※2023年8月撮影
トップ画像は、東府中駅から京王バスでやってきた都立「浅間山公園」の「堂山」に登る「女坂」の下。府中市の「由来碑」があります。
記載内容は以下です。
「女坂(おんなざか)
この坂は、浅間山の山頂にある浅間神社への西側からの坂道です。勾配がおだやかなため、急な「男坂」に対して、この名がついています。
浅間山(標高80メートル)は、自然史的にみて特異な存在の山で、地質が付近の段丘地質と全く異なる御殿峠礫層(ごてんとうげれきそう)から成っています。
これは多摩丘陵を構成する地質ですが、すでに武蔵野段丘や立川段丘が形成される以前に古多摩川によって周囲を削り取られ孤立して残った浸食丘だといわれます。
昭和60年3月 府中市」
「浅間山公園」の地質が周辺と異なっていることは他にも書かれていますが、やはり不思議なコトだと感じますね。
勾配が緩やかとは言え、極めて気温の高い8月なので汗がポタポタと眼鏡に垂れてきます。とにかく熱中症予防に保冷剤で冷やしたお茶をガブガブ飲んでいます。Tシャツは既に絞れる程の汗です。

帰宅して風呂で汗を流した後のビールのコトを考えて頑張ります

ようやく頂上です。

「浅間神社」があります。

足下に国土地理院の「二等三角点 人見」があります。

「浅間神社」にお詣りするのは、久しぶりです。

小さな祠は変わりません。

これは2008年(平成20年)3月に来た時の写真。周囲の木々が葉を落としています。

御祭神は「木花開耶姫命(このはなさくやびめのみこと)」、筆者は「海幸彦」「山幸彦」のお母さんと覚えています。神話では詳細が色々とありますが、大雑把に言えば「富士山信仰の浅間大社(富士の権現)の神様」です。

「浅間山公園」の散歩、続きます。
(写真・文/住田至朗)
※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。
※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。
※参照資料
・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)
・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他
下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました
・『京王電鉄昭和~平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)
・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)