富山市中心地の空きビルが、学生シェアハウスを含めた複合施設「fil」として生まれ変わったのは2022年末。シェアハウスへの入居条件は「18歳以上の学生であること」と「まちなかの活動への参加」。
富山大学都市デザイン学部と株式会社富山市民プラザが手を組み、静かに産声を上げたプロジェクトは、少しずつ波紋を広げている。
まちが学生を応援し、学生がまちを盛り上げる。ゆるやかにつながり合う場を訪ねた。
若者が街にいない、いびつさ
学生シェアハウスfilは、富山大学都市デザイン学部・久保田善明(くぼた・よしあき)教授による気づきから始まった。
「2018年、富山大学に都市デザイン学部が新設されることになり、立ち上げメンバーとして2016年秋から赴任しました。富山市の“コンパクトシティ政策”は、都市計画の分野でも一つの成功モデルとしてよく知られていますが、実際に来てみると街に若者が非常に少なく、いびつさを感じました」
富山大学都市デザイン学部・久保田善明教授(撮影/イマデラガク)
富山大学のメインキャンパスがある五福エリアは、富山市街地から神通川を挟み約2.5km離れている。富山駅から大学までは路面電車で15分ほどと交通アクセスは良いが、5000人ほどいる県外出身学生のほとんどが大学近辺の一人暮らし用アパートで4年間暮らす。平日は大学周辺で過ごし、休日は郊外のショッピングモールなどへ出かけ、中心市街地には出て来ない。
「都市の文化の中心とも言えるまちなかに若者が少ないのは、好ましい状態ではありません。幅広い世代の人が集うことで、本来の街の姿になる」
空き地や空き店舗の増加という地域課題も浮き彫りになり、久保田教授は空きビルを活用しシェアハウスにすることで、学生を街に呼びこむアイデアを思いついた。
地元の人々の間では学生はまちなかに住まないものという固定観念も根強かったと回想する(撮影/イマデラガク)
「生活価値創造」を掲げ、自らを「まちづくり会社」と名乗る富山市民プラザに久保田教授が学生シェアハウスの構想を持ちかけてから約3年。
かつて証券会社があった5階建てのオフィスビルは、1階には食堂、2~5階に男女各2フロアずつの学生シェアハウスを擁する空間へと生まれ変わった。隣接する2階建ての建物にはコインランドリーを設置し、居住学生だけでなく近隣住民も利用可能。
シェアハウスだけでなく食堂もコインランドリーも含めた複合施設全体を「fil」と呼び、新たな交流を生み出している。
富山地方鉄道富山軌道線本線 荒町駅のすぐ目の前に建つ(撮影/イマデラガク)
コインランドリー棟前の巨大Tシャツに、街を歩く人もつい足を止める。手前の空きスペースで時にはイベントも行われるそうで、年末には餅つき大会を開催(撮影/イマデラガク)
2022年末のオープンから、土地活用モデル大賞「都市みらい推進機構理事長賞」(2023年)、グッドデザイン賞(2024年)、第三回地域価値を共創する不動産業アワード「特別賞」(2025年)を次々と受賞。受賞の背景には、filの特徴である「まちぐるみ」でのプロジェクトの仕組みが高く評価されたことがある。
プロジェクト推進にあたって富山大学都市デザイン学部と富山市民プラザは、自治体が抱えるさまざまな課題の解決を目指し包括連携協定を締結。多岐にわたるまちなか活動において全面的に協力し合う体制も整えている。
「filは、街の新陳代謝を促す循環装置のようなプロジェクト」と富山市民プラザfil管理活用グループチーフの永井慎(ながい・まこと)さんは言う。内見や入居案内から始まり、シェアハウスの管理運営、地域での活動のサポートまでシームレスにつなげる役目を担っている。
filロゴマーク。糸(fil/フランス語)を紡いで布ができるように、たくさんの人との出会いが紡がれていきますようにと願いが込められている(出典/富山市民プラザ)
シェアハウスは4フロア、全32部屋中、常に9割近くが入居中(取材時2025年12月時点)。学生の出身地は、北は北海道から南は鹿児島まで、さらに留学生が共同生活を送る。富山大学の全9学部3キャンパスの学生が入居し、学部やキャンパスの垣根を越えた交流が生まれている。
元オフィスビルが、にぎわいと交流を生む場所へ
filフロアマップ。1階に「食」と「洗濯」という生活に密着した空間を設けることで、地域住民にも開かれた場所へ(出典/富山市民プラザ)
1階の地場もん屋食堂filは、一汁三菜の朝食やランチを目当てに近隣住民や周辺で働く方たちでにぎわう。営業時間外の夜も店内に明かりを灯し、街の景観ににぎわいと安心感を与える。隣の24時間営業のコインランドリー棟と食堂の間には植栽があり、人が自然と集まる憩いの場となっている。
食堂営業時間外の夜は、学生がイベントや話し合いなどで利用することも多い。ガラス張りの開放的な雰囲気で、街を歩く人も中の様子を窺うことができる(撮影/イマデラガク)
天気のいい日には、小さなまちなか庭園でお茶をするなど散歩の合間にひと息つく人も(撮影/イマデラガク)
2~5階のシェアハウス棟は各フロア、ベッドとデスクのある個室空間が8部屋ずつ設けられているのは共通で、“井戸端フロア”、“すだれフロア”と形状が分かれている。
井戸端フロアは、個室がやや狭い代わりに共用スペースが広い。かつて井戸の周りに人が集まり会話が生まれ井戸端会議が行われたように、共用キッチンやソファでたくさんの交流が生まれることをイメージ。
井戸端フロアの共用エリア。ここで勉強をすることもあれば、明け方近くまでお喋りが止まらないこともあるそうだ(撮影/イマデラガク)
一方、個室が広いのは“すだれフロア”。人の気配や音は感じながら視線を遮るすだれをイメージして設計され、ガラス扉と2枚のカーテンで共用エリアとプライベート空間の境界線をグラデーション的に仕切ることができる。
集中したいときはガラス扉もカーテンも閉める。
すだれフロアにも十分な共用空間が設けられている。共用エリアの掃除やゴミ出し当番など、自分たちで生活のルールを決める(撮影/イマデラガク)
どちらのフロアもプライベート空間は確保しつつ、境界線をやや曖昧にした実験的なレイアウト。線引きの加減は自分の裁量に委ねられ、「今」の気分によってコントロールできるのは他の居住スタイルではなかなか持ちえない特色である。
「従来の学生寮や学生アパートは、プライベートとパブリックの境界が明確ですよね。廊下まではパブリックだけど、玄関ドア一枚を隔てると完全にプライベート空間。レイアウトを考える際に、二つの空間をどう切り分けるかを特に意識しました。
“井戸端”と“すだれ”の違いは暮らし始めると大きな差ではないようで、みんな共用スペースを工夫しながらうまく使っていますね。個室に閉じこもらずにコミュニケーションを取り、楽しく過ごす様子を聞くとうれしいです」(久保田教授)
井戸端フロアの個室前の壁はDIY可能で、推しのアイドルグッズを飾る学生もいれば、filのメンバーで行った旅行の思い出を飾る学生もいる(撮影/イマデラガク)
「オフィスビルをシェアハウスにリノベーション」と一言で言い表すのは簡単だが、実現の裏には困難も多かったと振り返る。建築基準法で定められている建物の用途を住居に適合するよう変更することが、最初のハードルだったと久保田教授は続ける。
「住居の場合、人が日常的に利用する部屋には十分な自然光を取り入れる窓の設置が義務付けられています。シェアハウス棟と、隣のコインランドリー棟の敷地は元々は地主が異なり、隣に高い建物が立つ可能性がある以上、窓を設置しても採光用として認められないと言われました。
そこで富山市民プラザが元オフィスビルの建物と土地に加え、隣の土地も購入する英断をしてくれた。
運営や仕組みなどのソフト面より、用途変更や改修といったハード面を整えるのが大変だったそう。fil完成後に久保田教授は国土交通省を訪ね、ルール変更の直談判までしたというから驚かされる。
「今回チャレンジした仕組みは、他の地方都市でも応用できると思います。
しかしどうしてもネックになるのは建築等の法律。まだ実現していませんが、filに続く2棟目含め、今後さらに展開していくためにも国には規制緩和などを検討してほしいですね」
オフィスビルの名残で天井は通常のアパートなどに比べて高く、井戸端フロアの個室も間口の狭さの割には圧迫感がない(撮影/イマデラガク)
各部屋番号はガラス製。富山市立富山ガラス造形研究所の作家による制作(撮影/イマデラガク)
すだれフロアの個室のガラス扉にはfilのロゴが。内装について、オープン前から学生の意見をヒアリングしてバスタブやテレビ線の有無などを決定(撮影/イマデラガク)
入居条件の「まちなかの活動参加」とは?
学生シェアハウスの入居条件は「18歳以上の学生」で「まちなかの活動やにぎわいづくりに参加すること」の二つ。
「シェアハウスをまちなかにつくって学生が住むだけでも、もちろん市街地にとって大きな前進だとは思います。でもせっかく住むなら、もっと街に関わっていくべきだろうと考えました」と久保田教授は話す。
とは言え、高校を卒業したばかりの学生にまちなか活動と言ってもなかなかピンと来ないかもしれない。filプロジェクト開始直後は意欲の高い学生がまずリーダーとなり、少しずつ実績を積み重ね、後に続く学生も具体的な活動イメージを描きやすくなった。
毎年秋には入居学生が主体となり、文化祭「富山まちなか学生EXPO」を開催。filからも徒歩圏内のアーケード内の広場や空き店舗を活用し、富山大学以外の学生も巻き込んで活動発表や出店などを取りまとめる一大イベントだ。
学生が制作した富山まちなか学生EXPO 2024のチラシ(出典/富山市民プラザ)
「ただ大学で勉強するだけではなく、地域とのつながりのなかで学生たちも成長していく。同時に街としても、若者たちが入ってくると元気になる。そんな相乗効果が少しずつ出ているなと思います」(久保田教授)
実際にまちなかの活動をしてみてどう感じているか、入居する学生たちにも話を聞いた。
「意識高い系と思われがちだけど、いたって普通の大学生」だと全員が謙遜する。左から、中島さん、田中さん、由井さん(撮影/イマデラガク)
富山大学経済学部3年の中島白音(なかじま・しの)さんは「一人暮らしよりシェアハウスのほうがにぎやかで楽しそうと思ったのと、まちづくりにも興味があったから一石二鳥」と入居を決めた。
「想像していたより、みんな気楽に楽しんでやっているんだなというのが第一印象です。『やらなきゃ』ではなく『やりたいからやる』という雰囲気でほっとしました」
活動参加は強制ではなく、どう関わるかは本人におまかせというスタイル。イベントの予定が決まると中心メンバーが募られ、やりたい人は立候補をするそう。「今回は企画運営からコミットするが、次のイベントは当日のお手伝いだけ」など、自分で関わり方を決められる。
イベント以外にも、まちなか活動の紹介や近くの飲食店を取材した記事を載せた「fil通信」も学生が発行する(出典/富山市民プラザ)
経済学部2年の田中秀嘉(たなか・ひでよし)さんと、都市デザイン学部3年の由井康生(ゆい・こうせい)さんは、当初はまちなかの活動にそこまで積極的ではなかったと話す。
「まちづくりの活動は、関わりやすいものからハードなものまで幅広い。どう携わるか自分で決めていいと分かったら、楽になりましたね。
「入居条件と聞くとハードルが高そうだけど、活動や実績を見て身構えなくていい。むしろ友だちも増えてラッキーくらいで、サークルに入るのと同じ感覚」(由井さん)
姉妹でfilに入居する経済学部3年の小柳こなつ(こやなぎ・こなつ)さんは「自分たちがやりたいことをやって楽しんでいる」と軽やかに笑う。
「Tシャツにペイントして飾ったら楽しそうとか、そんな思いつきから始まることも多いです」
富山まちなか学生EXPOでの様子。企画から運営までfilに入居する学生が主体となってまとめる(出典/富山市民プラザ)
「所属ゼミで地域内の一角に本を置く“まちライブラリー”に取り組むことになり、1階のコインランドリーを本棚の設置場所として提案しました。自分の学びと街をつなげられた気がします」(中島さん)
まちライブラリー設置をきっかけに、提唱者である礒井純充さんをfilに招き、地域の方や他大学からの参加者も交えた座談会を開いたこともあったそう。
入居ルールだからと画一的にまちづくり活動への参加を強制せず、自由に意思決定できるからこそ柔軟な発想も生まれ、楽しそうな雰囲気が学生の間には流れていた。イベント企画の持ちかけや運営サポートをする永井さんも、学生たちの働きを高く評価する。
コインランドリー棟内にある、まちライブラリー。手書きのPOPが興味を引く。蔵書は、食堂での閲覧も可能(撮影/イマデラガク)
互いに協力し合い、学生にとって愛着のわくまちへ
filのプロジェクトを構築する軸のひとつに、県内企業約40社が会員となりfilに居住する学生の活動を支援する「サポートクラブ」がある。
学生企画のイベントへの資金援助に加え、路面電車の学割定期券の半額補助、映画の無料鑑賞、スポーツクラブの無料利用など、サポートクラブ会員企業のさまざまなサービス提供により、学生にとって生活のしやすさや居心地の良さにつながっている。
「1階の食堂スペースにサポートクラブ会員企業の経営者を招き、少人数で食事をしながらなごやかな雰囲気の中で話を聞くイベントも定期的に開催しています。
企業側から学生との接点をもちたいという声もあり、新人研修で使う予定のコンテンツを学生にモニタリングするなど、学生側からも還元できるような仕組みをつくっています」(永井さん)
「社会人とのつながり、ましてや会社の社長さんと話す機会なんて学生時代はなかなかない。学生たちにとって刺激になり、視野も広がると思います」(久保田教授)
サポートクラブの企業以外にも、近隣商店街の呉服屋さんに浴衣の着付けを教えてもらったり、地域のお祭りで地元住民にまじってお神輿をかついだり。大小さまざまなイベントを通じて街が活性化し、関わりの中で暮らしや価値観などをシェアするなど、学生とまちが互恵的な関係を築いている。
近隣商店街の協力を受け実施した着付け体験とまち歩きの様子(写真提供/富山市民プラザ)
富山市の春祭り・山王まつりでお神輿かつぎに参加(写真提供/富山市民プラザ)
「『課題解決に向けて一緒に考えてほしい』と街側から相談を受けることも増えました。filの学生だったらなにかヒントをくれるかもしれないと、若者に声をかける最初のハードルがだいぶ低くなった、変化はこの数年だけでも感じますね」(久保田教授)
街とfil、相互に矢印が向き合う関係性になり喜ばしいと目を細める(撮影/イマデラガク)
さらに、入居学生の中島さんと小柳さんは1階の食堂でアルバイトをしており、常連さんなど「名前は知らないけど顔なじみ」の方と街中ですれ違って会話が始まることもあるという。幼少期、学校からの帰り道にご近所さんがすれ違いざまに「おかえり」と言ってくれると、どこか安心感を覚えた人も多いだろう。こうしたゆるやかな人間関係は、安心感や暮らしやすさに通じているのかもしれない。
中島さん(左)はfilのおかげで、人との出会いやチャンスが増えたと感じるそう(撮影/イマデラガク)
街の変化、学生の変化。それぞれの関係性
富山市に限らず、街の空洞化が課題となっている地方都市は多い。「filの活動をヒントに他の都市ごとにアレンジして真似してほしい」と他地域での展開にも期待しながら、久保田教授は続ける。
「大学生は、人生の中でも特に多感で重要な時期。その間に住む場所として従来型の学生アパートが果たして理想形なのかは疑問で、選択肢が限られてしまうのは非常にもったいないと感じます。学生時代の住まい方の一つとして、filのような場所もあると提示したいです。
同世代だけではなく幅広い世代とつながりながら、社会的な課題にもコミットする。そんな活動を若い頃からやっていくと、社会に出たときに結構大きな差になって現れてくるのではないかと期待もしています。住まい方によって、人の成長につなげられたらいいですね」
学生たちも、filで暮らすようになり変化があったという。
会話の端々から学生同士の仲の良さを感じた(撮影/イマデラガク)
「住みながら街の活動に参加することで、当事者目線になりました。『こんなものあったんだ』と日々の発見が多くなった気がします」(中島さん)
「元々、自分は出不精なタイプ。でもfilで実際にイベントを運営してみて、外に目を向けるようになりました。今までだったら暇な時間は家で過ごしていたけど、外へ出かける選択肢ができたこと自体が、自分の中では大きな変化です」(田中さん)
「fil周辺は旅行で訪れる方も多く、観光客目線との違いを感じながら街を歩くのも楽しいですね。イベントも徒歩圏内で、フットワークが軽くなったと思います」(小柳さん)
まちなかでの生活はメリットも多いと盛り上がる。大学周辺の五福エリアに比べて、スーパーや飲食店も豊富だ。街灯や人の目も多く、さらには隣人の人となりも分かるため防犯面での安心感もある。
夜遅くラーメンを食べに行くなど、まちなかで暮らすからこそできる楽しみも多いと由井さん(手前右)は笑う(撮影/イマデラガク)
学部、学年、キャンパスが異なると普段の大学生活ではあまり関わりがないそうだが、シェアハウスでの生活は「どこよりも学部横断型」で、filに居住するお互いの関係性は「友達以上家族未満」だと口をそろえて言う。
「留学や休学など、今までの友人とは少し違う道を歩んでいる人とも出会えて、視野も将来の選択肢の幅も広がりましたね」(中島さん)
「filには、自分が好きなことに熱中している人が多い。こうした環境にいると、自分も新しいことにチャレンジするハードルが下がるし、応援や協力もしてくれて心強いです」(由井さん)
まちなか活動への参加と同様、シェアハウス内での交流も強制的ではなく、自分で関わり合い方の度合いを調整できるフレキシブルさは居心地が良いと笑い合う。
久保田教授は構想当初から、filが2棟目3棟目と拡張することを目指し事業スキームを考案したという。サポートクラブの組織などそのまま活用できる仕組みも多く、今後のさらなる発展も待たれる。
filからは全体を包むやわらかい空気が、街へ流れだしている。持続可能なまちづくりは、心構えや気負いなく、普通の誰もが日常のように関わり代がある場所から始まっていくのだろうと確信した。
●取材協力(五十音順)
学生シェアハウスfil
富山市民プラザ
富山大学都市デザイン学部

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