JR新小岩駅から、徒歩5分弱。東京都内を代表する実力店『麺屋一燈』を左手に眺めながら更に歩みを進めると、小料理屋のようにシックな外観が印象的な1軒のラーメン店が視界へと飛び込んでくる。
同店の店主・阿部氏は『一燈』グループで長年研鑽を重ねた後、満を持して独立。昨年12月末に閉店した『つけ麺一燈』の店舗を譲り受ける形で一国一城の主となった実力者。
「独立を果たした際には、『鴨』を主役に据えたラーメンを作ろうと決めていました。初めて浅草橋の名店『くろき(きは七3つの文字)』で鴨のラーメンを戴いたとき、あまりの美味しさに衝撃を受けたんです。それからはもう鴨ひと筋。『一燈』修業時代にも、精力的に鴨を用いた限定ラーメンを作り、腕を磨いていました」

鴨に魅せられ、鴨と共に生きていく。そんな店主の決意は、堂々と素材名を明記した屋号にも体現されている。
鴨を縦横無尽に駆使した、スープの一滴まで残せない名杯

現在、同店が提供する麺メニューは、「鴨出汁醤油そば」「鴨出汁塩そば」「鴨白湯和えつけそば(※)」など。
基本メニューは「鴨出汁醤油そば」と「鴨出汁塩そば」の2種類。スープをなみなみと湛えた丼に麺のみを泳がせた「かけラーメン」に、トッピングを載せた別皿を合わせて供するスタイルに徹する。そのような提供の仕方をすることに決めた理由を尋ねると「ラーメンの主役は麺とスープで、トッピングは脇役。

理由はそれだけではない。ひとつの丼にトッピングまで添える通常のスタイルを採用すると、トッピングを盛り付けている間に、麺が伸びスープの温度が下がってしまう。それだけは避けたかったのだという。「理想的な状態で麺とスープを味わってもらいたい」。ラーメンづくりに対する店主の真摯な姿勢に脱帽するほかない。
出汁は、主役である岩手県産の鴨のみならず、香味野菜(ネギ・ニンニク・ニンジン・シイタケ・タマネギ)、昆布、煮干しを寸胴に投入し、数時間かけて丁寧に炊き上げたもの。幾種類もの素材の風味が輻輳し舌上で活き活きと躍動する、フルボディの味わい。
「醤油は、鴨をズバンとストレートに押し出した出汁と、コクとキレを兼ね備えた醤油の双方が並び立ち、しのぎを削り合う。そんなイメージで作りました。醤油という素材の魅力を極限まで引き出すため、3種類の醤油(生揚げ・溜まり・再仕込み)をフル活用しています。他方、塩は、出汁感を前面へと押し出すことに注力しました。

醤油には、強烈なけん引力を持ったスープに競り負けぬよう、手揉みした太平打ち麺を合わせ、塩には、輻輳する出汁の風味を活かすべく、しなやかな細麺を合わせる。

オープンしてまだ日が浅い新店でありながら「醤油そば」と「塩そば」とで、趣を全く異にする味わいを演出することに成功しており、かつ、いずれも作り手である阿部氏の「顔」が見える1杯となっている。
店内に居合わせた他のお客さんの食べっぷりを見ても、皆、一心不乱に丼と向き合っていた。スープを残す人など皆無。「素晴らしい1杯をありがとうございます」。そう心の中で呟きながら店を後にした。
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(※)現在のところ「鴨白湯和えつけそば」は、昼の部10食、夜の部10食しか提供しない限定メニュー。「汁そばはあっさり系、つけ麺は濃厚系を提供したい」という阿部店主の考え方の下、こちらは清湯でなく白湯ベースとなっている。
●SHOP INFO

店名:鴨出汁中華蕎麦 麺屋yoshiki
住:東京都葛飾区東新小岩1-3-7
TEL:03-6657-7763
営:11:00~15:00、18:00~21:00、水曜11:00~15:00
※スープまたは麺が無くなり次第終了
休:木曜
●著者プロフィール
田中一明
フリークを超越した「超・ラーメンフリーク」として、自他ともに認める存在。ラーメンの探求をライフワークとし、新店の開拓、知られざる良店の発掘から、地元に根付いた実力店の紹介に至るまで、ラーメンの魅力を、多面的な角度から紹介。「アウトプットは、着実なインプットの土台があってこそ説得力を持つ」という信条から、年間700杯を超えるラーメンを、エリアを問わず実食。47都道府県のラーメン店を制覇し、現在は各市町村に根付く優良店を精力的に発掘中。