快走するジェット・シルバー5700。ボディーはステンレス無塗装を基本に、前照灯まわりやドア部に新色のカインドブルーを配しています(写真:のりえもん / PIXTA)

関西紀行の〝乗り鉄コラム〟第2弾。

大阪・梅田と神戸三宮、元町を結ぶ阪神電気鉄道の新鋭電車「ジェット・シルバー5700」(阪神5700系)を取り上げます。

鉄道に関心ない方は、「最近の電車はどれも一緒」と思っているかもしれません。確かにデザインは似ていなくもありませんが、細部に目をこらせば鉄道事業者のこだわりが見てとれます。

本コラムで取り上げるジェット・シルバー5700は、立ち上がりやすさに配慮した「ちょい乗りシート」、3タイプの高さを使い分けるつり手(つり革)、乗客が操作できる「ドア開閉ボタン」をはじめとした新機軸が満載です。乗車時の印象や車両プロフィールの資料から、阪神の快適性追求へのこだわりを解き明かします。

「西へ東へ、キタへミナミへ。」

最初に阪神の路線ネットワークについて説明します。会社のキャッチフレーズは、「西へ東へ、キタへミナミへ。」です。関西圏の鉄道は関東に比べ、相互直通運転区間が少ないことはファンの皆さんならご存じでしょう。その例外が阪神。阪神電車は西代から山陽電気鉄道(山電)に乗り入れて山陽姫路まで直通運転します。

さらに阪神なんば線は、大阪難波から近畿日本鉄道奈良線に直通。近鉄奈良に直行します。まさに「西へ東へ」です。

「キタへミナミへ」について、余計な説明は不要でしょう。キタは梅田・JR大阪駅、ミナミは難波・心斎橋界隈。線形はY字形の若干変形ながら、阪神はキタとミナミの双方に路線を持つ唯一の私鉄です(JRやOsaka Metroを除く)。

本線、阪神なんば線、武庫川線、神戸高速線の4路線

阪神の路線は本線(大阪梅田―元町間32.1キロ)、阪神なんば線(尼崎―大阪難波間10.1キロ)、武庫川線(武庫川―武庫川団地前間1.7キロ)、神戸高速線(元町―高速神戸―西代間5.0キロ)と比較的シンプル。阪神なんば線の一部区間は西大阪高速鉄道、神戸高速線は神戸高速鉄道が線路を持っていて、阪神は両社の路線に第2種鉄道事業者として乗り入れます。

営業キロは、2種区間を含めても50キロ足らず。阪神はレジャー事業や不動産業の売り上げが鉄道事業をしのぎ、専門家の目で見れば何の会社? の一面もありますが、看板は鉄道。早くから総括制御や密着式連結器といった新技術を採用、阪神間を疾走する阪神電車に、魅力を感じるファンは少なくありません。

各停の通勤型電車ながら「ブルーリボン賞」受賞

ちょい乗りシートからドア開閉ボタンまで 各停の通勤電車で快適性追求 阪神「ジェット・シルバー5700」の実力をみる【コラム】
ブルーリボン賞受賞を記念したラッピング(西宮駅)。ちなみに、阪神が同賞を受賞するのはジェット・シルバー5700が初めてです(写真:阪神電気鉄道)

阪神の新鋭車両、それが2015年にデビューした5700系電車です。各駅停車用通勤電車のジェット・シルバーは4両1編成で、本線と神戸高速線で運用します。

ジェットカーは、60年以上続く阪神各停電車の愛称名というかブランド。阪神は駅数が多く、各停がゆっくり走っていては、後からくる特急や急行に追いつかれてしまいます。

そこで、阪神は各停に高性能車両を投入してきた歴史を持ちます。

初のジェットカーは1958年デビューの初代5001形電車でした。

鉄道ファンも、ジェット・シルバー5700の高性能を分かっています。通常は特急用車両や観光列車が受賞する鉄道友の会のブルーリボン賞を、2016年に受賞しました。

3種類のつり手を使い分けて握りやすさに配慮

ちょい乗りシートからドア開閉ボタンまで 各停の通勤電車で快適性追求 阪神「ジェット・シルバー5700」の実力をみる【コラム】
3種類の高さを使い分けたつり手(写真:阪神電気鉄道)

車内設備のこだわりとして、つり手(つり革)が挙げられます。床面からの高さは1838ミリ、1618ミリ、1550ミリの3種類。ドア部は高く、車内に入ると通常の高さと、床面からの高さを下げたつり手を用意して、使い分けてもらえるよう工夫します。

さらに、つり手はドア部のマクラギ方向にも設置しています。最近の通勤車両は以前に比べつり革が増設され、混雑時もヨロけたりしなくなりました。

大型の袖仕切りで車内の圧迫感をなくす

ちょい乗りシートからドア開閉ボタンまで 各停の通勤電車で快適性追求 阪神「ジェット・シルバー5700」の実力をみる【コラム】
ジェット・シルバー5700車内。やはり大型の袖仕切りが目を引きます(写真:阪神電気鉄道)

ジェット・シルバー5700は、シートにも新機軸があります。乗車してすぐ目に留まるのが、ドア部と座席を仕切る袖仕切り。画像で一目瞭然ですが、従来の鉄道車両に比べると、かなり大型です。形状もドア側からみると真ん中が山型に盛り上がっていて、ラッシュ時に寄りかかれそうです。

説明によると、大型の袖仕切りと、垂直のスタンションポール(金属パイプの手すり)に仕切り機能を持たせ、仕切りそのものは小型化して、車内の圧迫感をなくしました。

中央部の山型は、予想通り腰乗せでした。

とはいっても、写真と拙文でご理解いただくのは限界も。関西の皆さん、そして全国の皆さん、次回の関西紀行の際は、ぜひ大阪梅田から神戸三宮まで、ジェット・シルバー5700で移動してみてください。

立ち上がりやすい「ちょい乗りシート」

ジェット・シルバー5700は、シートそのものも工夫しました。ドア横2席は、名付けて「ちょい乗りシート」。先述のように阪神は駅間が短く、各停の場合、短区間乗車する利用客が一定数います。

そこで阪神がひねり出したのが、立ち座りしやすいシート。座面を通常のシートに比べて3センチほど上げ、前端部をわずかに傾斜させ、立ち座りしやすくしました。

乗客は、気付かないかもしれません。でも写真でみると、隣接する一般シートとの違いがよく分かります。

すべての車両に車いすとベビーカーのスペース

すべての人が利用しやすい、車両のユニバーサルデザイン(UD)にも創意工夫があります。ジェット・シルバー5700は、すべての車両に車いすやベビーカー対応のスペースを用意しています。

ドアレールは、これも最近の鉄道車両の定番ですが、車いすやベビーカーがレールに引っ掛からないように、切り欠きを設けています。ドア上部には、扉に挟まれるトラブルを防止するためのドア開閉予告ブザー、ブザーと同時に点滅するLED式予告灯、視覚障がい者のために、チャイム音が鳴る誘導鈴を設置しました。

ドア上の車内案内表示器は32インチハーフサイズで、停車駅、乗換案内、駅設備、開扉方向などを分かりやすく表示します。画面を左右に分けて、右側に運行案内、左側に静止画や動画を表示するといった分割表示も可能です。

大都市の各停通勤車両では珍しいドア開閉ボタン

ちょい乗りシートからドア開閉ボタンまで 各停の通勤電車で快適性追求 阪神「ジェット・シルバー5700」の実力をみる【コラム】
各停時の運用で特に実力を発揮する「ドア開閉ボタン」(写真:阪神電気鉄道)

ジェット・シルバー5700は、環境性能も追求します。モーターは電力回生ブレーキ付きのVVVFインバータ制御を採用。低騒音化を実現するとともに、回生ブレーキ領域の拡大で、消費電力は従来車両比で50%程度に抑えた省エネ車です。

車内設備で目を引くのがドア開閉ボタン。従来は寒冷地仕様車両に必携でしたが、最近は阪神のような一般都市鉄道での採用事例が増えています。阪神は「各停の場合、特急や急行の通過待ちで一定時間、駅に停車することがあるので、お客さまがドア開閉して、車内を保冷・保温するため」と説明します。

リニューアル車やワンマン改造車にもドア開閉ボタン

阪神はジェット・シルバー5700を今後の標準車両とする考えです。1995年から投入した5500系電車のリニューアル工事や、同形式の武庫川線対応のワンマン改造でも、ドア開閉ボタンや座席中央部へのスタンションポールなど、5700系に準じた設備を採用しました。

このうち武庫川線用5500系は、ワンマン運転に対応するため自動放送装置を設置しました。武庫川線は路線は短いものの、列車は2両編成で短いことから、客室の一部をシートをなくしてフリースペース化し、輸送力増強にもつなげています。

遊び心が感じられるのが、武庫川線用5500系の塗装。

黄色に黒色のしま模様は、多くの方が想像される通り「タイガース号」。車内では、一部の座席に座るとトラ耳をつけているように見える「TORACO SPOT」を設置して、〝映える〟(すでに流行遅れの表現かも)シャッターチャンスを演出した、その名も「TORACO号」です。

阪神といえば野球という方も多いでしょう。今シーズンの阪神タイガース、開幕当初は連敗続きでしたが、セパ交流戦を契機に盛り返してきました。阪神電車も粘り腰をみせるタイガースのように、常にフレッシュな活力あふれる鉄道であってほしいと思いながら、本コラムを終えます。

ちょい乗りシートからドア開閉ボタンまで 各停の通勤電車で快適性追求 阪神「ジェット・シルバー5700」の実力をみる【コラム】
ジェット・シルバー5700外観(御影駅)。スマートさや精かんさを感じさせます(写真:阪神電気鉄道)

記事:上里夏生

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