みなさんは「はしご酒」の流儀をお持ちでしょうか? しっかりごはんを食べながら、あるいはひたすらお酒を堪能する、人によっては地元をユルく回遊するのが楽しみ…という向きもあるかと思います。めぐり方やお店のチョイスは十人十色。

今回は人気ワインバー『アヒルストア』店主、齊藤輝彦さんのはしご酒に密着しました。家の近所の目黒界隈で呑むのが最近のお気に入りと言う齊藤さん。しかし地元だからと言ってただ“ダラ呑み”するのではなく、そこになにか刺さるものを感じるからこそ、つい自然と足が向くのだとか。そんな、齊藤さんから見たはしご酒の楽しみ方を本人の文章でご紹介します。
まずは名店『とんかつ とんき』で“とんかつ呑み”

「感動のない料理というのは僕から言わせるとただの味付けですね」
これは『てんぷら近藤』店主・近藤文夫さんの著書にある、宝石のような一文である。そしてこの言葉は店そのものにも当てはまると、僕は思っている。飲食物を提供することを越えた価値を与えてくれる「感動する店」。そこには必ず店主の狂気のようなものが見え隠れする。つい通ってしまうのはそういう店だ。今宵のハシゴ酒にも、そんな想いを込めて。

まずは16時開店の『とんき』から。1軒目にふさわしい威風堂々の佇まい。

さて、いわゆるトンカツ屋という視点だけで捉えていると、『とんき』の魅力を取りこぼすことになる。ここは飲食店芸術のひとつの到達点、トンカツ・インスタレーションの場なのだ。従業員全員の白衣にバリッと糊が効いていること、天井から釣り下がるペンダントライトのミニマルな美、カウンターに並ぶソースの向き、ピン札で揃えられた重厚なレジ台、もはや名人芸の域にある客さばき。
そういう『とんき』独自の美意識を探し、そして愛でることが、ここでの最大の楽しみ。なので、僕は極力ひとりで行く。そして飲食店というフォーマットが持つ無限の可能性について、考えるのだ。ドラゴンボールで悟空が修行した「精神と時の部屋」。そこは重力や時の流れが外界とは異なる空間なのだが、『とんき』で時間を過ごしていると、ふとそのことを思い出す。

こちらでは、串カツとお新香を頼んで、燗酒をいただくことにしている。キャベツを何度もお代わりしては、カツと一緒に口に運ぶ。
僕がトンカツ屋で酒を飲むことを知ったのは、小津安二郎監督の映画「秋刀魚の味」の中のワンシーンがキッカケだ。トンカツ屋の二階の座敷で、佐田啓二が後輩に妹との結婚を持ちかける場面。ふたりはただただトンカツをつまみにビールを何本か酌み交わし、しまいにはトンカツをお代わりする。それがもう何とも旨そうで、たまらなく酒が飲みたくなってしまう。僕はそれまでトンカツを定食でしか食べたことがなく、つまりご飯のおかずという感覚しかなかっただけに、これは大変に衝撃だった。

最近思うのは、トンカツは「肉パン」だということ(衣がパン)。なのでご飯は食べず、代わりに米の酒を飲む。何本かいただいて「とんき時間」を堪能したら、とん汁で〆て次へと向かおう。外にはたくさんのお客が待っている。
とんかつ呑みの後は『スイッチコーヒー』で極上の一杯を

夕日に向かって権之助坂を下っていく。目黒界隈は、江戸以来の歴史を感じさせる風情がある。

そしてなんとこちらでは、ワインを飲むこともできる。もちろん彼の趣味全開な、キレキレのナチュールばかり。もしふたり以上いたら、ボトルでオーダーしてみるのもいい。

すっかり日も暮れた。山手通りを渡り、さらに目黒通りの坂を登っていく。寄生虫博物館の角を左折してしばらく進み、不動公園の奥にある目黒不動尊の小さな裏門を入る。本堂で手を合わせ、ほろ酔いの身体を清める。コーヒー、寺社、銭湯は、ハシゴ酒の三大寄り道と覚えたい。参拝を終え急な石段を下ると、正門前の商店街へとはき出される。目的地の『グリフォン』はすぐそこ。寺本来の正道を逆から進むこの感じも、背徳感があって気に入っている。
お次はワインバー『グリフォン』で乾杯!

3軒目のこちらはワインバー。家の近所で、散歩の途中に偶然見つけた。こういう小さな酒場は開くのは簡単だが、成立させるのは実に難しいと思う。

ここではチーズをつまんでワインを飲むという愉しみがある。料理屋に行くとチーズまでたどり着けないことが多いのだ。この日は5年も寝かせたルイ・ジュリアン*を飲ませてもらった。店主、なかなかの変態とみた。初めまして同士の会話が飛び交うカウンターに身を沈めていると、言い表せない旅情に浸れる。
とっておきの〆の店は、家族経営のラーメン店『銀嶺』

最後に、とっておきの〆の店『銀嶺』を記しておく。安価な小皿料理が充実した家族経営のラーメン屋さん。

ふと子供の頃に通った駄菓子屋のことを思い出す。あの手の場所は、何度行っても胸トキめいたものだ。大らかだった古き良き昭和という時代。あの頃のノスタルジックな息遣いが、この店にはまだ残っている。ラーメンで〆るつもりだったのに、ついついまたレモンサワーでやり直してしまう……。狂気を探す幸せな旅の、終わりの始まり。
●SHOP INFO
1軒目
店名:とんかつ とんき 目黒本店
住:東京都目黒区下目黒1-1-2
TEL:03-3491-9928
営:16:00~22:45LO
休:火、第3月
・・・・・・・
2軒目
店名:SWITCH COFFEE TOKYO 目黒店
住:東京都目黒区目黒1-17-23
TEL:03-6420-3633
営:10:00~19:00
休:水
・・・・・・・
3軒目
店名:GRIFFON
住:東京都目黒区下目黒3-16-5
TEL:なし
営:19:00~24:00、土・日は15:00~
休:月(※祝日の際は営業15:00~、翌日振替休あり)
・・・・・・・
4軒目
店名:九州ラーメン 銀嶺
住:東京都品川区小山2-6-10
TEL:非公開
営:11:30~13:30 LO、18:30~翌1:00
休:火
(文◎齊藤輝彦 撮影◎赤澤昂宥)
※当記事は『食楽』2019年冬号の記事を再構成したものです