●新宿ゴールデン街で年中無休、24時間営業のスナックでスペシャルなモーニングを味わってきた。
「朝ごはん、朝じゃなくても食べたいなぁ」
そう思ったこと、ありませんか? とびきり早起きした日の出前、なんとなく胃が重たい昼時、忙しかった日の夕刻、呑んだ帰りの明け方……。
そんな人にぴったりな場所が、新宿ゴールデン街にあります。365日、24時間、不眠無休のぶっ通し営業。自家製バーガーを、挽きたてコーヒーと共に味わえるスナックバーです。
オープンから40年超。芸術分野に精通する美人ママたちが1日4交代制でカウンターに立ち続け、料理と会話でおもてなし。呑兵衛でなくても、夜でなくても楽しめる、唯一無二の喫茶店風スナックバーに潜入取材してきました。
新宿ゴールデン街とは?

「新宿ゴールデン街」といえば、歌舞伎町にある約2000坪(サッカーコート1つ分ほど)の狭い区画・7つの路地に沿って古い木造長屋が密集し、300軒ともいわれる小さな飲み屋をはしご酒できる呑兵衛天国です。

戦後の闇市から発展したゴールデン街は、青線地帯だった時代を経て、1960年代ごろからサブカルチャーやアングラ芸術といった新宿文化の中心地として興隆します。
80~90年代には地上げとバブル崩壊によりゴーストタウン化しましたが、2000年以降は若い世代が経営するお店も増加。昭和の風情と店ごとの個性が織りなす世界的にも珍しい飲食店街として「ミシュラン・グリーンガイド」にも掲載され、訪日旅行客の観光地としても人気を集めています。
朝から晩まで、眠らないスナック

そんな変わりゆくゴールデン街の中で、今回、取材を試みたお店が、『珍呑(ちんどん)』と『シャドウ』(同じ建物の1階にある系列店)です。現マスターの時代だけでも40年以上の歴史を誇る、老舗の一つです。
それだけでも凄いのに、“24時間・365日ぶっ通し営業”という鉄人のようなスタイルを継続。
その噂を聞いて、久々にゴールデン街へと向かった筆者。不眠不休。すなわち新宿の中の新宿と思われる店で過ごせる“朝”とは一体どんな時間なのでしょうか?
かくして雨のなか右往左往することしばし、ようやく店の前へたどり着きました。ゴールデン街の店の多くは固有の番地や建物名を持たないため、住所だけでは正確な場所が特定できないのです。
迷路を探検するようなこの感じも、外国人にウケている理由なのかも。謎の張り紙だらけの小さなドアを開け、急な階段を上ります。
バーガー、焼きそば、ラーメンもサービス!?

『珍呑』の店内は、カウンターに10席ほどが並ぶコンパクトな構造。意外なほど明るい。天井高や階段の抜け感もあり、健康的な空気感が広がっていました。古くて怪しげな外観の印象とのギャップに少しびっくり。
出迎えてくれたのは、ジュリさんこと、秋山珠里さん。この人のさばけたオーラが、空間全体を明るくさせているような気がします。
「ちょっと変なお願いなんですが、朝食を食べたいんです」と切り出す私。
「それなら、ハンバーガーが良いのでは? チャージ料は1000円。日替わりのお通しが1品ついてきます」とジュリさん。
黒板のメニュー表には、ハンバーガーのほか、焼きそば、ラーメン、トムヤムクンなど主役級の料理がずらり。これを朝から夜まで、どの時間帯でも食べられるのです。
「始発待ちに行くところがなくなっちゃったときにも駆け込めるし、ここはまぁファミレスみたいなものだからね(笑)」と話してくれたのは、たまたま店にいた常連さん。
朝から晩まで多種多様な食べ物や飲み物を出し、誰のニーズにも答えてくれる……“ファミレス”という例えも、あながち間違っていないかも。
とはいえ、大手ファミレスですら24時間営業は少なくなりつつある昨今。このレベルの飲食サービスを、個人店がウン十年も続けてきたなんて、すごすぎませんか?
などと考えているうちに、アッツアツのハンバーガーが登場しました!
日替わりの〈珍〉バーガー

ハンバーガーの第一印象は、大きい! でも、手に持ってみると、エアリーでふわっと軽い! バンズがカリッと焼かれています。
豚肉はしっかりとした厚みのもの3~4枚を香ばしくソテー。バーナーの火でとろけたチーズ、しゃきっと新鮮なレタスを挟み、特製ソースは注文が入るたびに調合するという手の込み具合。
「ケチャップ、マスタード、マヨネーズとか、今ある調味料を混ぜてるだけ。
ちなみに、お腹が空いているときには、目玉焼きトッピングがオススメとのこと。
カウンター周辺を見回してみると、さまざまな食材・調味料・調理器具がところ狭しと並んでいます。会話も調理も同時に進めてゆく手際の鮮やかさ。その1皿を自分のために手作りしてくれる嬉しさ。そうしたあらゆることに感動を覚えながら味わいました。
ヒミツの焙煎コーヒー
ドリンクは、アルコール・ノンアル共に、600円から。ただし、ゴールデン街らしく「呑まない人は早く帰ってね」との注意書きあり。あくまでお酒の場としてのマナーを守ってご利用くださいね。
中でもバーガーに合わせるのにオススメなのが、焙煎コーヒー。一杯ずつ豆から挽いてくれるとあって、常連さんの支持率も高そうでした。
この日、私がいただいたのは、アルコール入りの「マリブ・コーヒー(ホット)」。牛乳を切らしてしまった際に、代用品を探して思いついたという、ジュリさん発案によるオリジナルです。
今ではジュリさんのいない曜日にも広まり、隠れた人気メニューとなっているそう。マリブは、ココナッツ風味の甘いリキュール。たしかにミルク入りと錯覚するようなコクを感じます。ほっこりと温まりつつ、スイーツを食べているような気分になり、心が解きほぐされました。

お替わりドリンクは、居合わせたお客さんに釣られる形で、ハイボールも注文。お酒はいずれもゴールデン街を感じる濃さで、しっかり酔っぱらうことができました(嗚呼、モーニングの取材という設定が崩れてゆく…)。
〆には罪滅ぼしに(?)、インスタントの味噌汁を1杯いただきました。そうそう、今日の取材テーマは、朝ごはん。気を取り直して、質問再開です!
多芸多才!日替わりの美女たち
「ここで働き始めて13年。もうすぐ最古参のスタッフになっちゃうかも」。そう笑うジュリさんの他に、『珍呑』と『シャドウ』には20名もの女性たちが在籍。高齢のマスターの代わりに日替わりママとして店を切り盛りしています。
「私がここに立つのは毎週土曜の17~23時だけ。
ジュリさんがこの店で働くのは、マスターが採用した粒揃いの女性たち。アーティストを本業にしている人が多く、舞踊や音楽で世界的に成功した人や、なかには政治家になった人もいるそう。
スナックとその未来を考えてみた

この日、店に滞在したのは3時間ほど。この間、常連さんたちの客足が一切途切れなかったのは、ママを務めるジュリさんの美しさ、そして聡明さや引き出しの多彩さに、惹かれるものが多い故でしょう。1時間ほどで引き揚げるつもりが、すっかり長居してしまいました……。
“スナック”の定義を考えたとき、カウンターがあって、ママがいて、カラオケがあって……などと大雑把にイメージしがちですが、突き詰めれば、スナックとは、魅力的な〈人〉を最大の商品とするお店。
それを求めにさまざまなお客さんがやって来て交流が生まれる“気軽な社交の場”。初めて行ったお店なのに、不思議な一体感が生まれる参加型の広場のような印象を持ちました。
店内で繰り広げられるのは、政治や社会などの公共的な問題から、文学や哲学など芸術分野、恋愛やパチンコなど身近なことまで多種多様。時間帯ごとに客層が変わるたびに話題が凄まじく変化してゆくのもスナックならでは。

コーヒーを片手に談義に参加できるシチュエーションは、イギリスで18世紀にかけて世論形成の場になった〈コーヒーハウス〉を彷彿とさせるもの。日本版は、明治期の1988年に初登場。お酒や食事と共に文化人が語り合った、フランス流の〈カフェー〉文化の大流行へとつながってゆきました。
こうした喫茶文化の系譜をある意味で受け継いだのが、少し間を開けた昭和期。戦後の1959年ごろに産声をあげた〈スナック〉だったのではないでしょうか。スナック=軽食を出し、カウンター越しに皆が語り合う、大衆や地域にフィットした身近なサイズ感のコミュニティ。遊興ではなく、健全に語らいに重きをおいた場所。
そのコミュニティへの入り口が、24時間いつでも開いている……。これはひょっとすると、まだ誰も開拓していない未来の店舗形態なのでは? 単なる“利便性”を提供したいわけじゃない。多くの人に気軽に社会とつながるきっかけを得てほしい――そんなオーナーさんの信念を感じました。
新宿ゴールデン街。創業40年以上の老舗スナック『珍呑』と『シャドウ』は、歴史は古いけれど、枯れることを知らない現在進行形の“ネオ・スナック”。バーガーとコーヒーを片手に、日ごとに異なるフレッシュな会話で、日常と未来を変える“モーニング”を体験してみませんか?
●SHOP INFO
珍呑/シャドウ
住:東京都新宿区歌舞伎町1-1-8 花園3番街
TEL:03-3209-9530
営:24時間
無休
●著者プロフィール

生井みづき
ウクレレで時空を歪ませ、創作講談で人々の営みをアーカイブする俳優/歌い手。慶應大学院KMDでデザイン思考を学ぶ。未来フライパンを開発、食のなでしこ最優秀賞に。食卓演出家としてSNSに作品投稿中(#ミヅキッチン)。☆2025.4~地方創生食文化大使(地元・新宿エリア担当)。第3の目で新たな価値を発掘創造!
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