診療所や養護老人ホーム、デイケア、訪問看護ステーション、デイサービスには、“必要とする人だけが行く場所”というイメージがあるかもしれません。ところが長野県軽井沢町にある診療所「ほっちのロッヂ」は、医療資格の有無や年齢、病状に関わらず、さまざまな人たちが出入りする、まるでリビングのような場所。
「ほっちのロッヂ」には、大きなリビングがある
長野県軽井沢町にある「ほっちのロッヂ」は、普段は「診療所」「訪問看護ステーション」「デイサービス」「児童発達支援」「放課後等デイサービス」などを行っている拠点です。ですが、「ケアの文化拠点」と称し、症状や状態、年齢に限らず好きなことをする仲間と出会える場をつくるという、枠にとらわれない活動をしています。
ほっちのロッヂの入口には「大きな台所がある」と掲げられている(写真撮影/五味貴志)
入口は二つの扉があり、室内でつながっている(写真撮影/五味貴志)
そして施設内も一般的に想起する診療所のイメージとは異なります。まるで誰か知り合いの家のように、大きな台所やアトリエがあり、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが出入りしているのです。もちろん診療や実施するイベントの内容によって費用は発生しますが、ふらりと遊びにいくこともできます。
この日おじゃましたのは、平日のお昼前。キッチンではお昼ごはんの準備をしており、いい香りがただよっています。ふわりと心地よい風が吹く庭ではスタッフの方が談笑したり、打ち合わせをする姿も。リビングの奥にある居室では、利用者さんが座ってリラックスしています。
庭にあるレストスペースで、打ち合わせをするスタッフの姿も見られた(写真撮影/五味貴志)
窓辺のカウンターで作業するスタッフの方(写真撮影/五味貴志)
リビングではスタッフたちが打ち合わせ中。ほがらかな笑い声が部屋いっぱいに響いていた(写真撮影/五味貴志)
お昼時にむけて、スタッフや訪れている人たちのランチを準備する(写真撮影/五味貴志)
彩り豊かでボリュームたっぷりのランチプレート(写真撮影/五味貴志)
「午前中の来所はあまりなくて、今日はお一人。午後になると近所の小学生がたくさんやってきますよ。
そう話すのは、この場を立ち上げた医師の紅谷浩之先生。福井県で医療法人社団オレンジを立ち上げ、在宅医療サービスや医療的ケア児のサポートをしています。
2階のベッドルームにある大きな窓からは森の木々が見え、穏やかな気持ちになる。ベッドには子どもたちの仲間の大きなくまのぬいぐるみ(写真撮影/五味貴志)
病児保育室には窓があり明るい空間(写真撮影/五味貴志)
北陸新幹線の長野駅-金沢駅間が2015年3月に開業したことで福井から軽井沢への移動がしやすくなり、2015年からサマーキャンプ「軽井沢キッズケアラボ」を開催するべく、軽井沢へ通い始めた紅谷先生。障がいがある子どものいるご家庭は遠方へのお出かけを躊躇してしまいがちになることから、企画したのだそうです。
2019年に開催した「軽井沢キッズケアラボ」で軽井沢を訪れた様子(写真提供/オレンジキッズケアラボ)
こちらは、ほっちのロッヂ内で独自で開催した「2024 夏のアトリエキャンプ」の様子。季節に合わせて外に出て活動する機会を設けている(写真提供/ほっちのロッヂ)
「楽器をみんなでつくってミュージカル」というテーマに沿って、みんなで楽器を制作する(写真提供/ほっちのロッヂ)
できあがったウィンドチャイムたち(写真提供/ほっちのロッヂ)
紅谷先生は軽井沢に通う回数が増えるたびに、もっと街にまるごと関わる取り組みをしたい、さらに教育と医療のつながりを深めたい、と思う気持ちが高まっていきました。そこで現在の共同代表の藤岡聡子(ふじおか・さとこ)さんと出会い、一緒にほっちのロッヂを立ち上げるに至りました。
ケアすることは特別なものではなく、日常の延長にある
「ここを医療機関と思われたくないんですよね。だから誰でも訪れることができる。
大きなテーブルで、利用者や訪問者も一緒にご飯をみんなでいただくことができるのも、それゆえです。病気になるほどではないんだけど、なんだかちょっとしんどい。誰かと話したいしご飯を食べたい、少し触れ合っていたいって来る子どもがいるんですよね。
心の拠り所として身を寄せるだけではなく、アート作品の展示会や編み物の会、自分の人生や生と死を考え話すイベントなどが開かれることも。まさに暮らしとごちゃまぜの姿です。
利用者のお子さんとバランスボール投げをするスタッフ(写真提供/ほっちのロッヂ)
「学校でスイミーにハマった」という小学生のお話をもとに、「私たちのスイミーをつくろう!」とテーマを決めてみんなでスタンピングすることに(写真提供/ほっちのロッヂ)
できあがったスタンピングによるスイミーの作品(写真提供/ほっちのロッヂ)
「うちにコーヒー好きの中学生が来るんですが、コーヒー屋さんを50年経営してきた90代のおばあちゃんとここで出会ったんです。
おばあちゃんはデイサービスを利用しに来ているのですが、中学生はおばあちゃんにコーヒーの淹れ方を習いたくて足しげく通ってインタビューをくり返しているんですよ。おばあちゃんにとってその時間が楽しみであり、刺激にもなっているんですよね。医療やケア、福祉の場って、サービスを与える場、受ける場ではないんです。ここで人が出会うことで、支えたい人支える人の関係が自然とできあがっていくような場でありたいと思っています」
こうした「用意された出会い」ではなく、暮らしの中で自然発生したようなつながりは、「ほっちのロッヂ」でいくつも生まれています。
そもそも「ケア=福祉」とはどういうことなのでしょうか。
例えば隣に暮らす人が年をとって歩くのが最近ちょっと大変そう。「一緒に買い物に行きます?」と声をかけて車に乗せてでかけるというシーンを頭に描いてみます。
すると紅谷先生は「これってものすごくストレートな福祉なんです」と言うのです。
窓辺のテーブル席で話す紅谷先生。ここも訪れる人たちがくつろぐ大切なスペースのひとつだ(写真撮影/五味貴志)
子どもたち同士のやりとりも、同様です。保育園で友だちが隣で転びそうになったから、手をつないであげたこともケアのひとつ。そもそも暮らしの中にある「お互い手を取り合って幸せに生きよう」というつながりこそが、福祉やケアの原点なのです。
今、世の中でのケアはどこか制度にばかり注目されてしまっています。紅谷先生は「ケアという言葉を示すと『介護福祉士のこと?』と言われたり、『ケアは介護施設、介護福祉制度の範囲でやるものですよね』『看護師さんなどが扱う専門分野ですよね』と言われたりするんです。どうやらみなさん何か難しいことだと捉えているから、どこか分断が生まれてしまったのです」
理念に掲げるケアの文化拠点――。それは具合が悪い、心の調子が崩れている、だれかの気遣いや手助けが必要だという状況が、特別なものではなく、日常から分離されるものではないと考えているからこその取り組みなのです。
「社会を医療化」するのではなく「医療を社会化」するために
紅谷先生は、「社会を医療化する」のではなく、「医療を社会化する」必要があると考えています。医療が発達している欧米諸国のように、自宅でも医療行為ができるというのを理想としています。例えばメガネ。これはもともと視力障がい者用の装具。つまり医療用具です。
「でも誰も医療用具だと思って使っていないじゃないですか。もう当たり前すぎて。生活の中で目を見えやすくする道具……本当に気軽な道具になっていますよね。こんな感じで医療が生活になじむ姿が理想なんです」と話します。
ほっちのロッヂでは利用者に足を運んでもらうほかに、在宅医療や訪問診療も行っており、近郊に暮らす高齢者のお宅や保育園に紅谷先生が訪問しています。
この日は午前中から近隣の保育園へ訪問(写真撮影/五味貴志)
先生がぬいぐるみを使って今日は聴診器で「もしもししますよ」と子どもにお話する(写真撮影/五味貴志)
「『先生いてくれてありがとう』と医師を神格化されてしまうと、その方の暮らしのなかで医者がイニシアチブをとってしまうことになりますよね。最後まで人間本来の備わっている力で生きたい、過ごしたいという思いを阻害してしまうことになります。
自らの力で生きることを叶えるために、医師だけではなく家族や地域のみんなで協力してサポートしようとしているなかで、たまたま医療の知識を持った人もいる位の距離感の方が、医療が社会化された状態になるんです。その方も自然な姿で人生をまっとうできるのではないでしょうか」と生き方のひとつについて触れてくれました。
子どもたちはドキドキソワソワしながら紅谷先生の診察を順番に受ける(写真撮影/五味貴志)
在宅医療や訪問診療を大切にすることも、日常のなかに医療があってほしいという願いから行っていること。ほっちのロッヂも「必要な人が訪れる」だけの場所ではなく、誰もが訪れることのできる場所として開いているのです。
生まれてから還るまでを家の周りで味わう
ほっちのロッヂが開業したのは2020年4月のこと。
例えば2024年の11月に開催された「死者の日2024」というイベント。
「ほっちのロッヂ」を通じて在宅医療で看取られた方は、自宅を選んで最期まで生きた方です。その周囲には亡くした家族を想い、涙し、喪失を抱えて生きていく残された方々がいらっしゃいます。こうした家族のつながりを持てるようにするイベントです。
当日はルームの飾りづくりや祭壇の飾り付け、ヨガのワークショップやメキシコの「死者の日」に食するパンをおやつとしていただき、小さいグループでシェアタイムを体験しました。
残された家族は誰に話すわけでもなく、ご自身の中で喪失感を抱えています。「あの時苦しかった」「こんなにうれしいことがあった」亡くなるまでの過程にはひとつひとつシーンがあり、その時に思いを馳せ、知らない誰かと話すことで思いを昇華することができる。そして、知らない人同士の集まりでも、共通の出来事をもつ人たち同士、イベントをきっかけにつながり合うことができる。
「死者の日2024」の様子。鮮やかな飾り付けで、死のお話だけど心が軽やかになる(写真提供/ほっちのロッヂ)
もちろん大人を対象にしたイベントだけではなく、子どもたちに向けたイベントもあります。
軽井沢町の発地(ほっち)地区は、軽井沢駅から車で15分ほどの場所。風越公園(かざこしこうえん)のすぐ近くにあります。道路沿いとはいえ森に囲まれた場所にあり、一見すると大人はともかく子どもが通うのには難しそうなエリア。とはいえ「必要だな・行きたいなと思う子どもたちはあらゆる手段を使って来てくれるんですよ。なんとしても行く、っていう感じなのでしょうね」と笑う紅谷先生。
子どもの診察ブースは広々とした畳スペース。落ち着かないな、なんだか緊張するなという時もここで思う存分転がり、くつろぎながら診察を受けることができる(写真撮影/五味貴志)
こうした場所がまちにとって当たり前の居場所になると、集う人たちが自然と支え合う姿が増えていきます。
私たちが「調子が悪い」「病気を治してほしい」と足を運ぶ病院は、少し特殊な場所。紅谷先生は「戦後、経済がどんどん成長していくと回復をするために手当のペースを早めなくてはならない。医療も介護も緊急の対応が求められてきました。そのためには1カ所に集めて治療した方が効率的になるので“病院”という存在が生まれたんですよね」と話します。
ただし、これからは高齢化が進み、人口が減少する時代。
「高度経済成長期に仕組み化された集中拠点で医療をするのではなく、当たり前のように個別に支えあう姿に戻っていくのではないでしょうか。このような関係性が街の中でもっともっと広がってくれたらいいなと思っています」
「医療の発展によって人は長く生きることができるようになった。しかし治りもしない、死にもしない『生かされている』症状の人が増えている。だからこそもっと暮らしに寄り添った古来の医療の姿に戻り、自らの力で『生きる』を養うべきではないか」という紅谷先生の言葉が印象に残りました。人が本来持つ生きるための力は、人との関わり合いによって発揮され、支えあうことができるのではないでしょうか。だからこそ、街の中での関わりがより一層必要とされていくように感じます。
●取材協力
・ほっちのロッヂ
・ほっちのロッヂInstagram

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