テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」レギュラーコメンテーターの玉川徹とフリーアナウンサーの原千晶がパーソナリティを務めるTOKYO FMのラジオ番組「ラジオのタマカワ」。「テレビではまだ出せていない玉川徹の新たな一面を発信!!」をコンセプトに、ビジネス、キャリア、マネー、カルチャー、エンタメ、音楽など、さまざまなジャンルをテレビとは違った角度から玉川が深掘りしていきます。


今回の放送では満島真之介さんがゲストに登場。ここでは、日本一周の旅や俳優業を志すようになった転機について伺いました。

満島真之介 目標は体育教師だった「両親が体育の教師で、僕もタ...の画像はこちら >>

(左から)原千晶、満島真之介さん、玉川徹



◆日本一周の旅で俳優業の世界に?

玉川:職業として俳優を選んだわけですけど、これはどういうきっかけで、どういう理由だったんですか?

満島:僕自身、小さい頃から高校3年生の夏までは体育の先生になるって考えていたんですよ。

玉川:それはなぜですか?

満島:まず、両親が体育教師で、僕もタイプ的に完全に体育の先生だったから(笑)。

玉川:たしかに言われてみれば(笑)。

満島:今でも後輩とか自分より年下の人に会うと、完全に先生みたいな空気になっちゃいますね(笑)。でも、高校3年生の夏になると、体育大学に行くよりも、大学で勉強することになる4年間に自分自身で挑戦してみたいことがたくさん出てきたんです。それが映画を作ることや、旅に出ることでした。

玉川:映画は作るほうですか?

満島:はい。このときは俳優という選択肢はありませんでした。そこから映画の助監督、裏方をやりました。チーム一丸となってやることは、スポーツに通ずる部分があったんですよね。


それで、20歳のときに日本一周の旅にも出ました。自転車で7ヵ月、200日間、ほぼ旅をしっぱなしでした。お金もないし何もないですけど、いろんな人に助けてもらって、日本人の優しさに触れながら日本一周をしました。

玉川:ほうほう!

満島:ゴールまで残り400キロ、仙台に着く頃は雨の日がすごく多い夏で、被害が出るくらいの時期でした。その仙台で久しぶりに朝日を見たんです。

そのときに、体のなかから熱がグッと燃え出すような感覚があって、「何かこの体で表現しないとダメだ!」と思ったんです。当時、助監督をやって事務所の方と知り合いになっていたので、そこから公衆電話に電話をかけて俳優事務所に行ったのがスタートだったんです。

原:へええ!

満島:もし、行ったのがタレント事務所や歌手の事務所だったら、タレントや歌手になっていたかもしれません。でも自分のなかでは、俳優だけでは抑えきれない衝動がたくさんあったんですよ。

玉川:あると思うな!

満島:人に決められたセリフを喋るだけでは物足りなくなって。その「ままならない感じ」を受け止めてくれたのが「モーニングショー」であり、バスケットボールであり、スポーツだったんです。

玉川:そうなの!?

満島:はい。
だって、誰かに好きなことをあれほどまでに熱く語ったことはなかったですし、バスケの番組もほぼ出たことがなかったですから。

玉川:きっと、体のなかに湧き起こってきた“表現者としての欲求”なんだね。

満島:そうですね。僕が旅で受けた愛情や優しさ、いろんな地域での経験を、肉体を通して伝えなきゃいけないと感じたんですよ。まだその答えを探しながら旅している感じですね。

玉川:カッコいいね!

<番組概要>
番組名:ラジオのタマカワ
放送エリア:TOKYO FM
放送日時:毎週木曜 11:30~13:00
パーソナリティ:玉川徹、原千晶
番組Webサイト: https://www.tfm.co.jp/tamakawa/
番組公式X:@radio_tamakawa
編集部おすすめ