福岡県福岡市の中心・天神では「天神ビッグバン」と称される大規模再開発が進み、都市の景観は日々アップデートされている。その一方で、天神に程近い中洲川端の商店街近くに佇む築67年のレトロビル「冷泉荘」は、昭和の息づかいを静かに残す存在だ。

かつて荒廃した集合住宅だった建物は、リノベーションを経て国の登録有形文化財に登録され、いまでは街の象徴に。変わりゆく街で、なぜ冷泉荘だけは残されたのか。受け継ぐ人たちの思いに耳を傾けた。

昭和のレトロビルが、2024年、国登録有形文化財(建造物)に登録

福岡市博多区川端の商店街は、昔ながらの商店が並び、古き良き商人の街の景色を色濃く残す街。夏に訪問すれば博多祇園山笠でにぎわい、商店街にも山笠がお目見え。はっぴ姿の人々が行き交うなど、街全体が粋な雰囲気に包まれる。一方で「博多リバレイン」などの現代的ビルも建ち並び、昔と今の活気が程よく調和した街だ。

廃墟寸前の築67年賃貸が満室&アートの発信地に大変身! 国の登録有形文化財にも 福岡「冷泉荘」

夏には商店街に飾り山笠が公開される(写真撮影/中川千代美)

そんな川端通商店街から程近い場所の路地にひっそりと佇むように「冷泉荘」は立っている。1958年築の5階建て鉄筋コンクリート造ビルで、建てられた当初は集合住宅だったが、現在は店舗やギャラリーが入るテナントビルとして運営されている。

廃墟寸前の築67年賃貸が満室&アートの発信地に大変身! 国の登録有形文化財にも 福岡「冷泉荘」

川端通商店街からすぐの路地に入ると、レトロな外観が見えてくる(写真撮影/中川千代美)

廃墟寸前の築67年賃貸が満室&アートの発信地に大変身! 国の登録有形文化財にも 福岡「冷泉荘」

(写真撮影/中川千代美)

廃墟寸前の築67年賃貸が満室&アートの発信地に大変身! 国の登録有形文化財にも 福岡「冷泉荘」

昔ながらの懐かしい手すりや部屋のドア。テナントとして貸し出している22室の部屋は、常に満室状態(写真撮影/中川千代美)

外観を見るだけでも、どこか懐かしい昭和のアパートの風情を残す「冷泉荘」。今は人と文化が行き交う場となっているが、約20年前までは、「まるでスラム街のような廃墟だった」と教えてくれたのは、同ビルオーナーで「原住宅有限会社/スペースRデザイン」代表の原勝己(よしはら かつみ)さんと、同ビル管理人の杉山紘一郎(すぎやま こういちろう)さん。「本当に解体寸前の状態だったのですが、それが2024年には国の登録有形文化財に登録されるまでに至りました。

このビルは、確かにそれだけの価値があるんです」(原さん)。冷泉荘は「戦後初期のRC造民間集合住宅」として全国で初めて文化財登録されたそうだが、そもそもどのような成り立ちでできたビルなのだろうか。

廃墟寸前の築67年賃貸が満室&アートの発信地に大変身! 国の登録有形文化財にも 福岡「冷泉荘」

「冷泉荘」をはじめさまざまな築古ビルのリノベーションを手掛け、ビル保存活動を行っている、オーナーの原さん(左)と、「冷泉荘」に常駐する管理人・杉山さん(右)(写真撮影/中川千代美)

「冷泉荘」が完成したのは1958年。当時の川端は、商人や職人の家が軒を連ねる、木造の店舗兼住宅が主流の地域だった。戦後復興期のさなか、全国的には人口増加に伴う住宅難を解決するため、鉄筋コンクリート造のアパートが各地で建設され始めていたが、その多くは公共事業によるものだった。

一方で「冷泉荘」は民間物件として建てられた。ここに大きな価値があると語る原さん。

「当時、この規模の鉄筋コンクリートアパートを民間で建てるのは難しかったようです。1957年、住宅金融公庫の中高層耐火建築物等建設資金融資制度が創設されました。『冷泉荘』が実現したのは、この創設されたばかりの融資制度を利用して建設されたことからも、ビル建設への民間投資がようやく動き始めた時期だったようです」(原さん)

この「民間」ならではの価値は、建物のつくりにも現れている。

全国で建てられた公共の鉄筋アパートは、左右対称で間取りも均一という画一的な構造が一般的だった。一方「冷泉荘」は、正面から見て左がA棟、右がB棟で、A棟のほうが1フロア当たりの部屋数が多いという左右非対称のつくりをしている。

こうした設計は、当時としてはきわめて珍しいという。

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階段周りにも意匠性の高いデザインが(写真撮影/中川千代美)

「文化財登録に際して大学の先生と改めて調査する中でわかったことなのですが、この建物を設計したのは、戦時中に飛行機のエンジニアをされていた方のようです。写真が趣味で、海外にもジュラルミンケースを抱えて訪れていたとか。この『異形の建物』は、そんな彼独自の個性とセンスから生まれたんでしょうね。何より、エンジニアの夢とロマンを感じます」(原さん)

住宅が足りない時代に大量生産しないといけないという事情でつくられてきた公共物件に対し、まったく違う思想で建てられた民間物件である「冷泉荘」。当時のエンジニアの技術力の高さと、時代の先端を走っていたデザインを見事に体現している。「そこにはやっぱり文化的、歴史的価値があるんじゃないかという評価があって、今回の文化財登録になりました」(原さん)

ちなみに、建造から7年後の1965年に、原さんの父が営んでいた不動産会社「原住宅有限会社」が「冷泉荘」を取得し、運営を開始していた。

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父の代から「冷泉荘」を受け継いだ原さん。「文化財登録によって、今まで知らなかった新しい事実もわかってきました。歴史の重みとその価値を、改めて実感しています」(写真撮影/中川千代美)

廃墟化からビルを救え! 見出した再生方法は、「アーティストによる発信の場」

完成当時、「冷泉荘」は木造家屋が建ち並ぶ一角に突如姿を現した近代的なコンクリート建築として、地域の人々の憧れの的だったという。しかし時代が進むにつれて住まいのあり方も変化し、建物は次第に時代遅れとなった。老朽化が進むと空室が増え、荒れた部屋も目立ち始め、やがてスラム化へと傾いていった。

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再生プロジェクトが始まる前、荒れていた『冷泉荘』の様子(画像提供/「原住宅有限会社/スペースRデザイン」)

原さんが父の代から引き継ぎ、この「冷泉荘」に携わり始めた2000年、本当に目も当てられない状態だったそう。

建て替えも視野に入れていたが、当時、同じく原さんが所有するビンテージビル「山王マンション」のリノベーションを先に手掛けたことが経験値(2003年~)となり、「冷泉荘」再生への歩みを始めることになる。

「当時はまだ『リノベーション』という言葉も知られていない時代。この『冷泉荘』は1棟まるごとリノベーションしないと、とても保全できないという状態でした」(原さん)

そこで2005年、原さんは「冷泉荘」再生プロジェクトを立ち上げる。一度全室を空けた上で、アーティストを対象に3年間限定で、月額3万5000円という格安家賃で貸し出すという大胆な取り組み。その代わりに、「自由に改装してよい」条件だった。

湿気で苔が生えていた部屋もあったというが、借り手たちはそれぞれの感性を生かし、部屋をギャラリーのような空間へとつくり変えていった。廊下を歩けば、ひとつひとつの部屋にまったく違う世界が広がる。建物そのものが大きな作品のように生まれ変わっていく様子を見て、原さんは「これこそが建物再生の理想の形だ」と確信したという。

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各部屋のドアがカラフルに塗られたのも、この試験的プロジェクトの時(写真撮影/中川千代美)

「古い空間を好む若者が集まったことで、『建物が古いことは悪いことではない』『賃貸業として成立する可能性がある』という確信を得ました。そして、アートへのエネルギーがあふれる土地柄だからこそ実現したのだと思います。福岡の力を強く感じました」(原さん)

3年間の試験的プロジェクトで手応えを得た原さんは、終了後に再びほぼ全室を空室とし、いよいよ本格的な「冷泉荘」再生へと改めて舵を切ることになる。

「試験プロジェクトの期間中、入居者には“住んでもよい”という条件を設けていましたが、住居としては設備が古すぎて、実際に住む方はいませんでした。

そこで思い切って、ビル用途を住宅から事務所へと変更することにしたんです」(原さん)

3年間のプロジェクトで「冷泉荘」の知名度は上がっていた。空室の期間を利用して、2009年には「第4回福岡アジア美術トリエンナーレ」の会場として部屋を貸し出し、アートの発信拠点としての存在感も増していく。

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2009年に開催された「第4回福岡アジア美術トリエンナーレ」で「街なか会場」として展示(画像提供/「原住宅有限会社/スペースRデザイン」)

その機運を受け、2010年には「リノベーションミュージアム冷泉荘」として再スタートを切った。管理人の杉山紘一郎さんが着任したのも、この年である。

最初の課題は、建物の強度だった。試験プロジェクト中の収益を活用して構造調査を行ったところ、「耐震工事を施せば保全可能」との結果が得られる。そこで「築100年」を目標に再生計画が本格的に動き出した。

「このビルの再生では『ひと・まち・文化が集まるビル』をコンセプトに掲げました。同時に『ユニーク・最先端・開かれていること』をテーマにしています。内部のコミュニティが固まりすぎると、外部の人が入りづらくなり、結果として建物が衰退しかねません。人が行き交い活用されてこそ、価値は維持され、高まっていくのです」(原さん)

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部屋の中には、耐震工事の際に設けられた骨組みが見える場所も(写真撮影/中川千代美)

アーティストや文化関係者を対象に入居者募集を行うと、2010年秋にはすぐに満室となった。プロジェクトの持続可能性が証明されたタイミングで、2011年には大規模耐震工事を実施。

「築100年」に向けた基盤は確かなものとなる。さらに2016年には、軍艦島の保全にも使用が検討されている特殊コーティング技術を採用し、裏外壁の“当時の姿”をそのまま残す改修を行った。

「この裏外壁は、建てられた当初の姿を唯一残している場所なんです。何も変えずに残すことに大きな意味があると思います」(杉山さん)

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裏外壁を下から見上げた様子。特殊なコーティング技術により、色も質感も昔のままで保たれている。各部屋から煙突も伸びているが、実際には使われていない(写真撮影/中川千代美)

こうして「冷泉荘」は、古いものを壊さず活かすという姿勢のもと、リノベーションによってビンテージビルとしての価値を高め続けてきた。2012年には「福岡都市景観賞・活動部門」部門賞を受賞、そして2024年には国登録有形文化財に登録され、その価値は広く認められている。

「負債」から「地域の宝」へ価値転換を図る「ビルストック活用」の意義

現在も「冷泉荘」のテナント22室はほぼ満室状態。そしてこのビルを管理するのが「スーパー管理人」杉山さんだ。

もともとは大学の博士課程でアートやクリエイティブ系の分野を専攻した人物。自身も廃材で楽器をつくるクリエイターとして活動しながら、「冷泉荘」の管理やブランディングも行っている。

入居者さんたちのコラムなどを掲載している『月刊冷泉荘』というフリーペーパーを毎月発行したり、レンタルスペースの運営をしたり、オープンアパートイベント「れいぜん荘ピクニック」を開催したりと、さまざまな情報発信活動を実施している。

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毎年1~2回の頻度で開催されるオープンアパートイベント「れいぜん荘ピクニック」の様子。マーケットや各アトリエで開かれる入居者さん企画のイベント、「管理人解説付き冷泉荘ぐるっと一周ツアー」などを開催(画像提供/「原住宅有限会社/スペースRデザイン」)

「この管理人室は、『冷泉荘』の入口であり顔のような場所なので、この部屋をみたら『冷泉荘』がどんな場所かわかる、そんな空間を目指してつくり上げています」(杉山さん)

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管理人室である「冷泉荘事務局」はこんな雰囲気。アートでジャンクな空間の中に、杉山さんの作品である廃材楽器たちも(写真撮影/中川千代美)

同時に、入居者に対しても訪問してくるお客様に対しても、ここを「開かれた空間」にするよう努めていると語る杉山さん。

「『管理人』というよりも、『1人の入居者』というスタンスでいるようにしています。管理室を自分のアトリエのように公開しているのも、その方針の一つです。入居者にとって『管理会社の人』という敷居を下げ、気軽に相談できる程よい関係を築けるような雰囲気をつくりたいんです」(杉山さん)

この姿勢は、「ユニーク・最先端・開かれていること」という冷泉荘のテーマを体現するものでもある。杉山さんの存在が潤滑油となり、ビルの活気は高まり続けている。原さんも「杉山さんが『冷泉荘』を運営する姿自体、このビルが生み出したアートなんです」と語るほどだ。

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原さんいわく「スーパー管理人」の杉山さん。イベント時には杉山さん自らツアーガイドとなって、冷泉荘の案内も行ってくれる(写真撮影/中川千代美)

さて、そんな「冷泉荘」に入居する人たちも個性的だ。アーティストや文化人をはじめ、まちづくり系の組織や語学教室、ギャラリーなど幅広い。

A41号室にある博多人形師・田中勇気さんの「田中勇気博多人形工房」は、約10年と入居者のうちの古参の1人。9年間の修行ののち、自らの工房としてこの場所を選んだ。「この冷泉という歴史ある土地で、クリエイターに寛容な場所が生まれたことはとても幸福でした。私自身はもちろん、ここを訪れるお客様もこの建物をとても気に入ってくれているのが印象的です」と田中さん。

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博多人形師・田中勇気さん。最近、工房内を改装し、博多人形に使う白いのり粉で壁を美しく塗り上げているそう(写真撮影/中川千代美)

B24号室「shoe lab noppo」も、同じく古参。部屋の中は落ち着いた工房の空間につくり上げられており、まさに職人の仕事場。

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靴の受注制作や靴作り教室も行っている「shoe lab noppo」(画像提供/「原住宅有限会社/スペースRデザイン」)

A10号室は、アートギャラリー「ネコチクラ」が入居。レンタルスペースになっており、異分野の作家さんたちの作品がズラリと並ぶ。さらに、企画展示も随時開催。

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アートギャラリー「ネコチクラ」。ギャラリーの一角には、共同浴場だった壁のタイルを昔のままの姿で見ることができる場所も(写真右)(写真撮影/中川千代美)

「ネコチクラ」のお隣A11号室には、ベーグル専門店「RILL BAGEL」。国産小麦・天然塩・酵母・麦芽・水を使い、砂糖・乳製品・卵不使用のベーグルが人気のお店。

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「RILL BAGEL」の内観。落ち着いたカフェ空間のなかでベーグルやサンドイッチ、カフェメニューなどを楽しめる(写真撮影/中川千代美)

ちなみに、5階にあるB54号室には、住居時代のアパートの姿がそのまま残る「当初部屋」もある。

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「当初部屋」で観覧できる、昭和レトロなアパートの雰囲気がそのまま残る部屋(写真撮影/中川千代美)

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草創期のものと思われるユニットバスは、入口がとても小さい(写真撮影/中川千代美)

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1階にあるレンタルスペースの一つ「よりあい読書室」も、昔の部屋の内装が残されている。ゴロンと昼寝したくなる雰囲気(写真撮影/中川千代美)

このように、多彩な入居者によって「ひと・まち・文化が集まる」場となり、冷泉荘の独自の魅力はさらに高まっている。この取り組みをきっかけに、近隣のビンテージビルでも再生プロジェクトが生まれるなど、動きは広がりつつある。

「古い建物は負債ではなく、地域の宝・資産である。その意識を経済的メリットや法的裏付けとともに不動産オーナーへ根づかせていく。そのビルストック活用には大きな意義があります」(原さん)

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(写真撮影/中川千代美)

歴史ある古いビルを相続した場合、相続税が重荷となり、手放す・取り壊すという選択を迫られることも少なくない。しかし文化財登録されれば、土地と建物の相続税評価額が30%減額になる制度もある。

「もちろん、古いビルの維持管理は簡単ではありません。耐震の問題、用途変更に伴う消防法などの手続き……、放置すれば『法律違反のままの古い建物』になりかねない。でも、きちんと整備して運営することで『リノベーションビルは危ない』という誤解をなくし、魅力化できます。そのノウハウを伝えながら、価値ある建物を残していきたいですね」(原さん)

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(写真撮影/中川千代美)

古い建物は「壊すべきもの」ではなく、未来のまちづくりの拠点となる「大切にすべきもの」。冷泉荘の再生が示したのは、まさにそのメッセージだ。

地方都市の活性化における再生モデルとして全国に影響を広げる「冷泉荘」をはじめとしたリノベーションの情報共有の活動の取り組み「九州DIYリノベWEEK」は国土交通省の「地域価値を共創する不動産業アワード」大賞を受賞、今では全国に知られることとなった。

変わる景色に価値があるように、変わらない景色にも価値がある。過去の技術と夢、現在の創造性とコミュニティ、未来への可能性をつなぎながら、「冷泉荘」は「築100年」へ向けて、生きた実験の場であり続ける。

廃墟寸前の築67年賃貸が満室&アートの発信地に大変身! 国の登録有形文化財にも 福岡「冷泉荘」

(写真撮影/中川千代美)

●取材協力
・リノベーションミュージアム 冷泉荘
・フリーペーパー『月刊 冷泉荘』

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