※2024年2月撮影
トップ画像は、「永福町駅」南口への連絡通路橋。
南口に入ります。

エスカレーターで上り連絡通路橋を渡ります。

連絡通路橋から渋谷方面。左は「永福町駅」橋上駅舎。

こちらは吉祥寺方面。吉祥寺行電車が出発しています。

連絡通路から左奥にある改札口側を見ています。

コンコースに彫刻『冬の像』が展示されています。作者は永福町在住だった彫刻家佐藤忠良氏(1912~2011)。

「永福町駅と文化人」と「彫刻家 佐藤忠良」のパネル2枚が掲示されています。写真は前者。

昭和35年頃の永福町駅駅前風景の写真(資料提供:京王電鉄株式会社・京王資料館)と以下の文章が添えられています。※昭和35年(1960年)
「永福町駅は昭和8年、帝都電鉄の渋谷-井の頭駅間の開通(翌9年に吉祥寺駅まで延伸)と同時に開設されました。
そして、当時永福寺にはアトリエが6つもあり、そのなかの1つは国木田独歩の次男、榎本武揚の孫にあたる佐土哲二のアトリエで、他の4つも帝展関係の彫刻家のアトリエだったと記しています。佐土は美術学校(芸大)の彫刻家を主席で卒業した彫刻科で、中川邸によく出入りしていたとも記しています。
その後も、永福町には中川の義弟で、演出家の千田是也、画家の池部鈞とその息子で俳優の池部良、仏文学者・詩人で慶應義塾長の佐藤朔、作家・詩人の中井英夫、俳優の森光子など数々の文化人が住まいを構えました。」
中井英夫さんは角川の雑誌「短歌」の編集長として塚本邦雄、寺山修司などを見出した人として有名です。アンチ・ミステリーの傑作『虚無への供物』(講談社文庫)も凄い小説です。
もう一度北口を出ました。

北口から北を見ています。

次回は、北に向かって歩きます。
(写真・文/住田至朗)
※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。
※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。
※参照資料
・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)
・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他
下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました
・『京王電鉄昭和~平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)
・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)