児童養護施設で暮らす子どもたちは、成人すると施設を退所し自立しなければなりません。しかし親族を頼れない若者が社会の荒波にもまれながら一人で生きていくのは簡単ではありません。
施設を出た瞬間に始まる自立の壁。児童養護施設を退所した若者たちの苦難
世の中には親からの虐待や育児放棄、経済的な事情など、さまざまな理由から家庭で養育されることが難しい子どもたちがいます。児童養護施設は、児童福祉法に基づく社会的養護として、そのような状況にある子どもたちを親に代わって養育し、心身の健やかな成長と自立を支援する施設です。
児童養護施設にいる間は公的な手厚い支援が受けられますが、多くは成人すると公的支援や親からの支援が手薄になる中で施設を出て自ら住む場所を見つけ、生活費や居住費を賄わなければなりません。2022年の成年年齢引き下げにより18歳から成人として扱われるようになったとはいえ、身元を保証し緊急連絡先となる親族がいなければ、部屋を貸してもらうことさえ簡単ではないでしょう。児童養護施設の子どもたちや退所後の若者とともに活動してきたNPO法人 東京里山開拓団の代表・堀崎茂(ほりさき・しげる)さんは「経済的な理由から進学を諦めざるを得なかったり、就職しても長続きしなかったりとさまざまな壁が立ちふさがる」と言います。
「施設にいる間は公的な支援のもとで、きれいな住む場所も、おいしい食事も保証されています。親の代わりに生活支援をしてくれる職員もいつも近くにいてくれます。しかし、支援と自立はある意味相反すること。子どもたちは自覚しにくいのですが、施設を退所したときに自立して暮らしていく力がついていない人が多いのは大きな課題です」(堀崎さん、以下同)
さまざまな事情から親と一緒に暮らせない子どもたちは児童養護施設などで守られるが、多くは成人したらすぐ自立が求められる。しかし、自立のための能力や経験が乏しいため、転落していく若者も少なくない(画像提供/東京里山開拓団)
日本児童養護施設財団の調査によると、2022年3月末の時点で施設に暮らしている2歳~18歳の男女は2万3008人。
要保護児童数(全体)の推移
少子化による児童数の減少で、保護を必要とする児童数も年々減ってはいるものの、2022年3月時点で2万3008人もの子どもたちが児童養護施設に入所している(画像提供/こども家庭庁)
2024年の4月に大きな改正児童福祉法の施行があり、これまで児童養護施設などにおいて支援を受けられる対象を「18歳未満」とする年齢制限は実質的に撤廃されました。しかし、堀崎さんは「年齢制限がなくなるだけでは根本的な解決にならない」と話します。
「全国の児童養護施設で受け入れられる数は限られていて、職員も足りておらず、受け入れを増やせないのが現状です。一人の自立支援の期間を延長するということは、今もなお増え続けている児童虐待の被害者を一人新たに受け入れられないことにつながります。
期間の延長ではなく、施設にいる間にどう準備して自立への道を歩んでいくかが重要なのです。『定職につけば自立できるはず』『公的支援をもっと拡充すればいい』なんて安易な発想だけでは解決しません。施設退所後に社会は若者に対してどう向き合っていくのか、そして若者たちは社会とどう関わっていくのかが問われていて、私たちも試行錯誤しています」
空き家を改修した「まちごろりん」。施設退所後の若者を無償の住まいで支える
堀崎さんが代表を務めるNPO法人 東京里山開拓団では、社会的養護の対象だった若者を対象に、改修した都心の空き家「まちごろりん」の部屋を最大5年間家賃無償で提供しています。現在、まちごろりんは、2024年に開設した東京都世田谷区と豊島区、2025年に開設した新宿区と北区で合計4軒。堀崎さんはじめ、活動に参加する人は全員がボランティアです。児童養護施設を退所した若者などがいきなり負担の大きい民間賃貸物件に入る前の最後の自立準備をまちごろりんでサポートします。
まちごろりん世田谷の母屋にある共有リビング。庭付きの一軒家である母屋に3人、離れに2人が入居可能(画像提供/東京里山開拓団)
リビングの外にはDIYでつくった縁台も。入居者や会員たちの交流空間となっている(画像提供/東京里山開拓団)
入居者は光熱水費、食費をはじめとした生活費は自己負担ですが、家賃は無料です。その分のお金を貯めて自立のための経済基盤づくりを進めます。月5万円ずつ積立すれば、5年で300万円の貯金ができて何かあった時の大きな支えとなるでしょう。
「私たちは、いわば『お節介な大家』です。ただ単に住まいを無償提供するだけではなく、入居者と適宜話し合い、悩みを聞きながら、積立促進、生活習慣づくり、仲間づくり、そしてふるさとづくりまで応援します。必要があれば中古の家財道具を提供したり、連携する企業への就職を紹介したりすることも。そうやって自立のための必要な基盤をトータルで創り上げていこうとしています」
児童養護施設を退所しても、いきなり一人で自立するのは難しい。まちごろりんは、社会で独り立ちするためのお節介な大家のいるステップハウス(画像提供/東京里山開拓団)
ただし、社会的養護の対象者であれば誰でも入れるわけではありません。
「最低限の収入は不可欠です。家賃は無料でも生活費はかかるので負担できる人に限ります。
そして、初めは応援される側であっても、私たちの活動を理解し協力していく仲間として、ゆとりができれば後輩たちの自立を一緒に応援することができる人であってほしいです」
ほかにもアフターケアが必要な問題が起きたとき、私たちボランティアにできることには限界があります。専門のケアにつないでいくためにも、元いた児童養護施設等とアフターケア協定を結んで連携できることも条件の一つです。
無償で若者に都市部の住まいを提供。ボランティアと児童養護施設出身者がDIY
まちごろりんの物件所有者は、しばらくの間賃貸予定のない空き物件をもつ個人オーナーや企業です。「将来利用予定があるから」「支障なく再開発を進めたいから」などその理由はさまざまあれど、いずれも東京里山開拓団の活動に賛同し3~5年間の家賃無料の使用貸借契約を結んで現状のまま提供してもらっています。家の清掃・改修・維持管理の費用、土地建物の固定資産税や火災保険料は東京里山開拓団の負担です。
まちごろりんは、関わる人全てがボランティアで、公的支援にも頼らず、入居者からも家賃をもらわない構想だったため、オーナーからも無料で借りられたらと考えていました。しかし、家賃高騰の続く東京都心でそう簡単に見つかるものではありません。堀崎さんは自らの足で何十軒何百軒もの家を訪ね、熱い思いを伝え続けた結果、やっとのことで共感して無料で貸してくれるオーナーを探し出せたそう。
会員や入居者、支援者らの協力で自らの手でリフォームした「まちごろりん豊島」の改修計画(画像提供/東京里山開拓団)
借り受けた物件は、いずれも会員や児童養護施設の子どもたちだけでなく職員や支援者らも一緒になって清掃や改修を行い、快適に住める状態にまで蘇らせました。
まちごろりん豊島でのDIYの様子。本業がデザイナーのボランティア会員が里山をイメージした配色で壁を塗装(画像提供/東京里山開拓団)
2026年2月オープンのまちごろりん江戸北は築70年超えの元・長屋の1区画(画像提供/東京里山開拓団)
古い長屋の雰囲気を活かして、もてなしの空間づくり。割れていたガラス戸は100円ショップのプラスチック板を重ねてステンドガラス風に補修し、カラフルで明るい印象になった(画像提供/東京里山開拓団)
写真は個室として利用予定の2階の6畳部屋(画像提供/東京里山開拓団)
昭和の風情ある急勾配の階段をひたすら磨き上げた(画像提供/東京里山開拓団)
里山の開拓から始まった若者たちの居場所づくり
実は、東京里山開拓団が児童養護施設に関係する子どもたちと改修作業を行うのは、まちごろりんが初めてではありません。そもそもは、児童養護施設に暮らす子どもたちとともに荒れた山林に自らふるさとをつくろうと2009年に活動をスタートしました。
以来、荒れ放題だった山林を切り開いて再生する「児童養護施設との里山開拓」や、廃墟となっていた古民家を再生する「さとごろりんづくり」など、使われていない土地や空き家を社会的に活用するプロジェクトに取り組んでいます。
長年放置されていた山林にて環境保全と子どもたちの心を開く児童福祉を同時に実現する里山開拓が、東京里山開拓団の活動のスタート(画像提供/東京里山開拓団)
活動の始まりは、堀崎さんが会社と家の往復に疲れ、個人的な気晴らしで始めた荒れた山林の開拓。「アウトドアやDIY好きだったこともあり、額に汗しながら自然と関わることに魅せられ、引き込まれていった」そうです。木の生い茂っていた場所にも道や眺望のきく居心地のいい空間ができてくると、仲間が集まってきました。すると今度は自分たちだけでなく社会貢献に活用できるのでは、と思いが広がっていくことに。
堀崎さんは学生のころのボランティア経験を思い出し、「帰る家のない児童養護施設の子どもたちのふるさとをつくりたい」と、里山開拓やさとごろりん、まちごろりんづくりへと向かっていきました。
最初は自分の居場所づくりで始めた山林の開拓。
2009年から東京都八王子市美山町にある山林に会員たちが通い続けて山道や広場、ツリーハウスなどの設備づくりを進めた(画像提供/東京里山開拓団)
児童養護施設の職員や子どもたちも参加協力して、ふるさとの家「さとごろりん」が2023年7月オープン(画像提供/東京里山開拓団)
お金をかけずに取り組みを持続していくための工夫
東京里山開拓団は、活動に賛同する企業や個人からの寄付のほか、里山での企業向けの研修事業の収益などで活動が支えられています。最初こそ公的助成を受けていましたが、現在では公的資金や助成金に依存することなく、民間の力だけで運営ができているとのこと。
さとごろりんではプロに頼むと「3000万円でも無理」と言われたところをゴミ処分以外のほぼ全てをボランティア会員や協力者、児童養護施設の職員や子どもたちの手でDIY。知恵と工夫を重ねることで150万円ほどで済んだそう。この成功体験が前述のまちごろりんの改修につながったのです。
東京里山開拓団では、年間の活動費を約200万円で運営しています。低予算で意義ある活動が実現できていることが評判と信用を生み、寄付も集まるようになりました。余ったお金を積み立て、4年先まで運営できる目途が立っているとのこと。
「ふるさとづくりというからには、ふるさとをずっと継続できなければなりません。『プロの業者や行政の力に頼った方がいい』という意見もありましたが、今はそこに依存しなくてよかったと感じています。本当の果実は、自分たちで試行錯誤しながら進めるプロセスの中にあったのです」
ここまで支出を抑えられるのもボランティアならではの強み。行政からの助成金、入居者からの賃料がゼロでも余裕ある運営が可能(画像提供/東京里山開拓団)
ボランティアだからできること、不動産会社だからできること
ボランティアではできることも限られるのではないかと思いましたが、堀崎さんは「ボランティアだからこそできることがある」と言います。
「ボランティアだからこそ、オーナーも心意気を感じて無料で家を貸してくれるにほかなりません。
ボランティアならではの強みはほかにもたくさんあります。何より、取り組んでいる私自身が誰よりも心豊かな暮らしや社会を実感しているのです」
と同時に「不動産会社の果たす役割はとても大きい」とも。
「ボランティアの私たちには最初の事例づくりこそできましたが、今後も共感いただける空き家オーナーを次々と探し出す力はありません。不動産会社こそが、たくさんの空き家オーナーと直接接する重要なポジションにいます。
私たちは、都市再開発を手がける不動産会社(住栄都市サービス)とパートナーシップ協定を結ぶことで、共感いただける空き家オーナーや自社所有の空き物件を紹介いただけるようになりました。
不動産会社にとっても、社会貢献姿勢のPR以外に、空き家管理の負担削減やオーナーとのつながりが強まったり、さらには金融機関からの評価がアップし、資金調達がしやすくなったりしたそうです。
ぜひ、さらに多くの不動産会社にも私たちの取り組みのもつ価値について知ってもらえたらと思っています」
黒板塗料を塗った壁にメッセージ。ボランティア、オーナー、不動産会社、そして入居者も一緒になってつくり上げたまちごろりん。入居者から「学校で日々たくさんのびのびと勉強できているのは、大家さんにお家を無料で貸してもらえているから」と感謝の声が寄せられている(画像提供/東京里山開拓団)
堀崎さんは「昨今の物価高もあって将来を描けない若者たちはあまりにも多い。今後もまちごろりんづくりを加速して、2050年までに全国展開して500軒に増やしていきたい」と話します。一方で、今まで試行錯誤して築き上げてきた方法や思いを拡げていく難しさを感じているそう。
「全国には空き家も、荒れた山林も、また居場所がなくて困っている人たちもたくさん存在します。東京都心で実現できたのだから、他の地域でも間違いなく実現可能です。しかし、私たちが東京から全国にその都度出向いて対応することは現実的ではありません。この活動を拡げていくためには、同じ思いを持つさまざまな連携先をさらに増やす必要があるでしょう。そのために、積極的に私たちの思いや実績を発信していきたいと思っています」
東京里山開拓団の活動が示しているのは、住まいは与えるものではなく、ともにつくり、育てていくものだという視点。空き家という眠っている資源を活用し、大きなお金をかけずに自分たちの手で蘇らせる、志を同じくする福祉関係者やボランティア、オーナーや不動産会社などがタッグを組むことで、住まいや生活の支援が持続的に可能となり、広がっていくのではないでしょうか。
●取材協力
東京里山開拓団

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