●年間700杯以上のラーメンを食べ歩く“ラーメン官僚”こと田中一明氏。日々、ラーメンの魅力を多角的に紹介している同氏が、2024年のラーメン界の動向を振り返りつつ、新たにオープンした東京の注目店を厳選してご紹介します。
まずはここ数年の東京のラーメンシーンを振り返りたい。ご記憶の方も多いと思うが、2022年3月21日、コロナ禍が終息して「まん延防止等重点措置」が一斉解除され、営業時間規制がなくなった。これを機に、2022年のGW明け~翌2023年上半期にかけて、都内のラーメンシーンは、未曽有の新店ラッシュに沸いた。あまりの勢いに、当時はほとんどのラーメンマニアが「当分この勢いは止まらないだろう」と思っていたはずだ。
だが、この新店ラッシュは、2023年下半期に入った途端に失速する。ここまでの1年間で、新規開業者が底をついたことに加え、光熱水費・原材料費の高騰などの理由で出店ハードルが上がり、急ブレーキが掛かったのだ。出店ペースは簡単には持ち直せず、結果的に緩慢な出店状況は翌2024年上半期まで続いた。
さすがに、2024年下半期以降は、出店ペースは次第に回復の兆しを見せ始め、「23年下半期~24年上半期と較べると幾分マシ」といった状態で現在へと至る。とはいえ、総じて2024年の都内のラーメンシーンは、2023年と比べると動きが少なく穏やかだったと言えるだろう。
そんな中でも、特筆すべきトレンドをあえて言及するとすれば、以下の4点が挙げられる。
【1】間借り営業から独立開業する優良店の増加
【2】麺のタイプのさらなる多様化
【3】ノスタルジック回帰志向のすそ野の拡大
【4】味が個性的な清湯ラーメンの増加
今回は、そんな4つのトレンドのいずれかに当てはまる、2024年にオープンした7軒の新店をご紹介する。ぜひ機会を見計らって食べに行ってもらいたい。
奈つやの中華そば(下丸子)|間借り出身の2024年上半期の“覇権”店

ここ最近、間借り営業で着実に地力を蓄えた上で、満を持して独立開業を果たし、人気店の座をキープし続ける店舗が存在感を増しつつある(例えば、2023年7月に東高円寺に独立開業した『だしと麺 遊泳』はその代表といえる)。
2024年1月22日に下丸子にオープンした『奈つやの中華そば』も、間借りから独立し、成功を収めた店のひとつだ。オープン初日から超注目店として長蛇の列ができ、以降もその人気は衰えず。10月には、一都三県の優良店を表彰する「第25回TRYラーメン大賞2024-2025」の新店部門において、総合第1位の栄冠にも輝いた。

2024年12月現在、『奈つやの中華そば』が提供する麺メニューは、「奈つやの中華そば」、「奈つやのつけそば」の2種類、及びワンタン、味玉トッピング等のバリエーション。「奈つやの中華そば」は、動物系のふくよかなコクをフル活用し、煮干しと節の滋味を等身大以上のスケール感で表現。ちょっと奮発して「奈つやのもちもち雲呑中華そば」をチョイスすれば、モッチリ感が麗しいワンタンが心ゆくまで堪能できる。

「奈つやのつけそば」も、「中華そば」に勝るとも劣らない完成度を誇る。煮干しベースの和出汁スープの温度・味わい・香りから、麺の茹で加減、麺をスープに浸した時の麺の状態に至るまで、考えに考え抜かれた佳杯。すすり終わり際に鼻腔をくすぐる素材の芳香が、脳内からドーパミンを噴出させる。
店主ご夫婦による気配りが行き届いた接客も、『奈つや』の人気を下支えする土台のひとつ。味、接客共に非の打ちどころのない、2024年上半期を代表する鉄板優良店だ。
●DATA
奈つやの中華そば
住:東京都大田区下丸子4-4-8
営:11:30~14:30、土日11:30~15:30
休:火・金
中華そば 鴨福(八王子)|いま大ブレイク中の究極の鴨中華

続いてご紹介するのは、『中華そば 鴨福』。店主は、移転とリニューアルを重ね、ようやく人気店の座をつかみ取った、努力と根性の人。
具体的には、2017年2月、現在とは別の場所(京王八王子駅近傍)にて『麺処 鴨と軍鶏』を立ち上げた後、複数回にわたる屋号・営業場所の変更(時期によっては間借りだったこともあり)を経て、2024年5月15日、八王子の今の場所に路面店『中華そば 鴨福』を開業。
同店で主力商品として提供されている「中華そば醤油」の「超極太幅広自家製麺」が、麺にオリジナリティを求める今の時代とピタリと噛み合い、ついに大ブレイクを果たしたという経緯の持ち主だ。
同店が提供する麺メニューは、「中華そば醤油」、「中華そば塩」、「担々麺」の3種類、及びそれらのバリエーション。中でも特におススメなのが、ブランド小麦粉「もち姫」と「さぬきの夢」をブレンドして作った生地に、「セモリナ粉」の生地を挟み3層構造にした“超極太幅広自家製麺”が味わえる「中華そば醤油」だ。

実際にすすってみれば、「超極太幅広自家製麺」の歯応え&舌触りが、鳥肌が立つほど良好であることはもちろん、鴨・丸鶏・イリコ・昆布等の天然素材の魅力を寸分の余白なく表現したスープも、これまでの経験から会得したあらゆる技術を惜しげもなく投入していることが実感できる、渾身の出来映え。
これまでの経緯に思いを馳せれば、「よくぞ、ここまでハイレベルな1杯を紡ぎ出せるようになったものだ」と、その涙ぐましい研鑽に心動かされずにはいられなかった。長きにわたる苦節を経て、ついに大輪の花を咲かせた『鴨福』。万難を排してでも訪れる価値がある、超優良店だ。
●DATA
中華そば 鴨福
住:東京都八王子市小門町5-3
営:火・水・金・土11:00~15:00
休:月・木・日・祝
手打ち 陰日向(分倍河原)|異次元の極太自家製麺が誘う新境地

ここ数年、多くのラーメンマニアを熱狂の渦へと引きずり込んでいるのが、“超極太自家製手打ち麺”ブーム。2024年5月22日、その集大成・到達点とでも言うべき1杯を繰り出す新店が、府中市の分倍河原駅から徒歩5分強の場所に誕生した。それが『手打ち 陰日向』だ。

店主は、名店『日陰』(新川崎)で修業した人物。新川崎の『日陰』と言えば、「もち小麦(もち姫)」を使った極太自家製手打ち麺を考案し、「自家製手打ち麺ブーム」という新局面を切り拓いた実力店。
そんな『日陰』から暖簾分けを受けた『陰日向』。てっきり『日陰』の味を踏襲するかと思いきや、師匠のDNAを受け継ぎながらも、師をはるかに超える前代未聞・空前絶後の超極太手打ち麺を繰り出し、オープン直後から大きな話題に。店頭に大行列が連なる人気店となり、現在へと至っている。

現在(2024年12月現在)、同店が提供するのは、醤油ベースの「ラーメン」と、そのバリエーション(「ワンタンメン」「チャーシュウメン」)。
麺はまさに小麦の塊! およそ、ラーメン以外も含むすべての麺類の中で、「これ以上太い麺を作ることは難しいのではないか」と感じるほど、その太さは規格外。「超極太」という言葉ですら生ぬるい「超ウルトラ極太麺」だ。

この麺と合わせるスープは、生姜の涼やかな風味が味蕾と鼻腔を撃ち抜く、生姜醤油タイプ。
餅のように伸びる面をかみしめながら、芳醇なスープをすすり上げる悦楽は、他の何ものにも替えがたい。ワンタン、チャーシューなど、脇を固めるトッピングの出来映えも素晴らしいので、お腹に余裕があれば、ぜひオーダーしてもらいたい。
●DATA
手打ち 陰日向
住:東京都府中市美好町3-9-10
営:11:00~15:00
休:水
中華そば きくたに(蒲田)|節スープとモッチリ麺が光る良杯。「鮪ちらし」も必食

2024年8月27日に蒲田にオープンした『中華そば きくたに』も外せない一軒だ。
壁や扉を設置せず、代わりに、透明なビニールカーテンでフロント前面を覆い、半屋台風に仕立てたファザードが、往来する人々の視線を釘付けにする。それもまた、同店が編み出した戦略のひとつなのだろう。

店主は、『らーめん鴨to葱』(御徒町)、『手打親鶏中華そば綾川』(恵比寿)など錚々たる人気店を展開する企業でラーメンの開発に携わっていた方。なので、食べ手の胃袋に刺さる味づくりは、お手のものだ。
『中華そば きくたに』で提供しているのはノスタルジックな顔立ちの「中華そば」、「チャーシュー麺」、及び「鮪ちらし」の3種類。
サバ節・カツオ節・ウルメイワシ節から丁寧に出汁を採ったスープは、着丼すると同時に乾物の芳香が空を舞い、ひとすすりすれば、節に由来する和出汁の滋味が舌上で躍る会心の出来映え。うどん用の製麺機で打ち込んだ、モッチリ感満載のストレート麺も、触感・食感共に非の打ちどころのない傑作だ。

サイドメニューの「鮪ちらし」も、専門店顔負けの本格派。「中華そば」、「チャーシュー麺」と合わせて味わっておきたい。
●DATA
中華そば きくたに
住:東京都大田区西蒲田7-65-8
営:11:00~15:00、17:00~22:00
※それぞれ15分前LO、食材なくなり次第終了
休:無休
中華そばの店 みのひ(志村坂上)|暴力的な旨さで食べ手をねじ伏せる「MIXラーメン」

『中華そばの店 みのひ』は、2024年9月14日の「巳の日(みのひ)」に、都営三田線・志村坂上駅から徒歩約2分という好立地にオープンした。
提供する麺メニューは、「ラーメン」と「つけめん」の2種類。基本メニューは「ラーメン」。
麺量は230gとボリューム満点。この1杯、端的に申し上げて、涙が出るほど旨い。店紹介の記事で「旨い」という直接的な表現はあまり使わないようにしているのだが(紹介する=旨いということなので)、その禁を破ってしまうほどずば抜けた完成度を誇る。
この1杯のスペックをシンプルに表現するなら、実力店『麺処井の庄』(石神井公園)で修業した店主が繰り出す、動物系と魚介を合わせた、いわゆる「MIXラーメン」ということになる。同じ「MIXラーメン」の名店『べんてん』(成増)、『としおか』(早稲田)に味のベクトルが似ていると評するマニアも多い。だが、こんな蘊蓄すら意味をなさないほど、この1杯の味わいは卓越している。

豚骨出汁の分厚いボディから、鯖の風味の利かせ方、活かし方に至るまで、すべてがパーフェクト。とりわけ、スープの表層を浮遊する「香味鯖油」の深遠なコクと芳醇なうま味たるや尋常なものではなく、すすり上げた瞬間、全身から歓喜の鳥肌がゾクリ。
都内の名門『三河屋製麺』謹製の太ストレート麺も、スープとの相性やすすり心地の快適さなどを十分吟味した上で選ばれていることが一目瞭然。茹で加減も、過不足なくジャストな塩梅で、付け入る隙は皆無。
単に味が良いだけでなく、スケールの大きさを合わせ持っている点も、特筆に値する。こんな名店の“卵”と出逢い、成長を見守ることができる。
●DATA
中華そばの店 みのひ
住:東京都板橋区志村2-1-4
営:月・火・金11:30~13:30、17:00~20:30
木17:00~20:30
土日祝10:00~15:00
※売り切れ次第終了
休:水・日
らぁ麺 花筏(亀戸)|2024年最大級の話題店

続いてご紹介するのは、2024年9月18日にオープンした『らぁ麺 花筏(はないかだ)』。場所は、亀戸駅(JR総武線)東口から徒歩約10分程度。
店主は、味噌ラーメンの名店『ど・みそ京橋本店』 (京橋)で研鑽を重ねた、生粋のサラブレッド職人。しかしながら、修業先で会得した味噌ラーメンではなく、「らぁ麺 醤油」、「らぁ麺 塩」、及びそのバリエーション(「ワンタン麺」「チャーシュー麺」等)で勝負を挑む。いずれも、店主自身が、全くの更地から味を築き上げたオリジナル商品だ。
同店の「らぁ麺 醤油」、「らぁ麺 塩」の完成度は、共に新店とは思えないほど高い。どちらを選んでもいいが、私が強く推したいのは「塩」だ。

スープは、鶏と魚貝から滋味の粋を余すところなく搾り取り、各々の素材のうま味をグッと引き寄せ抱き合わせることで、一体感のあるうま味へと昇華させたもの。そのうま味は、味蕾に触れるたびに、血流に乗って全身へと沁みわたるような感覚を覚えるほど、引きが強く官能的。
テイストに確かな個性が感じられる点も、この1杯の大きな強みだ。「甘み」を明快に打ち出すことで、あえて、程良い塩梅の朴訥さを演出。その甘みが、レンゲを持つ手を止めさせない強烈な「フック」として機能している。
●DATA
らぁ麺 花筏
住:東京都江東区亀戸7-49-4 高庭ビル1F
営:11:00~15:00
土日祝10:30~15:00
休:月
手打ち あさま(中目黒)|名門『七彩』出身の店主が繰り出す絶品手打ち麺

最後にご紹介するのは、2024年10月11日、中目黒にオープンした『手打ち あさま』。
店舗の場所は、中目黒駅(東急東横線、東京メトロ日比谷線)の南改札口(祐天寺駅寄りの改札口)から「東口2」へと向かい、そこから2分程度(約140m)歩みを進めたところ。駅近のラーメン店が多い中目黒エリアにおいても、特にアクセスが良い部類に属する。
店主は、八丁堀の名店『麺や 七彩』のご出身。『手打ち あさま』では、修業元と同様「注文の都度、麺帯から麺を切り出す」という、とてつもなく手間ひまが掛かる方式を採用している。
ちなみに『七彩』を修業元とする店舗であっても「都度切り出し方式」を採り入れている店は、『純手打ちだるま』(中野富士見町)など、数えるほどしか存在しない。
これらの要素がラーメン好きに見事に刺さり、『あさま』は、開店初日から現在に至るまで、行列が途切れない活況ぶりを呈している。
そんな同店が提供するのは、「醤油らーめん」とそのバリエーション(「味玉らーめん」、「ちゃーしゅー麺」、「特製らーめん」)のみ。

麺は、2種類の道産小麦(「春のいぶき」と「ゆめちから100」)をブレンドした麺帯から包丁で切り出し、入念な手揉みが施されたもの。「茹でる際に巨大な釜で麺を泳がせる」、「平ザルで麺上げを行う」など、麺肌が傷付かないよう細心の注意を払う心遣いも特筆に値する。食感と触感に優れ、舌上でたわみ弾ける麺は、現在における手打ち麺の最適解だと断定できるほど秀逸だ。
うま味成分を豊富に含む「黒さつま鶏」を主軸に、煮干し等の魚介素材を合わせたスープも、出汁感に満ちあふれ、思わず口福の笑みがこぼれてしまう。自家製麺好きを自負される方なら、この店をスルーするわけにはいかないだろう。ぜひ足を運び、手打ち麺の神髄を体感してもらいたい。
●DATA
手打ち あさま
住:東京都目黒区上目黒2-13-7 ハイべール上目黒
営:11:30~15:00 ※麺売り切れ次第終了
休:不定休
●著者プロフィール
田中一明
「フリークを超越した「超・ラーメンフリーク」として、自他ともに認める存在。ラーメンの探求をライフワークとし、新店の開拓、知られざる良店の発掘から、地元に根付いた実力店の紹介に至るまで、ラーメンの魅力を、多面的な角度から紹介。「アウトプットは、着実なインプットの土台があってこそ説得力を持つ」という信条から、年間700杯を超えるラーメンを、エリアを問わず実食。47都道府県のラーメン店を制覇し、現在は各市町村に根付く優良店を精力的に発掘中。
※本記事の情報は2024年12月末時点のものです