今、日本には保有不動産に巨額の含み益があるにもかかわらず、株価が買収価値と比べて割安な銘柄が多数あります。2005年に大活躍したハゲタカファンド(買収ファンド)がいれば狙われそうな銘柄群です。
2006年以降ハゲタカファンドは日本からほとんど撤退し、割安な「含み資産株」に買収をしかける投資家がいなくなりました。ただ最近「合意なき買収」が増える兆しがあります。今日は、そういう「含み資産株」に改めてスポットライトを当てます。
不動産価格上昇、上場企業の含み益の増大続く
アベノミクスが始まった2013年以降、景気回復と異次元金融緩和の効果で、不動産需給が引き締まり、コロナショック前の2019年まで不動産ブームが続きました。
2020年にコロナショックが起こり、在宅勤務が広く普及すると、都市部のオフィス需給は軟化し、一時不動産不況の様相を呈しました。ところが、2023年以降、コロナからの経済再開が進むと、不動産市況は持ち直し、活況を呈しています。
都市部のタワーマンションは高人気で、東京23区の新築マンション販売価格は2024年12月時点で、平均1億822万円と、1億円を超えています。
そうしたブームを反映して、上場企業が所有する賃貸不動産の含み益【注】は拡大し続けています。
【注】含み益
時価と取得原価の差額。100億円で買った不動産が120億円まで値上がりしたとき、帳簿上100億円で計上している不動産に、20億円の含み益が存在することになる。
賃貸不動産の含み益上位4社の含み益推移:2013年3月~2024年3月

このように、上場不動産株の含み益は年々拡大し続けていますが、不動産株は、2013年に高値をつけて以降、上値が重くなっています。
東証不動産株価指数の動き:2004年1月~2025年3月(26日まで)

2023年にコロナからの経済再開を好感して上昇しましたが、2024年に入ってから、日本の金利上昇を嫌気して下がりました。2025年に入ってから、好調な不動産市況と割安な株価を評価して、また上昇し始めています。
不動産業は市況産業です。過去に、不動産市況の上昇下落に対応して、ブームと不況を繰り返してきました。過去を振り返ると、1973年・1990年・2007年に市況のピークがありました。
1973年は日本列島改造論のブームの中で不動産市況が高騰しましたが、オイルショックが起こると崩落しました。1990年の不動産バブルは1990年代に崩壊しました。2007年の不動産ミニバブルは2008年のリーマンショックで崩壊しました。
このように、不動産市況が大きく変動することから、投資家は学習効果で、ブームでも不動産株への投資には慎重になる傾向があります。
保有不動産の含み益が拡大によって、買収価値(含み益を考慮した純資産価値)と比較して極めて低い評価の銘柄が増えていることから、また見直し買いが出ていると判断しています。
解散価値といわれるPBR1倍を大きく割り込む銘柄が増えている
不動産セクターには、業績が堅調で、巨額の含み益を有しているにもかかわらず、株価が上がらないため、株価が、解散価値といわれるPBR(株価純資産倍率)1倍を割れる銘柄が多数あります。
賃貸不動産に大きな含み益があるのは、不動産会社ばかりではありません。電鉄・倉庫など、さまざまな業種に「含み資産株」があります。
直近の決算期末で、賃貸不動産の含み益が2,000億円を超えている25社は以下の通りです。
賃貸不動産に含み益2,000億円以上を有する25社 コード 銘柄名 不動産 含み益(億円) 1 8802 三菱地所 不動産 4兆8,500 2 8830 住友不動産 不動産 3兆9,949 3 8801 三井不動産 不動産 3兆3,589 4 9020 JR東日本 電鉄 1兆6,232 5 9432 NTT 情報通信 1兆3,250 6 9005 東急 電鉄 6,370 7 9042 阪急阪神HD 電鉄 5,711 8 8804 東京建物 不動産 5,264 9 8267 イオン 小売 5,231 10 9021 JR西日本 電鉄 4,662 11 9531 東京ガス ガス 4,475 12 3289 東急不動産HD 不動産 4,084 13 9602 東宝 サービス 4,046 14 8905 イオンモール 不動産 3,873 15 3003 ヒューリック 不動産 3,849 16 9301 三菱倉庫 倉庫 2,724 17 3231 野村不動産HD 不動産 2,668 18 9706 日本空港ビルデング 不動産 2,646 19 9104 商船三井 海運 2,584 20 1812 鹿島 建設 2,517 21 9401 TBSHD 情報通信 2,447 22 9006 京浜急行電鉄 電鉄 2,435 23 1802 大林組 建設 2,306 24 8233 高島屋 小売 2,101 25 7013 IHI 機械 2,072 出所:各社、開示されている最新の期末有価証券報告書より、楽天証券経済研究所が作成。
このような含み資産株には、含み益を考慮した実質PBRが1倍を大きく割れる銘柄が多数あります。実質PBRについては、後段で説明します。まずは、銘柄データをご覧ください。
実質PBRが0.6倍以下、含み益が600億円以上の12銘柄:実質PBRが低い順に配置 コード 銘柄名 不動産 含み益
(億円) 連結PBR
(3月26日) 実質PBR
(3月26日) 1 8841 テーオーシー 不動産 1,271 0.58 0.34 2 9324 安田倉庫 倉庫 326 0.56 0.47 3 9304 澁澤倉庫 倉庫 628 0.79 0.49 4 3001 片倉工業 繊維 980 0.85 0.52 5 9308 乾汽船 海運 580 1.06 0.53 6 8818 京阪神ビルディング 不動産 834 0.93 0.53 7 4676 フジ・メディアHD 情報通信 688 0.56 0.54 8 5901 東洋製缶グループHD 金属製品 1,243 0.59 0.54 9 8802 三菱地所 不動産 4兆8,500 1.28 0.55 10 9119 飯野海運 海運 1,084 0.82 0.56 11 9401 TBSHD 情報通信 2,447 0.70 0.57 12 8830 住友不動産 不動産 3兆9,949 1.33 0.60 出所:各社、直近決算期の有価証券報告書より楽天証券経済研究所が作成。実質PBRは、3月26日の時価総額を実質純資産で割って計算。実質純資産は、各社の純資産に不動産含み益の7割を加えたもの
これまで不人気の「含み資産」株ですが、実質PBRが低すぎる銘柄は、見直されることを期待して、買ってみて良いと思います。 三菱地所(8802) ・ 住友不動産(8830) ・ TBSHD(9401) ・ 飯野海運(9119) ・ イオンモール(8905) などに注目しています。
ただし、上記リストに入っている フジ・メディア・ホールディングス(4676) は、業績不振にもかかわらず、不動産含み益や経営刷新の思惑で買われている所なので、今、投資するのは避けた方が良いと思います。
フジ・メディアHD株の推移:2024年1月4日~2025年3月26日

<参考1>実質PBRとは
実質PBRを説明する前に、まず、PBRを説明します。PBRとは、株価が、純資産(自己資本)と比較して、どの程度、割安であるか測る指標です。
まず、PBRを説明する以下の図をご覧ください。1億円出資し、1億円借金し、合わせて2億円の資産を持って、ビジネスを始める企業を例にとって説明しています。その企業のバランスシートのイメージ図を示しています。

設立直後ですが、いきなり株式市場に上場できるとします。さて、株式時価総額はいくらになるでしょうか。普通に考えると、1億円になります。まだ何もしていない企業ですから、株式時価総額は、純資産価値と同額の1億円となると、考えられます。
この状態をPBR1倍といいます。株式時価総額÷純資産=1で計算します。次に、PBR1.4
倍、PBR0.8倍の意味を説明します。

純資産1億円でも、将来、利益をどんどん稼ぐ期待が高ければ、株式時価総額は1.4億円になることもあります。この状態が、PBR1.4倍です。一方、将来、赤字が続くと考えられる株は、株式時価総額は1億円を割り込み、8,000万円となることも、あり得ます。その状態が、PBR0.8倍です。
さて、次に、実質PBRを説明します。
三菱地所を例にとって説明しましょう。三菱地所には、2024年3月末時点で、4兆8,500億円の含み益が存在します。もし、賃貸不動産を全て売却すると、4兆8,500億円の売却益が得られますが、売却益には税金がかかります。
税率を30%と仮定すると、税引き後で、含み益の70%に当たる3兆3,950億円が残り、自己資本に加えられます。実質PBRは、自己資本に含み益の70%を加えて計算したPBRです。
<参考2>なぜ、2006年以降、ハゲタカファンドは日本から撤退したか
2005年ごろ、割安な含み資産株をハゲタカファンド(買収ファンド)が買い占めて大暴れしたことがあります。巨額の含み益を有するにもかかわらず利益水準が低く、PBRが実質1倍を大きく割れ、株価が安くなっている企業がターゲットとなりました。
一定量の株を買い集めた上で、企業に「含み益のある資産を売却して配当金を大幅に増やすこと」などを強く要求しました。
ただし、短期的な利益を狙って株主権を濫用するハゲタカファンドには社会的批判が集まりました。敵対的買収への嫌悪感が広がり、2006~2007年には上場企業に買収防衛策の導入ブームが起こりました。
今、株主権をたてに企業に株主還元を強要するハゲタカファンドは少なくなりました。企業と対話しながら、企業価値を高めていくことを目指すファンドが増えています。ハゲタカファンドが去ったことを受けて、買収防衛策を解除する企業が増えました。こうして巨額の含み資産を保有しながら、株価が割安な銘柄は、割安なまま放置されるようになりました。
ただし、最近「合意なき買収」が復活しつつあります。東京証券取引所がPBR1倍割れ銘柄に株主価値の改善策の開示と実施を求めていることもあり、低PBR株にまた注目が集まりつつあると考えられます。
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