4棟(120戸)の団地の理事長経験者である筆者が団地の老朽化と高齢化をぼやく本連載。今回は、隣接する250戸の団地と共同で運営している駐車場の白線引きの話。
旧棟の理事長から着信。「今年こそ、すぐにでも白線引きを!」
(イラスト/てぶくろ星人)
理事会での役職が内定したばかりで、新メンバーでの本格始動はこれからだった2023年5月のある日、私の携帯に見知らぬ番号から着信がありました。
私「理事長になると、あちこちから電話がかかってくると聞いてはいたけど、これがそうなのか?!」
恐る恐る電話に出てみると、果たして電話の相手は隣接する250戸の団地(以下、「旧棟」)の理事長さんでした。
旧棟の理事長さん「あ~もしもし? 共同駐車場の白線引きやけどな! 今年こそ、やりたいんや! 賛成してくれるか?」(語気強め)
はて、一体何のことでしょう……?
質問に回答する以前に、私にはまだ判断資格がありません。
私「こちらの団地の総会がまだなんです。ですから、私はまだ正式な理事長ではありません。総会で承認されたら、こちらから改めてご連絡差し上げます」
旧棟の理事長さん「まだなんか? 遅いな! 分かった!」
勢いよく通話は終了。「今年こそ」って何だろう? 旧棟の理事長さんの言葉に違和感を覚えましたが、一体それが何を意味するのか、この時の私にはまだ分かっていませんでした。
「共同駐車場」とは旧棟と新棟が“共同”で自治体から借りている駐車場のこと。旧棟、新棟それぞれの敷地内にも住人専用駐車スペースがあります(イラスト/てぶくろ星人)
前年度の理事会が白線引きを華麗にスルー?!
その後、無事に理事長として承認された筆者。
ライターらしく、さっそく、周囲への取材を開始しました。まずは前年度の理事長からスタート。
私「旧棟の理事長さんから電話があったんですけど、共同駐車場の白線引きって何ですか?」前理事長「あ~、昨年度は駐車場の抽選会があって大変で。僕たちには無理です、ってお断りしたんですぅ~」
私「?」
確かに昨年度の理事は新人さんばかりで安定性に欠いていたと聞いています。駐車場の運営は管理会社への委託範囲外ですから、管理会社のフロントマン(当時は社会人2年目)に頼ることもできなかったのでしょう。
次に、私たちの代の駐車場担当理事(私たちの理事会独自の呼称。専用駐車場と共同駐車場の運営を担う)Lさんに尋ねます。
私「前担当理事から何か聞いていますか?」
Lさん「何も」
私「白線引きって、私たち、何をするんでしょう?」
Lさん「さあ……僕は嫁さんに出ろ、って言われて出てるだけやから……」
私「?」
張り切って聞き込みした甲斐もなく、前年度からの引き継ぎで「白線引き」に関する情報を得ることはできませんでした。Lさんも何をどうしたら良いのか困っている様子です。
こうなったら、いざ白線引きの本丸へ!
私は困惑しているLさんを引きずるようにして旧棟の理事長を訪ねることにしました。
白線引きは大規模修繕工事の始まりだった!
「旧棟」は私たちの団地に隣接する250戸の団地です。当団地に先立つこと2年。まず旧棟が竣工し、次に私たちが暮らす「新棟」が建ちました。以来、42年間、旧棟は常に新棟をリードする存在であり続けています。
ここで旧棟と新棟の人間関係について補足すると、昔は頻繁に行き来があったようですが、高齢化やコロナ禍の影響もあって、近年は老人会のメンバーが行き来しているくらい。
~~旧棟の集会所にて~~
私「はじめまして! 2023年度新棟管理組合理事長に就任しました水野です」
旧棟の理事長さん「なんや、えらい若い理事長やな。俺はな、理事長の他に老人会の会長も兼務してるんや。おまけに大規模修繕の会議も参加してる。毎週毎週、会議で忙しいんや!」
私「そ、それは大変ですね。先日は電話口で大変失礼いたしました」
旧棟の理事長さん「せやのに、うっとこ(旧棟)の去年の理事会が工事業者まで決めておきながら、工事の実施までせんと俺らに投げて寄越したさかい、ややこしいてかなわん! 白線引きくらい、自分らで片付けろ、っちゅーねん!」
私(!!!)
Lさん「え? 旧棟でもそうなんですか? 僕らも白線引きのことは初耳で……」
旧棟の理事長さん「こっちは大規模修繕が始まるからな、そっちに障りがないように、6月にはやってしまいたいんや!」
私(!!!)
私・Lさん「え? 大規模修繕工事が始まるんですか?!」
さあ、大変なことになりました。15年に一度の大規模修繕工事を始めようとしている旧棟。「共同駐車場の白線引き」と聞いていましたが、実際には、「旧棟の大規模修繕工事の一環で、専用・共同を問わず駐車場全体の白線引き(つまり、共同駐車場の白線引きは大規模修繕工事の一部)」だったのです。そしてその工程に私たちの団地の前・理事会が待ったをかけていた(駐車場の抽選会の忙しさを理由に実施を拒否していた)というわけ。
ここに来て、やっと私の頭が回り始めました。
●共同駐車場のうち、新棟分だけ白線引きができないと、どうなるか?
↓
●共同駐車場という一つの敷地内で白線引きされている部分とそうでない部分ができてしまう。みっともないし、使いづらい。
↓
●今後の保守の観点から見ても、共同駐車場の白線引きは旧棟分・新棟分の工期をそろえるほうが良い。
↓
●だからこそ去年の段階で、旧棟の管理組合がリードしてくれて、残すは実施のみ、となっていた。(なのに、新棟の管理組合の前・理事長が独断で止めてしまった)
↓
●もともと一つにまとめられた工事なのに、今更、分割すれば手間・暇・お金が余計にかかってしまうだけ。(だから、旧棟の管理組合は新棟理事長の私の出方を待ってくれていた)
↓
●しかしながら、白線引きは旧棟の大規模修繕工事の一部なので、白線引きの実施がこれ以上遅れれば大規模修繕工事全体の段取りや工期に遅れが生じてしまう瀬戸際に来ている。(これ以上は待てない)
↓
どうりで最初の電話がけんか腰だったわけです。集合住宅にとって大切な、15年に一度、計画的に実施されるべき大規模修繕工事に多大な影響を与えてしまうのですから……
大・迷・惑!
これはなんとしてもさっさとやってしまわないといけません。
昼間の招集に応えられるのは、結局ベテラン理事だけだった
「何でも一人で決めたらアカン」
そう教えてくれたFさん(ベテラン理事)を筆者はとても頼りにしています。白線引きに関しても真っ先に相談したのはもちろんFさんでした。ところが、オールマイティーと思われたFさんにも分からないことはあるようです。
Fさん「白線引きのことは俺もよう知らん。駐車場担当のLさんが大変なんやったらみんなで手分けしたらええ。
そう諭されて、改めて理事会メンバーの顔を思い浮かべます。
副理事長のEさんは80歳。
建物設備兼防火管理者のFさん、駐車場担当のLさん、環境整備担当のKさんの3名は全員75歳。
もう一人の環境整備であるJさんだって70歳です。
皆さん、体がきつい。
かといって、若手の理事メンバーはみんなお勤めしていて、昼間はもちろん、人によっては夜間も自宅にいないのでした。
若い理事メンバーたち(イラスト/てぶくろ星人)
「人を集める」といっても平日の昼間に動けるのは70歳オーバーの高齢者ばかり。結局、白線引きプロジェクトチームのメンバーは、ベテラン理事で構成するしかない状況でした。
ベテラン理事の底力。マニュアルがなくても、竣工以来の人脈がある!
平日&昼間の集会所にベテラン理事が集まってくれました。
プロジェクトの主軸、駐車場担当の理事・Lさんは17年前に転入してきた転入組。75歳には見えないほど若々しいのに、どこか所在なさげでした。
Eさん、Kさんとは「はじめまして」、Fさん、Jさん、Lさんとは前回(9年前)の理事会でもご一緒しました。5名のうち、Lさんだけが転入組です(イラスト/てぶくろ星人)
Fさん「うち(新棟)の持ち分は35台やったな?」
Eさん「持ち主に車をどかしてもらわな、あかんな」
Fさん「連絡はつくか?」
Jさん「〇〇さんと△△さんはうちの階段だから、すぐに連絡つきます」
Kさん「☆☆さんと□□さんと◇◇さんはよく知っているから、お話すればすぐにどけてもらえると思うわ」
私「私を入れて6人いますから、6台ずつ手分けすればいけそうですね!」
Eさん「こことここは親子やから、親にゆうたら済むな」
私「え?そうなんですか! 知らなかった……」
Kさん「私、9人くらい、いけそうよ」
私「一人でそんなに!!!」
Eさん「その分、俺を少なくしてや」
私「……」
Fさん「ややこしそうなところは、理事長と俺で連絡するわ」
私「えっ?! それはちょっと……(恐)」
Lさん「ありがとうございます!」
こうしてサクサクと話しは進み、会議はあっさりと終了しました。ベテランパワー、恐るべし。
こうして準備万端で迎えた白線引き当日。工事を仕切るのは旧棟の理事長です。ところが作業が始まる時間になっても新棟の駐車スペースに3台ほどが駐車したままでした。
旧棟の理事長さん「まだ停まってる車があるな! どかしてや!」
私「はい!(あんなに丁寧に連絡したのに……)」
がっくりしている私を尻目に、ここでもベテラン理事が機転を利かせます。
Jさん「私、ちょっと行ってくるわ」
Kさん「電話するより、直接行ったほうが早いわね!」
私「え? もしお留守だったらどうするんです……か……(もういない)」
昼間の団地事情に明るい環境整備担当理事の2人が見事に持ち主をつかまえて、白線引きの工事は無事に完了。この白線引きを合図に、旧棟の大規模修繕工事が本格的にスタートしたのでした。
団地の人間関係に明るい2人、KさんとJさん。
新たなキーマン登場。ベテランにはベテランの活躍場所がある
後から分かったことですが、環境整備理事のKさんは、竣工当初からの住人であるばかりか、理事としても副理事長から環境整備担当まで、数々の役をこなしてきた大ベテランでした。
Eさん「ほら、亡くなった夫が仕事で忙しかったでしょう? だから最初から私が出ることにしてたのよ~。おまけにうちの階段は理事会に出られない方もいて、次の理事が回ってくるのがと~っても早いの!」
おもしろおかしく話してくれましたが、誰にでもできることではありません。
KさんもJさんも独自でお茶会を主催しています。専業主婦同士のネットワークがあり、団地の事情には男性理事よりずっと通じているのでした(イラスト/てぶくろ星人)
今回の白線引きで誰より多い9台を受け持ってくれたKさん。思い起こせば、2月の役決めで荒ぶるA君を「まぁ大きくなって♡」の一言で懐柔したのもまたKさんでした。
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「高齢だから」という理由で理事会の出席を拒む人が多いのですが、昼間の団地でみんなのために動ける人は現実問題、ベテラン陣しかいません。特に私たちの場合、理事長(私)がポンコツなだけに、Kさんを始め、ベテラン理事の力がなければ、これほどスムーズに白線引きのミッションを遂行することはできなかったでしょう。
人生経験が豊かで、地域の事情によく通じているからこそ、理事会にはぜひ出席して知恵を貸してほしい。顔を出すだけでいいから……理事長は私がやるから……そう強く感じた白線引きの一件でした。
白線引きの料金は使用台数に応じて費用分担。ところが、新棟は駐車場ナンバーが3桁が多く、2桁がほとんどの旧棟に比べて文字数が多い分、割高に。番号の桁数で料金が変わるとは盲点でした(撮影/水野康子)

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