南海本線の立体交差工事に伴い、2021年5月22日から南海本線高石駅と羽衣駅は上下線ともに高架となりました。一方、羽衣駅を起点とする南海電鉄高師浜線(たかしのはません)は同日より運行を休止し、約3年間におよぶバス代行輸送が始まりました。
私が高師浜線に注目したのは、高架工事に伴う長期間のバスによる代行輸送が大変珍しいものだったからです。本稿では、「南海本線・高師浜線(高石市)連続立体交差事業」について紹介するとともに、切り替え前の「羽衣駅」の様子を写真付きでお届けします。
※高師浜線とは
高師浜線は羽衣駅から高師浜駅までを結ぶ1.5kmの路線で、大阪府高石市内の住宅地を走っています。開業は1919年と100年以上の歴史があり、市民の足として親しまれています。
南海本線・高師浜線立体交差工事とは
(1)高架にするメリットは?
高石市内の南海本線は開業当初から地上を走っていましたが、市街地を分断し、東西間の道路整備や土地利用の一体化にも支障をきたしていました。そこで大阪府が事業主体となる連続立体交差事業として、南海本線・高師浜線の高架工事が行われることになりました。
高架にするメリットとして、人身事故や自動車と列車の接触事故など踏切における事故のリスクをゼロにすること、交通渋滞の解消、高架下の空間を有効に活用した都市開発などが挙げられます。
(2)工事着手から高架切り替えまでの流れ
1997年に高架工事の事業認可を得て、2005年に高架工事に着手。2016年に下り線(和歌山市・関西空港方面)が高架に切り替わり、2021年5月22日から上り線(なんば方面)のホームが高架に切り替わりました。さて次は高師浜線へ、という段階で南海電鉄は同路線での列車の運行を休止します。

理由は様々で、たとえば工事中に列車が接近した場合は作業を中断しなければなりませんし、列車の安全を確保するため重機の使用範囲が限られ作業空間が制限されます。そうした事情から立体交差工事には大変な時間がかかります。
高師浜線をバスによる代行輸送に切り替え、列車の運行そのものを止めれば、仮線設置を省略したり、作業空間を確保したりすることができ、工期を短縮することが可能になります。
高架切り替え直前の羽衣駅【写真多数】
代行バス輸送に切り替わる直前の羽衣駅です。ここからは写真中心のフォトレポートとなります。
(1)改札付近
和歌山市方面の仮設の券売機はJR羽衣駅の連絡通路寄りにありました。

高架切り替えに伴い、羽衣駅の中心位置が和歌山寄りに、高石駅の中心位置が難波寄りにそれぞれ移動するため、運賃の改定が行われました。詳細は南海電鉄ホームページに記載されています。

取材時、駅構内には壁で覆われた場所も。仮駅舎撤去等ののち、駅務室工事が完了すれば駅事務室となります。券売機もこの場所に移設します。

(2)高架に切り替わっている下り(和歌山市方面)ホームへ




2021年5月21日まで、高師浜線の車両は始発前に住ノ江車庫を回送で出庫し、いったん泉大津まで移動していました。泉大津を折り返して羽衣駅の難波方面のホームに移動し、高師浜線の始発列車として運用に就いていました。
(3)代行バスの改札・仮設ホームの境目
下り線ホームから今度は高師浜線の仮設ホームに向かいました。代行バス専用の改札口への通路は下り線ホームの階段・エスカレーターの間に設置されます。




代行バス切り替え前の高師浜線に乗る
高師浜線は開業当初、全区間地上を走行していましたが、1970年3月に府道堺阪南線の交通渋滞を解消するため伽羅橋駅から高師浜駅までの間が高架化されました。
1970年3月以降も羽衣駅から伽羅橋駅までの間は地上区間で、南海本線から分かれると列車は盛り土を上っていきます。今回の工事では、同区間の盛り土を撤去して高架になります。



高師浜線が代行バス輸送に切り替えられると、伽羅橋駅・高師浜駅はともに閉鎖されました。現在は入場できないようになっています。



今後注目したいこと
今回は高架切り替え直前の羽衣駅と高師浜線について取材しました。高架工事に伴う長期間のバスによる代行輸送については自然災害を除いてほとんど前例がありません。
文/写真:樋口也寸志 取材協力:南海電鉄