「客」「お客さん」と表記
敷地のあちこちにベンチが置かれ、“ウエルカム”な雰囲気が漂う。しゃれた建物は、屋久島に暮らす建築家ウィリアム・ブラワー氏がデザイン・設計を担当(写真撮影/有川朋宏)
春には桜が咲き、夏はヒマラヤスギが木陰をつくり、地域住民の憩いの場になっている(写真撮影/有川朋宏)
敷地内にはロバとヤギがおり、家族と食事に訪れた娘さんがごあいさつ(写真撮影/有川朋宏)
Tシャツやバッグ、食器やポストカード、オブジェなど利用者さんの作品が買えるクラフトショップ「ル・デポ」(写真撮影/有川朋宏)
ギャラリーやショップの横にあるサンルームにはそれぞれ、絵付けされた鉢が並ぶ。これも販売しており、人気の商品(写真撮影/有川朋宏)
ベーカリー「ポンピ堂」にパンを買い求めに来た親子連れ(写真撮影/有川朋宏)
扉を開けると、石臼ひき粉ならではの香ばしい香りが漂う(写真撮影/有川朋宏)
ベーカリーの厨房では利用者さんが調理補助や包装などを担当している(写真撮影/有川朋宏)
人気はレストラン。マニュアルではない接客に癒やされる
なかでも、レストラン「pasta&cafe otafuku」は、しょうぶ学園を訪れる一般客の一番のお目当て。
生パスタ、野菜たっぷりのサラダやサンドイッチ、自家製パン。テラス席にはツリーハウスがあり、そこで食事をすることもできる。森の中の一軒家レストランはその味と雰囲気で、多くの常連さんに愛されている。しかもここで使われる野菜の一部はしょうぶ学園の菜園で栽培された採れたてのもの。
野菜やハーブをいれてじっくり煮込んだトマトソースの生パスタ。セットはサラダ、スープ、パン、デザート、ドリンクがついて1760円(税込)(写真撮影/有川朋宏)
敷地内にあるツリーハウスでも、食事やお茶を楽しむこともできる(写真撮影/有川朋宏)
ここで働く利用者さんたちは、障がいの特性に合わせて厨房担当とホール担当がいるが、混雑時には厨房スタッフも配膳を手伝う。スムーズにいかない場合は職員がフォローに入る。とはいえ、特にレストランはこの施設の特質をまったく知らないお客さんも多く、接客を受けても、一見、障がいのある方だとは気づかないかもしれない。人によっては健常者と同じように思えるだろう。
ホールスタッフとしてスムーズにオーダーを受ける。もし言い淀んでも、お客さんはゆっくり待っていることも多く、優しい時間が流れているそう(写真撮影/有川朋宏)
もちろん、急に質問されると答えられない場合もあるし、いつもの慣れた接客とは少し違うと感じるかもしれない。
「でもそのマニュアルじゃない感じが逆にすてきじゃないですか」と月に3回ほどレストランを訪れる常連さんたち。「ビジネスじゃなくて、真心がこもっている感じが私はするんです。一般的な接客とはちょっと違うかもしれないけれど、皆さん、とても素直でやさしい。なんだか温かい気持ちになるんです」
今では、通ううちに、レストランで働く利用者さんともあいさつをしたり、ハイタッチをしたり、小さな交流があるそうだ。
お話を伺った常連さんたち。「自然があり、動物と触れ合えて、おいしいものをいただける。ここには癒やされにきています」(写真撮影/有川朋宏)
ひとつとして同じものはない、その人らしい「アート」が生まれる場所
そして、しょうぶ学園といえば、“アート”。陶芸、布、絵画、和紙、木工など、さまざまな工房が敷地内にあり、利用者が創作活動を行う。
言葉でうまく伝えられない利用者にとって、絵画や音楽、陶芸などのアート活動は、内面にある感情を表現する大切な手段になる。作品はひとつとして同じものはない。「どうしてそういう形に、色に、素材になったのかは分からない」――けれど、作品の持つ力に否応なく魅了されるのだ。
なかでも「nui project」はその独創性、自然な美しさ、ただただ縫い続けるという行為に注目が集まり、ファッション雑誌やテレビ番組の衣裳として使われることもある。
nui projectの作品が衣裳に(写真撮影/有川朋宏)
人によっては、同じモチーフを創り続けることもある(写真撮影/有川朋宏)
窓から緑の見える心地よい作業場。
アートを愛する人同士の交流が生まれる
常時展示会が行われるギャラリーや、予約制の見学ツアーなど、外部の人との交流する機会は多い。
利用者さんにとっては、ともすれば閉鎖的になりがちな生活に、外部の人との出会いは良い刺激になるそう。一部はそうした交流を望まない利用者さんもいるが、自分が生み出したものを誰か好きでいてくれることは、とても良い影響を及ぼすそう。
撮影当日は、「手描きとステッチのTシャツ展」が開催されていた(現在は終了)。利用者が手掛けた世界でたった1枚のTシャツの展示、販売を行っていた。
余談だが、実は筆者も、しょうぶ学園の「nui project」作品のブローチを持っている。美術館併設のショップで一目ぼれしたのだが、これが、「しょうぶ学園」の存在を知るきっかけになったのだ。
ギャラリーのスタッフにブローチを見せていると、「あ、ゆかりさんの作品!今、ちょうど散歩中ですよ」と教えてくれ、本人に会えたのだ。まさか、本人に会えるとは。この作品がさらに大切に思えてくるものだ。
ブローチの作家の溝口ゆかり(みぞぐち・ゆかり)さん(写真撮影/有川朋宏)
しょうぶ学園を知るきっかけになったブローチ。ランダムに絡まった何色もの色が不思議なエネルギーを感じる(写真撮影/長谷井涼子)
長いお付き合いになるお客さんもいる。
宮崎県でショップ「tuuli ja lokki」を営む黒木亜矢(くろき・あや)さんは、ご自身もダウン症のお子さんがおり、アート活動をするなどの共通点が多いことから、しょうぶ学園には12年前から遊びに来ている。
「ここには、生きる活力のようなものをもらいにきているんです。ゆったり、のんびりした時間を過ごすだけなんですけれど、アートに直接触れたら、エネルギーをもらえる感覚なんです」
現在は、自分のショップでしょうぶ学園の作品を扱いたいと、買い付けも行うように。なかでも郡山義一(こうりやま・よしかず)さんの作品の大ファン。前回も今回もお散歩する郡山さんに偶然出会い、お互いに大喜び。
黒木さん(右端)と黒木さんのお姉さんと郡山さん(左端)。「コーリー♪」と愛称を呼ばれ、郡山さんも嬉しそうだ(写真撮影/有川朋宏)
学園を訪れる人のなかには、クリエイティブな仕事をしている人も少なくない。撮影日には、しょうぶ学園の音楽活動「otto & orabu」を通して、親交のある音楽プロデューサー、坂口修一郎(さかぐち・しゅういちろう)さんが家族、友人と来園。「ここは友人に紹介したくなる場所なんです」(写真撮影/有川朋宏)
敷地内に地域交流スペースを設けることで、さらに交流が活性化
12年前には地域交流スペース「Omni House」を設けた。1階はショップやギャラリー、2階は地域住民に開放され、さまざまなイベントに利用されている。学園の中に地域の交流拠点を設ければ、おのずと地域の人々がここを訪れる契機になるからだ。
なかでも、「やさい村」マクロビオティックの料理教室主宰の角屋敷まり子(すみやしき・まりこ)さんは、この交流センターができる前からのお付き合いだ。
「もともと生徒さんを連れて、こちらのレストランに通うことが多かったんです。
料理教室が終わったら、ショップやベーカリーで買い物をするなど、すっかり常連さんだ。もう12年となれば、利用者たちとも顔なじみ。「あいさつしてくれるとうれしいんです」
「医食同源」をテーマに、無農薬野菜、オーガニック食品を使ったマクロビオティックの料理を長年教えている角屋敷さん(写真:右から2人目)。「窓から緑が見える、このロケーション自体もすてきです」(写真撮影/有川朋宏)
誰もが訪れるたくなる場所になれば、自然と交流は得られるはず
そもそも、一般的には地域の人々が入所型の福祉施設を自由に訪れられることは珍しい。一方で、「知的障がい者は入所型の施設ではなく、地域社会で自立した生活を送れるよう支援しよう」という国の政策もある。
「その場合、障がいのある人が地域に出かけていき、施設外にある社会に適応するよう、訓練を重ねるわけです。でも、それって彼らは幸せなんでしょうか。もちろん外に出て、適応できる人もいるでしょう。でもそれが難しい人も多いです」と語るのは、このしょうぶ学園のありさまを大きく変えた、福森伸(ふくもり・しん)施設長。
その葛藤のなか、福森施設長は「施設の外の社会に合わせるのではなく、ここを社会にすればいい」と言う。施設が「社会」となれば、障がいのある人々が無理に外に出ていかなくてもよくなり、外から人々がここにやってきて、障がいの有無と関係なく、自然とつながりが生まれるからだ。
「しょうぶ学園」福森伸統括施設長。
そのため、福森施設長は、とにかく「しょうぶ学園」を訪れる価値のある、魅力のある場所にしようと考えた。
「一般の人々がここに求めるのは、“おいしい食べ物がある”、”楽しい”、”ゆっくりできる”といった個人の快適さや利益であり、たまたまそれが福祉施設と隣接している、ということでいいんだと思うんです」
この考えに基づき、しょうぶ学園は施設内にレストランやショップ、ホールといったパブリックな機能を持たせた。特にレストランを訪れるお客さんは、「このツリーハウスをネットでみて、ここで食べてみたかったんです」「SNSで、雰囲気が良くておいしいという評判を見て、今日初めてきました」など、福祉施設と知らない人も多い。
「それはうれしいこと。本当にあるべき姿だと思います。例えば家族で食事がてら散歩したり、デートでギャラリーに来たり、そんな場所でありたいんです」と福森施設長。
実際、レストランでランチを食べた後、ギャラリーやショップに立ち寄り、この施設のありさまを知ることになる人も多い。無理に「福祉施設」とアピールせずに、本質的なところで愛される場所になる。それが目指すところだからだ。
居心地の良い空間であることも外から人を呼ぶ重要なファクター。家具職人でもある建築家ウィリアム・ブラワー氏が設計した建物は、木の質感を大切にし、丸みを帯びてどこか温かみのある空間が魅力(写真撮影/有川朋宏)
レストランやベーカリーで働く利用者さんたちにとっても、施設内に交流が生まれる施設があることは安心感につながる。
「以前は、利用者さんも工場などに出向いて働くことが多かったそうです。外の工場で働くと、いろいろと気を遣うことも多いし、トラブルがないか、ちゃんと成果を上げられているか、職員も気になります。でも、ここなら職員も利用者さんも家族のような感覚でいられるので、安心なんです」と、「デイサービスセンターDoしょうぶ」の統括主任として、働く利用者さんのサポート全般を行っている福景子(ふく・けいこ)さん。
しょうぶ学園のレストランやベーカリーは、就労継続支援B型事業所の役割を持ち、自宅もしくはグループホームから通いで働きに来ている。福さん(右端)は利用者さんたちのサポートを担っている(写真撮影/有川朋宏)
誰もが訪れるたくなる場所になれば、自然と交流は得られるはず
「施設の中に地域を創る」試みをさらに発展させ、2019年には、しょうぶ学園の近くに新たなコミュニティ拠点「アムアの森」を開業。なかでも、アムアホールは、福祉の枠組みを超え、地域に住む人たちに芸術を体験できる場になってほしいという目的のもと建設されたもの。なかなか芸術に触れる機会の少ない地方だからこそ、音楽会、展覧会、演劇などを開催し、地域の文化の拠点となることが目標だ。その際は“アートのしょうぶ”というイメージや人脈は有効だろう。
貸しホールとして、保育園の発表会や新型コロナワクチン接種の会場にもなった(写真撮影/有川朋宏)
緑の借景が心地いいアムアの森。将来的にはカフェの出店も検討しているそう(写真撮影/有川朋宏)
さらに障がいのある子どもたちの放課後の居場所として放課後等デイサービス事業、絵画・刺繍・造形といったものづくりをサポートする生活介護事業など、従来の利用者とは属性の違う人々も利用できる場所へと広がっている。
「障がい者が地域で生きることを幸せと考えるなら、施設を地域にしようと、施設内に人を呼ぶ場所をつくっていきました。今後はさらに、“地域に本当に必要なもの”、“なかったら一般の人が困るもの”を設けることで、障がい者のいる社会を拡張していけたらいいなと思います」
アムアの森生活介護サービスの活動場所も工房のようなつくりで、思い思いのモノづくりをしながら過ごせる場所(写真撮影/有川朋宏)
アムアホール外の廊下はアートが飾られたギャラリーのようなもの。曲線のフォルムや、アンティークの建具が温かみのある空間を演出している(写真撮影/有川朋宏)
まるで、並木道を抜け、森の中に入るとおいしいレストランやほしいものがたくさん見つかるギャラリー。
取材時に、何人ものお客さんに声をかけさせていただいたが、全員が取材・撮影にご協力してくださった(普段、東京の街中で声をかける際にはあり得ないこと)。きっと、この場所が、時間がゆったり流れ、優しい気持ちでいられる場だからかもしれない。アートと食に魅せられ、フレンドリーな利用者さんに癒やされた一日でした。
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●取材協力
しょうぶ学園
※11/24(月・祝)しょうぶ学園の利用者と職員で編成されるパーカッションバンドotto&orabuの朗読劇コンサートを開催

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