かつては織物の街として盛えていた東京都八王子市。産業の衰退で継ぎ手が減り、染色・織物工場だった場所は、長年使われていない状態となっています。

そのスペースを活用し、市内にゆかりのあるアーティストやクリエーターの作品を展示する「八王子芸術祭2025」が2025年11月8日(土)~12月7日(日)まで開催されています。そのほか八王子市北東部を中心に、公園や学校などを活用しているのも特徴。この芸術祭には、新たな住民に街の歴史や伝統産業の記憶を受け継いでいくという思いも込められているそう。どのような試みなのか、関係者のみなさんに話を聞きながら、実際に街を歩いてみました。

かつて織物の街だった八王子。9割の工場が廃業

東京都の市区町村で2番目に大きな八王子市。JRは中央線、横浜線、八高線、私鉄も京王電鉄の3路線が乗り入れています。また中央自動車道と圏央道が交差しており、車でのアクセスも良好、都心部や横浜に出かけやすいエリアです。東京西部の重要な交通拠点とも言えるでしょう。

近年は八王子にある名山・高尾山の人気が高まっていることもあり、国内外から多くの観光客が訪れています。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

JR「八王子」駅の駅前には従前より大型商業施設が並ぶ(画像/PIXTA)

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

バスや車に乗り駅から離れていくと、一戸建ての住宅が立ち並ぶ(画像/PIXTA)

昨今は駅前再開発により新たな共働きのファミリー世帯が増加していますが、かつては職人や商人が多かった街。というのもここがシルクの生産拠点だったからです。

1859年の横浜開港により、八王子は日本の養蚕に関心を寄せる西洋人から注目されました。古くから「織物の里」として知られ、養蚕や織物生産が盛んだった八王子には、幕末以降、北関東や長野からも生糸や絹製品が集められ、横浜へ運ばれる拠点となったのです。
しかし1950年代後半から産業構造の変化が起こります。1970年代の生産高のピーク以降、下降の一途をたどりました。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

今回の芸術祭会場エリアにかつてあった、日本機械工業の木造建築(画像/PIXTA)

八王子織物工業組合によると、織物業の「最盛期」と言われる1966年には1200社以上あった加盟会社数が、2021年には20社まで減少しているとのこと。かつて隆盛した工場の9割以上が廃業し、その姿を消してしまいました。

10年かけて記憶を紡ぎ、定着させていく芸術祭

八王子で芸術祭を始めた背景には、産業の衰退によって生じた空きスペースを活用し、失われゆく街の記憶を次世代につないでいきたい、という思いがあります。

街をフィールドとした芸術祭にすることで、市民や市外から訪れる人が街中を歩き回り、実際に触れることができる。今ある街の姿を体感し、街の誇りや街の未来に思いを馳せてもらいたいというねらいがあります。芸術祭は開始から10年かけて開催をしていく計画。八王子市内の各地域を5回に分けてぐるりと巡回していきます。
1回目は一昨年(2023年)、高尾エリアで開催。地域の歴史や自然、文化をベースとしたアート作品を紹介しました。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

八王子市の推計人口は2025年9月末時点で55万9千人。面積は奥多摩町に次いで、東京都の市区町村で2番目に広い。「市民でも知らないエリアがまだまだある」と芸術祭参加者は話していた(画像提供/公益社団法人八王子市学園都市文化ふれあい財団)

2回目となる今回のテーマは「経(たて)の記憶に、緯(よこ)の風をとおす」。八王子の産業である「織物」と「糸」をイメージしています。メインスポットは、市内のほぼ中心に位置する「中野」エリア。ここはかつて栄えていた織物産業の中心地。現在も稼働している工場がいくつかあります。

産業の記憶と新たな道のりを模索する姿は芸術祭で取り上げるべきことだと捉えていました。そうした考えのもと、工場跡などを「活用しない手はない」と、今回の芸術祭の展示会場として利用することになりました。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

八王子芸術祭2025の会場。作品が多く集う中野エリア以外にも、小宮・大和田・石川エリアなどがある(画像提供/公益社団法人八王子市学園都市文化ふれあい財団)

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

メイン会場のある中野エリアには、織物工場や染物工場の跡地が多数ある。これらのスペースを活用してアート作品を展示(画像提供/公益社団法人八王子市学園都市文化ふれあい財団)

織物工場をメイン会場に、染物工場、米店などの跡地、古民家、公園、喫茶や物販店など、市内にゆかりのある現代美術作家13人の作品が展示されています。

八王子の歴史を伝えたい。その思いから眠っていた工場跡の修復に励む

メイン会場となったのは築100年あまりの建物。かつて織物工場だった場所です。

工場跡はさまざまな状態で保存がされていました。八王子芸術祭のキュレーター田坂和実(たさか・かずみ)さんが各会場の跡地を見に行った当時、印象に残っていたのは今にも崩れ落ちそうで、時代から取り残されてしまっていた場所があったことです。

「そのままにしていたら数年後には取り壊されてしまうのだろうなと想像していました」

芸術祭のメイン会場に工場跡を利用したいという話をした際、地主さんは「意味などないのでは」と疑問を感じていたようですが、実行委員の熱い思いに触れて協力いただけることになったそうです。

2025年の初夏から、作家、ボランティア、事務局(公益財団法人八王子市学園都市文化ふれあい財団)が一丸となって、工場の掃除、不要な道具類を撤去するところからスタートしました。その後、一部の会場は、市内の建築家によって工場跡の改修を行い、展示スペースとして復元しました。

「たしかな産業の歴史がありながらも、時代から取り残されてしまっていた場所が開かれることで、次世代の人の記憶にも残る。それは素晴らしいことだと思います」と田坂さんは話してくれました。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

ボランティアらが織物工場跡地の清掃を何度も行った(写真提供/公益財団法人八王子市学園都市文化ふれあい財団)

展示会場内のメイン作品は、小さな木材を積み重ねてドーム状につくられたフォリー(工作物)。

「八王子織物の発祥の地である片倉製糸場の建物で使われていた建築端材を、サルベージして生み出しました」と制作者である建築家ユニット・TATTAのお二人は話します。

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富永大毅さんと藤間弥恵さん。作品の前で(写真撮影/片山貴博)

富永大毅(とみなが・だいき)さんと藤間弥恵(ふじま・やえ)さんによるTATTAは、数年前に八王子市内に引越してきました。お子さんは今回の会場の至近にある小学校に通っており、地域に関わる中でできることをしたい、と今回の制作にも参加しました。

TATTAの二人は、織物工場跡地のほか、八王子市立第九小学校前にある会場にも関わっています。こちらの会場も、今にも朽ちてしまいそうでしたが、会期後に自分たちで借り上げることを見据えてリノベーション。TATTAのアトリエやオープンスペースとして活用するそうです。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

TATTA中心にリノベーションをした第九小学校前の展示会場。メイン作品は、黒瀧藍玖(くろたき・あいく)さんによる、織構造を応用した彫刻作品によるインスタレーションです(写真撮影/片山貴博)

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展示作品の調整をする黒瀧藍玖さん(写真撮影/片山貴博)

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

TATTA主導のもと、解体作業や修復作業に取り組む(写真提供/公益財団法人八王子市学園都市文化ふれあい財団)

「以前からこの街で暮らしてみて、子どもの遊び場やくつろぐ拠点になる場所があればいいなと思っていました。芸術祭に関わることになり、こうした使われていなかった建物の存在を知り、そしてここを活用して今後場づくりができるのはとてもうれしいことです」富永さんは話しました。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

会期後の活用についても、八王子の街への思いを話してくれた富永大毅さん(写真撮影/片山貴博)

使われていなかった建物の活用は、織物工場跡地の会場や八王子市立第九小学校前の会場だけではありません。他にも多数あります。

第九小学校前の会場を後にし、染物工場跡会場や工場跡地会場などを回り、建物を修復する過程、作品の制作過程について話を聞きました。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

染め物工場だった築100年超の建物を活用した会場、「染物工場跡」。修復前は雨漏りがひどかったそう(写真撮影/片山貴博)

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

この会場は加藤真史(かとう・まさし)さんの作品が展示されている(写真撮影/片山貴博)

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加藤さんはライフワークで近代以降の養蚕の歴史を調べている。街道や史跡を歩きながら得た視点をアートやテキストを用いて作品にしている(写真撮影/片山貴博)

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生地の染め台を掃除し、磨くボランティアメンバー(写真提供/公益財団法人八王子市学園都市文化ふれあい財団)

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工場跡地会場にて展示される、鈴木初音(すずき・はつね)さんの作品(写真撮影/片山貴博)

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かつて米店を営んでいた店舗を用いた展示会場には、内山翔二郎(うちやま・しょうじろう)さんが虫や花をモチーフにつくりあげた彫刻作品が点在する(写真撮影/片山貴博)

工場跡以外の公共スペースも活用

一方、公共施設に眠る歴史や思い出を活かした作品もあります。例えば市内にある小門公園。70年以上も前からある遊具に、三人組のオルタナティブスペース兼アーティストコレクティブ「ゲルオルタナ」がアートを施しました。メンバーの栗原一成(くりはら・いっせい)さんは「作品タイトルは、公園の海。何かを明確に描くというよりは、空のような広大さ・自由さをイメージしてゆるやかに仕上げました」と話しました。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

小門公園にあるアートを施した遊具(写真撮影/片山貴博)

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

もともと公園に存在していた遊具。サボテンのような形が印象的(写真撮影/片山貴博)

制作期間は、構想、公園での制作過程を含め、およそ1カ月近く。もともと遊具は何度も色が塗り重ねられており、ところどころ色が剥げ落ちていたまま残っていましたが、その風合いを残しながら思いつくままに絵を施していきました。

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制作過程について話す「ゲルオルタナ」の栗原一成さん(写真撮影/片山貴博)

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青い土管の中はまるで海のよう(写真撮影/片山貴博)

「絵を描いている間、子どもたちが何度も話しかけにきたんですよ。『何しているの?』ってね。

それもまた、街の中でつながりができる良い経験ですよね」と話してくれました。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

作品スペースの至るところに猫をモチーフにしたアートが並ぶ(写真撮影/片山貴博)

小門公園を離れ、次の会場に向かいます。八高線で八王子駅から2駅目にあるJR小宮駅。そこから徒歩10分ほどの場所にある石川東公園です。ここでは20代の若手アーティスト坂田桃歌(さかた・ももか)さんが見上げるほど大きなアート作品の数々を展示しています。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

石川東公園に掲げられる坂田桃歌さんの作品。街の風景を描いている(写真撮影/片山貴博)

「八王子にある学校に通っていたものの、まだまだこの街の中に知らないことがたくさんありました。そこで石川地区のことをもっと深く知ろうと近所のお宅を一軒一軒回って話をお伺いしたのです。そのプロセスを経て私が今目の前に見える街の姿と、かつてあったであろう街の姿を想像しながら、かけ合わせて描きました」(坂田さん)

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

制作者の坂田桃歌さん。小宮エリアに通い続け、毎日顔を合わせたことで、話し相手が生まれたそう(写真撮影/片山貴博)

見聞きをして初めて深まることがあった坂田さん。「訪れる人にとっても、歩いて想像して見聞きしてみて深める時間であってほしい」と話してくれました。

「八王子」がわかる、見える芸術祭とは――。そう考えた際に浮かび上がった大切なポイントが、「アーティストも芸術祭へ訪れる人も、歩き・見て・聞いて・感じて・深まる展示であること」とクリエイティヴ・ディレクターの中村寛(なかむら・ゆたか)さんは話します。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

現在閉鎖中の清川交通遊園を展示会場として活用。An Art User Conference(アート・ユーザー・カンファレンス)さんの作品が並ぶ。上部には高速道路が通っているため、その振動も体感できるスペース(写真撮影/片山貴博)

アーティストは基本的にフィールドワークを中心として制作活動をしています。そして、参加者にもフィールドワークを楽しんでもらうよう公共交通機関とも協力体制をつくり上げています。移動方法は、レンタサイクルや、バスの利用が推奨されています。

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

クリエイティヴ・ディレクターの中村寛さん(写真撮影/片山貴博)

今、全国各地で芸術祭の開催が増えています。その中で八王子が取り組む意味とはいったい何なのでしょうか。

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八王子芸術祭の取り組みの一つであるマチイロ・プロジェクトの一環で、まちの歴史と工場をめぐるまち歩きツアーを開催(写真提供/公益財団法人八王子市学園都市文化ふれあい財団)

「八王子芸術祭2025」9割廃業の織物の街、使われなくなった工場跡を舞台に10年かけて記憶を次世代につなぐ挑戦

地域案内人による解説を熱心に聞くツアー参加者(写真提供/公益財団法人八王子市学園都市文化ふれあい財団)

芸術祭を主催する八王子市学園都市文化ふれあい財団の担当者は、「この芸術祭は10年間の開催を想定しています。10年先、芸術祭が終焉(しゅうえん)に向かった際に、この街の魅力や文化を知り、八王子に暮らしてみたいという人が増えてくれたらと願っています」と話してくれました。

芸術祭は単にアートに触れるだけではなく、その街の景色、人の行き交う風景や家々の様相を自分で確かめられる、あるいは、もし自分が暮らしてみたら?と想像することができる時間なのかもしれません。

10年かけて歴史や地域の可能性を探し、街の新たな姿をつむごうとしている八王子市。まだまだ道半ばです。歩き見聞きし、新たに八王子の魅力を知った市民と他の地域からの参加者がどのような化学反応を起こすのか。その様子をぜひ会期中に訪れ、目で耳でと確かめてみてください。

●取材協力
・八王子芸術祭
・八王子芸術祭Instagram
・(公財)八王子市学園都市文化ふれあい財団

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