持って生まれた敏捷性で相手DFを手玉に取った
173センチ、70キロと、体格に恵まれていたわけではないが、類稀なるスピードで多くのゴールを生み出してきたイングランドを代表するストライカー photo/Getty Images
大腿部裏側の筋肉ではなく、ハムストリングと紹介されたのは『JSPORTS』のプレミアリーグ中継が最初だったと記憶している。大腿二頭筋、半膜様筋、半腱様筋の三つの大腿後面にある筋で、下肢の動きに大きな影響を及ぼす部分だ。
マイケル・オーウェンのキャリアには、ハムストリング痛が付いてまわった。
「フルメニューのトレーニングをこなしても痛みはなかったのに、翌日に目覚めると違和感があったり、激痛がはしったり……」
オーウェンみずからが述懐する。
医学専門書や資料を紐解くと、ハムストリング痛は癖になりやすいと解説され、トレーニングが難しいとも記されていた。
勇躍ピッチに登場し、持って生まれた敏捷性で相手DFを手玉に取った。173センチ、70キロのスピードスターがピッチ上で躍動する。ところが次の瞬間、苦悶の表情で右のもも裏を抑える。そんな姿を何度目撃しただろうか。
もし、オーウェンの肉体がより頑丈であれば、科学が発達してハムストリング痛を完治する薬が開発されていれば、人生は間違いなく変わっていた。
「ハムストリングに深手を負ったのは、98年のリーズ戦だったと記憶している。あれから引退するまで、つねに不安を抱えながらプレイしていた。それでも世界のトップレべルで、完全に回復はしなくても闘い続けられた事実は誇りに思う」
13年3月19日、引退を公表した際のオーウェンが悔しそうに、それでいて胸を張りながら語っていた姿が、いまでも鮮明に思い出される。
マーカーとの間合いに優れ、瞬時の判断でフリーになる
2000-21シーズンのFA杯決勝。
マーカーとの間合いに優れ、瞬時の判断でフリーになる
アーリング・ハーランドのような破壊力も、クリスティアーノ・ロナウドのようなカリスマ性もなかったが、ゾーンに入ったときのオーウェンを止める手段はただひとつ、イエローカードやレッドカードが伴うファウルだけだった。
マーカーとの間合いに優れ、柔軟なボールコントロールも会得していたため、超絶技巧を使う必要がなかった。ペナルティボックス内では瞬時の判断でフリーになり、多くのチャンスをモノにした。
リヴァプールでは公式戦297試合出場、158得点。97-98シーズンから2年連続でプレミアリーグ得点王に輝き、97-98シーズン以降は7年連続でクラブの最多スコアラー。そして2001年にはバロンドールまで受賞している。きらびやかなキャリアを振り返るたびに、ハムストリング痛が悩ましい。
「所属クラブに貢献できたのはほんの3、4年かもしれない。あっという間だった」
オーウェンのコメントがやけに切ない。リヴァプールからレアル・マドリードに移籍し、その後ニューカッスル、マンチェスター・ユナイテッド、ストークでもプレイしたが、ときおり才能の片鱗を見せるだけで、周囲の期待に応えられはしなかった。
それでも、行く先々で強烈なインパクトを残してきた。“一瞬の夏”だったとしても、マイケル・オーウェンの名は永遠に語り継がれていくに違いない。
文/粕谷 秀樹
※電子マガジンtheWORLD262号、10月15日配信の記事より転載

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