●蕎麦が好きでお酒が好きな小宮山雄飛が、美味しいお蕎麦屋さん、そして蕎麦屋呑みの魅力を伝える連載。第3回は、江戸三大老舗蕎麦屋の系譜を継ぐ『神田錦町 更科』です。
神保町にある『神田錦町 更科』の店主・堀井市朗さんは、江戸の蕎麦文化に精通しています。
家が代々東京の蕎麦屋の「中の人」なわけだから、精通どころか江戸蕎麦文化そのものと言っても過言ではありません。
かくいう僕も「江戸ソバリエ協会」という江戸蕎麦の認定団体の講座で、ご主人の江戸蕎麦の講義を受けた、生徒のひとりです。
ということで、こちらのお店ではお蕎麦を食べながら、江戸の蕎麦文化を学ぶこともできます。
例えば蕎麦前、実は『神田錦町 更科』のツマミのメニューはそこまで種類がありません。
それにもしっかり理由があって、もともと蕎麦屋のツマミというのは、蕎麦が出てくるまでの合間に酒と一緒に楽しむものですから、種物(たねもの)の蕎麦の具材を使って、さっと作れるものを出していたのが始まり。

だから老舗のお店の蕎麦前には、ざる蕎麦に使う海苔で「焼き海苔」、おかめそばに使うかまぼこを使った「板わさ」、とり南蛮に使う鳥肉を使った「焼き鳥」などのメニューが多いんです。
そしてツマミの種類そのものは、多すぎない。蕎麦前のラインナップひとつ取っても、しっかり江戸蕎麦の文化が根付いているんです。
菊正宗と味わう至福の蕎麦前タイム
ということで、まずは定番の板わさ。東京のお蕎麦屋さんで板わさといえば、昔から小田原『鈴廣』のかまぼこが定番中の定番。

少し厚めに切られたかまぼこは、歯応えがあって美味。
合わせるお酒は、こちらも老舗で酒といえば菊正宗。
江戸時代、上方で作られ江戸へ運ばれてくるお酒は「下り酒」と呼ばれ、江戸っ子に愛されていました。
ちなみに「くだらない」という言葉の語源は、江戸に下るものは良いもので、そうでないものは「くだらない」というところから来たとか。
こういう雑学を知るのもまた、蕎麦呑みの楽しみの一つ。
ご主人がお薦めと出してくれた「油揚げパリパリ焼き」、これもまた、きつね蕎麦の種である油揚げを使った一品。

その名のとおりパリパリに焼かれた油揚げがお酒に合います。あまり凝りすぎた料理より、こういうちょっとした一品というのが、蕎麦前にはちょうどいい。
〆のせいろは、極細ながら江戸蕎麦らしくしっかりとコシがあり、喉越しも最高。辛めのつゆにさっとつけて、ズルズルっと一気にすするのが東京の蕎麦の醍醐味。

さらに嬉しいのは、老舗ながらも町の蕎麦屋さんの心意気で、お蕎麦の盛り(量)がしっかりあるところ。

なので、普段使いのお店として、サラリーマンや近隣の人でランチ時などは連日行列。江戸の庶民も、我々と同様に「ちょっと蕎麦でも一杯たぐってくか」と気軽に蕎麦を楽しんでいたのかなんて、ノスタルジーに浸るのもいいでしょう。
温かい蕎麦も絶品
温かい蕎麦でぜひ食べてほしいのが、「しょうが天そば」。立ち食い蕎麦などで見かける、紅生姜をかき揚げにしたものとは違い、こちらは生の根生姜を1本ずつ揚げたもの。

揚げることで、生姜の辛さもちょうど良くなり、味・香り・食感ともに最高! つゆを吸ってトロっとなった衣と、シャキッとした生姜の食感のコントラストも絶妙です。
思わず下のお蕎麦のことを忘れて、しょうが天ばかり食べ続けてしまいそうな美味しさですが、江戸蕎麦は粋が命。特に温かいお蕎麦は伸びないように、出されたらさっと食べましょう!

せいろもかけも、しっかりとしたコシと喉越しで大満足。ツマミと蕎麦を堪能したら、長っ尻はせずに「ごちそうさま!」と、さっと出る。
そんな江戸の粋な楽しみ方をしたくなる、老舗の名店です。
追伸

最後に、こちらのごお店の粋なエピソードを。
僕が初めてこちらのお店を訪れた時の話。一通りツマミとお蕎麦をいただいて、いざお勘定という段階で、なんと財布を家に忘れてきたことに気づきました!
スマホはあるけど、こちらのお支払いは現金のみ。お店の方に、財布を忘れたことを告げたところ、「いいですよ、今度来た時に払ってもらえれば」と、嫌な顔ひとつせず、お店の名刺の裏に値段を書いて、さっと渡してくれました。
これぞ江戸の粋というものでしょ! ご主人、女将さん、その節は大変ありがとうございました。また一つ江戸の蕎麦文化に、直に触れられた気分でした。
(文◎小宮山雄飛、撮影◎C STUDIO 中村優子)
●SHOP INFO

神田錦町 更科
住:東京都千代田区神田錦町3-14
TEL:03-3294-3669
営:11:00~14:00、17:00~18:30
土11:00~14:00
休:土曜夜・日・祝
●著者プロフィール
小宮山雄飛
ホフディランのVo&Key担当。