30年以上にわたって世界中の名建築を取材してきた建築ジャーナリスト・淵上正幸氏に、その独創性で際立つ建築物を紹介いただく連載27回目。今回は、フランス・パリにある集合住宅「ユニック・アパートメント(UNIC Apartment)」を取り上げる。

ル・コルビュジエにインスパイアされた意匠

白い外壁と曲線的で柔らかいフォルムを描くテラスが印象的な「ユニック・アパートメント」。設計したのは、本連載でも度々フィーチャーしている中国の国際的建築家集団MADだ。海外メディアに掲載されたMADの建築家・馬岩松(マー・ヤンソン)のインタビューによると、ユニック・アパートメントのデザインは、ル・コルビュジエの名作集合住宅「ユニテ・ダビタシオン」にインスパイアされたものとのこと。フランス・マルセイユのユニテ・ダビタシオンが竣工してからちょうど60年経った2012年に、MADはこのプロジェクトのコンペに勝利し、ユニック・アパートメントの設計を担当することになったという。

ユニテ・ダビタシオンといえば、住居だけでなく商店や郵便局、レストラン、幼稚園、ジムなどが併設されたミクストユースの先駆けだ。ユニック・アパートメントもその歴史を踏襲しており、基壇部分にレストランや商業施設、幼稚園が設置されているほか地下鉄駅も直結。多様な人々が行き交い、自然なコミュニティの醸成を後押ししている。

世界の名建築を訪ねて。パリの文脈に連なる”サイト・スペシフィック”な集合住宅「ユニック・アパートメント」/フランス

1階のコーナーに地下鉄のエントランスがある。カラフルで彫刻的なオーニングが印象的だ(クレジット/Jared Chulski)

「住戸のテラスは、住人が個人で楽しむだけでなく、アパートメント内の隣人などを招いて交流を深める場所としての機能も意図されているそうです。ユニック・アパートメントの住戸には、同じプランニングが存在しません。すべてが“オンリーワンの住空間”であり、その点は個性を尊重するパリの気風に合っているのですが、一方でパリは多人種が共生する国際都市でもある。そのことをふまえて、MADはコミュニティの形成にも力点を置いたのでしょう。

ユニック・アパートメントは、流線型の外観デザインがMADらしさを感じさせますが、同時に“サイト・スペシフィック(site-specific)”な建築物でもあると思います。

サイト・スペシフィックとは、特定の場所の環境、歴史、文化などを活かしつつ制作・設置されるプロジェクトや芸術作品のこと。ユニック・アパートメントも、国際都市・パリの文脈に深く連なる集合住宅と言えます」(淵上氏、以下コメント同じ)

ユニック・アパートメントの住戸プランニングは、先の淵上氏の言葉どおりすべて異なり、一般的な広さで手頃な価格の住宅から、ラグジュアリでゆとりある高価格住宅までさまざまなタイプが配置されている。シンプルなダブルコア構造と、コンクリートむき出しのファサードの柔軟性が生み出したというこの複雑な構造も、多様性の街・パリを象徴していると言えそうだ。

環境に配慮したエリアの特性に即してパッシブデザインを採用

ユニック・アパートメントが立つ場所は、フランス・パリ17区の北西部にある約54ヘクタールの広大な再開発エリア「クリシー=バティニョール」。パリ最大規模の環境配慮型地区(エコ・カルティエ)であり、エネルギー効率の向上、温室効果ガス排出量の削減、生物多様性の保護、水資源管理といった目標が盛り込まれている。ユニック・アパートメントを含めて約3400戸が入る複数の集合住宅、オフィス、商業施設、行政機関などが立ち並ぶほか、約10ヘクタールと広大な「マルチン・ルーサー・キング公園」もある。

「ユニック・アパートメントも環境配慮のレギュレーションに即して、エアコンなどに依存せず、建物の設計や建材の工夫によって自然の力を利用し、室内の温度や湿度を快適に保つパッシブデザインを採用しています。さらに、住人が選んだ樹木を、住戸によってフォルムが異なるテラスのプランターに植樹でき、リビングから見える都市景観を自分流にフレーミングできる点もおもしろい試みです。

特に、サクレ・クール寺院やエッフェル塔の眺望を楽しめる高層階の住人にとっては恩恵が大きいでしょう。彼らは自らテラスに植えたお気に入りの植物とパリ名所のユニークなコラボレーションを楽しむことができます」

世界の名建築を訪ねて。パリの文脈に連なる”サイト・スペシフィック”な集合住宅「ユニック・アパートメント」/フランス

右端がユニック・アパートメントの高層階。左の丘の上に立つのがサクレ・クール寺院。床から天井まである窓やテラスに沿ったガラスの手すりを介して、街の活気が自然と自宅内部に取り込まれる。ちなみにユニック・アパートメントが立つエリア、クリシー=バティニョールは、SNCF(フランス国鉄)の操車場跡地再開発によって生まれた(クレジット/Adam Mørk)

ユニック・アパートメントを足がかりにパリでの存在感を増すMAD

パリと聞くと、石造りのファサード、統一された窓の意匠や装飾的なバルコニーが特徴のオスマン様式、ノートルダム大聖堂に代表される高い天井やステンドグラスがあしらわれたゴシック様式など、歴史的建造物が連なる街並みを連想する人も多いだろう。

しかしその一方で、今回取り上げたユニック・アパートメントのように現代的なデザインを採り入れた建築物も少なくない。例えば、レンゾ・ピアノ、リチャード・ロジャースが設計した「ポンピドゥー・センター」、かつて本連載でも取り上げた、ジャン・ヌーヴェルによる「トゥール・デュオ(Tours Duos)」などはその好例だ。さらに、コンコルド広場、凱旋門などを通って郊外へ延びる「パリの歴史軸」の延長線上にある「ラ・デファンス地区」も、パリの現代建築を語る上で欠かせない。ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセンが設計した巨大な立方体型の建築物「グランダルシュ(Grande Arche)」をはじめとする現代的な高層建築が集積している。

前掲した海外メディアのインタビューによると、MADは、ユニック・アパートメント以外にもモンパルナスタワー改修計画と、2024年のパリ五輪水泳会場「アクアティクスセンター」のコンペに参加したとのこと。いずれも勝利は逃したものの、パリの建築における芸術・文化コンテンツとその多様性について理解する良い機会になったと話している。今後、MADの建築がパリで増えていくことに期待したい。

世界の名建築を訪ねて。パリの文脈に連なる”サイト・スペシフィック”な集合住宅「ユニック・アパートメント」/フランス

隣接するマルチン・ルーサー・キング公園から見たユニック・アパートメント。この公園も住人のコミュニティ形成に大きな役割を果たしそうだ。各住戸のテラスに置かれた植物が成長すれば、公園の緑地が垂直方向に拡張されたような景観が生まれるかもしれない。なお、アパートメントの高さは約50m、13階建て。日本の一般的な集合住宅のワンフロアあたりの階高が約3mであることを考えると、かなり高い。

要因としては、天井高が高く設定されていること、複数のメゾネット住戸が入っていることなどが考えられる(クレジット/Jared Chulski)

【編集後記】
ユニック・アパートメントは、MADがヨーロッパで手掛けた初めての建築物であり、この集合住宅の完成によって、マー・ヤンソンはヨーロッパ全域において、主要な建築物を設計した初の中国人建築家となった。彼の地におけるユニック・アパートメントの評価は高く、2019年にはポンピドゥー・センターの個展「MAD X」で、その建築模型が展示され、同センターのパーマネントコレクションに収蔵された。さらに2021年には、ポンピドゥー・センターと上海西岸博物館の共同特別展「パリの建築(1948-2020):都市プロセスの目撃者」にも出展されたという。MADの活躍の場は、今後、フランス~ヨーロッパにおいて一層広がっていきそうだ。

●関連記事
世界の名建築を訪ねて。国際的建築家集団MADの新機軸“風穴の開いた”集合住宅「フェイク・ヒルズ」/中国
世界の名建築を訪ねて。国際的建築家集団MADによる彫刻のようなパビリオン「The Cloudscape of Haikou(海口クラウドスケープ )」/中国・海口市
世界の名建築を訪ねて。国際的建築家集団MADによる延床面積5万8500平米の「衢州市スタジアム」/中国浙江省
世界の名建築を訪ねて。フランス建築界の巨匠ジャン・ヌーヴェルの“V字形に傾斜したユニーク極まりない” 39階建て高層ビル「トゥール・デュオ(Tours Duos)」/フランス・パリ

編集部おすすめ