ファンドマネジャーとして買いたいが、アナリストとして勧めにくい

 最初に、結論をお伝えします。アナリストとしての投資判断は「中立」としています。つまり、「買いでも売りでもない」という判断です。


 私は過去25年間、日本株ファンドマネジャーでした。もし今もファンドマネジャーならば、私は担当ファンドで 日本製鉄(5401) を買います。ただし、アナリストとして皆さまに「買い」とは言いません。なぜならば、日本製鉄への投資は、高いリスクを伴うからです。


 私の考えるメイン・シナリオでは、日本製鉄への投資は高いリターンを生みます。ただし、私の考えるリスク・シナリオが実現すると、株価が大きく下落する可能性があります。


 私がファンドマネジャーならば、日本製鉄に積極投資して、リスク・シナリオが実現しそうになってきたら、すばやく損切りします。失敗銘柄を早めに損切りすることが、ファンドの好パフォーマンスを維持するのに重要と分かっているからです。


 ただ、個人投資家の皆さまには、損切りが不得意な方が多いと思われます。従って、アナリストとして「買い」とは言いません。投資判断は「中立」としています。「日本製鉄」への投資は、いざとなったら「損切り」できる中・上級者の方にトライしていただいたら良いと思います。


日本製鉄の投資魅力とリスク

 私は、過去25年間、日本株ファンドマネジャーでした。ファンドマネジャーとしても、1人の日本人としても、日本製鉄が好きでした。それは今も変わりません。同社の投資魅力とリスクについて、以下の通り、考えています。


【投資魅力1】経営力

 日本製鉄は過去、何度も厳しい世界的な鉄鋼不況に見舞われ、巨額の赤字を計上することもありました。それを業界再編、構造改革、技術開発で乗り切ってきた経営力を高く評価します。


 一方、日本製鉄が買収を目指しているUSスチールは、米国政府が保護すればするほど弱体化していった歴史があります。USスチールは1960年代には、世界トップの製鉄企業でした。ところが1970年代以降に競争力が低下し、日本にトップの座を奪われ、さらに2000年代以降は、中国に追い越され、その差は拡大する一方です。


 米国は自国の鉄鋼産業に対して度重なる保護主義政策を打ち出してUSスチールを守ろうとしましたが、保護すればするほど高コスト体質の改善が遅れ、衰退が加速するという皮肉な結果となりました。米国トップの座も、電炉大手ニューコアに奪われ、2023年の粗鋼生産では米国で3位、世界で24位まで低下しています。


 日本製鉄によるUSスチール買収が実現すれば、日本製鉄は技術導入、設備刷新して、USスチールを強い会社として復活させる計画を持っています。買収が実現することが望ましいが、トランプ大統領は「投資は歓迎するが買収は認めない」と発言しており、買収が実現するか分からなくなっています。


【投資魅力2】技術力、収益力、財務内容

 昔も今も、人類にとって不可欠な鉄鋼生産で、世界トップクラスの技術力を維持してきたことを、高く評価します。


 21世紀に入り、中国による無秩序な鉄鋼大増産によって鉄鋼市況が下落して深刻な鉄鋼不況が起こり、世界中の鉄鋼会社が赤字になった時も、日本製鉄(当時の社名は「新日本製鉄」)は相対的に良い業績を維持してきました。


 中国企業と競合する汎用品生産が少なく、競合の少ないハイエンド・スチール(高級鋼材)主体のビジネスなので、中国増産の影響を直接受けずにすみました。 トヨタ自動車(7203) や パナソニック ホールディングス(6752) などにひも付き(生産する前に販売先、納入先が決まっている取引)でハイエンド・スチールを販売してきた強みが発揮されました。


 ただし、それでも世界的に鉄鋼市況が暴落した時は、日本製鉄のひも付き価格も不当に低く据え置かれたため、収益的には厳しい状況が続きました。


 近年は、中国が無秩序の鉄鋼増産をやめた効果で、ひも付き価格の値上げも通るようになった結果、安定的に高水準の利益をあげられるようになりました。財務内容、収益力とも格段に改善されました。


日本製鉄の事業利益、純利益:2019年3月期~2025年3月期(会社予想)
利回り4.8%!高配当で高リスク「日本製鉄」の投資判断、USスチールへの投資どうなる?(窪田真之)
出所:日本製鉄決算資料
注:同社説明では、2025年3月期の実力ベース事業利益(会社予想)は7,800億円、事業再編損失マイナス1,300億円

【投資魅力3】配当利回りの高さ、割安な株価

 日本製鉄の投資魅力として重要なポイントに、割安な株価が挙げられます。過去、業績が不安定だったことから、今は財務良好で安定的に高収益を上げられるようになってきましたが、株式市場の評価は低いままで、PER(株価収益率)、PBR(株価純資産倍率)はとても低く、配当利回りは高くなっています。株価指標で見て「割安」に据え置かれています。


日本製鉄の株価指標:2025年2月12日時点 コード 銘柄名 株価
(円) 配当
利回り
PER
(倍)
PBR
(倍)
1株
配当金
(円) 5401 日本製鉄 3,362 4.8% 10.8 0.7 160.00 出所:配当利回りは、2025年3月期1株当たり配当金(会社予想)160円を2月12日の株価で割って算出、楽天証券経済研究所が作成

日本製鉄に投資するリスク

 私は、日本製鉄の未来に期待していますが、そこには大きなリスクがあります。重要なリスクとして、【1】USスチール買収に関するリスク、【2】脱炭素に伴うリスクがあります。


【重大なリスク1】USスチール買収に関するリスク

 差別化された技術力を有し、収益力、財務内容とも申し分なくなった日本製鉄ですが、今のままでは成長市場へのアクセスがなく、将来に向けて需要が先細りとなるリスクがあります。


 そのため、日本製鉄は米国の製鉄大手USスチールに対して、2023年12月に買収を提案しました。この提案は2024年4月に開催されたUSスチールの臨時株主総会で承認されました。買収が実現すれば、日本製鉄は成長市場である米国市場へのアクセスを手に入れることとなります。


 ただし、この買収に対して、前大統領の民主党バイデン氏は、禁止の決定を出しました。

これに対して、トランプ大統領は「買収は認めないが、投資は歓迎する」と表明しています。さらに「(USスチールに日本製鉄が)50%以上の出資は認めない」と表明しています。


 日本製鉄は、USスチールを完全子会社とし、技術を導入、設備を刷新して、リストラ無しで再生することを計画していました。ところが、子会社にできない場合は、「技術導入」「リストラ無しの再生」が難しくなる可能性があります。


 日本製鉄にとって、難しい決断となります。あくまでも私見ですが、たとえ条件が悪くなっても、どんな形でも、USスチールに出資し、米国での現地生産を始めることは、戦略的に重要と思います。5割未満の出資でスタートし、少しずつ現地生産を増やしていくことになると予想していますが予断を許しません。


 今後、事態がどのように進展するか、慎重にウオッチする必要があります。


【重大なリスクII】脱炭素のリスク

 鉄鋼産業(高炉)は、電力産業と並び、CO2排出が大きい産業です。高炉の生産プロセスで、原料炭を使うためです。将来的には、原料炭の代わりに水素を使う「水素還元製鉄」への転換が必要です。ところが、その技術開発、設備投資に莫大(ばくだい)なコストがかかります。その負担に耐えるのには、相当な経営体力が必要と考えられています。


 このリスクは、10年以上先に現実の問題となってくると考えています。数年以内に顕在化することは無いと考えています。


【参考】日本製鉄の過去44年の歴史

 ご参考まで、同社の過去44年の株価チャートをご覧ください。


日本製鉄の株価月次推移:1980年1月~2025年2月(12日)
利回り4.8%!高配当で高リスク「日本製鉄」の投資判断、USスチールへの投資どうなる?(窪田真之)
出所:QUICKより楽天証券経済研究所が作成

 ご覧いただくと分かる通り、日本製鉄株は、1980年代以降、2回急騰相場があります。1回目は1980年代後半、2回目は2000年代の後半です。


【1】1980年代後半の大相場

 日本製鉄は明治の産業革命をけん引し、さらに戦後1960年代の高度成長をけん引した名門企業です。ところが、1970年代のオイルショックで低迷し、1980年代の前半には構造不況業種となりました。


 そこから「合理化・コストカット」の構造改革を経て大復活したのが、1980年代後半でした。バブル景気ともいわれる内需景気で、建設ブームが起こり、鉄鋼産業も大復活を遂げました。それを受けて、ご覧の通りの大相場となりました。


【2】2000年代後半の大相場

 バブル崩壊の1990年代に鉄鋼産業は再び構造不況に陥りました。ところが、その後、合併とリストラで筋肉質に生まれ変わった後、大復活しました。

2000年代の後半は、ブリックスといわれた新興国(中国、インド、ブラジル、ロシア)の成長が加速して、これらの国で鉄鋼需要が急拡大しました。日本の鉄鋼産業もその恩恵で大復活しました。


 ただし、2008年にリーマンショックが起こると、ブリックスの高成長による鉄鋼業の興隆も終わりました。中国の鉄鋼産業が、収益無視の大増産を続けたため、世界の鉄鋼市況が暴落し、世界中の鉄鋼産業が構造不況に陥りました。


 日本製鉄は、中国と競合する汎用品はほとんど手掛けず、ハイエンド・スチールに特化していたので、相対的には収益力を保ちました。それでも、汎用品の下落の影響を受けて、ひも付きの高級鋼材も安値が続き、収益低迷が続きました。


 日本製鉄は、リーマンショック後、さらに構造改革を進めました。国内で余剰だった高炉の閉鎖を進め、過剰設備が解消されたところで、極端な安値にとどまっていたひも付き価格の引き上げを進め、収益力を大幅に高めました。その成果で、2022年3月期は、売上、営業利益、経常利益、純利益の全てで過去最高益を更新しています。


 構造改革を完遂した上で、満を持して、USスチールの買収に踏み出したところです。


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(窪田 真之)

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