盤石のスカッドを手に入れたアーセナル。あとは、ミケル・アルテタ監督がどうチームを導くかだ。3年連続2位、あと1歩でタイトルを逃し続けた屈辱を今季こそ晴らすことができるか。そのためには指揮官自身も成長することが必要だ。補強によってアーセナルはアルテタ政権下最大の戦力を保持したと言っていいが、裏を返せば失敗は許されないということだ。
最高のビッグサマーでついに足りないピースを獲得
いよいよ盤石な陣容を与えられたアルテタ。目指すはリーグ制覇しかない Photo/Getty Images
アーセナルの今夏の移籍市場は、ここ数年で最高のビッグサマーとなった。選手獲得に費やした資金は2億6000万ポンドと伝えられ、日本円にしておよそ520億円にものぼる。これまでも夏には決して少なくない資金を投入してチーム強化に努めていたアーセナルだったが、今夏の動きは素早く、かつ的確なもので、実力者を次々と獲得していった。
獲得を主導したのは昨季末に加入した新SDのアンドレア・ベルタ。アトレティコ・マドリードでアントワーヌ・グリーズマン、ヤン・オブラク、ルイス・スアレスらの獲得に尽力してきたベルタはさっそくその辣腕をふるい、アーセナルに強力なスカッドをもたらしている。新加入の選手は8名。
このうち、スビメンディだけはベルタの主導ではなく、昨季のうちから獲得が進められていた選手だ。トーマス・パルティとジョルジーニョの退団によってアンカーのポジションを埋める必要があったアーセナルだが、スビメンディはまるで長くチームにいるかのように違和感なくフィットし、卓越したゲームメイクのセンスを見せている。
スビメンディはトーマスとはタイプが違うアンカーだ。トーマスは長いリーチと的確な読みでボールを刈り取り、素早く前線に届けるプレイを得意とした。いわばボールのベクトルを自陣方向から敵陣方向へ反転させるプレイだ。
スビメンディは少し違う。ボールを刈り取るのも苦手なわけではないが、真骨頂はそこから展開するプレイだ。センターバックの間に降りたり、相手選手の間に入ったり、ビルドアップの突破口を作り出す。敵ゴール方向だけでなく、さまざまなベクトルを示してボールの進む道を導くのだ。ボールを持ちながら相手をかわすプレイも得意で、スビメンディがボールを持つことでアーセナルのボール回しにはリズムが生まれてくる。スペインでは中盤の底の選手「ピボーテ」がゲームを作るという伝統があるが、スビメンディはまさにそんな選手といえる。
アーセナルは昨季、徹底して低いブロックを敷く格下のクラブを攻略しきれず勝点を落とした試合がいくつもあった。スビメンディの加入は、こうした相手を崩して攻略するためのアイデアをいくつも提供してくれるはずだ。
もう1つ、相手から勝点をもぎ取るために待望されていたのがストライカーだ。マンチェスター・ユナイテッドに加入することになったベンヤミン・シェシュコもターゲットとなっていたが、最終的に迎え入れたのはギェケレシュ。昨季ポルトガルで公式戦52試合54ゴールを奪ったストライカーがアーセナルのラストピースたりうるかという点は、今季の大きな注目ポイントだ。
ガブリエウ・ジェズスともカイ・ハフェルツとも違う「いかにも9番」というタイプのギェケレシュがアーセナルにフィットするのかどうかは、懸念点でもある。プレシーズンマッチも含めてギェケレシュが出場した数試合において、ボールへの関与の少なさでさっそく批判も受けている。しかしそれはマンチェスター・シティのアーリング・ハーランドも同じこと。ゴールという結果を導けば、タッチ数の少なさなどどうでもよい話だ。そのためにギェケレシュがどうアーセナルに適応するのか、あるいはチームがギェケレシュにどう得点を取らせるのかを工夫することが重要になる。
第2節リーズ・ユナイテッド戦ではPK含む2ゴールを決めてみせたギェケレシュだが、この試合にヒントがあった。ギェケレシュは後半早々に、左サイドに空いたスペースに走り込んでボールを受け、左からカットインする形で得点を奪っている。
ギェケレシュがカットインする形を作り出すまでに、アーセナルのパス回しには意図的に左のスペースを突く狙いが見てとれる。ギェケレシュにラストパスを出したのは中盤中央に入っていた左SBのリッカルド・カラフィオーリだったが、その前の形を見てみると、CBのガブリエウ・マガリャンイスがタッチライン際を戻ってきた左ウイングのマドゥエケにパスを出すところから始まっている。戻るマドゥエケに対面のサイドバックであるジェイデン・ボーグルが付いてきており、背後にスペースができた。
さらにデクラン・ライスが少し前に出て右CBのジョー・ロドンを引きつけることで、ギェケレシュはマークについていたパスカル・ストライクと1対1で勝負する形に持ち込むことができている。マドゥエケからのパスを受けたカラフィオーリが背後のスペースにパスを出すと、あとはギェケレシュが突進しストライクを振り切って得意の形に持ち込むだけだった。
これは、右一辺倒といわれたアーセナルの攻撃の形に変化をもたらすものでもある。ブカヨ・サカ、マルティン・ウーデゴー、そして右SBのベン・ホワイトもしくはユリエン・ティンバーが絡んで右から崩す形はアーセナル得意のパターンだが、アーセナルが右から崩してくることは相手も熟知しており、攻撃の停滞を招くことも少なくなかった。前述のとおりアーセナルの左SBはMF化して中央に入ることが多いため、左ウイングのガブリエウ・マルティネッリやレアンドロ・トロサールは孤立しがちで、なかなかチャンスを作り出せないのも悩ましい点だった。左に流れることを得意とするギェケレシュの動きを活かすことで、アーセナルは左サイドからもチャンスを広げることができるようになるはずだ。
怪我人続出もなんのその!? 今季のスカッドはリーグ屈指の厚さ
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求められていた9番ポジションにはギェケレシュを獲得。この怪物ストライカーがプレミアに適応できるかは大きなポイントとなる Photo/Getty Images
アーセナルは開幕戦のユナイテッド戦を苦戦しながらも制し、第2節のリーズ戦を5-0の圧勝で終えた。アンフィールドで行われた第3節リヴァプール戦はドミニク・ショボスライのFK一発に沈んだが、第3節を終えて3位。
しかし、さっそくチームはいつもの“悪癖”に悩まされている。怪我人の多発だ。昨季も怪我人を多く出してしまったがゆえチームは失速し、首位を走るリヴァプールを追いかけることができなかった。今季も第2節までにサカとハフェルツ、第3節では守備の要ウィリアム・サリバが足首を痛めて離脱し、序盤からレギュラー格の選手たちに負傷が続出している。
昨季までのアーセナルであれば、サカとハフェルツ、サリバが同時離脱などしようものなら一気にチームは失速していた。だが今季は分厚いスカッドを構築したおかげで、戦力を落とさずに戦うことができている。これは明確な違いだ。
マドゥエケは獲得の意味が疑問視された選手だったが、本来サカが務める右サイドに入り、その突破力でさっそくインパクトを残している。サリバはリヴァプール戦に出場し、わずか5分でピッチを退いたが、急遽代役を任されたモスケラのパフォーマンスも称賛を浴びた。『SofaScore』のデータによると、モスケラはこの試合で4回のタックル(成功率100%)、3回のクリア、2回のシュートブロックを成功させ、パス成功率は92%だった。
新10番となったエゼの使い方も興味深いところだ。リヴァプール戦では後半途中から左サイドで出場したが、攻撃的MFとして中央での起用もありうる。アーセナルの攻撃に新たなアイデアを加えることができる存在で、これから連携を深めていくなかで、プレミア経験も豊富なエゼがチームにもたらすものは大きいと考えられる。
さらに、アーセナルはアカデミー出身の若手の突き上げという嬉しい悩みも抱えている。昨季頭角を現したDFマイルズ・ルイス・スケリー、MFイーサン・ヌワネリはすっかりシニアチームの一員で、チャンピオンズリーグの舞台も経験。今季はさらなる飛躍が期待される。そしてもうひとり、なんと15歳のMFマックス・ダウマンが大きな注目を集めている。
プレシーズンのニューカッスル戦で決勝点につながるPKを獲得したが、第2節のリーズ戦でもダメ押しの5点目を生み出したPKを獲得したのがダウマンだった。左足のボールの運び方はウーデゴーによく似てもいるが、個での突破もできる選手で、グンと伸びるスピードはウーデゴーにはないものだ。15歳とはとても思えぬ冷静さや勝負度胸も兼ね備えており、ジョーカーとしての活躍が期待される。
アルテタが一皮剥けることが必要 大胆な“攻撃の判断”を
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リヴァプール戦でデビューしたエゼ。流れを変えるためにもう少し早い投入でもよかったか Photo/Getty Images
主力が2~3人抜けただけではビクともしない、盤石のスカッドを手に入れたアーセナル。守備の堅さやセットプレイからの一発という昨季までに示した強みも健在であり、いよいよプレミアリーグを制覇できるだけの陣容が整ったといえる。こうなると、あとは指揮官ミケル・アルテタの采配次第だ。
各ポジションに2人以上の実力者を揃えることができる現在のスカッドを使いこなすには、アルテタ監督自身も成長を見せる必要がある。ターンオーバーが乏しく主力を固定しがちであり、柔軟性に欠けるところが弱点だと言われ続けているアルテタ監督。以前ほどの“頭の固さ”はなくなってきたとはいえ、まだ交代の場面などでは判断に迷っているようにも見受けられる。
基本的にアルテタは守備からゲームを考えるタイプの指揮官であり、それがチームの堅固な守備に結びついてもいる。アーセナルの守備はもはや欧州一と言っても過言ではないほどのレベルにあり、それはディフェンスラインだけでなく前線の選手たちの働きも含めてのもの。チーム全体の守備のオーガナイズに今のところ問題点はみられない。
問題は攻撃にあるだろう。アルテタのサッカーは高度にシステマティックであり、おそらく多くの約束事がある。これが守備においては抜群の効果を発揮するが、攻撃においては足枷になってしまう部分もある。攻撃がパターン化されており、意外性に乏しいのだ。前述のように右サイドを中心に崩しにかかるが、相手に引かれてしまうとペナルティエリアを囲むようにパス回しを始めたり、インスイングのクロスでゴールの反対側を狙う。しかしなかなか得点に結びつかない……。昨季、ファンはこんなシーンを飽きるほど目にしたはずだ。
主将ウーデゴーも持ち前の創造性を発揮するというよりは、攻撃においてもチームの歯車であろうとする意識が強いように見える。あまりシュートを打たなくなり、攻撃に怖さがなくなったと指摘されることも少なくない。アーセナルといえばプレミアきってのクリエイティブな攻撃を見せるチームだったはずだが、現在のアーセナルを見ていて驚きを感じることは正直少なくなった。
少なくとも攻撃においては、アルテタは“理詰め”を捨て去る必要があるようにも感じる。相手の裏をかくような一本のパス、意外性のあるミドルシュート……。そういったものが、もっと必要なのではないか。それをもたらしてくれるのは新加入のエゼであり、スビメンディかもしれない。特にエゼにはクリスタル・パレスで見せたような、クリエイティブな閃きのあるプレイを期待したいところだ。
選手起用、特に交代起用に関しても、アルテタ監督はもっと大胆になる必要がありそうだ。リヴァプール戦でも長く睨み合いが続いたが、マルティネッリとミケル・メリーノに代えてエゼとウーデゴーが投入されたのは70分になってから。守備でも頑張れるマルティネッリは外しにくいのかもしれないが、得点を狙うならもう少し早く変化が欲しかったところだ。ダウマンも使うのであれば、もっと早くてもよかった。登場したのは89分だ。すでに1点のビハインドを負っていたのだから、もっと明確なメッセージを早くに発するべきだったかもしれない。
アルテタ政権も7季目に突入している。今夏の大量補強は間違いなく「リーグタイトルを獲れ」というフロントからのメッセージだ。アルテタが充実のスカッドを使いこなし、ついにタイトルに到達するか。それとも使いこなせずにまた無冠に終わるか。後者であれば、いよいよ指揮官の首は飛ぶかもしれない。充実しているように見えて、実は崖っぷち。言い訳の余地はなく、いよいよアルテタ監督の「監督力」が試されることになる。アーセナルにとっては緊張感のある、勝負のシーズンになるだろう。
文/前田 亮
※電子マガジンtheWORLD309号、9月15日配信の記事より転載