一部でプロ級の舌を持つと噂のタクシー運転手・荒川治さんに教えてもらう「東京B級グルメ案内」。今回は、荒川さんが月に1度は無性に食べたくなるという背脂チャッチャ系『下頭橋(げどばし)ラーメン』(板橋区・ときわ台)まで、さっそく道案内をお願いしましょう。
今回ご案内するのは、ラーメン界の伝説的存在、環七ラーメン『土佐っ子』の味を引き継ぐ“背脂チャッチャ系”の『下頭橋ラーメン』です。下頭橋と書いて“げどばし”。なんだかすごい名前でしょ。実は『土佐っ子』は環七に店を持つ前、板橋区・南常盤台にある下頭橋という橋の近くで屋台をやっていたそうです。

『土佐っ子』の凄さについてご存じないかもしれないので、簡単に説明しておきますと、80年代中盤~90年代にかけて起きた「環七ラーメン」現象と呼ばれるラーメンブームを牽引したお店です。
当時は、ちょうどバブル期と重なっていて、働き盛りのサラリーマンが残業後、こぞって、深夜タクシーを捕まえて環七に向かい、ラーメンを食べるのが流行りました。それに火をつけたのが『土佐っ子』。環七通り沿いの、ちょうど板橋区のときわ台と中板橋の中間にあり、当時、店の前には夜中でも行列していたそうです。多いときは100人以上並んでいたというから、スゴいですよね。

当時、誰もが夢中になったのが『土佐っ子』のこってり豚骨醤油味のラーメン。その最大の特徴とも言えるのが、丼の外まで降りかかっている背脂でした。とろとろの背脂を丼の上からチャッチャとかける独自のスタイルが名物となり、「背脂チャッチャ」と呼ばれました。

今回、ご案内する『下頭橋ラーメン』のご主人はその『土佐っ子』で修業した方です。そして11年前の2007年に独立。『土佐っ子』のラーメンの味を真摯に引き継ぐべく、屋台時代の地名を店名にしたというわけです。
脂が甘い!!その理由は?

私が初めて『下頭橋ラーメン』さんを訪れたのは10年くらい前。オープン当初だと思います。『土佐っ子』の味を受け継いでいるお店だと知って伺ったのですが、実は私、環七ラーメンブームの頃はまだ10代でして、“環七ラーメン”全盛期の『土佐っ子』の味を知らないんです。
しかし、『下頭橋』さんのラーメン(750円)を初めて食べた時、「これこそ“土佐っ子”の味だ!」と思いました。原点の味を知らないのに、なぜそう確信したのか。それはまず、“脂の甘さ”に心底、驚かされたからです。

メディア等で“脂が甘い”という表現をよく聞きますが、それまで、正直言ってよくわかりませんでした。これまでも他店の「背脂チャッチャ系」ラーメンを何軒も食べていましたが、“脂の甘み”というのをしっかり感じたことはありませんでした。
『下頭橋』さんのラーメンは、最初は脂の甘味を感じ、食べ進むうちに麺に絡まるスープの旨みを感じ、次第にカエシの醤油味の濃厚なコクを感じます。食べ終わっても脂の臭みを感じることはなく、脂くどさも、しょっぱさも全くないんです。

こんなに降りかかっている大量の脂を全身で受け止めても、なんだかすっきりした気分になる。不思議でした。そして、また無性に食べたくなる。だから「これこそが、バブル時代の深夜族の人の舌を魅了し続けた土佐っ子の味に違いない」と確信したんです。
意外に多い女性ファン。その理由は?

背脂チャッチャ、こってり味、チャーシューも分厚く、麺もたっぷり。男性ならまだしも女性は完食できるのか? という懸念があると思います。しかし、私が長きに渡り観察していると、女性のお客さんが頻繁に訪れます。しかも1人でふらっと入ってくる感じで。

その理由は、おそらく、ご主人のラーメンへの一途なこだわりがあるからです。こちらで使用している豚肉はすべて国産の鮮度が良いもの、背脂は、“A脂(あぶら)”と呼ばれる最高級なもの。じっくり炊いた豚骨スープには、青森産ニンニク、国産のネギ、椎茸といった香味野菜のエキスも溶け出して、そこに上等な背脂が入っています。そのスープの背脂をザルに取り出して、ニンニクを潰しながらチャッチャするんです。体に良い食材しか入っていない。だから元気になるんだと思います。

背脂を見せてもらったら、それは美しい脂で、ぷるっぷる。まさにコラーゲンの塊です。
ご主人いわく、「豚の背脂を約2時間半、とろとろにとろけるまで煮出すんです。

背脂チャッチャは1杯のラーメンを作るまでに4~5回繰り返します。見ていると、丼にカエシのお醤油を入れただけの段階からチャッチャが繰り返され、麺を入れてまたチャッチャ、スープを入れてまたチャッチャ。

「このスタイルは土佐っ子時代にやっていた方法と一緒です。当時は、チャッチャをする人、麺切りする人、スープを入れる人、給仕する人という完全分業制で、一気に16杯を作っていたんです。そうしないと行列をさばけません。いわば立ち食い16人入れ替え制だったんですよ。スープを入れる前に背脂をチャッチャすることでまず麺が脂とよく絡まり、またタレもスープもそれぞれにコクが深まります」

さらに、ご主人が丼の中のカエシとスープをかき混ぜないで出すのも土佐っ子スタイルです。だから食べると、最初に脂とスープの甘味を感じて、食べ進むうちにカエシとスープが混ざってくるという味変も楽しいのです。
ついつい、話が長くなりましたが、最後に1つだけ。ラーメンの味を守るというのは色々な意味で本当に大変なことです。
(撮影・文◎土原亜子)
●SHOP INFO

店名:環七 下頭橋(げどばし)ラーメン
住:東京都板橋区常盤台3-10-3
TEL:03-3967-5957
営:18:00~翌4:00
休:水
●プロフィール
荒川治
東京都内在住のタクシー運転手。B級グルメ好きが高じて、現職に就き、お客さんを乗車させつつ、美味い店探しで車を回している。中年になってメタボ率300%だが、「死神に肩をたたかれても、美味いものを喰らって笑顔で死んでやる」が信条。写真検索で美味しそうなモノを選び、食べに行って気に入ればとことん通い倒す。でもじつは、自分で料理を作ることも好きで、かなりの腕と評判。