前代未聞の“ラ飲み”とは?
ひとり気ままにはしご酒、とひと言で言っても、そのめぐり方やお店のチョイスは十人十色。大人の遠足ともいえるはしご酒にはその人の飲み方の流儀が反映されるものです。
今回は、人気バンド、サニーデイ・サービスのベーシストで、大のラーメン好きとしても知られる田中貴さんのはしご酒に密着。

田中貴さんが提唱する、ラーメン飲み、通称“ラ飲み”。その入門編は、まずラーメンの具で飲み、次いでラーメンを食べて、最後は余ったスープでもう一献酒を飲むというもの。「貧乏くさいって笑われますが」と言いながらも、「温度により表情を変えるスープは、最高のつまみです」と持論を展開します。
「もともとラーメンが大好きで、ラーメン屋めぐりはライフワークでした。大学在学中にメジャーデビューして、ツアーで全国を回るようになってもそれは同じ。どの街にもラーメン屋はありますから。だから“ラ飲み”も、いわば自然な流れです」

そうは言ってもその“自然な流れ”は、なかなか奥が深いもの。例えばかつて代々木にあった『めじろ』というラーメン屋の話。一見普通のラーメン屋なのに、オヤジさんがお酒好きなこともあり、夜な夜なラーメンフリークが集まってはラーメン談義に花を咲かせていました。ところが主人が引退し息子さんに代替わりすると、常連たちの足は徐々に遠のいてしまいます。しかし田中さんは、息子さんの創作に「天才的な何かを感じた」と、今までにも増して『めじろ』に通いました。
「あとで来るラーメンのチャーシューとメンマを先にもらって、それで飲むんです。だから最後に出てくるのは、かけラーメン」と笑う田中さん。息子さんは具はなくとも十分に人を惹きつけるラーメンを作り続けました。ちなみにその息子さんは独立し、後にラーメン店として初のミシュラン一つ星を獲得した『Japanese Soba Noodles 蔦』を開くことになります。
そんな田中さんの飲み方は、ただ黙って飲むのではなく、店や居合わせたお客と積極的に交流するスタイル。だから店も、田中さんに心を込めて接します。今回巡った新宿の3軒もそんな店です。
ゴールデン街『ビストロPavo』の特製ラーメン

まず訪れたのは、ゴールデン街にある『ビストロPavo』。こちらは、別の店で知り合った飲み仲間と最初に訪れて以来、田中さんが6~7年は通うというお店。「しっかりうまい料理を、驚きの価格で出してくれます」と田中さん。
シェフの丈さんは、ほぼ独学で料理を学んだといいますが、旬の食材を手早く味わい深く調理する手際は、紛うことなきプロフェッショナル。特大のメンチ、いぶりがっこをあわせたポテサラなど、酒飲みのツボも心得ています。この日は「田中さんの取材だから」と特別にラーメンを仕立ててくれました。

鹿と合鴨のダシにローストビーフのカエシ、麺はかんすいの代わりに重曹を入れて茹でたパスタ。通常のメニューにはなく「完全に実験です」と丈さんは笑いますが、田中さんをして「本当にうまい。コレ出す店があれば通います」とうならせる出来栄えでした。
歌舞伎町『博多食堂』の「博多ラーメン」

次いで訪れたのは歌舞伎町の『博多食堂』。福岡で修業した店長・才木さんが作る本場のラーメンが名物です。「車で行く東京でのライブは打ち上げがないんです。でもテンションは上がってますから、そんなときはこの飲めるラーメン屋。ここのラーメンは本当にうまい」と言いながら、まずはチャーハンで飲む田中さん。このチャーハンも絶品です。

「うちはチャーシューをラードでコンフィにして作るのですが、そのときラードにバラの風味も移ります。そのラードで炒めるからチャーハンにコクが出るんですね」と才木さん。「最初はただの気の良いお兄ちゃんだと思っていた」という田中さんとも陽気に話す仲です。
新宿三丁目『BAR SHIGET’S』のお通し「素麺」

最後の一軒は新宿三丁目の『BAR SHIGET’S』。

「音楽があって、酒があって、人の良いマスターがいる。バーにこれ以上は何も必要ない」と田中さんも杯を傾けます。楽器を始めた日と初めて買ったレコードの話、自身のライフワークとなった酒とラーメンの話、愛車・フォルクスワーゲン シロッコの話。
田中さんと巡った新宿の“ラ飲み”の夜は、こうして更けていったのでした。
●SHOP INFO
◯1軒目
店名:ビストロPavo
住:東京都新宿区歌舞伎町1-1-5 パレスビル1-C
TEL:03-6273-8282
営:17:00~24:00
休:日
◯2軒目
店名:博多食堂
住:東京都新宿区歌舞伎町1-11-3 九石・新歌舞伎町ビル1F
TEL:03-6380-3993
営:18:00~24:00、金・土18:00~翌2:00
休:水
◯3軒目
店名:BAR SHIGET’S
住:東京都新宿区新宿3-11-6 エクレ新宿B102
TEL:03-3351-9039
営:19:30~翌3:00、金・土19:30~翌5:00
休:日
(文◎鴫原夏来 撮影◎大谷次郎)
※当記事は『食楽』2019年冬号の記事を再構成したものです