長崎県長崎市の中心部に残る、戦後間もなく建てられた築77年(2026年時点)の公営団地「旧魚の町団地(きゅううおのまちだんち)」。一時は取り壊しも検討されたが、現存する最古級の鉄筋コンクリート造団地という歴史的価値を背景に、新たな再生・活用が始まった。
取り壊しも検討された、日本最古級の鉄筋コンクリート造の公営団地
長崎市役所や有名な観光地・眼鏡橋からほど近い、長崎市中心部の魚の町(うおのまち)。電車通りから少し路地に入ると、4階建ての古めかしい鉄筋コンクリート造の建物が姿を現す。ここが「魚ん町+(うおんまちプラス)」だ。
タイムトリップしたかのような気持ちを抱かせる、古い団地の外観(写真撮影/中川千代美)
この建物は築77年(2026年時点)の古い鉄筋コンクリート(RC造)の団地。敷地内を歩くと、昭和のレトロを閉じ込めたような景色に出会える。錆びた手すりやポスト、階段など、年月を重ねた建物ならではの風合いは今も残されている。一方で、内部にはキッチン設備やオフィス設備などを整備。現在はシェアキッチンやギャラリー、スモールオフィスとして場の提供を行うなど、まちづくりの拠点として団地の再生・活用に取り組んでいる。
「まだ運営は手探りな部分も多いですが、単なるテナントビルではない場所にしたい」と話すのは、「ココトト合同会社」代表社員の伊東優(いとう・ゆう)さん。
取材時には、長崎を舞台にした映画の公開記念イベントが開催され、パネル展やビル見学ツアーには多くの来場者が集まっていた。懐かしい景色を守りながら、新しい人の流れを生み出す場として、少しずつ存在感を高めている。
イベント開催時には、運営として団地内を駆け回る伊東さん(写真撮影/中川千代美)
ここ「旧魚の町団地」は1948年(昭和23年)に設計され、翌1949年(昭和24年)に竣工した。
「48型」と呼ばれる設計の鉄筋コンクリート造の公営団地は全国各地に建設されたが、現在も当時の姿を残すのは全国でわずか5棟のみ。それ以前の事例は現存しておらず、鉄筋コンクリート建築としても日本最古級の貴重な存在といえる。
窓の手すりもノスタルジーを感じられる。ちなみに、建物の左右の出っ張り部分は、風呂を外付けで増築された箇所(写真撮影/中川千代美)
昔ながらの重い鉄の扉もそのまま残されている(写真撮影/中川千代美)
同ビルのギャラリーに掲示されている資料によると、当時は、近隣にあったもう1棟の団地と合わせ、応募者が殺到するほどの人気を集めていたという。なお、長崎市出身のノーベル文学賞作家カズオ・イシグロ氏も、幼少期をこの時期に建てられた公営団地の近くで過ごしていたとされており、作品の中には団地の風景が描かれているともいわれている。
1950年代の部屋を再現した部屋(写真撮影/中川千代美)
戦後復興期から長崎の人々の暮らしを支えてきた同団地だが、時代が進むにつれて老朽化が進行。2008年に新規入居の受け入れを停止し、2018年に最後の入居者が退去した後は、建物が使われないまま残されていた。
「外構の植栽も森のように荒れ、治安面の不安もあり、『負の遺産』のように受け止めていた近隣の方も多かったようです」(伊東さん)
一時は取り壊しも検討されたが、この団地が持つ歴史的価値から保存を望む声も多く上がった。耐震性にも問題がないという診断結果を受け、長崎県は県内初の県営団地再生プロジェクトとして公募型プロポーザルにより、「旧魚の町団地」の活用を担う民間事業者を募集。そこに手を挙げたのが、伊東さんが仲間と共に立ち上げたチームだった。
新たなコミュニティが生まれる場所を目指して
伊東さんは長崎市出身の一級建築士。小学6年生のとき、建築家・原広司氏が設計した個性的な住宅に住み始めたことが建築の原体験となり、東大進学後は同氏に師事した。
大学院時代はオランダの「MVRDV」へインターン留学。そこで得た「建築を考えるためにはその集合体である都市も同時に考えなければならない」という学びは、都市の文脈を読み解く「魚ん町+」の思想に通じている。 帰国時はシルクロードを自転車で横断した。「道」への関心から選んだ旅だった。 「風景や生業が少しずつ変化し、無限に連なって一つの大きな道を形づくる。すべてが地続きであるという地球の大きさを実感しました」(伊東さん)
オランダでの学びとシルクロードの旅の経験が、このプロジェクトの土台にあると語る伊東さん。東京の設計事務所勤務や大学の研究員を経て、現在は山形県を拠点にしている。大学の恩師である画家・木下晋氏の天井画(鶴岡市・湯殿山注連寺)を見に訪れたのを機に、出羽三山に伝わる山岳信仰(修験道)や、自然の恵みとともに生きるマタギなどの野性的な文化を学びたいとの思いを持ち、出羽三山のひとつである月山の麓にある西川町に家族で移住した。 現地で「ツキノワ合同会社」を設立し、公共建築の設計にも携わる一方、2025年3月に東京大学大学院で博士後期課程を修了した(写真撮影/中川千代美)
こうした経歴を持つ伊東さんが「旧魚の町団地」の公募型プロポーザルに関わることになったのは、長崎県職員として働く後輩から情報を得たことがきっかけだった。
「やっぱり、地元の長崎に何か貢献したいという気持ちはずっとありました。博士課程でも長崎の斜面地についての研究は続けていましたし、長崎の街で研究だけでなく実践として形にできることをやりたいと思っていたんです」(伊東さん)
自身の心の原風景でもある長崎の街並みに深く関わるこのプロジェクトに、強い縁を感じた。
田中さん(写真右)は、普段は千葉県を拠点に建築家として活躍。長崎在住のメンバーたちと協力しながら、運営を進めている(写真撮影/中川千代美)
今回のプロジェクトが始まるまで、長崎市の中心部に、こうした場所が残っていることを知らなかったという伊東さん。街を見渡せば、大規模な資本によるスクラップ・アンド・ビルドが繰り返され、景色が無造作に上書きされていく。そんな中で昔の景色を今に伝えるこの場所を、「民間のプレイヤーによる小さな力が集まり、魅力的な場所が生まれる。その一つの事例にしていきたい」との思いを抱いたそう。
選定後には、団地活用の可能性を地域で考えるワークショップを複数回開催。地域の人をはじめ、この価値ある建物に興味を持つ人々が県内外から集まり、さまざまなアイデアを持ち寄った。
そうして、古い建物の歴史や物語を紡ぎ、長崎のヒト・モノ・コトをつなぐコミュニティ拠点として、「みんなの”やりたい“が集まるレトロ・ヴィレッジ」をコンセプトに、2025年4月より、「魚ん町+」の名での運用をスタートした。
(写真撮影/中川千代美)
団地の記憶を生かしながら、人を呼び込む運営とリノベーション
「魚ん町+」は、建物自体は県が所有し、「ココトト合同会社」が1~2階の全12室を一括で借り受けて活用する、サブリース形式を採用している。1階は同社の直営スペースとして、シェアオフィスやシェアキッチン、ギャラリースペースを管理し、その他の部屋については入居事業者を募集している。
金銭面では決して楽な条件ではないが、儲けよりも「この建物を残して生かす」という使命感が、事業を動かす原動力になっているという。
その思いは、建物のハード面の整備にも表れている。「昭和の団地」の雰囲気はしっかりと残しつつ、必要な部分には大胆な改修を施した。
「団地の部屋なので、もともとは2Kの間取りですが、1階の自社管理部分は、人が集まるスペースとして使いやすいよう、壁を壊して隣り合う2つの住戸を1つにつなげる『2戸1(ニコイチ)』のリノベーションを行った部屋もあります」(田中さん)
シェアキッチンは床を一段下げて天井高を確保し、開放的な空間に。ここだけは入口に大きな窓を設け、出入りの動線もスムーズにするなど、シェアキッチンとしての使いやすさを重視した設計となっている。
「シェアキッチンやギャラリー、1階のトイレ部分には、あえて壁を壊したコンクリートの荒っぽい改装跡を残しています。昔ながらのレトロな雰囲気を生かしつつ、使いやすさや動線、居心地の良さを重視してアップデートしました」(田中さん)
シェアキッチンの外観。「魚ん町+」は全体的に元のレトロな雰囲気を残しているが、一番入口側に当たるここだけは、開放的に見える改装を施した(写真撮影/中川千代美)
シェアキッチンの中は、客席もたっぷり。床を下げているので天井が高い開放的な空間になっている。壁を抜いた跡や、壁の塗装跡もあえて残している。(写真撮影/中川千代美)
ギャラリー内観。昔ながらの鉄筋コンクリートの風合いを残した空間に(写真撮影/中川千代美)
団地の小さな扉や間仕切りを生かしたトイレ(写真撮影/中川千代美)
かつて“森”のように生い茂っていた外構の植栽も整理し、キッチンカーが滞在できるイベント広場を確保。「人が集まる仕掛け」を施しながらも、団地らしい佇まいはしっかりと残されている。
外構部分はイベントスペースとして整備。マルシェイベントなどで多くの人が集まれる空間に(写真撮影/中川千代美)
なお、4階部分は県管理のフロアで、団地時代の部屋をそのまま残した“博物館的”な空間となっている。「48型」設計の特徴である台所横のダストシュートや、台所と食卓をつなぐ小さな窓「配膳窓」を見ることができるのは、非常に貴重だという。1950年代、70年代のインテリアを再現した部屋もあり、イベント時の見学ツアーなどで公開されている。
423号室は「公営住宅48型保存部屋」。原型に近い間取りの部屋をそのまま残している(写真撮影/中川千代美)
鴨居の高さが、現代の住宅よりもかなり低い。ここにも昭和を感じる(写真撮影/中川千代美)
1970年代のインテリアをイメージした部屋。ツアーガイド時に見学できる(写真撮影/中川千代美)
台所と座敷が完全に分かれており、配膳窓を通して料理を食卓に渡せるのが、「48型」ならではの設計(写真撮影/中川千代美)
台所の流し台の右手には、ダストシュートも。扉を開けごみを投入すると1階のごみ置き場まで落ちていく画期的な仕組み(写真撮影/中川千代美)
一方、入居者を募集している部屋も基本的に「昔のまま」の状態。街中の一等地という好立地ながら家賃が1階7万円、2階5万円(共益費込み)と抑えられている分、入居者自身がリノベーションを行うことが条件となっている。自由に空間をつくれるため、入居者それぞれのクリエイティビティが発揮されやすい環境だ。
入居者については、「ビジネスとしての利益よりも、地域や社会のためになる活動をしている人を応援したい」という思いがあるという。
「この場所づくりに共感してもらえる方に入っていただきたいですね。そして、入居者同士が横のつながりを持ち、運命共同体として一緒に成長し、盛り上げていける。そんな一つのコミュニティにしていきたいです」(伊東さん)
人々の営みの重なりによって、団地が新たなまちづくりの拠点となる
現在入居している事業者の一つ、「一般社団法人 iHabu(アイハブ)」の浦川慶子(うらかわ・けいこ)さんも、そうした「魚の町団地コミュニティ」の在り方に共感した一人だ。以前は自宅で助産院を営んでいたが、「無事に生まれて終わり」ではなく、地域に出て産後の母親たちと継続的に関わりながら子育てを支えたいという思いから、一般社団法人を立ち上げたという。
そんな折、偶然「魚ん町+」の見学会が開催されていることを知り、伊東さんと直接話す機会を得た。
子育て支援の在り方を模索する中で「魚ん町+」にたどりついた浦川さん(写真撮影/中川千代美)
「私がやりたいことをお伝えしたら、伊東さんも『すごくいいですね』と共感してくださいました。『iHabu』の活動と、この場所が目指していることには通じるものがあると感じ、入居を希望しました」(浦川さん)
現在、浦川さんは110号室で、シェア型書店「いっぽのたね」と「うおのまち助産院」を運営している。シェア型書店は箱型の棚を使い、誰もが自分の好きな本やアイテムを販売できる仕組みで、セルフカフェとしても利用できる。ふらりと立ち寄り、思い思いに過ごせる開かれた空間だ。
箱形のスペースをレンタルし、本や雑貨などを販売できる「シェア型書店」(写真撮影/中川千代美)
一方の助産院では、主に産後ケアを目的に、育児相談や短時間の赤ちゃん預かりを実施。夜間授乳などで十分な睡眠が取れない母親が、安心して休める時間を提供している。誰でも訪れやすい場と助産院を組み合わせることで、かつての地域子育ての風景を現代に重ね、新しい支え合いの形を模索している。
孤立しがちな子育てママに、話して休める場所を提供している(写真撮影/中川千代美)
「まだ少しずつではありますが、長崎を好きな人たちで『魚ん町+』を盛り上げていきたいと思っています。共感してくれる方が少しずつ集まり、そこに引き寄せられるように『なんだか楽しそうなことをやっているね』と、自然に人が訪れてくれるようになりました。ここが長崎の人たちだけの交流の場ではなく、全国の人ともつながれる場所になっていけたら。長崎を旅する人にとっても、この街の奥行きを感じられる、新しい“観光地のような存在”になれたらうれしいですね」(浦川さん)
他にも、219、220号室では、古き良き昭和を再現した宿泊施設「retro48」も稼動しており、当時を懐かしむ日本人から海外からの観光客まで、多くの反響を得ているという。
取材日には、カズオ・イシグロ氏原作の「映画『遠いやまなみの光』公開記念イベント in 魚ん町+」が開催されていた。映画にも登場する長崎の原風景と「旧魚の町団地」とを重ね合わせながら、パネル展やガイド付きツアー、トークショー、マルシェなどで楽しむイベントだ。映画ファンやレトロ建築物ファンをはじめ、多くの来場者でにぎわった。
足かけ11日間開催されたイベントに、多くの人が訪れた(写真撮影/中川千代美)
田中さんがガイドとなって、建物の見学ツアーを開催(写真撮影/中川千代美)
カズオ・イシグロと団地の関係を考察するトークショーも満席に(写真撮影/中川千代美)
(写真撮影/中川千代美)
(写真撮影/中川千代美)
長崎市中心部にありながらもメインロードからは見えにくい「長崎の街中の隠れ家」のような立地と環境で、日に日に建物や「居場所」としての雰囲気に惹かれるファンが増えているという「魚ん町+」。伊東さんは、今後の展望を語る。
「もちろん、まだ空き部屋がある状態ですので、まずは入居者を増やすことが目標です。この場所のことを知っていただくためにもイベントなども行いつつ、この『魚ん町+』に共感してくれるプレーヤーを増やすことで、入居者同士の相乗効果で、『魚ん町+コミュニティ』をしっかりと作り上げていきたい。そして、この場所の雰囲気が好きだよね、というファンも増やして、その人同士が繋がれる場所をつくりたいと思っています」(伊東さん)
失うと2度と取り戻せないこの場所の価値を、さまざまな人との関わりによって高めていく(写真撮影/中川千代美)
新たな取り組みとして、DAO(分散型自律組織・インターネット上で分散的に参加する人々によって成り立つ組織形態)の仕組みを取り入れた「魚ん町+DAO」もスタートしている。「みんなで魚ん町+をもっと楽しい場所にしていくためのオンライン・コミュニティ」として、全国、世界中のどこからでも「魚ん町+」の活用に関わることができるコミュニティだ。
(写真撮影/中川千代美)
日本最古級の鉄筋コンクリート造の公営団地という歴史を持ちながら、「魚ん町+」は保存でも再開発でもない、第三の選択肢を静かに示している。建物を壊さず、人を呼び込み、営みを重ねていくことで、街の記憶は更新されていく。ここで生まれているのは、完成形のまちづくりではなく、関わる人それぞれの「やってみたい」が連なり続ける、進行形の風景。長崎の街角で始まったこの小さな実験は、これからの地域創生のあり方を問いかけている。
(写真撮影/中川千代美)
●取材協力
・ココトト合同会社
・魚ん町+ note
・魚ん町+ Instagram

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