そう、デ・ブライネほど今の最強シティに欠かせない選手はいないだろう。矢を射るようなパスに、推進力のあるドリブル、強烈なミドルシュート、背中で引っ張るキャプテンシーなど、最古参として今季もチームを牽引。ラストピースとなったハーランドを最も活かすのも彼だ。以前から名将ペップ・グアルディオラも「現世界最高のMF」と絶賛するほどで、デ・ブライネがいるといないとでは全く別のチームになってしまう。
疲れが溜まりきった身体にムチを打ちながらプレイしたことで、CL決勝では不運に見舞われたが、デ・ブライネはシティに“トレブル”をもたらし、名実ともについに世界最高のMFとなった。ザ・ワールドが選ぶ今季MVPはデ・ブライネだ。
賢い選手は考えない 反射的に正解を叩き出す
今や世界最高のMFと称されるデ・ブライネ photo/Getty Images
世界で最も「賢い」選手と言われている。しかし、デ・ブライネは「すべては自然にやる」とインタビューに答えていた。つまり、あまり考えていない。世界一賢い選手があまり考えていないというのは矛盾するようだが、サッカーではむしろこれが普通である。
もちろん何も考えていないわけではないのだが、その時間はとても短く、1秒以下なので「考えた」という自覚はほぼない。
デ・ブライネの賢さは随所に表れている。マンチェスター・シティが悲願のCL制覇を果たした今季のプレイを例にあげてみよう。
アウェイのセビージャ戦の20分、デ・ブライネはハーランドへクロスボールを送り先制点を演出している。デ・ブライネはペナルティエリア右角あたりにいた。その外側にはフォーデンがフリー。デ・ブライネはフォーデンにパスするよう味方に指示を送り、フォーデンへボールが渡ると、自分をマークしていたDFの背中側を走って「ポケット」へ侵入、ワンタッチで絶妙のラストパスを供給した。
このフリーランニングからのクロスボールは十八番の1つだ。ポイントは「いつ」動くか。目安はDFである。フリーでボールを受けたフォーデンへ向かって一歩動けば、それが合図になる。しかし、このときのデ・ブライネはまだ動かなかった。
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昨年9月に行われたセビージャとのCL・GS第1節では、ハーランドの先制点をアシスト。4-0の快勝に貢献した photo/Getty Images
準決勝のレアル・マドリードとのホームゲーム。23分にベルナルド・シウバの得点をアシスト。右のハーフスペースでパスを受けたデ・ブライネは、モドリッチとクロースの間のわずかな隙間にボールを通過させ、ボックス内のB・シウバにラストパスを届けた。
デ・ブライネへ向かったのはモドリッチ、その斜め左側のカバーリングポジションにクロース。デ・ブライネがパスを受けた段階で、この2人の間を通すのは不可能だったが、モドリッチが少しアプローチの角度を変えて内側に移動した瞬間に生じた隙間を見逃さなかった。動いている守備者は同時に反対側には動けないので、モドリッチのすぐ側を通過させるパスを躊躇なく選択している。
この2つの例だけでも、デ・ブライネが味方と敵とスペースを完全に把握していることがわかる。
正確無比のキックと先を見透かすビジョン
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バイタルエリアでボールを受けることで、相手にとってはより脅威となる photo/Getty Images
デ・ブライネは「ライン間」でプレイする選手だ。そして「キック」の選手でもある。
デ・ブライネが本当に「考えて」いるのは、敵の1列目と2列目の間でプレイするときだろう。相手のFWとMFの間は選択の時間がある。そのまま間髪入れずにラストパスというケースもあるが、基本的には思考する。同サイドか逆か、前か戻すか。敵味方、スペース、試合の流れを読みながら、あれこれ考えを巡らせながら(といっても長くて2、3秒だが)、思慮深くプレイしている。
DFとMFの間でプレイするときはほぼ反射だ。周囲の状況をインプットしたうえでのプレイなので考えていないわけではないが、演算速度は「考えた」と自覚する間もない。
右足は絶品、左も素晴らしい。くるぶしに近い部分でとらえる反発力の強いキックは、無慈悲なミドルシュートとして多くのゴールを生み出した。パス、シュート、クロスボールにおいて、いずれも強くて正確なキックが効果的に駆使されている。
キックの質は絶対的なアドバンテージだが、それ以上に「見えている」ものに特別な才を感じる。例えば、疾走するハーランドの鼻先へ届けるパスは、ハーランドと並走しているDFにぎりぎり届かず、ハーランドがぎりぎり受け取れる軌道を描く。キックの質が前提ではあるが、その軌道を一瞬で決められる、軌道が「見えている」のは、考えずに最善手を選択できる能力以上に特殊だと思う。
歴代の名手たちはしばしば、ボールを蹴る前に軌道が「見えている」と証言する。ある選手は「白い線のようなものが見えた」と言っていた。ある種の錯覚なのだろうが、デ・ブライネのパスを見ると、そういうものが「見えている」としか思えないときが確かにある。
ペップとの邂逅は運命的 必要不可欠なシティの“牽引車”
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悲願であったCL優勝が決まり、ペップと喜びを分かち合う photo/Getty Images
偉大なプレイメーカーに共通する特徴として、テンションの低さがあげられるかもしれない。
周囲の選手たちのテンションがどんどん高まり、スタジアムがヒートアップしていく中、何を考えているのかわからないのが彼らだ。ピルロやイニエスタの名を持ち出せばわかりやすいだろう。そして自然体。デ・ブライネもこの仲間である。
チェルシーに所属していたとき、デ・ブライネはモウリーニョ監督から「6番目のMF」と言われたそうだ。ウィリアン、オスカル、マタなど、優れたMFがいたのは確かで、デ・ブライネはその中で埋没していた。ヴォルフスブルクに移籍するとすぐに真価を発揮しているので、すでに現在のデ・ブライネに近かったはずなのだが、監督からするとそのローテンションは使いにくかったのかもしれない。
ベルギー代表でもサイドアタッカーとして奮闘していたが、真価を出せたのはハーフスペースやライン間という曖昧なエリアだった。何をするか明確に決まっていない、創造性を発揮する余地の多い場所である。
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愛する子供たちとビッグイヤー獲得の喜びを分かち合う photo/Getty Images
走力、パワー、スタミナ、ドリブルの推進力に優れていて、高いレベルでハードワークもできる。ただし、デ・ブライネの「賢さ」がより生かされるのは、やるべきことが決まっているポジションより、常に浮遊しながらアウトプットの直前まで何も決まっていないような場合だ。その点で、ハーランドと並ぶ形のトップからライン間に下りる、サイドへ流れる、後方へ引く。
デ・ブライネと同種の「見えている」プレイビジョンを持っていた、グアルディオラ監督との邂逅は運命的だったといえるかもしれない。シティでのデ・ブライネはまさに水を得た魚としてその才能を余すところなく発揮し続けている。
ペップは毎シーズン、新しいアイデアをチームに導入し、新しい形を示すイノベーターだが、アタッキングサードでは形よりも選手の特徴を優先してきた。そこで起こる選手の才能との化学反応はしばしば大きな効果を生み、その錬金術の手腕がペップを世界最高の監督にしている。デ・ブライネの才能を見出し、今季はそこへハーランドを組み合わせたのが三冠の決め手となった。
2年前の古巣チェルシーとのCL決勝で負傷交代、そして今季のインテルとのファイナルでも負傷交代となる不運はあった。ただ、今回は少し前からハムストリングにトラブルを抱えていたことをインテル戦後に明かしていて、限界まで死力を尽くして戦った結果といえる。終盤戦の起用法から見ても、ペップも状況を把握していたに違いなく、それだけ不可欠の選手なのだ。そもそも、デ・ブライネがいなければ、いずれもそこに到達することはできなかっただろう。ペップが率いるシティの象徴的な存在であり“牽引車”だった。
文/西部 謙司
電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)282号、6月15日配信の記事より転載