京都市内まで電車で約20分、交通利便性の高さから転入人口が増え続けているのが京都府亀岡市です。この亀岡市で昭和の集落を再生させようと試みる長屋「A HAMLET」(ア ハムレット)が話題となっています。

13軒の空き家を6期に分けて改装し、入居者と先住人との関係を熟成させながら集落を形成しようという長期戦です。家づくりではなく「むらづくり」だと語る仕掛け人・川端寛之(かわばた・ひろゆき)さんに、令和の時代になぜ「集落の再生なのか」を取材しました。

宅地開発が進み転入者が増加する亀岡

市内の約3割が農地で、賀茂なす、聖護院かぶ、九条ねぎなど京都の伝統野菜の栽培が盛んな亀岡市。霧の街としても知られ、霧が深く立ちこめることで土壌の保湿性が保たれ、京野菜はさらに甘く、みずみずしく、ふくよかな肉質になるのだそうです。

そして亀岡市は区画整理事業が進んでいます。JR沿線の宅地開発を追い風に子育て世帯を呼び込み、2021年度以降は転入超過が3年連続で続いているのです。

そんな人気ランク上昇の兆しが見える亀岡市の一角で、空き家をリノベーションするだけではなく、古きよき“集落を再生するプロジェクト”が進んでいるのをご存じですか。集落を再生? いったいどのような光景が広がっているのか。話題の場所を訪ねてみました。

「京都一ファンキーな不動産屋」が一目ぼれした長屋

噂の再生集落は亀岡市の並河という街にありました。JR山陰本線(嵯峨野線)快速で京都駅から23分。並河駅で下車し、線路に沿って徒歩8分ほど南下すると、突如として平屋が立ち並ぶ光景が現れます。初めて訪れたのに懐かしさが胸にこみ上げる、独特な味わいがある長屋です。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

郷愁を誘う長屋の風景(写真/出合コウ介)

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

夕焼けも映える(画像提供/川端組)

「びっくりしたでしょう。

僕も初めて見たとき、『なんやこの風景は!』と驚いたんです。そして『ここで何かやりたい!』と、すぐさま家主さんのお宅をピンポン営業してしまいました。きっと令和最初で最後のピンポン営業です」

そう語るのは、”京都一ファンキーな不動産屋さん”ことリノベーターの川端寛之さん(47)。ちょんまげヘアが印象的なこの方は、従来からある不動産のイメージにとらわれない川端組の代表取締役組長です。

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“京都一ファンキーな不動産屋さん”こと川端寛之さん(写真/出合コウ介)

川端さんはこれまでコンテナと長屋を組み合わせた総合テナント施設「共創自治区SHIKIAMI CONCON」(京都市中京区)や、古い長屋やアパートをリノベーションし、過去と未来をつなぐデザインを施した集落再生プロジェクト「南吹田琥珀街」(大阪府吹田市)など数多くの異色な物件を手がけてきた仕掛け人です。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

共創自治区SHIKIAMI CONCON (写真/出合コウ介)

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

南吹田琥珀街(画像提供/川端組)

そしてこの長屋一帯は、川端さんが2020年10月、たまたま別件でこの地を訪れた際に偶然出会い、一目ぼれしたゾーンなのです。

実際に長屋を歩くと、家屋の多さと密集度に驚かされます。その数なんと30棟。どれも昭和40~50年代に誕生した築およそ50~60年の家屋です。

川端さんが2022年から手がけている集落再生プロジェクトは、この長屋の空き家13棟を順にリノベーションし、一つの集落を再生してしまおうという大胆なもの。空き家のなかには朽ちて室内を植物が覆ってしまっている建物もあり、かなり手強そうです。

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地面に草が生えている空き家(写真/出合コウ介)

「この長屋には、廃墟と、現役なんだけれども廃墟寄りの建物があります。

そんな廃墟を人が住めるぎりぎりくらいまで手を加えようとしているんです」

人が住めるぎりぎりくらいまで手を加える? もっと便利に使えるよう、大きく変えた方がよいのでは……。

「いいえ、僕はここに『生き物としての人間の巣』をつくりたいんです。家って、本当はもっとシンプルでよいはず。いろんなものが必要だと思い込んでいるけど、実は余計なものがたくさんある。生きていくためには、もしかしたら時計すらいらないかもしれん。天井から入ってくる光で時間がわかるから。こういうシンプルな家がよいと思ってくれる人たちの集落になったらええなと思ってやっています」

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この空き家を「生き物としての人間の巣」に再生する(写真/出合コウ介)

「ある集落」と名づけられたプロジェクト

川端さんはこのプロジェクトを「A HAMLET」(ア ハムレット)と名づけています。ハムレットといえば読者の多くは「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」の名台詞で知られるシェイクスピアの戯曲を思い浮かべるでしょう。しかし、ここでは「とある集落」「とある村」という意味を持つのだそうです。命名の背景には川端さんの熱い思いがありました。

「現在の日本って、目隠しをされて車に乗せられ、国道で降ろされたら、目隠しをはずしてもそこが何県なのかがわかんないんですよ。日本中どこの風景も同じ。お決まりの、大きなショッピングモールがあってね。

大手の量販店が進出してくると、『やっと他所と同じになれた』と喜んでいる。なんでやねん。自分が住む街に全国チェーンがないと自信が持てないなんて、そんな寂しい話はないでしょ。だからこそ、日本でここだけという集落が必要なんです。ここが成功した後、全国のそこにしかない名も無き集落の再生プロジェクトが始まっていくと最高だなと」

どこへ行っても街が同じ顔をしている、そんな日本の現状に憤っていた矢先、眼前に現れた奇跡のような平屋の長屋。川端さんはその光景からインスピレーションを受け、集落の再構築を行うプロジェクト「A HAMLET」(とある集落)を立ち上げたのです。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

「A HAMLET」という名前には「日本中探してもここだけしかない集落をつくらなければ」という思いが込められている(写真/出合コウ介)

やりたいのは「むらづくり」

川端さんが企てた集落再生プロジェクト「A HAMLET」には大きな特徴が二つあります。

一つ目は、一度に空き家すべてを工事するのではなく、2、3棟ずつ全6期に分けて行う点。2棟が完成するたびに賃貸の入居者を募り、元からいた住人と新たな入居者との関係が馴染んだころに、また2棟を完成させ、新たな入居者が先住人と馴染む……という繰り返しを意識しているのです。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

上空から見た長屋。全6期に分け、空き家13軒をリノベーションする(画像提供/岡田和幸)

「13棟の工事を一気にやってしまうと、“13棟の新入りvs元から住んでいた人 ”みたいな対立構図ができちゃう。それだと集落が醸成しない。僕は単に築古の家をリノベーションしたいわけではなく、集落というコミュニケーションの場を再生したい。

“むらづくり”がしたいんです」

二つ目の特徴は、明確な完成図を用意しない点。

「ゴールを目指して何かをやるのは『ちょっとちゃうなあ』と思ってね。その場その場でどう対処するかを考えながら工事したほうが楽しいでしょ」

「緑や土を取り戻す。少し自然に還す」

では、A HAMLETでは具体的に何を行っているのか。それは「廃墟寄りの建物があるこの集落で、緑や土を取り戻す。土地自体を少し自然に還す」というもの。自然由来の素材でリノベーションしながら、「人が暮らせる空間のレベルはどこまでなのか」を実際に生活しつつ模索する実験です。

「僕は“原始力”と呼んでいます。家って“生き物としての人間の巣”だと思うんです。巣づくりには手間がかかるし、維持するためには面倒を見なくてはいけない。植物は枯らさないように水をやらなければならない。そんなふうに緑も建物も手がかかるんだという前提に立ち返って、それを意識しながら生活する集落をつくる。

その力が原始力です」

原始力を発揮しながら集落の再生に挑む川端さん。実は川端さん、現在の家づくりや家の補修方法などに疑念をいだいていたのです。

「今どきの家って過積載なんですよ。セパレート、独立洗面、インターネットもできて、いろんな設備が増えていく。『それ、ほんまに全部いるの?』って疑問でした。木でもガラスでも鉄でもない素材、ほんまに必要なん? そこを深く考えず、惰性で施工した結果、どの街も同じような顔になっていったでしょ。それ、生き物として幸せなのかな。メンテナンスフリーな素材を使うより、建物が傷んだら自分で修理しながら暮らす。手間はかかるけれど、そんな生活の方が家に愛着が湧くし、生き物として人間らしいんとちゃうかな」

一枚の写真から受けた衝撃が集落再生の構想に

A HAMLETのプロジェクトは、川端さんが偶然この長屋を発見し、家主である山本さん宅のチャイムを押した瞬間から(川端さん曰く『ピンポン営業』)、すべてが始まりました。

「自分でも勇気があるなと思います。僕はいつも頭ではなく心で動くので、心が動き始めたら自分でも止められないんです」

対応に出た山本家の母は、50年以上前にこの場所で撮影されたモノクロ写真を川端さんに見せてくれました。その写真には、庭の緑に囲まれながら家族が生活している様子が写し出されていたのです。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

50年以上前の山本家の様子(画像提供/川端組)

「アルバムや家系図を見せていただいて、なかでもこの一枚の写真に一発でヤラれました。

家族写真ってだいたい旅行したときに撮るじゃないですか。こんなにも何気ない生活のスナップはめったにないし、現在の暮らしよりも豊かだなと感じたんです」

山本家は3代前から続く瓦屋さんでした。およそ50年前に建てられたこの長屋は山本住宅という名で、もともとは自社の従業員も住む集落だったそうです。すでに家業の瓦屋さんはほとんど休業状態ですが、当時焼いた瓦は現在も随所に積み上げられています。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

立派な瓦が現在も敷地内で見受けられる(写真/出合コウ介)

山本住宅は時代とともに寮から一般向け住宅となり、空き家が増え、数年後には一帯を更地にしてマンションに建て替える計画もあがっていたのだとか。川端さんが山本家のチャイムを鳴らしたのは、失くしたら2度と再現できない風景が消失する寸前でした。

「その日、京都の事務所に戻って、ひらめいたんです。『どこの街も同じ印象しかない退屈な現代において、山本住宅はまだ再生の可能性がある数少ない場所だ。あの長屋ができた50年前と、これからの日本を掛け合わせた世界観を描けないか』と。懐古主義ではなく未来のために、あえて時計を逆回転させる集落を生み出せないだろうかって」

「生き物としての人間の巣」を意識し、原始力を発揮しながら集落を再生させる新しいプロジェクトA HAMLETを構想した川端さんは、家主の山本さんの理解を得るため、「土地自体を少し自然に還したい」「緑、建物、人、むらは手がかかるという前提に立ち返りたい」と全力で方向性を説明しました。さらに自身が過去に手がけた南吹田琥珀街などの現場を案内しながら説得したのです。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

南吹田琥珀街(画像提供/川端組)

「すべてを『ちょっと手がかかる状態へ戻しましょう』という考えです。そのため、山本家の武信(たけのぶ)さん(兄)、亮二(りょうじ)さん(弟)の2人に熱弁しました。お二人はもしも僕が高級車に乗ってスーツ姿でやってきたら門前払いしてやろうと決めていたそうです。古い車に乗って、こんな格好のままやってきたので、逆に信用してくれました」

工事には名だたる「領域外クリエイター」たちが集結
何もかも規格外な発想で幕を開けたこのA HAMLETの工事には、多くの「領域外の人々」が参加しました。

「想定外のことを起こすのだから想定外のメンバーを集めたかった。50年前の状態に戻しながら未来への世界観をつくり、見たことがない景色を生み出そうとしているので、とにかく外からの視点が欲しかったんです。それで、狙いを定めた人を必死に口説いたり、そうかと思えば公募したり。『バンドやろうぜ!』みたいな感覚です」

建築集団「々(のま)」の代表・野崎将太(のざき・しょうた)さんや長屋・町家に長けた建築設計事務所「Lunch! architects」の和田寛司(わだ・かんじ)さん、造園を手がける「HYPER∞RELAX」の楽園デザイナー・庭師、佐賀裕香(さが・ひろか)さんなど京都の名だたるクリエイターたちが集結し、チームとなったのです。皆、各界のプロではありますが、「集落の再生」なんて初めての経験です。家主である山本兄弟も施工で参加しました。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

各界のトップクリエイターが集結した(画像提供/川端組)

さらに、アーティストやクリエイター、応募した一般サポーター、近隣の住人など建築のアマチュアたちも集まりました。工事現場はさまざまな職業、年齢、境遇の人々が垣根を取り払って混ざり合う多様性に富んだ場所へと変貌を遂げたのです。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

工事には公募などを通じ建築業界以外の人たちも参加した(画像提供/岡田和幸)

庭のコンクリートをはがし自然に戻す

工事では、あえて庭全体を覆うコンクリートをはがしました。そこには、こんな理由があったのです。

「50年以上前の写真では、ここの庭には草木が生い茂っていました。しかし工事が始まる以前は、草木の手入れの手間や利便性を考慮して、庭全体がコンクリートで覆われてしまっていたんです。それをはがすところから始めました。霧で知られる亀岡ですが、このごろは霧の発生が減っています。宅地開発の影響で地面がコンクリートやアスファルトに覆われ、水蒸気が発生しない。霧が減ると農作物にも影響が出る。少しでも土が表出した部分を増やした方がよいでしょう」

そして、剥がしたコンクリートは積み重ねてベンチや焚き火台をつくるなど再利用し、「楽園」と呼ぶスペースができました。コンクリート製ベンチはこの土地の歴史を物語る存在になっています。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

はがしたコンクリートは重ねてベンチに(画像提供/川端組)

表出した土には草花を植え、次第に緑が生い茂り、どんどん楽園らしくなっていきました。コンクリートをはがす大胆さに施主の山本兄弟は驚いたそうですが、むしろ川端さんの「自然に還す」というメッセージが明確になり、いっそう絆が強まったのです。

「コンクリートやアスファルトをはがして、今の状態になったのを見ていただき、施主の山本さんも『緑を取り戻すってこういうことか』とわかってくださって理解が深まった。最終的には家の中を緑が侵食している状態までもっていきたいですね」

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焚き火ができる楽園。コンクリートをはがすと草が生い茂った(画像提供/川端組)

ときにはキッチンカーによるコーヒーの販売、アコースティックのライブ、日が暮れるとバーベキューをするなど、まさに楽園。冬はこたつを置いたり焚き火をしたり。楽園という名の庭は新しい集落の再生を象徴する場所になっています。ピザ窯を造る予定まであるそうです 。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

楽園開放(画像提供/川端組)

壁や屋根に用いられた土を再び地面へ戻す

川端さんがA HAMLET内でリノベーションする家の特徴は、一般参加者も交えて作業を行った「三和土(たたき)土間」にあります。三和土土間とは、解体した土壁や屋根土を粉砕し、粘土・石灰・ニガリを水で溶いて混ぜ合わせ、木材でできたスタッフ手づくりの「タタキごて」や足で踏み固めてつくられた土足で歩けるスペースです。3種類の素材を使うから三和土と書くと伝えられています。

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端材からつくった木製の「タタキごて」(画像提供/川端組)

「土の香りもよいでしょう。集落を再生するって、同じ土のにおいを住む人が共有することでもあるんじゃないかな」

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土壁や屋根土を粉砕し、三和土(たたき)土間の素材にした(画像提供/川端組)

瓦と屋根を接着するために用いられた屋根土は、50年の時を経て、岩のようにカチコチに固まっていました。普通ならば捨ててしまうであろうこの屋根土を屋上からおろし、砕いて、濾して、混ぜて、再利用して、叩いて、踏んで、三和土となって再び地面へ。まさに原点回帰です。

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屋根にのぼっていた土が、再び地面の素材に。50年の歴史を経て家の中で素材が循環する(写真/出合コウ介)

「屋根土の再利用と言っても、サステナブルとかSDGsとか、そういうのではない。山本家は3代前からこの地で掘り出された良質な土で瓦を生み出し、同じ土を壁や屋根の一部にも使っていたんです。その壁や屋根土を網で濾して、また地面へ戻す。時間を逆回転させながら、50年のストーリーを描いているんですよ」

川端さんが単に資源を再利用しているだけではなく、新たな集落という物語を生みだそうとしているのが土からもわかります。

そうしてできあがった家は採光が充実しています。半透明のトタン壁が外界と屋内を完全に分けずにつないでいるのです。屋根は一部の瓦を取り除き、天井から太陽や月の光が差し込みます。自然光が室内に溢れ、まるで新しい命を吹き込んでいるかのよう。「懐古主義ではなく未来を考えた」という川端さんの信条にスポットライトがあたっているかのようです。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

屋根からも壁からも光を採り入れられる造りになった(画像提供/川端組)

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日が暮れるとさらに味わい深い(画像提供/川端組)

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屋根の採光部分からは日光がさんさんと降り注ぐ(写真/出合コウ介)

工事現場ではなく「人が生きている場所としての現場」

A HAMLETの企画が発足し、川端さんは初めての経験をしました。それは工事のための共同生活です。

「2022年7月から不動産業を4カ月ほど休み、工事チームと一つ屋根の下で寝泊まりしながら没頭しました。家族ではなく、好きな異性とでもなく、年齢差もある人たちと一緒に暮らすなんて経験は過去に一度もなかったです。当初は世代の違いに気を遣うし、しんどかった。けれども僕はここを工事現場ではなく“人が生きている場所としての現場”と思っていたから、この期間は絶対に必要だった。家が並んでいるだけのマンションをつくっているんじゃない。暮らしの中で自然とコミュニケーションや助け合いが生まれる集落をつくらないといけない。だから、それを自分で体験しないと」

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一時期は不動産業を休み、泊まり込みで工事に明け暮れた(画像提供/川端組)

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世代を超えてコミュニケーションがさらに深まった(画像提供/川端組)

そうして川端さんをはじめチームメンバーは汗を流し、障壁へと立ち向かい、1日が終われば笑って酒を酌み交わしながら、少しずつ全貌が見えてきたのです。さらに共同生活をしながらの工事は先住人たちとの心の触れ合いにもつながりました。

「地元のおばちゃんたちが『ちょんまげ~(川端さんのニックネーム)、コーヒーとドーナツ持ってきたで~』って差し入れをしてくれるんです。お返しに、今年はよく実ったブドウをわけてあげました」

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住人の佐賀さんが育てているブドウ。「今年は豊作だ」という(写真/出合コウ介)

このように人間関係が熟成するまで、およそ3年の歳月を要したA HAMLET。だからこそ、誰が住むのかが重要です。川端さんは入居希望者との事前面談にたっぷりと時間をかけます。

「デザインだけ見て『かっこいい~』『住みたい』『店を出したい』と言われても、ここの価値はそういうものではないから。借りてしまった後に価値観のミスマッチが起きるとお互いが不幸なので、その人のセンスは事前に確かめますね。ズレてる場合ははっきり『ズレてるよ』と言います。夏は暑いし冬は寒い家、でもそれをよいことだと感じられる、一般的にはマイノリティと呼ばれる人のほうがここは合うと思いますね」

建物という箱を貸すのではなく、集落というつながりを受け入れられる人に貸す。それは現代が失った集合体の価値であり、川端さんが追求する「むらづくり」の本質なのでしょう。

世界でここにしかないものこそが宝

寒い日は焚き火で手を温め、光を感じ、土に触れられるA HAMLET。タイパ・コスパを重視した物件が増えていくなかで、川端さんが考えるA HAMLETの位置づけとは。

「世界でここにしかない集落、です。僕は旅先でいつも地元の産業遺産や商店街、集合住宅などをめぐるんです。そういう場所は観光ガイドには載っていないし経済合理性はないけれど、もっともその街のにおいがする、本当のお宝だと思う。他所の街の真似ではない、ここにしかない、街のにおいがするものをこれからもつくりたいんですよ」

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

A HAMLETは「他所の街の真似ではない、ここにしかないもの」と語る(写真/出合コウ介)

現在は次の工期まで、入居者と先住人たちとの熟成期間。そして川端さんは、さらに未来を見つめます。

「工期の終了がゴールではないです。もっとも重要なのは、関わっている人々が生き生きと笑って暮らせるかどうか、ですよね。うまくいけば成功事例になるし、ここを旗印としてさまざまな場所でいろんな集落が立ち上がればおもしろい。よく『再開発の波に飲まれて』という声を聞くけれど、そんなことないんじゃないの? やれますよ、きっと。ここで一つの集落化計画をやり遂げられたら、他の場所にも広がっていく気がしますね」

工期の終了がゴールではなく、全国への波及を考えている川端さん。その街にしかない「とある集落」が、あちらこちらで蘇生し、誰にも似ていない街の顔になる。なんと素敵な考えでしょう。取材を通じ、心のなかの霧が晴れてゆく感覚がありました。

”京都いちファンキーな不動産屋”、昭和の長屋集落で「むらづくり」。13軒の空き家再生がユニークすぎる 「A HAMLET」亀岡

(写真/出合コウ介)

●取材協力
A HAMLET

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