米沢徹コーチ「どこに行ってもやることは一つ。どれだけ自分のやっているテニスで相手を追い込むか」
盛田正明テニス・ファンドの支援を受けてアメリカ留学した錦織圭(ユニクロ)に帯同し、基礎を叩き込んだ米沢徹コーチ。【画像】TEAM YONEZAWAの国内合宿、海外遠征の様子
――前回のインタビューから一年が経ちますが、TEAM YONEZAWAの活動についてこの1年を振り返っていただけますでしょうか。
「昨年の3月に千葉・白子で合宿後、春にブルガリアでテニスヨーロッパ(TE)14歳以下の試合に2大会出場し、その後日本の大会、そして5月の最終週より6月の4週間、TEセルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、セルビアと4つのテニスヨーロッパの大会に出ていました。帰国後は関東ジュニア、全日本ジュニア、また9月にTEスペインの3大会、4週間滞在しました。その後に2回目の白子での合宿があり、12月のフロリダ遠征に行ってきました」
――以前に比べ、フロリダのジュニアオレンジボウルではヨーロッパからの選手の出場が減ったということをFacebookで発信されていました。
「アジアの選手が主になってきています。12歳以下男子では2022、2023年と韓国の選手が優勝し、2024年は中国の選手が優勝しました。両国からいい選手が来ていて、その中で日本の選手が来て戦っている感じです。ヨーロッパのトップの選手は見かけない状況です。逆に1月下旬にフランスで開催されるテニスヨーロッパのスーパーカテゴリーのプチザス(Les Petits As)※に行くとヨーロッパランキング100位まで漏れなく全員がエントリーしていました。
※1983年に第1回大会が開催されたプチザスは、14歳以下のジュニアにとって世界最高峰の大会。世界各国から有望な選手が集まり、男子ではテニスの一時代を築いたロジャー・フェデラー(1995年ベスト16)やラファエル・ナダル(2000年優勝)、ノバク・ジョコビッチ(2001年ベスト8)、アンディ・マレー(2001年準優勝)らBIG4も出場。女子では、マルチナ・ヒンギス(1991、92年優勝)やアンゲリーク・ケルバー(2002年出場)など世界の頂点に立った選手が数多く出場している。
――遠征を通じて米沢コーチが感じていらっしゃることがあれば教えてください。
「少し前からですが、戦う場がヨーロッパに移っているように感じています。ATPのランキングにしても昔はアメリカの選手が多かったのですが、フランスやスペインあたりは相変わらず多く、ヨーロッパで全般的に増えています。(強い選手はいるものの)南米、アジア、アメリカが減っていてヨーロッパが主戦場になっている印象です。特にジュニアは物価のこともあり、アメリカに試合に来る選手がいなくなっているように思います。ヨーロッパだと隣の国に車で数時間行けば良い国際大会があり、開催されているということがアジアやアメリカに比べて有利な環境だと思います」

――プレースタイル的なところで何か感じることなどはありますか。
「どこにもいろんなプレースタイルの選手がいると思うのですが、今回遠征に行った印象としては低年齢のところは体力があり、気持ちが強く、走り回れる体力勝負、身体勝負みたいなところで勝敗が決まるのが多いと思います。今、プロになっている選手は男子だと(身長が)2メートルぐらいになりますよね。欧米の選手は190センチ以上になる選手が多いので、そういう点では今、良い成績を出していなくてもジュニア時代の後半から身長が伸びてきてプロになってから花が咲くケースがあります。
「それとヨーロッパのクレーコート、特にフランスに行くとテニスが国技のようで、今も昔もそんなにテニスが変わらないように感じます。やることがテニスを“ゲーム”として捉えていて、ただ単に体力で勝つとか、メンタルで勝つということより、テニスで勝とう!としている。テニスを“フランス流”ではないですけど多彩な、いろんなことをやりながら面白い、楽しいテニスをしながら強くなっていく選手がプロになるという印象を受けました。いろんな国があってそれぞれのコーチによっても違いますが、全体的にはスペインにしてもアメリカにしても、力勝負で(ベースラインの)後ろでガンガン打ち合って勝つんだという選手が多いイメージがあります。それがこの1年、いろんな国の選手と戦いながら持った印象であり、長い歴史があることを感じたこの1ヶ月の遠征でした」
――遠征に参加した選手は他の国の選手と試合や練習を通じて相対することで自分のテニスを投影し吸収していくことも多かったと想像します。
「そうですね、一緒にやっている選手達は“多彩”を目指してオールラウンドにやっているので、(欧米の選手達との対戦を)やればやるほど磨きがかかる。そういうレベルでやり続けていることが必要不可欠なんだと感じていて、そのような意味で価値のある遠征になるように過ごしていました」
――日本に帰国し試合に出て「勝つテニス」と海外遠征を経て目指している方向のテニスとのギャップのようなものはあるのでしょうか。
「どこに行ってもいろんな選手がいるので“このテニスでなければダメだ”というのはなく、どんな相手と当たってもそれを攻略する術を自分で見つけるというのが試合だと思います。日本で試合をしていても、どの試合も日本の選手のレベルは世界的に高いです。ですからどの選手も破るのは大変です。
――欧米のコートで強く跳ねてくるボールに対応が難しくなりそうです。
「そうですね、でも砂入り人工芝コートは雨でも寒くてもプレーができる、ボールも減らない(摩耗しにくい)ことや長時間練習できることを考えれば決して悪いサーフェスではないと思います。試合をするにあたって“テニスを育む”という点については、ちょっと違うポイントのパターンにはなってしまうようには感じていますが」
――TEAM YONEZAWAの年間の活動において遠征等の計画などのスケジュールの構成についてお話しいただけますでしょうか。
「冬(フロリダ遠征)は決まっていますが、それ以外は選手の年齢やレベルによって変わってきます。14歳、12歳以下だったら学校のこともありますので、そこと調整しています。もう少し上のレベルになれば、試合に出られる可能性が高い方を優先しています。テニスヨーロッパのグレードの高いところだと、遠征に回り始めた頃にはランキングが無いので出場できない状況となるので、ランキングが低くても出られるところからスタートしています。ランキングが上がってくれば今回のプチザスにチャレンジしたりすることができるようになります。
「今回のプチザスは、ジュニアの世界でグランドスラムに匹敵するほどの舞台であり、優勝した選手はレベルが高く完成されていました。ただ日本の選手達が上位に行ける大会でもあると感じました。それも出てみないとわからないことで、トップ選手が揃って初めて(世界のジュニアのトップの水準が)このぐらいなのかとわかるので、そういう点では百聞は一見に如かずというところが率直な感想です。良い経験というのは何ですが、ジュニアの世界基準がよくわかったことも収穫でした」
――話題をプロに移しますが、全豪オープンについてお伺いさせていただきます。錦織圭選手もグランドスラム大会への復帰となりました。総評などお願いできますでしょうか。
「ジュニア会場のスクリーンでチラッと観た程度で、目の前で気合いを入れている14歳以下のジュニアの試合を見ることに100%エネルギーを注ぎ込んでいるので総評を言える立場にはないんですけど、ただ今の世界のテニスは誰が勝ってもおかしくないような時代になってきています。時代の変化によりフェデラーやナダルの引退、ジョコビッチの年齢の壁もあるところで次に誰が出てきてもおかしくないという状況で、女子も同様になってきていて(今後が)読めないのでしっかり見ておかないとわからない世界になってきている印象です。シナーに関しては安定して強いという感じで見ていました。あの体格ですべてのことを子供の頃からここに到達するまでをシミュレーションして毎日努力していたというのが見える選手という印象を受けます。穴がないというか、野球の大谷翔平選手にもみられるように早くから緻密にテニスが上手くなることをすべてやってきて、あそこまで到達しているというのが感じられる“真のアスリート”だと思っています」
――前回のインタビューの際に見ている方が惹き込まれる選手という表現がありましたが、現在もし注目の選手がいれば教えてください。
「プロでということになると、先ほどもお伝えしたようにじっくりたくさん見る機会がないのでコメントができないのですが、シナーは(テニスが)1人だけ抜けているという印象です。
「手前味噌になりますが、自分と共に取り組んでいる選手に関しては、そういう風になる(観客が惹き込まれる)ように見て楽しいテニスを目指して日々取り組んでいます。自分のところの選手が世界一になるって自分で言うのも変ですが(笑)そうなって欲しいなと思ってやっています。ただ、太鼓判を押すにはわからない世界でもあります」
――不確かな世界である中で、錦織圭選手は怪我でランキングを落とし、ツアーから長期離脱したにも関わらず現在100位以内に復帰しました。仮にトップ100の壁があるとすれば、それを越えられない選手もいる中で戻れるということについてはどのようにお考えでしょうか。
「それは当然、圭の資質、才能があればこそですが“練習の質”によるところが大きいと考えています。上にいく選手というのは(ツアー生活に)コーチがいて、ヒッティングする人がいて、トレーナーがいて、家族もいる。最高の状態でできている選手はトップにいられるのではないかと思います。自分でやりながらコーチがいるぐらいの選手だとそこまでいけない確率が高いのではないでしょうか。身体のケアをする人がいることも大きい要因で、練習相手に関してもトップになると自分より強い相手とやることはなくなってきますが、100位から200位ぐらいの選手だとそのランキングぐらいの選手との練習が主になります。となれば、練習する相手も自分の練習をするのでお互いの練習になるようなメニューをおこなうのが通常ですよね。
「トップ選手はチームの力があり、100位以下の選手は資金面から(人材確保が難しく)そこまでの境遇に身を置くことができないので、コーチを雇ってツアーを回るというので精一杯なのです。多分、資金のある上位の選手たちは多くの人たちのサポートを受けてチームで動けていると思うので、そこ(100位以内)に戻るのは200位~500位の選手に比べると、錦織選手はトップ5にいた選手ですから身体が許せば難しいことではないのではと思います。能力は必要な条件ですが、ちゃんとしたチームでやることで、すべて必要なことが賄えたら後は試合をするだけでいいですから。普通の選手だと、コーチがいて誰と練習をするかということになりますが、その違いは(チームを持つトップ選手との)歴然としていてチームを持っていない選手が上にいっているというのは本当に能力も高いし、努力もしています。(例を挙げれば)西岡選手はそうですよね。(ランキング的に)あそこまでいっているのは、身体も小さいのに50位以内に入るというのはとんでもない努力の人なんだと思います。どんなトップの選手よりも努力と強い意志を持った選手であり尊敬しています」
――トップ選手の体格から見ると錦織選手や西岡選手も大きくないことを考えると、能力の高さもさることながらメンタル的にも特別な何かを持っているのでしょうか。
「最終的には錦織選手にしても“気持ち”が普通の選手よりテニスに懸ける想いが強い。それが『強さ』だと思います」
――米沢コーチの「TEAM YONEZAWA」の選手の皆さんについて個々の「テニスに懸ける想い」というのはいかがでしょうか。コーチが「教える」というところにはなく、導いていくことについてお話をいただければと思います。
「そこはああだこうだ言っても、それぞれの心の中っていうのは(見ることができないので)それが『能力』と言ってしまえばそうですけど、それぞれのキャラクターがあるから、それをどういうふうに本人が活かすかというところです。メンタルを専門にしている先生もいらっしゃると思いますけど、少し外から(精神的な指針やアドバイスなど)何かを与えて伸びる部分はありますが、その多くは本人のキャラクターで決まります」
「ただ、こういうのはダメ!とかこうでなければいけないという訳ではなく、それは本人の中から滲み出てくるものです。外から見るとやる気がないように見える選手も内面ではそうではないというケースも今までよく見てきているケースですね。やる気があってガッツがあるというところを簡単に判断することはできないのです。その辺が人間として、そしてスポーツとして面白いところだと思うんですね。その一つにもちろんアドバイスや情報はシンプルに与えますが、あまりああしろこうしろと選手には言わないようにしています。それはメンタル的なところは(本人にしか)わからないところでありとにかく自分がやることをやってレベルアップを目指す、それに尽きるのかと思いながらやっています」

――遠征に行って得た刺激を日本に持ち帰って次の遠征に備えるという感じのスタイルで進めているのでしょうか。
「遠征に行って強くなるという発想はあまり好きではないのですが“遠征に行く”ということも(特別なことではなく)毎日が一緒です、どこに行っても同じ練習をします。ただ戦う相手が違うだけで、フランスに行ったらフランスの選手と対戦しますが、遠征中も普段やっていることと同じ練習をします。飛行機に乗り(日本とは)離れたところでやっているだけで『遠征に来たなぁ』と私自身はあまり感じなく場所が変わっただけです。そういう発想でないと選手たちも日本に帰国すると『帰ってきた』という印象で(遠征への特別感が強いと)何となくモチベーションも下がってしまうように思います」
「毎日が『積み重ね』なのでどこに行っても一緒で、その繰り返しが上に繋がっていくのではないかと思いながらやっています。長く付き合っているチームのメンバーはそんな感じで進めていますが、遠征にあまり行っていないと『よし!遠征に来たから頑張るぞ』と特別な目つきをする子もいますが、どこに行ってもボールを打ってポイントを取るということは一緒で、どれだけ毎日集中した精神状態でやれるか?という日々の積み重ねができればと思って私は取り組んでいます」
――シンプルかつ貴重なご意見だと思います。
「今どきどこに行っても同じで情報もあります。景色は変わりますが雰囲気的には昔と違いますよね。やっと遠征に来て、言葉もわからないところで“ポツンと1人で頑張る”という時代ではなくなってきています。コーチが居て、仲間も居て、練習相手もいる。必死になって練習相手を見つけることもないので普段と変わらずといった感じです」
――遠征に行くメリットとしては、違う国の選手が打つボールを遠征先の試合で体感するという経験が大事だということになりますか。
「違うプレースタイルで対戦することもあるので、それは一つの経験にはなりますが、結局(自分に向かって)飛んでくるボールは同じ“黄色いボール”なので、そのボールの質によってボールが弾む、弾まないとかその対応に追われる方が大変だといつも思います。そのボールが普段から(日本で使用し)慣れている『ダンロップ オーストラリアン オープン』だとどこに行っても自分のボールが打てるのですが、国によっては全然違うものになるので、それがまた経験になったりします」
「今は世界的にボールを打つことに関してはラケットを振り回して打つのでボールは(失速せず)飛んできます。プレースタイル的に攻めて来なかったり、ドロップショットを多用してきたりする選手もいますので、そういう点では刺激はありますが、結局はどれだけ自分のやっているテニスで相手を追い込むのかというのが勝負になります。プロになったら相手より『自分のテニスをどれだけやるか』というのが勝負で、そういう点では『こういう選手とやったからいい経験になった』という発想や感想はあるのかもしれませんが、私はあまりそういう角度から見るのは重要ではないと考えています」
「日本にもいろんな選手がいてドロップショットを打つ子もいるし、多彩にやってくる子もいます。(海外遠征の)経験としてはコートサーフェスとボールがものすごく経験になります。山の上(高地での試合会場)だったり、相手がビックサーブやビックフォアを打ってきたり、そういう意味でもいろんなことがあるから日本の普段の練習やオムニコートでやっている試合とは違うところはあり、(海外での試合経験は)能力開発になっているんだと思います。重なるようですが、どこに行っても同じでボールを打って戦うというのが私の実感としているところです」
――自分自身を鍛錬し、磨いていくことに場所は問わない、どこか武道に通じるようなお話です。
「(インタビューに)答えながら、そうなんだなぁと思いましたが、『(遠征で)いい経験をしました!』というのは恥ずかしいじゃないですか。今まで何をやっていたんだ!ってことになるんです。同じ土俵で(海外の選手と)戦っていきたいので『いい経験しました!』なんていうのは言いたくないですね。(遠征に行く目的は)そんなことではなく、『勝ち』に行っているわけなので胸を借りに行っているわけではないのです。かといって対戦相手を上に見ているわけでも、下に見ているわけでもありません。試合を戦ってレベルアップをする!ということに尽きると思います。遠征に行く目的の本質はそこですね」
――あの選手は強かった、あの場所でやったなど経験したことの上辺だけで捉えがちになってしまいそうですが、米沢コーチの遠征への取り組みの姿勢が伺えました。
「私がエクストリームな外れた考え方なんでしょうか(笑)アウトロー的な捉え方で夢みたいな話をしているように思えるかもしれませんが、ずっとこれまでやってきて、今はそんなふうに感じています」