科学者はいつもわかったようなことを言う。3.11で福島第一原発が吹っ飛び、除染費用が消費税と相殺しようというとんでもない状況で、まだ原発を止めない。
科学者の言うことを今一つ信用できないのは、彼らだってなんにもわかってないくせに、わかったようなことを言うからだ。わからないって言ってくれりゃいいのに、宇宙はこうなっていると見てきたように言う。
『言ってはいけない宇宙論』(幻冬舎新書)は、そんな科学者の小理屈がいかなる空論を生み出してきたのか、実にシンプルにわかりやすく説明する。ブラックホールと簡単に言うが、あれが何なのかわかっていないし、家電製品の中に入っている半導体やトランジスタの仕組みも本当の意味ではわかっていない。物理学の根本は、仮説とわからないことで出来上がっているのだ。
同書の著者、X線天文学の研究者でもある小谷太郎氏に話を聞く。
【その他の画像はコチラ→http://tocana.jp/2018/04/post_16478_entry.html】
■量子力学は不完全?
物理学の一分野である量子力学によれば、原子や素粒子などは波動関数によって表される「波」だという。これは実態とは違うイメージを呼び起こす。人は細胞でできていて、その細胞は原子からできている。
実は、科学者も原子や素粒子などを正しくイメージできないと言ったら驚くだろうか。量子力学は不完全な物理学体系で、そのことは量子力学の創成期からアインシュタインたちによって指摘されていた。
「アインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンの3人が出した論文(頭文字から「EPR問題」と呼ばれる)があって、これは量子力学が不完全だという指摘なんです。2つの粒子の状態を1つの波動関数で表すことができるんですが、その時に一方の粒子を観測してその状態が決まると、もう一方の状態も決まってしまう」
量子力学では2つセットの粒子の状態を、1つの波動関数で表すことができる。すると、遠く離れた2つの粒子のうち片方を観測すると、同じ波動関数で表されるもう一方の状態も決定される。たとえそれが無限遠に離れていても、宇宙の端と端に粒子があっても、片方の状態が決まればもう一方の状態が同時に決まることになる。数式上はそうだが、ということは光速を超えて情報が伝わることになる。それはおかしいというのが、この論文の主旨だ。
だから量子力学は根本的な間違いを含んでいる、というのがアインシュタインらの考えだった。量子力学は不完全な体系なのだ。
■100年間、アンタッチャブルだった観測問題
量子力学では、観測することによって粒子の状態が定まることを「波動関数が収束する」という。例えば光を二重スリットに通すと、スリットの向こう側に縞模様ができる。光は波なので、波と波が干渉するためだ。
ところで光は光子という粒子の集まりでもある。では発射した光子がどちらのスリットを通るのか、片方のスリットにセンサーをとりつけて観測するとどうなるか? センサーは1個の光子を検出し、その位置を教える。観測の瞬間、広がっていた波(波動関数)が収束し、1個の光子が1点に出現するのだ。そしてスリットのどちらを通ったかわかると、干渉も消え、縞模様もなくなってしまう。
こうした波動関数の収束はどんなメカニズムで起きるのか? 粒子が人間に見られたから収束するのか? これは観測問題と呼ばれる問題で、長らく量子力学の謎とされてきた。
「波動関数が収束する時は物理的な変化が起きているのか、それともこちらの見方が変化しているだけなのか、意見がいろいろ分かれてました。ところが最近は量子コンピュータの研究が盛んになって、それとともに観測問題の研究も進展があった。量子コンピュータの実用化は、観測問題を避けて通れないんです。ここ最近の成果ですが、波動関数は見ている人の知識を表すものじゃないか? という考えが主流になりつつあります」
知識?
「観測された波動関数が収束するのは、物体がどういう状態にあるのか、観測者の持っている情報が変化するということです。
????? じゃあ、じゃあ知識のある人とない人が見るのでは、状態が違う?
「その通り」
マジですか。
■観測者によって異なる波動関数
「同じ物体を観測しても、すでにある観測をした人と、その観測をしてない人が見ると2人の見た波動関数は同じ物体でも違うんですよ」
AさんとBさんでは同じものが違う状態に見えるってこと? なぜ?
「だから波動関数を実在と考えるとマズい」
ちょっと待て。波動関数って粒子の状態を表す数式ですよね? それが実在ではない? じゃあ粒子って何? 粒子って概念? 概念が観測できるの?
「私たちが行なっていることは、観測結果を元にして次の観測結果を予想することの積み重ねです。それまでの観測結果を観測者は波動関数として持っているんですよ」
……どこに?
「観測者の知識の状態を数式で表すと、波動関数になりますよということです」
??
「二重スリットの実験でも、観測する人に光子がどちらのスリットを通るかわからない(=測定器をつけていない)状態だと縞模様ができるわけですよ。ところがスリットのどちらかに検出器を置いて、どちらのスリットを通ったかを知ってしまうと、波動関数が収束してしまう」
なんで?
「どちらのスリットを通るか観測をすると、観測者はその知識を得るわけですよ」
波動関数が収束する時は、物理的に何かが変化するわけではなく、知識が変化するのだという。
「これはたとえ話ですが、サイコロの波動関数を誰も知らないとします。でも僕がサイコロを振った後にチラッと見て、偶数だと知ったとします。僕にとってはサイコロの波動関数は偶数に収束したんですよ。でも他の人にはわからない。そしてふたを開けたら6の目が出ていたと。その瞬間、僕以外の人の波動関数は6に収束したわけです。しかし、僕は偶数だと知っていたので、2・4・6のうちどれか、つまり3分の1の確率に収束するんですよ。
■エヴェレットの多世界解釈
観測問題に奇想天外な提案をしたのがエヴェレットである。
「誰かが何かを観測するたびに宇宙がバッと分かれてしまう、というのがエヴェレットの考えた多世界解釈です。非常にすっきりした考え方です」
すっきりします?
「この瞬間にも無数の粒子が観測結果を出しているので、ものすごい勢いで世界は増えていることになるんですよ、エヴェレットさんが正しければ」
正しいんですか、それ? 感覚的にまったく受け入れられない。
■答え一発、量子重力論
「重力を量子力学に取り込もうという研究が何十年もされているんですが、いまだにできません。数学的に非常に難しいんです。量子力学の難問を解くのに“繰り込み”というテクニックがあるんですが、重力にはそれが使えないんですよ。別な手法が必要で、まだ誰も成功していない」
原子は原子核の周りを電子が回っている。これを量子力学を使わず、電磁気学だけで考えると、電子は原子の周りを回っている間に電磁波を放出してエネルギーを失い、原子核まで落ち込んでしまう。
「原子が存在できないことになるんですね」
でも原子は存在している。だから電磁気学ではない別の数式、別の考え方に基づいた別の数式が必要になった。
「新しく生まれた物理、量子力学を使うことで問題は解決したんです」
同じことが今、宇宙理論にも起きている。ひとつはブラックホール。
「ブラックホールの中心は既存の相対性理論では説明できないんですね」
ブラックホールの中心では時間と空間のゆがみが無限大になってしまい、物理法則が通用しないのだ。だから特異点と呼ばれる。宇宙の始まりも特異点であるため、ブラックホールの内部がわからなければ宇宙の始まりもわからない。つまり今の宇宙論は、ブラックホールがわからない現在、ただの未完成理論でしかないのだ。
「なぜビッグバンが起きたのか、誰も説明できない」
これを説明できるのが量子重力論なのだ。
■塗り替わり始めた宇宙の姿
「今までの物理理論ではわからない宇宙のことを説明する理論を、量子重力論と名付けようということです」
今の物理の問題を解決する理論を量子重力と名付けたのだから、量子重力論で説明できない現象はない! ということらしいが、安易だ。量子重力論がいまだ完成していない理由の一つは、実験が非常に難しいからだ。ブラックホールまで行けば、実験はできるが……。
「100年前の人たちが原子に囲まれていても原子のことを知るすべがなかったように、私たちもこれまで重力のことを知るすべがなかったんです」
状況が変わったのは重力波望遠鏡が完成し、重力波の観測に成功したためだ。
「2015年に重力波が検出されました。予想外にもブラックホールが放射する重力波がびゅんびゅん飛んでいたんですよ。ブラックホールは重力の実験装置みたいなもので、我々は重力の実験データをいきなり手に入れたんです」
今後、データが集まれば重力の性質がわかり、量子重力論が完成するかもしれない。
■変な小理屈、ゴット推定
未来を予測するにはさまざまな方法がある。中でもユニークなのが、ジョン・リチャード・ゴット三世のゴット推定だ。
「人類の寿命があとどのくらいあるのか? そういう、知りようがないことを推定する方法です。冷戦時代のことですが、ゴットさんはベルリンの壁を見たんです。その時、ベルリンの壁ができて8年が経っていました」
ベルリンの壁ができてから崩壊するまで、何年かかるのか、当時は誰も知らなかった。そこでゴットは次のように考えた。
・ ベルリンの壁を見る人の4分の1の人はベルリンの壁ができた直後、最初の4分の1の期間に観測する。
・ ベルリンの壁を見る人の4分の1の人はベルリンの壁がなくなる直前、最後の4分の1の期間に観測する。
・ 残りの4分の2、つまり半分の人は、その間の期間に観測する。
ゴットは、真ん中の集団、つまりベルリンの壁ができてから壊れるまでの真ん中2分の1の集団に、2分の1の確率で、自分がいると想定した。できてから8年の壁が、もしもなくなる直前なら、残りの期間は4分の1なので、壁の存在する期間は3分の32年で11年。もしもできた直後なら、これまで4分の1が過ぎたので、壁の存在する期間は32年。
つまり2分の1の確率で、ベルリンの壁はできてから11年から32年の間に崩壊する!
「28年目にベルリンの壁は壊れました。だからゴット推定は正しいとゴット先生は言うんですが、ベルリンの壁がもっとずれた時期に壊れていたら、ゴット先生は果たして発表したかどうか」
これを使うと人類の寿命はあと300億人が生まれた時に終わるか、3000億人が生まれた時に終わることになるという。
■地球外生命体は……たくさんいる!
誰もが気になる宇宙の問題は、地球以外に生命はあるのか? である。
「大勢いると思いますよ」
大勢ですか!
「生きている間に他惑星に生命が発見されるかもしれません」
おお!
「20年ぐらい前まで、他の星に生命がいると思うか? と聞くと、いないだろうと答える人も多かったと思います。しかしこの20年間で見方がガラッと変わりました。太陽系以外の他の星系の惑星がどんどん見つかったんです。昔は『きっとあるだろう』という予想でしかなかったんですが、今は何千個も見つかっているんです」
惑星があるかどうかさえわからなかったのか。どうりで今まで科学界が宇宙人に否定的だったわけだ。宇宙がビッグバンから始まって、今も膨張しているという膨張宇宙論も、物理学者が全員認めているわけではない。
「宇宙の膨張によって、遠ざかる星の光の波長が延びるドップラーシフトが膨張宇宙論の証拠とされるんですが、ドップラーシフトは宇宙の膨張ではなく別の原因であるという人もいます。もう亡くなったアープさんという人は、銀河が3つ連なって、互いに相互作用している奇妙な例をいくつも見つけているんです。3つの銀河のドップラーシフトがバラバラだというんです」
つまり、3つの銀河は別々の速度で動いている。これは宇宙の膨張では説明がつかない。全然違う場所にある銀河がどうやって相互作用するのか?
「宇宙は膨張しているが、真空の中で物質が生成しているという説もあります」
もっと極端な宇宙論もある。
「素粒子の愛が物質を作っている。天文学会の予稿集を開くと『電子のラブ』と書いてある」
あはは。
「その方とお話したことあるんですが、その方以外、誰にもよくわかりませんね」
■宇宙を知ることは、自分自身の正体を知ること
超弦理論が宇宙すべてを説明する究極の理論ではないか? と考えられた時期もあった。
「最近、超弦理論も限界が見えてきたんじゃないかと考える研究者もいます」
仮定ばかりで、実験で確認できる事実が何もないのだ。
「現実との整合性がとれない、超弦理論のピークは過ぎた気と言う人も」
重力波の発見から始まった重力波理論がすべての物理の謎を解き明かすのか?
「コンピュータの基礎理論を作ったフォン・ノイマンの『量子力学の数学的基礎』という論文には、量子力学の数学的な扱いが延々と書いてあるのですが、その中で何が波動関数を収束させているのかについてたった1カ所、“自我である”と書いてあるんです」
宇宙を知ることとは、まさに人間を知ること。すべての宇宙論が実は人間とは何かを知ろうとする試みであると量子重力論は予言するのである。
(聞き手・文=川口友万)
※画像は、小谷太郎氏(撮影:TOCANA編集部)